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決着! そして罰ゲーム

 補習が始まって早数週間…8月も半ばに入った、そんな夏休みの月曜日。いつもの教室にて、僕と女史はお互いのかばんを交換し合った。そう、今日は宿題競争の締め切り日なのだ。


 僕らは交換した相手の鞄から、ノート、プリントやらを取り出し、互いに目を通した。


(流石は女史だ)


 僕は宿題のリスト見ながら、女史の宿題を確認していく。すべての宿題を終わらせるどころか、すべてにおいてレベルの高さを感じさせる。作文や社会ニュースも知性を感じさせるし、何より字がすごく綺麗だ。もはや文句のつけようがない。


「女史、字キレイだね」


「まぁ、硬筆書写こうひつしょしゃ検定持ってますから」


「こうひ、何それ?」


「硬筆書写検定。字がキレイに書けるようになる資格です。まぁ、私は2級ですが、1級取ると指導者になれるみたいですよ」


 こちらに視線を向けることなく、淡々と僕の宿題を確認しながら答える女史。っつーか、さらっとまた自慢された気がする。ったく、相変わらず気にくわない奴だ。


「そうなんだ、ところで僕の宿題どう?」


 普段なら資格の話とかされると劣等感が先にくるが、僕だってこの二週間頑張ったのだ。今は充足感で満たされている。なんてったって、人生で初めて夏休みの宿題に脇目も振らず取り組んだのだ。


「そうですね、数学のプリントもちゃんと埋まってるし、自由研究も上手くまとめられています」


「そうでしょ、そうでしょ? 思えばここ数日、補習の他に宿題もやるという辛い日々だったんだからね」


「読書感想文と社会科のニュースについては言及しませんが。まぁ、よく頑張りましたね」


 その言葉と同時に石嶺女史がめずらしく微笑んだ。


(うっ)


 やはり不意に笑った顔は可愛い。しかし意外だ。まさか、こんなスパルタコーチから頑張ったなんて言葉が出てくるとは夢にも思ってもみなかった。うれしいような照れくさいような感情に、内臓がむずがゆくなる僕。

 しかし、この達成感っていうのはなかなか悪くない。宿題はしんどかったけど、頑張って良かった。これで、僕の目的も達成したわけで…達成した?


「って、ちゃう、ちゃう! これは宿題競争! 対決だろ?」


「ちっ、覚えてたんですか」


「当たり前だ!」


 先ほどの可愛らしい笑顔は消え、悪い顔をする石嶺女史であった。


「確かハンデで、引き分けなら僕の勝ちだったよね。さぁ、罰ゲームをしてもらおうか。恥ずかしい罰ゲームというやつをさぁ!」


 女性にとっての『恥ずかしいこと』とは一体何なのか。期待に胸を膨らませる僕は、自分でも引くぐらい怪しい顔をしていたに違いないだろう。だが、そんなのは関係ない。


「全くもって怪しい顔をしていますね。ちなみに伊勢君、国語の作文は2つなの知ってました?」


 不敵な笑みを浮かべる女史であった。

 

「えっ、2つ?」


 まさか、いやそんなはずはない! 宿題リストには、読書感想文しかなかったはずと慌てて確認する僕だったが…


「無駄ですよ、リストには書かれていません。なんてったって、これは最後の授業の日に急遽きゅうきょ追加された宿題なんですからね」


 な、なんだって! そんな、聞いてなかった…

 そういえば、補習が決定したあの日から、ふぬけになりつつあった僕の記憶は所々で曖昧あいまいな箇所がある。1学期最後の国語の授業で、まさかそんな重要な宿題が出されていたなんて! 国語の教師め!


「伊勢君のことだから、忘れているだろうと思っていましたよ」


 ショックを受けている僕に、すかさず女史が追い打ちをかけてきた。


「対決の話題を持ち出さなければ、罰ゲームなしで教えてあげようとしましたが…乙女に『恥ずかしいこと』をさせようとするあなたの非道さに酌量しゃくりょうの余地はありません! よって、今回の勝負はあなたの負けです!」


 ガーン! そっちが罰ゲーム賭けるっていったくせに…なんて言葉は言えるはずもなく、僕はその場に膝をついた。くそ、女史め…僕が何かしらヘマをやらかすって読んでたな。


 こうして初対決は僕の敗北という形で幕を下ろした。


 その日の補習終わりの放課後、夏休みでいささか賑わう『ウィオン』という、とあるデパートの前に僕らはやってきた。罰ゲーム決行のためである。


「はぁ、なんで僕がこんな目に…」


 ゲームというジャンルは大好きな僕だが、この罰ゲームというゲームだけは大嫌いだ。ゲームという響きは楽しいものを連想させるはずなのに、何故ネガティブなものを組み合わせるのだ? まったくもって謎だ。謎は謎でも、結局は敗者たる僕はこのゲームをプレイせねばならない。やはり神は死んだのか…ユングよ。ユングだっけ? ピタゴラスだったかな?


「わかってますね、伊勢君?」


「えっ、ユングだってこと?」


「はぁ? 何を言っているのですか? 罰ゲームです、罰ゲーム」


「ねぇ、それさ…やっぱやらないとダメ?」


「あなた負けたでしょう」


「だって、こんなデパートの前で、そんな恥ずかしいこと…」


「男なら潔く負けを認めて下さい」


 女史の罰ゲームは無慈悲であった。内容はウィオンデパートの正面入り口付近で、関係のない通行人たちを前に一曲アカペラを披露せよとのこと。思春期上がりの高校生に、これはなかなか過酷だ。


「早く実行しないと、いつまでも帰れませんよ」


「わっ、わかったよ」


 ウィオン正面入り口へ向かって、トボトボと歩く僕。入り口付近に立つと、恥ずかしながらも歌い出しの機会を窺う。ふと、今歩いてきた方向を見ると、建物の陰に隠れている女史が「早くやれよ」と言わんばかりに手の動作で圧をかけてくる。


 くそ、これが勝負の世界なのか…厳しすぎる。だが勝者こそ絶対の罰ゲームで、逆らうことはもはや許されない。立ち往生すること5分、買い物客たちが僕を不審な目で見だした。もう、やるしかない!


 「ソバカス、なんて…気にしないわ」


 そんな客達を前に、ボソボソと歌い出すのだが、恥じらいで声がうまく出てこない。ええい、伊勢 勇之助! 何を恥じらう! 僕は男だ、堂々とやったろうじゃないか。


 「ソバカス、なんて、気にしないわぁー! ハナペチャ、だって、だって、だってお気に入り~♪ お転婆いたずら大好き、かけっこスキップ大好き♪ 私は、私は、私はキャンディ~♪」


 そこから買い物客達が僕をどんな目で見たかは大体予想がつくだろう。軽蔑の眼差しを送る人。「暑かったからねぇ、最近」と可哀相な目で見る人。そして、笑うガキ。


 ちくしょー…石嶺鏡花め、絶対リベンジしてやる!


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