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学校裏サイト。そこには、学校でさえ把握できない、生徒たちの闇が広がっている。

書き込まれる悪意。壮絶ないじめの内容が書き記され、誹謗中傷で溢れるそこに、一枚の写真が載っていた。

全裸で映り込む少女の姿。目には涙を浮かべ、怯える目でカメラを見ているものと思われる。

それを見て、書き込みをする者たちのコメントは、悪意に満ち満ちていた。

腐っている、とそのサイトを見ていた彼女は思う。

どこもかしこも、こんなクズばかり。日本と言う国は、いつからこんなクズだらけになったのだろうか。

と、考えていた彼女の耳に、テレビのニュースが聞こえてくる。


『昨晩N区A町で、女子生徒が投身自殺を・・・・・・・・』


『学校側はいじめ等を否定し・・・・・・・・・・』


そのニュースに目を向けた彼女の目に、自殺した少女の写真が写り込む。そして、彼女は目を見開いた。

そこに映る少女は、先ほどまで彼女が見ていた学校裏サイトにさらされていた少女であった。

まだ、十六歳でありながら、彼女は自ら命を絶った。

少女の両親の悲痛な叫びが、ブラウン管の中で響く。


『娘の苦悩を、わかってやれなかった』


『あの子は悩んでいたと思います・・・・・・・・・・・』


悲痛な叫び、けれど、それが届くことなど、ない。

マスメディアはイジメがどうの、と声高らかに言っているが、所詮ポーズで言っているだけ。本当にこの問題のことを考え、悲痛に思うものがどれだけいるであろう。

いずれ、このニュースも人々の記憶から消え、不幸な事件として処理される。そして、遺族は一生後悔を抱え、彼女を死に追いやった者たちは、のうのうと生きるのだ。

良心の呵責も罪の意識も、なにもなく。

果たして、それが赦されるであろうか。

否、断じて否。

赦されはしない。赦されてはならない。

だが、誰が彼らを裁くのか。警察か、学校か、法律か?

そんなものはもう形骸化したもの。もはや、何も意味を持たない。

ならば、やらねばなるまい。

私が、『VENGEANCE』が。


彼女は立ち上がり、真紅のコートを羽織ると、花瓶に挿していた薔薇を一本引き抜くと、胸元に忍ばせ、歩いていく。

無念の死を遂げた魂の叫びが、彼女には聞こえる。復讐せよ、無念を晴らせ。

贖いを、血の贖いを。






室見むろみけいは、クラスメイトの溝口アリスの葬式に訪れていた。

彼女の訃報を知ったのは、二日前、テレビのニュースであった。登校した彼は、全校生徒を集めての臨時集会で校長の話を受けた。校長は『不幸な事故』と言い、決して自殺ではないし、いじめもなかった、と主張していた。

どういう事故ならば、ビルの屋上から落ちるのだろうなあ、などと室見は思う。

だが、室見は知っている。実際にいじめがあったことを、そして学校側もそれは把握しているであろうことも。

室見自身はイジメに参加してはいない。が、彼女の死に対して責任がないわけでは、ない。

同じクラスの一員であり、彼女とは中学時代から同じクラスであった。高校に進学して一年数か月、彼女と同じ教室で過ごしてきた。

美しく、おとなしい少女であったアリス。そんな彼女は、友達も少なくその外見で嫉妬を買っていた。

けばけばしい化粧の女子や、軽い言動の不良たちから目をつけられていた。

それを知りながら、室見もほかの誰も何もしなかったのだ。


「溝口・・・・・・・・・・・」


儚げな少女の顔が思い浮かぶ。あの少女の美しい顔は、もう、見ることはないのか。

彼女のあの影のある顔を見るのが、好きだった。

静かに本を読む彼女の、あの細いからだ、うなじが好きだった。

それが、もう見れないのか。

そんな風に思い、室見は葬儀の場にいた。

遺影の前で泣く両親。その姿に、室見は痛みを覚える。

俺がここにいていいのかな、そんな思いもする。ひどく、場違いな感じが否めない。

そんな室見がふと見た先には、いじめの主犯格であった不良たちがいた。

葬式の場なのにもかかわらず、忍び笑いをするそいつらにさすがの室見も怒りを覚えた。

だが、室見が彼らに怒りをぶつけることはしない。彼らは、この辺の学校でも知られる悪であり、室見のようなひ弱な一般人にはどうすることもできない存在である。


(溝口、お前は不運だったな)


