恋のボサノバ
そんなこんなで曲は終わり、成海さんは優勝した。トロフィーを抱えて喜ぶ成海さんを見る僕らを沈黙が襲う。
「さて、終わりましたけど、この後はどうするんですか」
女史の重たい言葉がのしかかる。
「とりあえず帰ろっか?」
僕はなるべく明るく言ったつもりだが、その言葉を聞き終える前に女史はトコトコと歩き出す。
「あの、女史さん。送らせていただきます」
「当然です」
はぁ、完全に怒ってる。さっきまでいいムードだったのに、台無しだよ。やはり女史はイベント会場に誘うべきではなかったかと思う僕。流石に後の祭りがピッタシの時間帯にもなってきた。でも、成海さんのKY発言がまた炸裂するなんて夢にも思わなかったもんな…できるなら、僕もウィオンの前で歌うあの日にかえりたい。帰ったら、絶対歌う場所変える。
そんなことを思いながら、僕らが奥乃山公園入口に向かう道の途中のこと。ある声が聞こえてきた。うしろからよく聞こえるあの声だ。
「あーっ! いたー!」
間違いない、山城だ。
「おおっ、山城。どうかしたの?」
ハァハァと息を切らしながら、山城が駆け寄ってくる。
「『どうかしたの』じゃないわよ」
こちらもさぞご立腹のご様子だ。
「もしかして怒ってる?」
「あんたが何回着信入れても取らないからでしょ。せっかくなるみんの決勝戦だからと思って、電話したのに。しかも、あんた探し回ってもいないし。おかげでこっちは決勝、見逃しちゃったじゃないの!」
「そうだったの!? ごめん! こっちにもいろいろ事情があってさ」
僕は恩人の山城に平謝りをする。協力してくれたのに、仇で返す形になってしまったようだ。
「だいたい、隣の女は誰よ!」
怒りの矛先が女史へと向けられる。
「あっ、この子はね、補習の時に一緒だった子で」
「石嶺鏡花です」
僕の紹介よりも先に女史が自己紹介をする。
「そうそう、石嶺さん」
「なんでそんな子といるわけ? あんたたちどういう関係?」
すると、山城の言葉に女史がこう答えた。
「お話のところすみませんが、普通、相手が名乗ったら自分も名乗るべきでしょう。礼儀を知らないお猿さんですね」
「なっ、誰が猿よ! どうも、山城志穂です!」
山城が喧嘩腰で女史に挨拶する。しかし、互いに睨み合っている。すると、なぜかため息混じりに、女史が僕にこう言ってきた。
「はぁ、伊勢くん。あなたには呆れてもまだ呆れ足りませんね。まだ女の子の友達いたのですか? マーメイドさんくらいのレベルならまだしも、こんなお猿さんレベルの」
「だから、誰が猿よ!」
「いや、山城はうしろの席のクラスメイトで、僕にとってはただの背後霊みたいなものだよ」
「誰が背後霊よ!」
僕らの会話にいちいちツッコむ山城であった。こいつはもしかしたらお笑いに向いてるのかもと思う僕。
「あれ、違った? うしろのヤマシロウじゃないの?」
「人をヒャクタローみたいにいうな。あんたがいくらホラー好きとは言え、つのだじ○うはないでしょうが!」
あははとコイツの反応に笑う僕。
「なんなのよ、人の気も知らないで! 言っとくけどこんな地味メガネと一緒にいるなんて、私は認めないからね」
あっ、それアカンやつ。山城が地雷を踏んだと思うのも束の間、女子のメガネが輝きだし、目が赤く光る。これは、やばいぞ、レーザーブレード繰り出す際の、宇宙刑事のようだ。処刑BGMが今にも聞こえてきそうだ。
「伊勢くんが誰とすごそうと、あなたには関係ないでしょう。それとも、あなたには伊勢くんを管理する義務でもあるのですか?」
「うっ、そんなのないけど…別にいいでしょ!」
「ちょっと、女史。タンマ!」
僕は女史を制止し、山城の耳元でこうつぶやく。
「山城、落ち着け! 女史は僕らみたいな馬鹿が敵うような相手じゃない。悪いことは言わないから、喧嘩は売らないほうがいい」
「ふ~ん、石嶺女史ってあいつのことだったのね」
すると僕をどかすように、女史の元へ歩み寄る山城。ねぇねぇ、僕の忠告聞いてた?
