お祭りタンゴ
罪悪感が半端ないけど、それは後でゆっくり反省しよう。そんなわけでなんとか女史をその場に待機させ、僕はBダッシュでイベント会場に向かう。会場では成海さんが既に歌っていた。今度は真夏の夜ソングであった。人だかりの後方で必死にステージを見ようと背伸びをする僕。
「イセユウ、遅い!」
すると山城が僕を見つけ、怒りながら声をかけた。
「あっ、山城。ごめん、ちょっと出店のゲームに夢中になってて」
「ったく、もう。あんた本当に屋台見てきたの?」
「ほっ、本当だって」
妙に勘のいいやつめ。睨みながら顔を近づけてくる山城に、僕の視線は違う方向へと逃げてしまう。
「本当~に、見てきたの~?」
うっ、これってなかなかの窮地じゃない? この状況からなのか、Bダッシュのせいなのかわからないけども、汗が滴る程に吹き出ている。もう、それが答えに誘導しちゃうじゃ~ん。
「さーいごは~、もっーと私を見てぇぇ~」
すると、ステージの方からそんな歌詞がメロディとともに聞こえる。そうか、これはチャンスだ。
「屋台よりも何よりも今は成海さんが見てって、言ってるじゃーん。僕は見るぞー!」
曲のサビに入ったようで、会場のボルテージが一気に上がっている。僕は山城を無視するように、ステージへと声援を送った。
「フレーフレー! なーるーみー! 下から読んだら、みーるーな!」
「見ろって言ってるのに、なんで見るななのよ! 言葉選びなさいよ!」
山城が横から大声でツッコむ。ツッコまれたように、この合いの手は完全にミスだ。しかしながら、山城の追撃から逃れる為に、僕は必死に合いの手を続ける。周りの観客は完全に引いてたが、成海さんはそんな僕に気づいたように手を振ってくれた。
「さよなら~、もっーと、アモレアモレ~」
すると僕の合いの手に応えるがごとく情熱的な声を出す。なんか嬉しくなった僕は、周りの迷惑顧みず合いの手にさらに力を入れる。
「アモーレ、あなたはいい女~」
「はぁ…もうイヤ」
ため息混じりの山城の声が聞こえた。
そんな調子で曲が終わると笑い混じりの拍手喝采。またもや成海さんは合格し、次は準決勝進出のようだ。そんな展開の中、司会が「妙に元気なお友達がいるねぇ~」なんて言葉を成海さんに言う。成海さんは恥ずかしそうにしながらも、僕に向かって微笑んだ。僕は、山城に今の見た? と手でニュアンスを送ると、口の動きで『バーカ』と返してきた。まぁ、とにかく2曲目を聴き終えた僕はすぐさま屋台へと駆け出す。
「おばちゃん、焼きそばとたこ焼き! あとジュース二つ。急いで」
僕は叫ぶように注文し、受け取った食べ物をこぼさないよう龍譚池にいる女史の元へと戻る。
「伊勢くん、遅かったですね」
「いや、ごめん、ごめん。ちょっと、屋台のおばちゃんとバトってた」
本当は親切なおばちゃんだったけど、許して、ごめん。あとでしっかり反省するから。
ぷるるる
「はい~?」
僕は悲鳴にも似た声で、電話に出る。
「イセユウ、どこ行ってんの? 準決勝始まるよ」
「もう~?」
悲鳴がつづく。僕は女史に食べ物を渡したあと、トイレに行くと言ってまたもやイベント会場へと走る。流石に乙女モードだった女史も怪しみだしたご様子だが、僕は彼女の返事も待たずに駆け出した。さっきはあんなに苦労して言いくるめたというのに、どんどん鼓動と展開が早くなる。
「ひぃ~ひぃ~」
肩で息をする僕に山城はまたもや怒る。
「イセユウさ、さっきから本当に何してんの? 電話したらすぐ来なさいよ」
「はっ、はひ」
膝に手を付いたまま、僕は声を絞り出す。今度は少し物静かなメロディと共に成海さんの歌が始まる。曲は卒業アルバムの歌のようだ。
しかし、さっきからなんでU―MINの楽曲ばっかなんだ? 山城が『なるみん』なんて呼ぶからか? そして、いよいよ成海さんは決勝へ進出を決める。それが嬉しいような、そうでもないような僕に、花火五分前のアナウンスが聞こえてきた。おっとまずい。時間がないと僕はまたもや、龍譚池へと走った。花火のあいだはイベントは中断するようで、それがせめてもの救いであった。
「じょ、女史~」
僕はヘトヘトになりながら、ようやく女史のいるベンチへたどり着くとその場に倒れこんだ。
「伊勢くん!? 大丈夫ですか?」
「ねっ、ねんとか。じがじ、ごんらにばじべれんば、ぼう、ぎぎが」
訳:(なっ、なんとか。しかし、こんなに走れば、もう、息が)
「何を言ってるんですか…」
ドーン、ドーン
おおう、この音は? そうか、とうとう花火が上がったのだな。なんとか間に合ったと、息が苦しいながらも必死の思いで思い体を起こす。必死のおもいだけに体がおもいなんてね。ははは…すみません。冗談なんか言うポイントじゃないよね。でもね、人間極度に疲れればテンションおかしくなるんだよ。そこだけはご理解いただきたい。
さて、読者への謝罪も終えたし、女史のいるベンチのとなりへと座ろっと。そして空を見上げれば、大輪の花が空に咲いている。思えばこうやって誰かと花火を見たのなんて何年ぶりかな?
「たーまやー」
「うふふふ」
いささかテンションのおかしい僕が大きな声を上げると、女史が笑っていた。
「何かおかしい?」
「いえ、別に」
なんだろうと思う僕。そんな僕をよそに、女史は花火を見上げる。
「綺麗ですね」
「そうだね、すごく綺麗だ」
「私とどっちが綺麗ですか?」
「何回も言わないっての」
「もう、いけずなんですから」
でも、答えは出ていた。女史の横顔を見る僕の目が語っているように。
ドーン!
「わぁっ、今のすごく大きいですよ!」
女史が不意にこちらを向き、僕が彼女をジッと見ているのがバレる。彼女は慌てて視線を花火に戻し、なんかまた気まずくなる。そんな中、女史が口を開いた。
「実は私、友達とお祭りに来るの初めてなんです」
「えっ…」
「だから、今日はすごく楽しいです。伊勢くん、こんな私に付き合ってくれてありがとうございます」
やれやれ、また乙女モードか。なぜ僕が彼女の乙女モードを恐れるのか…それはときめきだけではない。その答えには必死で走ってる途中で気づいた。僕は彼女に嘘をついているのだ。君がそんな顔をすればするほど、言わなきゃいけない責務が重くのしかかる。でも、それを言えば君の笑顔を消してしまう。でも、それが怖くて少しでもこの時間が続いて欲しいと願うだけだった。
「伊勢くんは…どうですか」
「…すごく楽しいよ」
すごく大変でもあるけど。
「なら…よかったです」
そんな途切れ途切れの会話の中、花火はフッと上がらなくなる