あんな奴らに目をつけられて。でも、もうお前はあいつらに振り回されなくても済むな。

それだけが、救いであろう。

だが、死が救いであるなんて、なんて哀しいのだろうか。

室見は葬儀場を出ると歩き出す。夜の闇に包まれた街は不気味であり、もう夏だというのに、背筋には寒気が奔る。

ふう、と息をついた室見はふと未知の橋のわき道を見た。その闇の中で紅い何かを見た、気がした。

それは、血のような赤であった。

夜の闇でもはっきり見える紅いそれは、そこで何をしているのだろう。

気になった室見は、本能の危険信号を無視して、進む。

そして。


「――――――っ!!?」


悲惨なものを見た。もの、それはかつては人であったであろうもの。けれど、あまりにも人間から離れたその姿は、もう人間とは識別することは困難である。

内臓がはじけ飛んだように周囲に肉片が飛び散り、足元には目玉が落ちていた。

魅入られたように、室見は死体を見る。そして、その死体の近くに紅い何かが書かれていることに気づいた。

それは、最近よく耳にするものであった。


「『VENGEANCE』」


血の復讐者の名前であった。




警察には通報せず、室見は家に帰った。そして、死者の近くに落ちていた学生手帳を見る。

あの死体は、どうやら室見たちの高校の生徒らしい。調べてみると、相当の悪であった。

なるほど、これはきっと復讐なのだろう。そう思った。

溝口アリスの死。それに対する復讐なのだ、と。

室見は興奮した。

ああ、アリス。君の無念は晴らされるよ、と。



それから数日後、毎日のように行方不明者が相次ぎ、身元不明の猟奇死体が発見された。

いずれも、溝口アリスのいじめに加担した生徒たちである。男女、学年も関係ない。中には他校の生徒も殺害されており、どれだけ多くのものが彼女のいじめに加担していたかがわかる。

ああ、アリス。なんて不幸な子だろう。

室見はそう思い、教室の机の上で頬杖をつく。

今日の朝のホームルームは、職員会議で潰れた。この調子だと、学校が休み、というのもありうるな。

そう考え、室見はこれからどうしようか、と天井を仰ぎ見る。


結局、二限目で学校は終わり、学校及びその周辺に警察の見回りがつくことになった。

それはそうだろう。数日で殺害数は十以上。大げさ、とは言えない。

それにしても、何人殺すのかな、と室見は思う。もしかしたら、学校中の人間を殺すのかもなあ、などと思った。

けれど、そうなったら僕みたいのも殺されるのかなあ。確かに見て見ぬふりは悪いことだけど、それで殺されるのもなあ、なんて彼は思っていた。

まあ、大丈夫か。僕はイジメには加担していないから。



ネットを巡り、裏サイトを覗くと、連中は殺人鬼の影におびえているらしい。

仲間が次々と血祭りにあげられ、行方不明になってるから、まあ当たり前か。

室見はふん、と息をつき、寝台に横になる。


室見は溝口アリスの柔肌に顔をうずめる夢を見た。



室見は学校に向かう。

朝のクラスは閑散としていた。殺された生徒もいれば、欠席の生徒もいる。さすがにこの状況で出席できる奴なんて、そうそういない。壊れた奴か、よほど自分に罪はないと確信している奴だけ。

