蒼い騎士 小話集1(2012)
短編『蒼い騎士の帰る場所』を読んでからお読みください。
基本的に本編終了後です。
活動報告に記載してあるものに、少しだけ修正したり追記したりしています。
バレンタイン編
「……苦い」
今日も今日とて、蒼の騎士は薬屋を訪れた。いつもと違ったのは無表情の中になんだかよくわからないプレッシャーを滲ませていたことだ。
その無言の催促に根負けして、薬屋の店主はため息ひとつ、早々にチョコの箱を差し出した。
蒼の騎士は無表情ながら礼を言い、けれどいそいそと箱を開けて中身を口に放り込む。だが一口食べた瞬間眉を寄せる。
「……それに薬湯臭い」
「滋養強壮に良い薬草入りチョコレートだけど……美味しくない? 薬のエグさはなるべく緩和してあるはずなんだけど」
「……いや、うん、食べられないほどでは」
「良かった。この前魔法団長さんが来てね、
『騎士団長最近疲れてるからさ、疲労回復にいいチョコ作ってあげてよ』って言われて」
「……。……」
「甘いものならたくさんもらうだろうし、少し苦いものの方がいいかも、ってアドバイスももらったの」
「…………。……リアム以外からはもらわないんだが」
「え?」
「……」
首を傾げる店主からそっと視線を外し、蒼の騎士は冷や汗をかいた。
「だってねぇ、あいつ顔には出ないけど浮かれた顔してんだもの。ちょっと意地悪したくなったんだよ、あーぁオレもカノジョほしーなー」
余談だが、なんだかんだ気の弱い薬屋店主はちゃんとしたチョコも用意していたという。
* * *
ホワイトデー編
卓上の小さな観葉植物が「きしゃー」と声を上げて舌を出した。
「師匠からの贈り物。今日もらったの」
植物を真正面に、半眼でそれを睨む魔法団長に説明してやる。
やや引きつった顔の魔法団長は、だいぶ長い沈黙の後無意味に頷いた。
「……言いたいことはいろいろあるけど、とりあえず置いとくよ。で、店主。これお返し」
「わぁ、美味しそうなクッキー! ありがとう! このためにわざわざ?」
「うんにゃ、本当の用事はこっち。お届け物」
「あら」
魔法団長から渡されたそれを見て、店主は目を丸くし、顔をほころばせる。
「可愛い。金平糖?」
「ちょっと前に用意してたみたいだぜ。……あいつがコレ買いに行くとこ想像すると笑えてこない?」
手のひらサイズの、ネコの形をした瓶にカラフルな金平糖。女性受けしそうなそれを、仏頂面の騎士団長はどんな顔で選んだのだろうか。
「あいつ、挨拶にも来れなかったんでしょ。
何分急に遠征決まったものだから慌ただしくてさぁ。いやーもう、それが仕事だしあいつが適任だったし、なにより王様直々のご命令ですからね。それでも超嫌そうにしてたけど」
魔法団長は肩をすくめる。
「んで、せめてもの抵抗に職権乱用だよ。参っちゃう」
「団長ともあろう方が、定期連絡にかり出されてるものね。魔法団長がいなくて、あっちは大丈夫なの?」
「オレ明日には帰るから平気だよ」
「……無理言ったのね」
「ま、あいつ席外すわけにはいかないし、かといって通信球は今回使えない距離だし。んで魔法使って一番早く行って帰って来れるのオレだからねぇ。うん、無茶ぶり慣れてる悲しいけど」
でもそれより、と魔法団長は笑う。
「いつもより落ち着きのない騎士団長サマのメンタルケアのほうが重要。自分で渡せなくて悔しそうにしてたから、お礼は直接言ってやって」
「……ちょっと待っててくれる?」
何事か思案した店主が身を翻し、しばらくすると小さな入れ物をふたつ持ってきた。
「傷薬。あまり必要ないかもしれないけど」
「……いや、これ以上ない特効薬だよ。ありがとう。でもふたつ?」
「こっちは貴方の。こめかみに塗るとすっきりするから」
片方の入れ物をまじまじと見つめ、魔法団長は悪戯っぽく片目をつぶった。
「店主の心遣い嬉しいんだけど、くれぐれもオレに渡したことは内緒にしててね。さすがに仕事放り出されるのは困るし」
蒼の騎士自ら動いた遠征は、その後異例の速さで問題解決、傷一つなく帰還したという。
「前から思ってたんだが、あいつに対する態度が甘くないか? あいつにはそんなに愛想よくする必要はないんだぞ?」
「はいはい(自分から内緒にしてって言ったのに自分がばらしてるじゃない)」
「……やっぱり仕事放り出せばよかった」
「馬鹿な事言わない」
「いてっ」
――――
王様はたぶん確信犯です。適材適所。
* * *
※もしこの世界にハロウィンがあったら。作中の英語は雰囲気作りです。
「……今日も大盛況だったようだな」
「そうね。お客さんじゃなくて、お菓子をもらいに来た子どもたちだけど」
「みんな喜んでいたぞ。なにをあげたんだ?」
「カボチャのスコーン。たくさん作ったから」
「そうか。リアムの菓子はうまいからな」
「はい、あなたのぶん」
「なんだ、合言葉はいらないのか?」
「悪戯されちゃかなわないもの」
「そうか。……〝Trick or Treat?〟」
「〝Happy Halloween!〟」
「うん、美味い」
「ありがとう。それで、その格好は毎年恒例の?」
「あぁ。巡回の騎士はみなこの格好だ。勤務中だから菓子はもらえないがな」
「誰の発案?」
