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女史の作戦

 僕の心遣いを無視するように、女史は姿をくらます。どうやら、校舎内に逃げこんだようだが、僕の出方をうかがっているのか? いや、策士たる彼女のこと、なんらかの思惑があるに違いない。周りを気にしながら、僕はランボーがごとく敵をサーチする。ここはあえて保守には回らない。拠点陥落戦きょてんかんらくせんは変に小細工をするよりも攻めた方が有利だという事を教えてやるのだ。

 校舎内をゆっくり移動し、僕らの着替えがある教室へと忍び寄る。女史の姿はいまだ見当たらない。


「よしっ!」


 と気合を入れ、すかさず駆け出そうとする僕だが、不意に背後から呼び止める声がした。


「勇之助」


「どわっ?」


 驚きからか、素っ頓狂すっとんきょうな声を上げる僕。振り向いてみると背後には数学教師のアンドレが立っていた。


「はぁ…おどかさないでよ、アンドレ先生。僕に何か用?」


「何をしているのかなと思って」


「気にくわないガリ勉女に散々な夏をプレゼントしてやろうと思いましてね」


「あいかわらずだな、勇之助は。そんな勇之助に俺からもプレゼントがあるんだけど」


「えっ?」


 アンドレの意味深いみしんな言葉に僕は少しビクついた。まさか、ここにきて説教とかではないだろうな。大体アンドレからプレゼントといえば、プリントとか、難しい問題とか、ネガティブなものしか思い当たらない。それはこの夏の補習で充分味わったじゃないか。いや、そんなことより何より、ここでタイムロスなんかしていたら僕のゲームオーバーがより近づいてしまう。とにかく時間がないので、仕方なしにプレゼントの詳細を聞くことにした。


「何ですか、そのプレゼントって?」


 次の瞬間、想像どおり…いや、それ以上のレベルで僕は青ざめることになった。もしかしたら説教の方が全然マシだったのかもしれない。アンドレは僕の想像を軽く超え、うしろからなんと! 水鉄砲を取り出したのだ。


「ええええ!」


 驚きもつかの間、僕はすべもなくアンドレの水流を土手っ腹に喰らう。正面部分の制服は見事にビショ濡れだ。


「何してくれてんですか、アンタ!」


「勇之助の宿題に付き合ってくれって石嶺さんにお願いされたんだよ。それに面白そうだったし、参加することにしたんだ」


「くそ、これがやつの思惑か。アンドレをけしかけて自分は高みの見物…ヤロー」


「オラオラ、ジッとしてるともっとずぶ濡れだぞ!」


 そういうとアンドレは僕めがけ、容赦なく水を飛ばす。


「やめろ、この堕落だらく教師! だいたいその水鉄砲はどこから持ってきたんだよ?」


「石嶺さんが貸してくれた」


 女史の自前か!? 今日の女史はえらく張り切っているな。僕は頭のハチマキペーパーを腕で必死に守り、逃走を図る。っていうか、アンドレ、ハチマキねーし、どうやって倒すんだ? 僕は、必死で水流から逃げるのに対し、アンドレは後方から水を発射し続ける。


「大体、最近の勇之助おかしいぞ! 課題は文句言わずにやるし、実力テストの勉強もしているみたいだし、ダメ学生のお前はどこに行った」


「それが教師の言うことですか? 生徒を堂々とダメ学生呼ばわりして」


「お前からダメさを取ったら何になるんだ。たまには怪獣ハンターの狩猟に付き合えー!」


 くそ、それが本音か。最近、女史とばっか行動を共にしていたから、実はアンドレとのゲームをよく断っていたのである。どうもその鬱憤が彼をこのゲームに駆り立てたようだ。


「テスト終わったら付き合いますって。だから撃たないで!」


「俺はテスト終わったら忙しいのー!」


 ゲームのことを叫びながら教師と生徒が校内をダッシュする。そんな光景が果たしてこの世界にあっただろうか? 必死に逃走を図る僕。が、そこはやはり学生ゆえの若さが物をいい、曲がり角を利用した逃走経路でなんとか振り切れそうである。こうなればもう、女史の着替えを一気に奇襲するしかない。ちなみに経路は一回転をするように教室へと向かうルートへと順調に乗っている。渡り廊下を突っ走り、教室が前方に見えたと思われた次のその瞬間…