ふんふん、と鼻歌を歌い、室見は席に着いた。

ああ、今日もいい天気だ。




室見は絵をかく。

この間見かけた美しい花の絵だ。

血のように真っ赤な花が咲き誇る絵。自分で書いておいてなんだが、素晴らしい出来栄えだと室見は思う。

ああ、と室見は言う。書き忘れたものがあった、と。

そして鉛筆で書き足されたものは。

眼球のような丸であった。




登校すると、下駄箱に手紙が入っていた。いわゆるラヴレター、というものだろうか。

メールの時代に珍しい、などと思い、室見はそれを開く。


『今日の放課後、屋上で待っています』


差出人の名前は、ない。

けれども、この感じだと女子からの告白の手紙だろう。

恥ずかしがり屋なのか、などと考え、室見はそれを鞄にしまい、放課後を楽しみに思った。

もし付き合ったら、どうしようか、などと考えて。


授業はほとんど、聞き流していた。どうせ、ほかの連中もそうだろう。

ああ、また人が減っている。




放課後。

一人、屋上に上る室見。なぜか鍵は外れていた。ということは、相手は来ているのか。

そう思い、浮き浮きしながら扉を開け、屋上に出る室見。だが。


「あれ?」


人の影は、ない。

室見一人がそこにいた。

室見は疑問に思い、周囲を見る。

ははん、ここまで来たのはいいけど、まだ照れてるのか。

仔猫ちゃんは憶病だなあ。

室見はそう思い、相手を探し、屋上を徘徊する。だが、人っ子一人いない。

後探していないのは、給水塔くらいか。

そう思い、梯子を上り給水塔を見た室見は、驚く。

そこには、確かに女子がいた。だが、その頭は叩き割られ、絶命していた。

確か、こいつも不良グループの女のはず。そう思い、近づいた室見。

その背後に、ふと紅い影が差す。

異様な雰囲気を感じ、室見が振り返ると同時に、強い衝撃が彼の頭部を襲い、彼は意識を失った。




目を覚ました時、周囲は暗く、わずかについている外套の明かりだけであった。

室見は自分の身体がフェンスに括り付けられているのを悟る。

フェンスに縛る紐をとけば、高速は解ける。だが、同時に自分は死ぬ。

何故なら、足場がないから。

学校の屋上は五階。間違いなく、死ぬ。

どうしてこんなことに?そうだ、呼び出されて、それで死体を見つけて。


「目が覚めたかしら」


不意に、そんな美しい声が聞こえた。

僅かに顔を動かした室見の視界に、紅い人物が入る。

真紅のコートと帽子の人物。わずかに見えるルージュをひいた唇。

これが、復讐者か。

室見はそう思い、なぜ、自分のもとに、と思う。


「僕に、何の用だい、VENGEANCE」


「落ち着いているわね、室見啓」


「僕の名前をどうして?」


クスクスとその人物は笑う。


「どうして、それはあなたが一番知っているはずよ、室見啓」


ゾクリ、と背中を走る悪寒。そんなはずはない。ばれるはずはない。

どくどくとなる心臓を抑えるよう深呼吸し、室見は言う。


「何を言っているか、わからないなあ」


「とぼけるのかしら。ならいいわ、説明してあげるわ」


そう言い、彼女は室見の真後ろに立つ。


「溝口アリスの自殺の原因、わかるわよね」


「いじめを苦にした自殺、でしょう」


「そうね、それもあるわ。けれど、違うのよ」


彼女はそう言い、フェンスの後ろからつぅ、と室見の背を撫でる。


「彼女はね、確かにいじめを苦にしていた。だけど、直接の死因は違うのよ。一番の理由ではなかった」


「どういうこと?」


「彼女はね、妊娠していたのよ」


「・・・・・・・・・・・・」


黙りこくる室見に、彼女は言う。


「溝口アリスは妊娠していた。いじめによる強姦によるものと私は思っていたけど、実際は違った」


「・・・・・・・・・・・・」


「室見啓、あなたはイジメられていた彼女に、さも親切な人物を装い、近づいたわね」


「!!」


室見の目が見開かれた。


「そうやって彼女の相談に乗り、彼女の信頼を勝ち取った。彼女の気持ちに付け込んでね」


つうう、と首筋を撫でる指。革の手袋が、不気味な感触を生み出す。


「そして、あなたはある日、彼女を強姦した」


「ははは、そんなこと、あるはずがない。それに、そんなことしたら、僕が捕まるよ」


僕はイジメには加担していない、飽くまでそう言い張る室見。


「そうかもね、けれど、彼女にはもう頼る人物はいなかった。最後の支えであったあなたが裏切ったせいで」


それでも、彼女は生きていた。この、クソッタレな現実を。

けれど。


