蒼騎士 2013クリスマス小話
2012クリスマス小話の一年後です。
今年のクリスマスは予定が入ったの。素直にそう告げると、蒼髪の青年の眉間にしわが寄った。
「……何の予定が入ったか、聞いてもいいか?」
目に見えて不機嫌になったが、これは怒っているのではなく落胆をしているのだろう。青年はあまり表情を表に出さないことで有名だが、対応する自分に対しては素直だ。
去年は喧嘩をしてしまったクリスマスだが、今年はそんなこともなく、二人で穏やかに過ごせると思っていた。それは自分も同じなのだけれど。
「孤児院のクリスマス会に呼ばれたの」
隠すことではないのでそう話すと、青年の眉間のしわがなくなった。きょとん、としている。
「孤児院? ……あぁ、丘の上のか」
「そう。さすが、ご存じなのね」
「騎士団の巡回コースに入っている。……そうか、あそこか」
なら仕方ないな、と呟く青年に対してリアムは微笑んだ。この人なら、そう言ってくれると思っていた。
「ありがとう、エオ」
「……しかし、ずいぶんと仲良くなったものだな」
「前に院長先生が風邪を引いて、その薬を届けに行ったときからね。あのあとも定期的に通ってたのよ。子どもたちも私に慣れてくれて、もうすっかり仲良しだわ」
「そうか。良かったな」
「手作りのパーティをするんですって。私も張り切ってケーキを焼くわ。……だから、当日は忙しくて」
「構わん。こちらも仕事だ」
肩をすくめる青年の言葉に嘘偽りはないのだろう。けれど本当なら、巡回の合間を縫って会いに来てくれるはずだったに違いない。
だが子どもたちと過ごすクリスマスも楽しみなのは事実だ。本当の家族がいなくなってしまった子どもたちが少しでも寂しさを覚えることなく、楽しく笑ってくれるならこちらも嬉しい。それに当日に会えなくとも、エオとは次の日にも会える。
「……ただね、少し心配なことがあって」
この幼馴染といると心穏やかになれるが、つい、心の内を喋りすぎてしまう。リアム自身が無意識のうちに気を許しているのだ。蒼髪の青年が視線のみで続きを促す。リアムは苦笑した。
「手伝ってくれてる男の先生が腰を痛めてしまったの。……だからサンタさん、来れないかもしれなくて」
「……あぁ」
「毎年サンタさんが孤児院を訪れて、クリスマスプレゼントを配るんだけど。今年は私が配るの。ほら、院長先生もお歳だからなかなか難しくてね。……私で大丈夫かな」
子どもたちの楽しみはやはりプレゼントだ。孤児院は毎年、男性の先生がこっそりサンタの格好をし、パーティの合間に登場する。そしてプレゼントを配り、去っていく。サンタは男性だと言われているから、そちらのほうが雰囲気も出るし、小さい子どもは素直に信じてくれてとても喜んでくれるのだと言う。
しかし今年は頼みの先生が腰を痛めてしまい、あまり機敏に動けないという。他に頼める男性もいなく、リアムが担当することになった。
プレゼントはすでに用意してある。孤児院の運営費の中で、院長先生が自分の食費などをこっそり削って貯めたお金で用意した、ささやかなものだが(リアムも援助すると言ったが、やんわり断られてしまった。気持ちは嬉しいが自分たちで何とかしたいのだ、と)。
知らず小さなため息をつけば、蒼髪の青年は首を傾げた。
「何を心配する必要がある。喜んでくれるさ」
「そう、かなぁ。せめて夢を見させてあげたいと言うか」
「……ふぅん」
蒼髪の青年は、気のなさそうに相槌を打った。
当日リアムが孤児院を訪れると、出迎えた院長先生がやけにニコニコしていた。
「リアムさん、いつもありがとう。それでね、今日はプレゼント配らなくていいですよ」
「え?」
「あぁでも、心配しないでください。大丈夫ですから」
言われた言葉は聞き流せないものだったが、院長先生の柔らかい笑顔がいつも以上にニコニコしている。どういうわけか聞きたかったが、その笑顔に疑問を飲み込んだ。様々な理由で親を亡くした子どもたちを、本当の肉親のように暖かく接している彼女がそう言っているのだ。心配しなくてもいいのだろう。
クリスマスパーティは楽しかった。
色紙で作った手作りの飾りつけと、先生や町の人が差し入れてくれた食べもの。リアムが子どもたちと一緒に作ったケーキは、子どもたちがこぞって乗せたフルーツで見た目がごつごつしていたけれど味は抜群だ。
歌を歌ったり、遊んだり、美味しいものを食べたり。元気いっぱいの子どもたちはみんな笑顔だ。
「薬のお姉ちゃん、今年はサンタさん来てくれるかな?」
ケーキを取り分けていたリアムが袖を引かれる。小さな女の子がこちらを見上げていて、目線に合わせてしゃがみ込むとそんなことを言われた。
思わず言葉に詰まると、傍で見ていた院長先生がこう言う。
「来てくれますよ。みなさん良い子にしてましたからね」
「わぁ、ほんと!?」
「えぇ。……あら、鈴の音」
院長先生がそう言って窓のほうを向く。子どもたちが歓声をあげて窓へ突進していった。リアムはその足音の中、確かに鈴の音を聞く。
りん、りん、りん。
「わぁ、すごい! おうまさん!」
窓の外に噛り付いていた子どもたちが口々にそう囃し立て、我先にと玄関へ駆けていった。え、と口を開けて停止するリアムに、院長先生が一言。
