心霊研究と人騒がせなマーメイド(挿絵つき)
音楽室内には、演奏曲こそわからないものの、すごく美しい旋律が響き渡っている。
(ポロンポロン♪)
もはや信じる、信じられないとかの問題でない。目の前にある誰もいないはずの音楽室…そこで確実に怪現象は起きているのだ。違う意味で戦慄な僕は、恐る恐るピアノの方へ目を向ける。
すると…この世のものとは思えないような、青白い女がピアノを弾いていた。っていうか普通に幽霊いるじゃん!
「でたぁーーー!」
僕は思わず叫んでしまい、それにつられて女史も悲鳴を上げる。
「キャーーー!」
それに続くように、また悲鳴が上がる。
「キャッ!」
腰を抜かしながらもなんとか這うように女史の手を掴み、連れて逃げようとする僕。だが、ここである疑問が浮かび上がった。
(そういえば悲鳴が僕のを合わせて三回あったよな?)
僕と女史と…幽霊? 幽霊も驚いたら悲鳴を上げるのか? 妙な疑問点が頭をよぎると同時に、少し冷静さを取り戻した僕。
「女史、少しここで待ってて。僕、もう一回確認してくる」
放心状態の女史をいったんその場に待機させ、もう一度音楽室へ向かおうとする。すると、腕を掴まれ、振り向くと女史が微かな声で何かを訴えている。
「ゆっ、幽霊なんているはずないんです。こ、こんなの科学的根拠からありえません」
「わかってるって、大丈夫」
自分に言い聞かせる意味もあるのだが、とりあえずそう言って彼女を安心させるよう務め、音楽室のドアの前に行く。
(ああ、この瞬間の僕って男らしいな~)
これでさっきの脅かし行為は帳消しだろうと自画自賛を試み、なるべくポジティブな心持ちで霊に臨む。
入口から再度、そっと音楽室内をのぞき込むと、ピアノの前に座っている幽霊もこちらの様子を慎重に窺がっている様子だ。僕は目を凝らし、幽霊を確認してみるがこの幽霊、どこか見たことのある風貌をしている。青っぽい髪に、さらっとした顎先、さらに透明な肌で、例えるなら夏服のマーメイドのような…ん? マーメイド?
「って、成海さん!?」
僕は目の前にいる人物が同級生の目取真 成海と判断し、驚きの声を上げた。
「え? ああ~、なんだ伊勢君かぁ。もう、驚かさないでよ」
「それはこっちのセリフだよ! なんでこんなとこにいるわけ?」
僕は疑問をぶつけた。
「実は今日ね、練習頑張りすぎちゃって音楽休憩室で仮眠してたの。それで起きたらもう夜の8時だったから急いで帰ろうとしたんだけど、音楽室に入る月明かりがあまりにも素敵だったの。それで、ついつい演奏したくなっちゃって」
そんな恐怖シチュエーションをロマンチックに受け取り、暗い音楽室でピアノを弾きたがるこの子もこの子だ。だが、生徒がまだ校内にいるのに、しっかり見回りをしていないこの学校もある意味問題な気もする。
「とりあえず電気くらいつけようよ…成美さん。じゃなきゃ心霊研究をしている僕らは幽霊だと勘違いしてパニックだよ」
安堵からか、呆れからか、僕はため息をつきながらそう言った。
「心霊研究って、そんなことしてたの?」
「白状するけど、自由研究の暑さを和らげるってやつ、実はこれが本題だったんだ。『心霊体験はいかに体感温度を下げるか』っていう」
「あははは、そんな研究だったんだ~。伊勢君ってやっぱり面白いね。でも、私だってさっきは超びっくりしたんだよ。まさか、こんな時間に人が来るなんて思いもしなかったし、こっちも幽霊かと思っちゃった。悔しいけど今回は一本取られたなぁ」
こっちはびっくりしたなんてものではないが、とりあえず目の前で起きていた現象が本当の怪奇現象でなかったことにそっと胸をなで下ろす。そういえば、もう一人パニックになってた奴は…
「やっぱり幽霊じゃなかったんですね」
音もなく、隣に石嶺女史が立っていた。
「どわぁ! 女史、もう驚かさないでよ」
またもや隠密である。しかも、冷静さを取り戻してるし。
「はぁ、さっきから叫びっぱなし。絶対、明日、僕は首すじ痛めてるよ」
「先ほど私を脅かした罰です。少しは報いを受けてください」
「それはさっきの男前行動で帳消しだろ?」
「どこが男前ですか。そもそも伊勢君が心霊研究なんかするから、変なことになるんです」
「ビビッてたくせに」
「び、ビビッてなんかいません!」
お互いに火花を散らす僕らであった。そんなやりとりの中、ふと成海さんを置いてけぼりにしていることに気づく。彼女は黙ったままこっちを見ている。
「あっ、ゴメン、成海さん。この子は一緒に補習を受けている子で…」
「石嶺 鏡花と言います」
石嶺女史がタイミング良く挨拶をした。
「あっ、初めまして。私は伊勢君と同じクラスの目取真 成海」
「夏服のマーメイドさんですよね。お噂はかねてよりお伺いしています」
「あっ、いえいえ~。恐縮にございます」
なんなんだ、このやりとりとは…と思う僕に対し、石嶺女史が話題を戻す。
「さて、伊勢君。これで七不思議の内の6つはデマという事が判明しましたが、このまま7つ目も検証するんですか?」
「その7つ目なんだけど、七不思議の6番目まで順を追っていくと、最後に幽霊が目の前に現れるっていうやつなんだ」
「伊勢君達が6番目まで終わったということは、最後にここに幽霊が現れるって事?」
成美さんが問いかけてくる。
「そういうことになるね」
だが、僕ら三人がいる教室に異変が起こる様子はなく、これといった寒気とか悪寒とかも感じられる様子はない。
「何も起こらないね」
「となると、結論として、やはり幽霊なんて存在しないということですね」
僕としては霊の存在は信じたいが、これ以上は残念ながら検証する術がない。気に食わないが、ここは女史の言い分が正しい。
「そうだね、ここに幽霊はいないかも」
「でも、幽霊いないと寂しくない? 私はいた方が面白いと思うけどな」
「じゃあ、マーメイドさんは今、ここで幽霊に会いたいんですか? 言っておきますが、恐怖という感情が身体に与える影響は大きいですよ? ショック死しても知らないですからね」
「でも~」
女史と成海さんが霊はいない、いてほしいという事で揉め始めた。マーメイドも意外と心霊好きで、僕の仲間なようだ。ただ、これ以上言い争って、今後の二人の関係に影響が出ないかと心配になった僕はとりあえずフォローを入れる。
「まぁまぁまぁ…二人のおかげでかなり冷や汗かいたし、良い実験ができたから今日はもう帰ろうよ。あんまり遅くなると親も心配するし…さ」
「伊勢君がそういうのなら、仕方ないな」
成海さんは少し残念がっていたが、ぶっちゃけ、これ以上の恐怖はもうこりごりである。というわけで色々あったが、無事本日の実験を終え、僕らは帰ることにした。音楽室に鍵をかけ、その場を後にする。
石嶺女史は科学的根拠から霊の存在はないと淡々と語り、成海さんはいた方がいいという話をまだ懲りずに続けているようだ。その二人の後ろを歩く僕に、ふと音楽室からピアノの音が聞こえたような気がした。今日一日、怪現象は起きなかったし…おそらく、気のせいだろう。
歩いてく僕らは、音楽室からのぞく影に気づくことはなかった…