お祭りステップ
キンコンカンコンとお昼を知らせるチャイムが鳴り、僕は英語の教科書をそそくさと片付ける。山城はそんな僕を「ねぇ、購買に行くのなら一緒に行こうよ」という言葉で呼び止めるのだが…
「悪い、今日も無理~」
という言葉を残し、僕は山城と有善を振り切るように教室から飛び出した。
「ちょっ、イセユウ! コラッ!」
背後から山城の怒りの言葉が飛ぶが、無視無視。購買へと向かう足は走るのをやめない。
「なんなのよ、もうっ!」
「いや~、今日も失敗でしたな~」
「うるさい」
山城がその後、有善の腹にエルボーを決めたことなど知る由もなく、僕は購買でのお昼争奪戦に参加した。
「どわっ、ぐえっ!」
相変わらず、お昼の購買は戦場さながらに容赦がない。僕は、2、3発もらいながらも、なんとかパンを購入し、ボロボロになりながら中庭のベンチへと向かう。やはりいち早く、女史の姿がそこにある
「はぁはぁ、やぁ、待った?」
いきなりグロッキーな僕に対し、女史が心配そうに訊ねる。
「大丈夫ですか?」
「えっ、ああ、お昼争奪戦でちょっとね」
僕は女史を少し気遣うように返事をする。しかし、今日の争奪戦は一段とハードだったなぁと思い返す。膝蹴りとか喰らったし。
「私、お昼に購買って行ったことないのですが、なんだかすごく大変そうですね」
「まぁ、素人にはオススメできないね。僕なんかは一学期の戦歴があるから、なんだかんだ頑張れば買えるけど、特に女の子は大変そうだよ」
「じゃあ、私はすぐダメですね」
「大丈夫、中にはたくましい女もいるから。女史なら、その眼力でイケル」
僕はそう言いながら女史に向かってサムズアップを決める。その姿は、某映画さながらの名シーンだと勝手に思っている。あの、サイボーグが溶解炉に沈んでいくみたいなね。
「伊勢くんと一緒だと、退屈しませんね」
女史がフフフと笑う。僕らが一緒にお昼を食べるようになって、既に四日が経っていた。そんな中、最近の女史は笑うことが多くなったような気がするけど、気のせいかな。
「伊勢くん、明後日はいよいよ奥乃山祭りに行く日ですね」
女史が祭りへと話題を移す。
「そうだったね。正直、地味に楽しみなんだよね」
「言っておきますが、デートじゃないですからね。あくまで、花火を見に行く為の『デートの様なもの』ですからね」
またそれか。実はこの四日間、僕らがその話題を話し合う度に女史はデートを否定し、僕はデートだと言い張る不毛な展開を続けていたのだ。要するに、花火を見る以外に何にも決まっていないのである。週末に入る前に、これでは流石にまずいと思った僕は、自分が折れることにしたのだ。
「わかってるよ。『デートの様なもの』だよね」
僕は女史の言葉を肯定する。今日こそは待ち合わせ場所とか時間とかを決定せねばならないと、話を押し進めていく。まずは時間からだ。成海さんのイベント開始が7時からだから、8時くらいが僕としては望ましいということを女史に伝える。もちろん成海さんの部分だけをカットして。
「あの、花火は8時からですよ。明らかに、間に合わないじゃないですか」
「えっ、8時からだっけ?」
「そうですよ、もう少し祭りの日程とか確認しておいてください」
この案は僕のリサーチ不足から却下。さすがは優等生な女史。リサーチ面では彼女の方が何枚も上手だ。もしかしたら将来はツアーコンダクターとかに向いてるかも…なんてふと思う。となると、コンダクターの意見はどうなのだろうか? 僕は訊ねてみる。
「じゃあ、何時にする?」
「7時ではどうでしょう? 一時間余裕あれば、色々出店も見て回れるでしょうし」
うっ、やはりそうきたか。彼女的にはおそらく、成海さんのイベントを避ける時間帯をチョイスしているのだと思う。ここで、それを否定すれば怪しまれるかもしれない。よって、僕はその時間を仕方なくOKした。イベント開始は7時だけど、おそらく成海さんのオンステージは少し経ってからであろう。その数分に賭けるしかない。
「じゃあ、奥乃山公園の入口に7時によろしくです」
頬を汗がつたっていくのがわかる。う~ん、イチかバチかのブラフだが、恋愛の神様と自分を信じよう。大丈夫だ、恋愛シュミレの『ときめきの記憶』ヒロインを9人攻略した僕なら、きっとこのイベント乗り切れる。
「オーライ。あと、女史…」
「なんでしょう?」
「楽しい一日にしようね」
「べー」
僕が放った言葉に対し、女史は舌を出して悪態をついた。9人攻略した僕だが、女心はよくわかっていない様子。そんな一抹の不安を抱えたまま、運命の日曜日がやってくる。
ただいまの時刻は6時50分で石嶺女史の姿はまだ見えない。暇だし、ここでお祭り会場の説明でもしておこうかな。誰に? なんて野暮な質問は毎度のごとくナシだぜ。
奥乃山公園は奥乃山神社を囲んだ形の公園になっている。そこで行われる奥乃山祭りはかなり大規模で、僕らの街では年に一度の大イベントだ。夏を過ぎたあとに行われるので、夏祭りではないが、僕の地域は年の半分以上は暑いので、あまり違和感がない。
そんな賑やかなお祭りが行われる中、奥乃山公園入口で寂しく待つ僕を、行き交う家族やカップルが哀れな目を向け通り過ぎていく。それもそうだろう、こんなお祭りの日に一人寂しくたたずんでいれば、哀愁が漂わないわけがない。
「遅いなぁ…まさか遅れるんじゃないだろうなぁ」
待ちかねたので女史の携帯にラインを入れてみよう。すると、思いのほかすぐに返信がきた。どうやらもうすぐ着くとのことだ。いつもは僕よりも早く、中庭のベンチで待っているのに、今日に限ってどうしたのかな? ぼっーと夕焼け空を見て寂しげに佇む。気がつけば、時刻は既に7時を回っている。流石にこれ以上遅れて来られると、僕の思惑もドンドンずれ込むな…と焦りが出てくる。仕方がない、もう一度ラインを入れるか。
「すいません、少し遅れました。」
タイミングよく横から女史の声がした。
「もぅ女史、遅いよ~」
だが、振り向くと同時に僕は言葉を失う。そこには、いつもとは明らかに違う女史の姿があった。まさにそれは和を基調とし、祭りにはなんとも最適な涼しげな格好。定番ながらも、女の子は特別な仲である関係の男子にしかその姿を見せることはないであろう…と勝手な考えは僕だけかしら?
つまり、そう、女史は浴衣を着てきたのだ。ややこしい説明でごめん。とにかく昨日今日知り合った人には見せない姿ってことを伝えたかったわけで。けど、その姿をした女史は普段の2倍にも3倍にも綺麗に見える。
「な、なんですか。そんなに見ないでください」
ガン見する僕に対し、やや恥ずかしそうに顔を背ける。
「はっ、ごめん。その、浴衣…着てきてくれたんだ」
僕は女史の浴衣姿に感動しすぎて言葉がうまく出てこない。
「友達と祭りに行くと言ったら、なんか、妙に母さんが喜びまして。それで、仕方なくです。あくまで、仕方なく着たんです」
「仕方なくをそんな強調しないでよ。せっかくのお祭りなんだからさ」
ありゃ? 女史、黙ったまんま喋んないぞ。ここはツッコむところではなかったか?
「とりあえず、行こうか?」
なんとなく気まずいながらも、僕らは会場の人たちに紛れて歩き出す。




