ふたつめのお誘い
翌日、僕はお昼のベルとほぼ同時に教室を抜け、購買にてパン二つと飲み物を買って、中庭へと急いだ。購買での競争は激しく、思いのほか時間を食ってしまった。結構急いだつもりだが、すでに女史はベンチに座っている。
「女史~、遅くなっちゃった~」
するとこちらに気づいたようで、彼女は微笑んだ。
「いえ、私も今きたところです」
昨日と打って変わり、女史の表情は明るかった。昨日は僕の気にしすぎだったのかな? そんなことを思いながら僕は女史の隣に座り、パンの袋を開ける。すると、女史も弁当を広げる。なんだかんだ、女史と一緒のお昼は夏休み以来だ。
「なんか夏休みを思い出すね。懐かしいなぁ」
「何を言ってるんですか、夏休みを懐かしむほど日にちは経ってないでしょう」
「そうだったね、あはは」
いつものように鋭い返答が返ってくる。そうそう、やっぱ女史はこうじゃなきゃ。
「そういえば女史ってさ、夏休みもずっとお弁当だったよね? いいなぁ、ウチなんて弁当作ってくれないんだよ」
「私だって作ってもらえないですよ。母さんは忙しい人ですから」
「じゃあ、その弁当って…」
「自分で作ってます」
「えらいなぁ、女史は」
そんなたわいもない会話をしつつ、僕は成海さんの行動のおかげで周りから反感を買っている話へと移った。
「成海さんと友達にはなったのはいいけどさ、仲良くなるほど周りの嫌われ者になってる気がするんだ。女史のクラスで僕の悪い噂とかない?」
「さぁ、私のクラスには特にそのような話はないですね。伊勢くんたちの8組と私の11組はそもそも階が違いますし」
「そう、ならいいんだけどさ。成海さんって可愛いんだけど、ちょっと天然なとこあるから苦労するよ」
そう話す僕に、女史は冷たい目でこう言ってきた。
「なんですか、自分の彼女みたいに言いますね」
「ええっ、いやそんなつもりはないんだよ。ただ、友達としての接し方が難しいと言いたいんだよ。仲良くしたいんだけど、そうすると周りが冷たいしさ。なんかいい知恵ない?」
「あまりマーメイドさんには関わらない方がいいですよ。どうも彼女は伊勢くんで遊んでるようにしか見えません」
「ええ~」
そういえば、女史と成海さんってよくケンカしてるよな。でも、携帯の電話番号とか交換していたり、仲が良いのか良くないのかはよくわからない。女史は、成海さんの本性を知っているのかな?
「なんで、そんなのわかるの?」
僕はそれとなく聞いてみる。
「まぁ、女としての勘といいましょうか」
「いや、勘かよ。もっと、成海さんについて正確な情報持ってると思うじゃん」
僕は安堵なのか、残念なのかわからない心境になった。
「知るわけないじゃないですか。噂と伊勢くん経由の付き合いしかしてないんですから」
思いのほか親しい付き合いはないんだなぁと思う僕。女の子同士って、気づかない内に仲良くってることがあるからなぁ。
「まぁ、女史の考えが勘っていうのならまだ、成海さんを友達だと信じる余地はあるね」
「難破船をご希望ですか。なら、救いようがありませんね」
「だっ、だってお祭りに誘われたんだよ? 友達は他にも誘ったみたいだけど、ファンクラブとか、男子は誘ってないように見えたし。何より、誘ってくれること自体が友達の証だろ」
「あの、話変わっていいですか?」
えっ、そんな急に? この話題は何処へ行くのだろう、けっこう大事な所なのに。
「別にいいけどさ」
僕の不満げな顔を無視するように、女史は問いかけてくる。
「何ですか、その、お祭りに誘われたというのは?」
「昨日、奥乃山祭りのイベントで歌うから聴きに来ないかって誘われたんだ。なんかのど自慢みたいなやつらしいよ」
僕は知っている限りの情報を伝えた。
「確かにそういうイベントがあると何かのチラシで見た覚えがあります」
「あっ、そうそう。これじゃないかな」
僕はのど自慢が紹介されているチラシを女史に見せる。実は今日、気がついたら机の中に入っていたのだ。おそらく誰もいない時に、成海さんが入れてくれたのであろう。女史はそれを見ながら、険しい表情を浮かべる。何かを考え込んでいる様子だった。だが、次の瞬間…
「伊勢くん!!」
不意に大声で僕を呼ぶ。