「ある日、彼女は知った。自分が妊娠していることを。そして、それをあなたに打ち明けたはず」


室見の心臓の鼓動が早くなる。


「けれど、あなたは言ったでしょう。『興味ない』『俺の子どもじゃない』『ほかのやつのだ』なんてね」


そして、彼女に『自殺』を促した。

室見にとっての誤算は、まさか本当に彼女が死ぬとは思っていなかったことだ。

彼女が死に、室見は自分に言い聞かせた。彼女の死は、俺とは無関係だ。すべてはいじめていた者たちのせいだ、と。

そうやって、逃避した。

けれど。


「私の目は、誤魔化せない」


室見には見えないが、その背後では復讐者の目が燃えるように輝いていた。強く、強く。


「どうする気だよ、俺を」


「復讐するわ、ほかのやつよりも壮絶に、ね」


そう言い、女は笑う。


「まずは」


そう言って括り付けられた室見の指を一本、へし折る。いともあっさりと。


「ああああああああ、ぁあああっ!!?」


「折るだけじゃあ、足りないわね」


そう言い、ナイフを取り出した女はその折った指を切り落とした。


「ひぎぃ!?」


「これはもう、いらないわ」


そう言い、ぽいとフェンスの向こうに投げ捨てた。ああ、俺のゆびぃ、と室見が泣き叫ぶ。


「くそ、アバズレ、やめろ、こんなことは・・・・・・・・・・・・!!」


そんな室見の叫びを無視して、彼女はその隣の指をへし折り、引き千切る。


「あああああああああああああ」


「これも、いらない」





そんな風に、指をすべてへし折られ、切り捨てられた室見。

その後、女は室見の脚を切り落とした。フェンスに括り付けたまま。

室見の身体が未だ地に落ちていないのは、両腕がつながっているから。もしも、腕も同じように切り落とされたら。


「やめて、もう・・・・・・・・・・」


「フフ、どの口が言うのかしら。自身の罪から目を背け、溝口アリスとその子どもの命を奪ったのに」


「俺は、僕はぁ、ただ彼女が好きだったんだァ」


いじめられ、落ち込む彼女の、あの陰鬱な顔を見るのが、好きだった。

そう語る室見。その顔はもはや正気ではない。

これ以上やっても、この男が罪の意識も懺悔もすることはない、と女は悟る。


「なら、もう終わりにしましょうか」


そう言い、フェンスに身を乗り出し、室見の両腕に何かを当てる。


「え?」


突き刺さる感触に、室見が見ると大きな鉈が両腕に突き刺さっていた。

それは、一撃で室見の腕の骨の半分近くを斬っていた。


「あああ」


「彼女が投身自殺したビルは、十二階。それと比べると、遥かにここは低い。けれど、少しでも墜ちる痛みを味わいなさい」


「い、いやだ、死にたくない!」


「喚き続けなさい、地獄の中で永遠に」


そう言い、鉈を抜くと、無慈悲にもう一度振り下ろす。

両腕がフェンスに括り付けられたまま、プランと胴から離れた。

そして。

室見啓の四肢のない身体が、地上に向かって落ちて行く。


「あぁああぁあああっぁぁっぁあああああああああああああああっぁあああ!!!!」


叫ぶ室見。血を撒き散らし、重力に逆らわず、落ちて行き、そして。


真っ赤な血の華を咲き誇らせ、絶命した。

彼女はそれをそこから見届けると室見の落ちた校庭に向かう。


室見の死体から広がる血で文字を書くと、彼女は一輪の薔薇を置いた。

血で真っ赤に染まり、赤黒くなったそれを。




後日、学校に匿名の文書が届いた。

いじめの実態の書かれたそれは、今まで死亡した生徒によるいじめが事細かに書かれていた。

そして、それを見過ごしてきた教師への批判も書かれていた。

もしも、学校がいじめを否定するならば、お前たちの命も奪う。そんな脅迫文が最後の紙には書かれていた。

教師たちは、早急に記者会見を開き、いじめを認め、遺族に対しても謝罪をした。

だが、その対応は不十分であり、VENGEANCEの逆鱗に触れたのだろう。

その数日後、校長と教頭、そして溝口アリスのクラス担任がそれぞれ自宅にて殺されていた。家族のいる中、どうやって殺害されたかは不明であるが、犯人はVENGEANCEであることだけは確かであった。



紅い復讐者はふらりとその学校を見て、背を向ける。

そして、次なる復讐のために去っていく。



『M中学校でのいじめによる・・・・・・・・・・・』

彼女の耳に入ってきたニュース。それを聞き、彼女の唇が歪んだ。





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