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マーメイド朝イチ

 2学期が始まって早数日…ようやく街にも制服姿の学生が珍しくなくなってきた。そんなテスト明けの平日、通学路をマイ自転車で僕は駆け抜ける。


(夏休みが終わってもまだまだ暑いなぁ)


 なんて思ってる内に、あっという間に我が高校前に到着。正門をぬけ、僕は自転車を降りて歩かせる。校内では自転車に乗ってはいけないので、押して駐輪場まで行かなければならないのだ。そんな僕に、ふと背後から可憐な声が呼びかける。


「イーセくん、や~ほほ」


 おや、この声は…と思い、振り向くとそこにはマーメイド成海さんの姿があった。


「おはよう、成海さん」


 朝イチから成海さんに声をかけてもらえるなんて、なんだろう…今日の僕ってラッキー? 朝のテレビ占い2位だったおかげかな? 思わず顔がにやけてしまう。


「なんかにこやかだけど、いいことあった?」


「いや、その、成海さんがまぶしくて」


「もう、そんなおだてても何も出ないよ」


 そんな会話をしながら僕らは並んで足をすすめ、たわいもない会話を続ける。


(ああ、心が満たされていく)


 この瞬間だけ、勝手に成海さんを彼女と仮定する図々しい僕だった。成海さんの彼氏になる奴は、毎朝こんな至福の時を過ごせるのかぁ…羨ましさが半端ない。まぁ、それ以前にファンクラブがそんな事態を許すはずが無いと思うが。

 数メートルほど一緒に歩き、僕は学校の裏手の駐輪場へ、成海さんは教室へと向かう…はずなのだが、なぜか成海さんはずっとついてくる。あれ? と思い、ふとたずねてみた。


「成海さん、教室あっちじゃない?」


「だって伊勢くん、自転車止めに行くでしょ? そのまま一緒に教室に行こうよ」


 わぁお、これはなんとも嬉しい展開。やっぱ今日の僕はラッキーだ。こんな至福な朝がこれまでにあっただろうか? 成海さんファンが聞いたら、さぞ、羨ましがるぞ。


『ザワザワ』


 ん? ちょっと待てよ? なんか周りが騒がしいな。


(うっ!)


 成海さんと仲良く歩く僕に対し、ふと殺意の視線が…これはもしかすると、ファンクラブの会員たちでは? 


(この状況はまずい)


 そういえばこの前も教室で、成海さんと仲良くしている事でひんしゅくを買ったな。一緒に教室になんか行けば、マジに命に危険が迫るでは?


「あの、成海さん。その提案はすごく嬉しんだけど、一緒に教室行くのはちょっと…」


「えっ、どうして」

 

 成海さんはキョトンとする。周りを気にするなんて、男らしくないなと思いつつも、相手はファンクラブがあるほどの高嶺の花だ。一緒に登校して、変な噂でもされた日には明らかに標的となる。ここは辛いところだが、一人で教室に行ってもらうしかない。


「いや、ほら、この前クラスで仲良くしてるって言ったら大騒ぎになったじゃん。流石にあれの二の舞はまずいかな~、なんて思ったりして。あはは」


「もしかして、クラスのみんなに言われたこと気にしてるの?」


「まぁ、気にしてないといえば嘘になるね」


 そう、クラス内の敵の多さに正直ビビったのは本当である。そんな輩共やからどもと朝からドンパチやるのは得策ではない。いや、むしろかなりしんどい。ただでさえ、女史に敗北し、屈辱くつじょくの歌謡ショーの傷も癒えていないというのに…

 成海さんはゆっくりじっくり狙うから、今日はとりあえず様子を見ようではないか。フラグというのは植物のように根気よく、愛情をかけて育てるものだ。さすれば綺麗な花を咲かすものだと信じている。焦って渦中に入るほど僕も馬鹿ではない。


(いや、馬鹿だけど…って、誰が馬鹿だ!)


 もう、放っておいてくれよ!


