愛してルンバ
なんだ、女史からの電話か…
「って、女史ー!?」
ヤッ、ヤベッーぞ! あろうことか、今度は女史を忘れていた! せっかくの『デートのようなもの』だというのに。くそっ、なんで常に一つの行動しか取れないのか。そんな自分に嫌気がさしつつも、このままではいけない。僕はすぐさま電話に出た。
「じょ、女史!?」
「伊勢くん? さっきはごめんなさい。私、気が動転して」
たぶん、今は僕の方が動転している。
「いや、それはいいから。とりあえず今どこにいるの?」
「今、奥乃山神社の下の、龍譚池のところにいます」
「そっか、とりあえず向かうから」
そう言って僕は電話を切る。すると、山城が僕の携帯を覗き込むように、顔を近づけていた。
「おわっ! 何?」
「ねぇ、石嶺女史って誰?」
僕は「しまった!」と思ったが、後の祭り。いやいや、まだ祭りの途中だよ。って、また馬鹿なことを言ってる場合じゃない。質問を無視するように、慌ててその場から逃げ出そうとする。
「ごめん、山城。僕、ちょっと行くとこあるから」
すると、山城は驚きながら答えた。
「えっ、なるみんの次のステージ見ないの?」
「ナヌ?」
「これ勝ち抜き戦よ。なるみん、たった今、合格したじゃない」
ガーン! そうだったのか。思えば、ただ歌うだけのイベントで、そもそも応援が必要なのか。いや、答えは否だ。しかし、僕は女史との『デートの様なもの』ばかりに気を取られ、イベントの概要を予習していなかった。くそ、とことん無茶苦茶じゃん。僕ってやつは、普段何考えて生きてるんだ。
「かっ、勝ち抜きシステムだったなんて。だったら、成海さんは絶対、いいとこいくじゃないか」
この土壇場で詰んだかもしれない。これじゃあ二つのデートをこなすどころか、二股の悪魔になりかねない。まぁ、どっちもデートではないけど、それはこの際どうでもいい。とにかく他の女の子に手を出す段階で明らかに恋愛シュミレでは爆弾マークがついてしまう。もし爆発でもすれば付き合ってもいないのに、校内で最低の噂が広がり、バッドエンド確定だ。ううっ、そりゃあまりにも酷じゃないですか、神よ。
「イセユウ、具合悪いの?」
うなだれる僕に山城が声をかける。
「いや、大丈夫だよ」
なんとか答える僕だったが、不意に脳内電球が光り輝く。山城、そうか山城か。思えばコイツがいるじゃないか!
「そうだ山城! お願いがあるんだけど!」
「なっ、何よ」
僕の叫びに山城が驚く。
「僕、出店ちょっと見てくるから、成海さんの出番になったら携帯で教えてくんない?」
「ええ~、なんか面倒くさい~」
「お願いします、山城様。僕の一生の頼み!」
僕は頭を下げ、頭上で手を合わせる。これはガチでお願いする時のポーズだ。
「本気で言ってんの?」
「マジマジ! 本気と書いてマジ。真剣と書いてガチ!」
「まぁ、別にいいけどさ」
僕のうまい表現を山城はさらっと無視しやがった。でも、不機嫌そうな顔をしながらも了承してくれた。その答えだけで十分。
「センキュー!」
ミスター○ーンばりにお礼を言い、僕はすぐ駆け出した。さぁ、目指すは龍譚池だ。待ってろよ、暴力メガネめ。
「なんでミスター○ーンなのよ」
そんなツッコミが聞こえたような気がするが、昼休みのように無視無視。
そんな山城のツッコミをよそに、龍譚池にダッシュで駆けつけてみる。思いのほかこの辺りは人が少ないなとキョロキョロとしていると、案の定、龍譚池のすぐそばのベンチに女史らしき影を見つけた。
「おーい、女史~!」