「伊勢君、覚悟!」


「げぇ! 女史―!」


 第二の刺客、ここに出現! 石嶺女史が物陰から僕の前に立ちはだかる。あわててた僕に女史は容赦なく水流を発射した。すこし間合いがあったおかげで思いのほか頭へのダメージは少なかった。しかし、ピンチであることには変わらない。


「やめてよ、女史ー!」


「いいえ、やめません。あなたならここで待ち伏せていれば必ず来ると思ってました! 先ほどまで卑猥な言動に、私は正直怒ってます。しっかり頭を冷やしなさい」


「そんなの、男ならしょうがないのに~」


 僕は女史に背を向け、再度後方へ逃走しようとするが、最悪なことにアンドレが追いついてきた。やばい、挟み撃ちだ…ちょっとだけ頭が濡れてきてるこの状態では、確実に詰む。どう切り抜けるか脳内をフル回転させる僕だが、そんな時に遠くから澄んだ声が聞こえてくる。


「あー、もう始まってる~。ちょっと待って~」


 そう、夏服のマーメイドこと、目取真成海さんもアンドレのうしろから水鉄砲を抱えて走ってきたのだ。夏服ではなくジャージに身を包んで。ここでも制服は封じられているのかと、少し寂しさがこみ上げる僕であったが、今はそんな場合じゃなかった。


「ええ、成海さんも参加してんの!?」


「伊勢君、やほほ~」


「しかもジャージの対策済みって… どういうことなんだよ、女史」


「せっかくなのでマーメイドさんにも来てもらいました。昨夜連絡したら、快くオーケーくれましたよ」


「いつ、連絡先交換したんだよ! 僕だって連絡先まだ知らないのに」


 僕は嫉妬にも似た感覚を覚える。後から知り合ったくせに、もう連絡先知ってるなんて。僕は水戸黄門の歌の2番みたいな感じになってるじゃないか。


「どうでもいいじゃないですか、そんなの」


「どうでもよくない! 死活問題じゃ」


 僕が怒ってることに対し、成海さんが優しくこう言う。


「じゃあ、あとでアドレス交換しようか、伊勢くん」


「マジで? やっりー!」


 先程とは裏腹、喜ぶ僕。にゃはは。


「マーメイドさん、遊びに集中してください」


「あっ、ごめん、ごめん」


 そういうとゲームに戻ったらしく、女史、アンドレ、成海さんが僕を囲む。


「ちょっちょっちょっ、卑怯だぞ! アンドレ先生まで、使って!」


「いいえ、集団戦法もれっきとした作戦です」


「ところでさ、これって別に負けても何もないよね?ただ、ずぶ濡れの思い出が増えるだけだよね?」


 いざ、劣勢になれば、罰ゲームがあるのかないのか。純粋な疑問が浮かび上がる。


「ウィオンの前で歌です」


「嘘だろー!!」


 やはりあるのか! 心よりマジの叫びが出てくる。


「言いたいことがあるならなんとでも言ってください。いつの時代も勝ったものが正義、絶対なのです。勝ったものが新しい歴史を繋いでいくのです。さぁ、敗者となる伊勢くん、そろそろ覚悟は出来ましたか?」


 これが優等生の言動か? 銃を肩に構える余裕ヅラの女史がいよいよ死刑執行の秒読みに入る。次に歌う歌は果たして何にするかな…観念した僕は冷めた笑顔で両手を上げた。


「あっけない最後ですね。では、スケさん、カクさん、やってあげてください」


「誰がスケさんだ、誰が」


 アンドレがノリよく突っ込む。


「私は風車の弥七やしち派なんだけどなぁ~」


 成海さんも話題に乗っかる。くそ、みんなして楽しそうにしやがって。しかも、女史にこのネタを取られたことがなんか屈辱だ。


「では、皆さん、一斉に撃ちますよ! 5、4、3」


(くぅ~!)


 悔しそうに顔をゆがめる僕に対し、ふと成海さんが小声で僕を呼ぶ。


「伊勢君、伊勢君」


「えっ?」


「シーッ」


 人差し指を顔の前に出し、なんだか魔性の笑みを浮かべていた。

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