「魔法師団長だ。相変わらずあいつの考えることはよく分からん」
「理由とか言ってなかった?」
「〝吸血鬼や狼男は想像通りだろうから、ちょっと外してみた!〟だと」
「ふーん。……でも似合ってるよ、そのカボチャオバケ」
「圧巻だったぞ。騎士団の服を着た奴らがみんなコレを被っていた。誰が誰だかわからん」
「あなたも交じって?」
「若い奴らの傍に行ったら、同期だと思われた。普段はかしこまった言い方をするくせに、妙に馴れ馴れしかったものだ。……まぁ、意外と楽しかったな。久しく忘れていた、あぁいう新人の頃の無鉄砲な振る舞いは」
「エオがそんな言い方したら、私はどうなるの。同じくらいの年なんだから」
「む、すまん」
「……まぁ、深く追求すると凹むからこのへんにしとく。言い方を変えましょうか、あなたも偉くなったのね」
「意味合いは変わっていないように思えるが……こほん、なんでもない。そういうお前は変わらないな、昔も今も」
「…………喧嘩売られてるのかしら」
「違う。何度も言ってるが、俺はお前のそういうところに救われているんだ」
「……褒め言葉として受け取っておくわ」
「ねぇ、エオ。Trick or Treat!」
「……ん?」
「こういうのは言ったもの勝ちだもの。最近は私もらってばかりだから、たまにはね」
「そうだな。はて、どうするか。俺は何も持ってない」
「なら悪戯されちゃう?」
「何をされるんだ?」
「ふふ。……なにしようかな」
「そうか、参ったな。……いや、ひとつあるな。甘いもの」
「あら、なにか持ってるの?」
「あぁ。……こっち来い、リアム」
「なぁに?」
「……甘いだろ?」
「…………~~~~ッ!! だ、だました!」
「騙してない。顔が真っ赤だ」
「う、うぅぅやられた……お、お菓子じゃないもん、こんなの!」
「返品は受け付けるが、そうなると悪戯をもらわなければな。さて、なにをしてくれるんだ?」
「っ、……!」
「楽しみだ」
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蒼の騎士が何をしたかはご想像にお任せします。
良かったね、団長。
* * *
※もし『蒼い騎士』世界にクリスマスみたいな行事があったら。メリークリスマス!
「だいたい、なんでこの日が恋人同士で過ごす日になっているんだ。
元をたどれば初代聖王の誕生日、揺らがない平和を祝う生誕祭だろ。家族同士で平穏無事に過ごせる毎日を感謝する日だ。昼間は生誕祭で華やかに、夜はろうそくの火を持ち寄って、暖炉の前で静かに祈りを捧げる日だ。
それがいつからか〝恋人同士〟で過ごすことが通例になってる」
「……あー、そうだねー(ぱらり、と魔導書をめくる)」
「どいつもこいつも浮かれやがって、街中では羽目を外した馬鹿者が騒ぎを起こす始末だ。まったく巡回警備も暇ではないというに」
「……あー、そっちは大変そうだったねー(ぱらり、と魔導書をめくる)」
「くわえて騎士団の奴らも浮かれやがって。緩みきった顔しやがって」
「……あー、デートなんだねー(ぱらり、と魔導書をめくる)」
「かと思えばいきなり号泣してるやつもいるし、俺を恨みがましい目で見てくるやつもいるし、昼間から酔ったみたいに騒いでるやつもいるし」
「……あー、独り身男のひがみってやつだねー(ぱらり、と魔導書をめくる)」
「巡回は警備強化のために深夜までやるし」
「……あー、それ魔法師団も一緒だからー(ぱらり、と魔導書をめくる)」
「家族で過ごすのは別に良い、子供たちも楽しみにしてるやつもいる。だがな、なんで恋人同士で過ごさなきゃならないんだ、そこが分からん。家族全員で平穏な日に感謝を捧げる日だっていうのに、どいつもこいつもイチャイチャイチャイチャしやがって」
「……そーかもねー(ぱらり、と魔導書をめくる)」
「普段はそんなこともしないくせに、みんなしてこの日にこだわりやがって。ただでさえ生誕祭の関係で忙しいっつーに。この日にこだわる理由がわからん」
「……そーだねー(ぱらり、と魔導書をめくる)」
「……おい、誰か騎士団長止めて来いよ」
「……や、無理だろあれ。魔法師団長があの状態だからお手上げなんだよ」
「……で、なんでああなってんの?」
「……恋人と喧嘩したって聞いたけど」
「……あぁ」
「……あぁ」
「……で、今日団長のシフト深夜まで入ってたっけ?」
「……団長だからな、自分だけ帰るってことしないだろあの人は」
「……」
「……」
「おーい団長しらな、ってうお、なにみんなしてコソコソ丸まってんだ団員A、団員B、団員C」
「その呼び方止めろ団員D」
「なにそのコードネーム」
「どっちの団長に用事?」
「いやなんとなく。あぁ、騎士団長のほう。お客さん来てるんだ」
「お客さん?」
「ほら、あの街角の薬屋さんの。差し入れだけってすぐ帰ろうとしたんだけど、外もう暗いしせっかくだしって言って引き留めてんだ、早くしないと…………ってなんだよ、どうしたのみんな、超キレイなハイタッチして引くんだけどその意気統合っぷり」
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喧嘩の理由は非常にささいなことかと思われます。