お誘い
群衆から逃げ出し、僕らは校舎の非常階段裏にまで来ていた。朝イチということもあり、人のいる様子はない。
「はぁはぁ、助かった~」
息切れしながらも僕は、なんとかあの危険地帯から逃げ出せたことにひとまず安堵した。
「伊勢くん、ごめんね。ちょっとからかうだけのつもりだったの」
「だから言ったろ? 成海さんは自分で思っている以上に人気者なんだから」
僕は疲れた声でそう言う。
「とにかく、これからは目立つ行動や発言は控えること。いいね?」
「うん、本当にごめんね」
そういうと成海さんは少し寂しそうに微笑んだ。
「いや、もういいから。それよりも、早く教室行こうよ」
憧れの人にそういう顔をさせた罪悪感はあれど、成海さんのことを思えばこそなのだ。あと自分の安全も。僕は、優しく言葉をかけてあげたかったが、グッとそれを飲み込み、教室へ行こうとした。すると…
「あっ、その前にね、伊勢くんに話したいことがあるの」
「えっ、そうなの?」
「うん。ここなら他の人に聞かれることもないし、ちょっとだけ話せるかな?」
「まぁ、いいよ」
今更ながら、人気のない場所で女の子と二人きりというシチュエーションに気づく僕であった。さらに、女の子から話がある。これは…人生初、恋のイベント発生か? などと期待が膨らんでいく。
「今週の三連休、奥乃山公園でお祭りあるじゃない」
「あっ、あるね」
ドキドキ…あっ、ちなみに今週は三連休が待ってるんです。あとお祭りもあります、はい。
「真ん中の日曜日、空いてたりしない?」
おわ、キタ、キタ、キター! イベント発生だ。日曜日といえば完全にプライベートタイム。僕の脳内データからすると、こういうシチュエーションのあとは明らかにデートのお誘いが待っている。石嶺女史ではないが、唐突にも程があるぞ、マーメイド。落ち着け、こういうときは少し焦らすほうがいいとなにかで読んだ気がする。
「日曜日か、どうだったかな~?」
僕は白々しく答えた。
「もしよかったら、よかったらでいいんだけどね」
「うっ、うん」
「応援に来てくれない?」
「へっ?」
「私ね、日曜日にお祭りのイベントで歌うことになったんだけど、伊勢くん見に来ないかな? と思って」
これはもちろんデート…ではないよな?
「何か用事ある?」
成海さんの問いかけにふっと我に返る。
「いや、特に用事はないけどさ。いや、てっきり、その」
「てっきり?」
「いや、なんでもないよ!」
あははと僕は苦笑いをした。そりゃ、そうだよな、いきなりデートとかあるわけないよな。
「前に伊勢くんにコンクール誘ったじゃない。でも、コンクールはもうちょっと先だし、その前に私の歌聴いてもらえたら嬉しいな思って」
なるほど。つまり、成海さんは僕を誘うために朝から声をかけてくれたのか。まぁ、手段はなかなか荒っぽかったが、そのお誘いは単純に嬉しい。すぐにデートというのはいささか考えが甘かったが、ただ、成海さんとの仲が進展するチャンスには変わりない。合唱コンクールはもう少し先のようだし、応援の予行練習にはうってつけだ。僕は二つ返事でOKすることにした。
「そっか。僕、絶対聴きに行くよ」
「ホント? 良かった~」
僕の承諾すると、先ほどと打って変わり、成海さんは満面の笑みを浮かべた。この笑顔アタックは先ほどよりも百倍可愛いくて、僕は危うくキュン死するところであった。
「どうしても伊勢くん、誘いたくて」
「そうだったんだ。なのに、僕ってば、厳しいことばっか言ってごめん」
「ううん、伊勢くんの優しさが嬉しかったから」
ああ、ヤバイ、キュン死する。その時、僕は自分の耳まで顔が真っ赤になっていくのがわかった。なるべく、その顔を見られないよう、うつむいた。
「あっ、このイベントなんだけどさ、のど自慢みたいな、素人参加型のイベントらしいんだ。合唱部の友達が私の名前で勝手に申し込んだんだけど、せっかくだし、出てみようかなって思って」
そんな僕に気を使ってか、成海さんはイベントについて説明してくれた。
「じゃあ。思い切り応援しなくちゃね」
僕は成海さんが喜んでくれるよう、誠心誠意、応援するつもりだ。
「うふふ、ありがとう。伊勢くんも来てくれたら心強いよ」
「も?」
「ん、ほかの友達も勿論呼んでるよ」
そりゃそうだよな。一人だけ誘われるなんて、おいしいシチュエーションが鴨がネギしょってみたいな事があるわけないもんなぁ。あるわけないにしてもなぁ…少しだけ残念な僕だった。
「キーンコーン」
そんな会話をする僕らに対し、いい加減になさいとばかりに予鈴が時を知らせる。
「あっ、いけない! このままじゃホームルームに遅刻しちゃう。伊勢くん、急ごう」
「そっ、そうね」
あわてた僕らはまたもや駆け足で教室に向かう。
「イベントのチラシ、明日持ってくるね。時間とかステージの場所とか書いてあるから。あと、騒ぎにならないよう、今度からはみんなのいない場所で…ね」
走りながら、成海さんがウインクをする。
「あはは、よろしく」
僕は力なく答えた。そんなわけで、どうにかこうにかホームルームには間に合った僕らだが、同時に来たことに対し、またも冷たい視線をクラスメイトに向けられる僕であった。さっきの件、大ごとにならないといいけどなぁ。どうかファンクラブの呼び出しがりませんように…そう願う僕であった。
だが、そんなグロッキーな僕に追い打ちをかけるように、あとで職員室からお呼びがかかる。通路にマイ自転車を思いきり放置してきたことに対し、生徒指導の教師からお説教があった。はぁ、まったく月曜の朝から散々だよ。