「伊勢くん、どうかした?」


「え? あっ、いや、今のは気にしないで。あはは」


「?」


 ヤバい…いつもの自己説明癖で成海さんに変に思われてしまう。慌てて僕は話題を戻した。


「ほら、成海さんは合唱部のマーメイドで人気者だしさ。僕みたいな奴と登校が一緒だったら、周りに変な噂されるかもしれないよ?」


「そんなの気にしないもん。友達なのに、なんで仲良くしてちゃいけないの?」


「確かにそうなんだけどさ…なんというか、ほら、アイドルって、男と会うとかちょっとした事がスキャンダルになるじゃない」


「私アイドルじゃないし」


 うっ、手ごわい。仲良くしてくれるのは嬉しいんだけど、なんとかこううまく丸め込めないものだろうか。僕はどちらかというと意中の人はゴタゴタなく狙いたいタイプなんだけどな。


「大体、伊勢くんは周り気にしすぎだよ。もっと堂々として。私の大切なところ見せた仲じゃない」


「ちょっと、成海さん! ここでその発言はヤバイって!」


 成海さんの爆弾発言が炸裂した。僕はその瞬間、凍りつく。


「なっ、なにー!!」

「ガヤガヤ」

「ソワソワ」


 案の定、その発言に登校中の生徒たちが一斉に声を上げる。生徒たちの冷たく鋭い視線が明らかにこちらへ向けられた。男子に関しては、僕に対し殺意を向けている。いわゆる地雷地帯での爆弾発言が、さらなる大爆発を生んだようだ。


「あっ、どうやら今のまずかったみたい」


 なんちゅう天然さだ、マーメイド。もう少し、時と場合を選んで発言して欲しいものである。周りはどんどんヒートアップし、僕らはその場の注目の的となってしまった。


「はわわわ」


 聞こえる。明らかに聞こえる。


「お前、なんぼのもんじゃい?」 

「テメー、手出したら分かってんだろうな?」


 みたいな声がテレパシーばりにはっきり聞こえる。これはまずい、かなりまずい。朝からドンパチ方面に向かっている。


「成海さん、今何言ったかわかる? 明らかに一人死人が出る発言だよ!」


 僕は小声ながらも、成海さんに力強く耳打ちする。


「ごっ、ごめんね」


 成海さんが顔の前で両手を合わせる。


「もう、お願いだから逃げよう。僕、このままじゃ殺されちゃうよ」


 僕はまたもや耳打ちをする。状況は最悪だが、だからといって成海さんを残して逃亡するわけにもいかない。僕は懇願するように成海さんを説得する。今は一刻でも早くこの場から退散したいと。


「そうだよね。だったら…」


 成海さんがふと考え込んだかと思うやいなや、急に真剣な顔つきになり、こう叫んだ。


「あっ、空飛ぶ円盤だ!」


 成海さんは天高く指をさし、大きくそう唱える荒技に出た。しかし…


「シーン」


 何とも言えない沈黙がその場を包み込む。成海さん、さすがに古いって。


「あれ~? えへへ」


 あっ、照れ笑いでなんとかごまかそうとしている。だが、その意を汲んだ僕は成海さんに続けとばかりに、こう叫ぶ。


「あーっ、今度は空飛ぶグレンダイザーだ!」


「ええっ?!」


「どこどこ」


 その場にいた生徒たちは一斉に空を見上げた。これもまぁ古いのだが、なんとかうまくいったようだ。結果オーライってやつだな。そう思う僕は少し得意げだった。


「伊勢くん、早く」


 その隙を見計らい、成海さんが僕の手を引いて駆け出した。


「あっ、うん」


 僕は成海さんに手を引かれるがまま、そのあとを駆け出す。なんとか生徒たちの目をうまく逃れ、僕らはその場から退散することに成功した。この時、僕が何を考えていたかというと…成海さん、手、綺麗だなとか、柔らかい手だな~などと考察していたのはここだけの秘密だ。

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