「おわっ! もう、びっくりしたなぁ。どうしたのさ、急に」
「今週末、私もそのお祭りに行きたいと思います。奥乃山祭りといえば花火がたくさん上がることで有名ですからね。そこで伊勢くんにエスコートをお願いできませんか」
「ええ? そりゃ、アカンよ」
だってアカンやん。その時ばかりは関西弁にもなるて。
「どうしてですか!?」
だけど、それに対し女史が食い気味で迫ってくるぞ。あわわわ、すごい迫力。
「だって、成海さんの歌聴きに行くって言ったし…」
僕は弱々しく、そう答えるのが精一杯だった。
「これまで勉強教えたじゃないですか。その恩を返さないんですか」
うっ、痛いところを突かれた。これは僕からすれば、マウントを取られるぐらい反撃の余地がない事なのだ。
「いや、それ言われると辛いけど。あっ、そうだ! 三連休だし、土曜日じゃダメ?」
「土曜日は無理です。予定があります」
即却下。
「そんな…でも僕だって、成海さんとの先約あるし」
必死に女史を説得するが、彼女は譲らないようだ。
「やはりマーメイドさんの約束が大事ですか? 私とはお祭り行ってくれないんですか?」
「いや、そういうわけじゃなんだけど。日にち被ってるのがなぁ~」
「日曜日じゃなきゃ、ダメなんです」
なんでそんなに日曜日にこだわるのだろう。月曜日はどう? なんて言ってもおそらくダメだろうしな。しかも翌日は学校でしんどそうだし。
「私かマーメイドさんか、今ここで決断してください」
「ええ、ここでそんな決断迫る!?」
「迫ります。男の仕事の9割は決断です」
うっ、なんという展開だ。大体、女史の提案はいつも唐突すぎるんだよと悩む僕であった。
「いや、困ったな」
「何ですか、私みたいなブスじゃ役不足ですか?」
「言ってないでしょ、そんなこと」
僕はムスッと答える。笑った顔は可愛いくせに…と喉まででかけたが、ちょっと気恥ずかしくなり、それを飲み込む。しかし、こんな時はどうすればいいのだ? 成海さんとの進展するチャンスは捨てられないし、だからといって女史に恩を返さないわけにもいかない。困ったな、ああ、困った。いや、待てよ…そうか、これは女の子と祭りに出かけるイベントだと思えばいいのだ。そう、恋愛シュミレーションゲームと同じ要領だ。
「仕方ないな、じゃあ女史のエスコートをするよ」
「ほっ、本当ですか!?」
「うん、決めた」
「そっ、そうですか。なかなか懸命な判断ですね」
女史はよっしゃあとポーズをする。どうやら僕の思惑には気づいていないようだ。そう、恋愛シュミレ(略)では、そう、目の前の約束をとりあえず優先し、どっちにもばれずにデートを遂行するのが鉄則だ。そうしてデートで二人の好感度を上げ…ん? デート?
「って、デートじゃん! これ」
僕は叫んで、ベンチから立ち上がる。心の声が思わず出てしまった。ベンチの近くを通る生徒たちが視線を向ける。
「ちょっと、大きな声で何を言ってるんですか」
女史が怒ったように言う。
「あっ、ごめん。僕さ、女の子とデートってしたことなくてさ」
座り直しながら僕は言った。成海さんの時は完全な計算違いだったが、今回もまさかの計算違い。だって、諦めたデートのチャンスがこんな唐突にくるなんて思わなかったんだもん。女史も女の子ということをすっかり忘れていた。普段から、女史、女史、散々言ってるくせにねぇ。
「でっ、デートじゃないです。これはあくまで、花火を見に行くだけです」
あっ、そんなこと言いながらも女史が照れてる。やはりこれはデートなんだ。デートだ、デートだ、ラッキーだ! 今朝の占い12位だったけどな。なんて思いながらも僕の気持ちは一気に高揚する。
「いや~、初デートかぁ~」
「だからデートじゃないですってば!」
僕のつぶやきに女史は怒声をあげる。しかしながら僕の喜びは止まらない。いつものことながら僕の顔は緩んでいたようである。
「顔怪しすぎです!」
そう言うと、女史はそそくさと弁当を片付けて行ってしまった。僕は女史の後ろ姿を何も言わずに、デレデレしながら見守るだけだった。伊勢勇之助、16歳にして人生初のデートをすることになりました。これが、大変な事態を招くとは、今は知らないまま…