「ほら、薬のお姉さんも一緒に行ってあげてくださいな」
その顔は、まるで悪戯を仕掛けた子どもみたいなものだった。
暗い闇に浮かび上がるような白い馬。そこに乗ってきた、赤い服を着た人物。
「サンタさんだ!」
寒さに震えることもなく、外に飛び出した子どもたちが歓声を上げた。わぁっと喜びに沸く中、馬から降りた背の高い人物が白く長いひげを撫でる。青年が腰につけているらしい、鈴の音がリン、と鳴った。
「みんな、良い子にしてたか?」
意外と年若い青年の声だった。子どもたちがパラパラと周りに集まってくる。
「サンタさん、おじいちゃんじゃないね」
リアムの袖を引いた少女が首を傾げた。その頭を、白手袋に包まれた掌が撫でる。
「俺は弟子なんだ。サンタさんはたくさんの子どもたちにプレゼントを配らなきゃいけないから、一人だと大変だろう? だからサンタさんの手伝いをしているのさ」
「そうなんだ!」
「さぁ、良い子にしていたみんなにプレゼントを持ってきたぞ!」
サンタが声をかけると、子どもたちが飛び上がって喜ぶ。我先に、と掌を突き出す子どもたち一人一人を、サンタは「待て待て順番だ、順番! 悪い子にはあげないぞ!」と言いながら宥めた。
「いいからそこにいなさい。空を見ていてご覧」
サンタはなぜか、子どもたちをその場に立たせた。そして馬の脇に取り付けられていた白い袋を下ろす。がさごそ、と中を漁り、そして大きい円柱型の筒を取り出した。
「一年間良い子にしていたみんなに、今日は特別なプレゼントだ」
そう言い、サンタは丸い底を空に向け、とがった部分から出ていた紐を引く。
ぽん、と破裂音。そして、
「……――わぁっ!!」
中空に浮かび上がるように白い光が空に上がったかと思うと、ぱあん、と大きな破裂音が轟いた。空に大きな光の花が咲く。それが光の筋を残して消えた後、きらきらと空から小さな光の粒が舞い降りてきた。
空を見上げていた子どもたちは喜びの声を上げ、両手を空へ伸ばす。ひらひらと薄く発光しながら舞い踊るそれは、まるで光の雪のようだ。掌に受け止めるとひときわ強く光り、ふわりと溶けるように消える。――そうしたらいつのまにか、手にプレゼントを持っている。
不思議なことに、光の粒を何個受け止めてもプレゼントは最初のひとつだけ。後は淡く光って消えていくのみ。歓声を上げ子どもたちはプレゼントに夢中になり、または光の雪をなんとか受け止めようと走り回る。
外にいたはずなのに、何故か暖かい。この場一帯に暖炉があるように。
「メリークリスマス」
そうして夢中になっていて、気が付けばその言葉を残してサンタはいなくなっていた。
リアムは玄関先で呆然としながら、その様子を見ていた。……ふと気づけば、その手に子どもたちよりもひとまわり小さなプレゼントを持っていた。
はしゃぎ疲れた子どもたちが眠りについたころ、リアムは孤児院を出る。
そして目の前に白い馬を連れた青年が待っているのを見つけ、微笑んだ。
「お疲れ様、エオ」
「あぁ」
平坦な声色がどこか優しい。蒼髪の青年は薄く笑みを浮かべ、リアムを迎える。
服はいつも通りの青い格好。甲冑はないが、騎士の目印の青いマントは暗闇でも良く見えた。
「みんな、すごく喜んでくれたわ。興奮してずっと夜遅くまで起きてたの」
「そうか、それは逆に悪い事をしたな」
「いいえ。院長先生も嬉しそうだった。……子どもたち、サンタさんにお礼を言えないのが残念だったって。だから今度お礼の手紙を書くんですって」
「それはいいな。サンタにもきっと届く」
「えぇ、そうね。……プレゼントのアイデアは魔法師団長さん?」
「普通に渡すのは面白くない、なんて言いだしてな。あっという間にあの魔法を組んだぞ。相変わらず器用だよな」
「それに、師匠の薬草の匂いがした」
「火薬を少しな。花火は辺境の魔術師から」
「……騎士団の仕事、抜け出して平気だったの?」
「これも立派な仕事だろう? 子どもたちへプレゼントを届ける、っていう」
そっと目の前に立つと、優しく耳を触られる。その耳たぶに光る装飾具。
「……良く似合ってる」
「……ありがとう」
涙ぐんで、リアムはそう言う。プレゼント。彼がしてくれたこと。いろいろな感情が交じり合って、うまく言葉が繋げない。
「こんなに素晴らしいプレゼント、初めて」
「喜んでもらえたなら良かった」
手を広げる胸に、自分から抱きつく。すぐに温かいぬくもりが包んでくれた。
「でも来年から大変ね。今年がこんなに良いクリスマスだったら、来年も期待しちゃう」
「そうだな。今から計画を立てないと」
「……来年もしてくれるの?」
「お前がいるなら、何度でも」
甘い声にいつもなら赤面するところだが、今は嬉しくて仕方ない。甘えるようにその胸に頬をすり寄せる。
「ごめんね、私、今お返しのプレゼント持ってないの。家に置いてきちゃって」
「今もらってるから、別にいいが」
「え?」
「まぁ、お前はそれだと気がすまないんだろう。家まで取りに行くか」
もとより送ってくれるために待っていてくれたのだろうが、そんな風に言い彼は笑った。
クリスマスの夜はまだわずか、彼らのために残っている。