「ちょっと、石嶺女史! 夏休み終わった後からどうもイセユウがおかしくなったと思ったら、あんたのせいだったのね」
「おっ、おい。山城、やめとけって」
「イセユウは黙ってて」
うっ、女の戦いに男は入れないようだ。
「私の質問は無視ですか?」
「イセユウは私の友達。ただ、それだけよ。でもね、あんたみたいな奴に関わって欲しくないわ」
「それはあなただけの考えでしょう。伊勢くんの気持ちも聞かないまま、自分の意見を押し付けるなんて低脳以外のなにものでもありませんね」
「低脳じゃないし!」
「先程から、人の言葉をオウム返しでしか返せないのですか。あなたはお猿さんですか、オウムさんですか? はっきりしてください」
「だから、背後霊だって」
僕は横からかるーくそう言う。すると山城が僕を睨み、その視線に思わずビビったポーズをとる。こんな怖い山城は初めてだ。これはただならぬ展開だぞ。
「なによ、そういうあんただってメガネザルじゃないの」
「人の外見でしか反論を返せないところを見ると、やはり低脳とみて間違いないですね。私が聞きたいのはそういうことではありません。なぜ伊勢くんが私との交流をしてはいけないかということです」
「なななっ!」
山城が劣勢なのは、誰が見ても一目瞭然だな。
「ちょっと、イセユウ! なんなのよ、このインテリぶった奴!」
山城の目に涙が溜まっている。完全に女史の言葉を理解できていない悔しさからこみ上げる涙だろうな。
「だから言ったろ? 相手が悪すぎるって。電話取らなかった件はちゃんとお詫びするから、今日はおとなしく引き下がりな」
「嫌よ。だって、だって…敵はなるみんだけだと思ってたのに。なんでこんなやつが急に出てくるのよ。しかも、二人でいるところを見ると、あんたら相当仲良さそうじゃない」
「なんで、成海さんも敵なの? 今の敵は女史だろう?」
「うるさい、バカッ!」
なんか理不尽に怒られてる気がする。
「伊勢くんのことを言う前に、ご自分はどうなのですか? 先程から理不尽なのはあなたの方ですよ。伊勢くんがせっかく気を遣っているというのに、それを駄々っ子のように否定してばかりで。あなたは一体何がしたいのですか?」
「あうっ、あうっ」
おや、オットセイを発見! よし、テヒモンボール…いや、ジョークを言ってる場合じゃない。山城が今にも泣きそうな声を出す。いや、もう泣いてるわ。
「あう、私は、イセユウが、うう、最近冷たいから…一緒にいたいだけなのに」
「その独占欲が伊勢くんに迷惑をかけているとご存知なのですか?」
「ううう、そんなことないもん」
「根拠のない発言ですね。なぜそう言い切れるのですか?」
山城が泣きながら僕に助けを求めてくる。仕方ないなと僕は山城を助ける。
「あのさ、女史。それぐらいで勘弁してあげてくんない? 山城も悪気はないと思うんだよ」
「仕方ないですね、これ以上お猿さんに何か言ったところで通じませんからね。今度会う時はもう少し言語というものを理解してから来てほしいものです」
「ウッ…キー!」
あっ、本当に猿になった。
「ううう、なによ、なによ、なによ! 人の気持ちなんか知らないでー! イセユウの大馬鹿者ー!」
そういうと山城は僕の腹部に大きな鉄拳を繰り出し去る。おぐっ、おぐぐぐ、苦しい。こりゃ息できないよ。去るといっても猿のことじゃないぞ。駆けていなくなるという意味だ。ああっ、痛い痛い痛いよ~。さっきから、解説と痛みが入り乱れてすまない。でも、殴られた僕の状況を少しでも理解し、許していただければ幸いである。
「ひどい人ですね、伊勢くんにこんなことして」
あのね、火に油注いだのは君だからね。苦しくて言葉発っせないから言わないけど。とにかく、今回の一件は変な方向から修羅場へ突入しそうな気がする。さっきまですごく幸せな僕だったのになぁ。成海さんの発言に、山城に。
っつーか、この章に入ってからの僕、殴られすぎだろ。悶える僕を、お星様だけがやさしく笑いかけていた。