僕はその影に向かって叫び歩み寄る。大体こういう場面なら連れの女の子が悪い奴らに絡まれており、そこをスパッと助けに入る男らしい主人公…という一場面があってもおかしくないのだが、残念な事にそんな美味しい展開はなさそうだ。まぁ、下手なことをして殴られるのも嫌だし、かえって良かったかもしれない。いや、ナンパの相手が女史なら声をかける連中も精神にかなりの傷を負うだろう。となれば、この平和的展開は手をたたいて喜ぶべきだ。この世界が平穏を保ってくれて良かったとしみじみ感じてしまう。
おっと、長くなってしまったね。僕の声に反応した影はスッと立ち上がり、こちらを向く。まぁ、普通に石嶺女史だね。しかしながら、さきほど僕を殴りつけた勢いはなく、どことなくしおらしくなっていた。
「いや~、探すのに手間取っちゃった。ごめんね」
そんな女史に対し、僕は白々しく声をかけた。本当は探すどころか成海さんのステージを見ていたのだけど、そんなことは口が裂けても言えない。
「いえ、私もさっきはすみませんでした」
特に怒った様子はないようだ。まぁ、逃走したのは彼女だし、これで怒られたらたまったものじゃない。
「それでですね、変な感じになっちゃいましたが『デートの様なもの』をやり直しませんか?」
「えっ、やり直す?」
そもそも終わってないのにやり直す必要はあるのだろうか?
「別にやり直さなくても、現在進行形でいいんじゃないの」
思わず謎めく僕に対し、女史はこう続ける。
「だって今日は、今日ぐらいは可愛い女の子でいたかったんです」
よく見るとなんだか涙ぐんでいるようにも見えるが、気のせいだろうか?
「やり直すっていっても、どこからやり直すのさ。花火の時間も迫ってるのに」
「ある箇所だけでいいんです。その…『綺麗だよ』のところからで」
ちょっと待ってくれよ。僕にとって一番嫌なところじゃないか。あんな台詞2回も3回も言えるほど僕はリア充螺旋にはいないんだぞ。
「いや、あの台詞はちょっと」
とまぁ、否定的な態度をとりますわな。
「やはりダメですか…」
その言葉と同時、女史はより一層暗い顔になる。場所も暗いってのに、表情まで暗くされたらもう、それは闇じゃないか。楽しいお祭りでこんな元気をなくされては、僕の思い出はつくづく闇属性に包まれる。
「そんな顔しないでよ。同じ台詞を言ったところで、オリジナリティに欠けるじゃん」
「ですが、伊勢くんの言葉を無駄にしたくないんです。私、あんなこと言われたの、初めてだから」
うっ! 憎たらしい女教師の顔が反転した。頬を赤らめ涙ぐむ乙女顔にチェンジだ。スイッチオン、1、2、3。って、某人造人間みたいなやつだな。しかしながら不覚ながらも人造人間フェイスに僕はときめいてしまったのだ。今までも不意に可愛いなと思う顔はあったものの、これは最上位レベルだ。待て、落ち着け! 動揺してどうする? こういうのは相手に攻撃を許せばこちらの負けだ。反撃に転じなければ。
「心配しなくても、今の君は充分可愛いって」
僕は目線を逸らしながら、そう言う。反撃しては見たもの、どうやら相手のペースに乗せられている感じが否めない。
「伊勢くん」
「これでいいでしょ?」
しばらく黙ったままだったが、女史は満足気な顔をした。
「はい、十分です。本当はあなたに見てもらいたくてこの浴衣着てきましたから」
うわぁ、死ぬ死ぬ。キュン死する。予想外のカウンターパンチじゃないか、こりゃ。リアルとゲームの決定的な違いを見つけたぞ。それはこの胸のときめきだ。『ときめきの記憶』のヒロインがラスボスと言われる所以がわかった気がする。これはある意味、チートなバグ並みに手ごわい。諸君、もしデートをする際は心して挑んでくれたまへ。




