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拙作の『VENGEANCE』とは関係ない独立した話です。


[VENGEANCE]  名詞   意味:あだ討ち、復讐、仕返し





現代日本。


深夜というのに、そこらかしこにはネオンの光が満ち溢れ、酒に酔った男たちや仕事女たちが騒いでいる。バーやラヴホテルなど、昼間でも子どもが立ち寄らないそこは、夜になれば無法地帯、と言ってもいい。

一時の享楽、愉悦のために多くのものがそこを訪れる。

麻薬のブローカー、犯罪者、暴力団関係者、そして政治家や権力者たち。

警察などの公的機関でさえ、手を出すことは許されない、公然と許された「犯罪地帯」。

力なきものは虐げられる。力なき子供たちが大人の性の捌け口にされ、弱き女性たちはまるで物のように扱われる。

法律の及ばぬ闇の中で、この街の住人は震えるしかない。

生きるためには、他人の不幸に首を突っ込まない。さもなくば、自分の家族にまで火の粉が飛ぶから。

都会の闇の中、笑う犯罪者たち。権力者は守るべきものを庇護する役目すら放棄し、快楽に沈み行く。

ネオンの中、今日もまた、力なきものが虐げられる。



「いや、いやぁ!!」


髪を引っ張られる、まだ未成年と思しき少女。メイクを施したその顔は、涙で崩れているが、彼女の可憐さを損なわせはしない。

彼女の髪を引っ張り、乗客の前に出す、売春宿の店員。彼を見て、スーツ姿の事業家らしい40代前半の男が笑う。


「いやあいい。若い女は・・・・・・妻のような、いかにも昔はいい女だったのとは違う」


そう言い、顎をさする事業家。眼鏡の奥の瞳が、欲望に煌めく。


「ほれ、代金だ」


「はい、毎度あり!」


店員はそう言うと、部屋の鍵を渡す。

少女の首についた首輪から伸びる縄を持ち、事業家は慣れた様子で店の中を進む。

そして、鍵に書かれた番号の部屋の前で立ち止まり、扉を開け、少女を乱暴に入れる。

そして、上着を脱ぐと、少女を寝台の上に押し倒す。


「い、いや・・・・・・・やめて」


か細い声で助けを求める少女。

彼女がここに来たのは、親の借金の方として無理やり連れてこられただけ。何をするのか、何をされるのか、少女の中では否定しがたい、だが近い未来来るであろう光景が襲い掛かる。

高校生である彼女は、まだ彼氏などできたことはない。好きな相手はいるが、片思いに過ぎない。

性の知識がないわけではないし、興味がないわけではないが、その経験はまだなかった。

だから、男のこれからするであろう行為に、嫌悪感を抱く。見ず知らずの知らない相手。

少女は体の底から、恐怖が溢れだし、寒気が奔る。


「その様子だと、まだ経験したことはないのか。ククク、なるほど、これは楽しめそうだ」


「いや」


事業家はそう言うと、シャツを脱ぎ捨てる。逞しい体が現れる。

少女に近づくと、少女の着る服を無理やり剥ぎ取る。ガタガタ、と少女の歯が恐怖で震える。

抵抗する少女だが、男の身体と少女の力では、あまりにも差があった。

下着の身にされた少女の顔を、荒い息の男の舌が這い回る。

気色の悪い閑職と、荒い男の息。煙草の匂い。欲望にたぎる瞳。怪しい部屋のライト。


「大丈夫だ、怖いのは最初だけさ。次第に恐怖も忘れて、気持ちよくなるよ」


「いやだ、やめて!助けて・・・・・・・・・・・・・」


妖しい光を放つライトの下、少女は叫ぶ。だが、完全な密室であり、声が漏れない設計のこの部屋の外に、少女の悲鳴が聞こえるはずがない。

男は少女のブラジャーのホックに手をかけた。

その時。

ブン、とライトの光が落ちる。

事業家はなんだ、と思う。ライトを消したわけではない。停電か。

そう思った男がポケットからスマートフォンを取り出し、その光で周囲を見る。

ぎい、と音がした。


「誰だ、誰かいるのか?」


男が問う。下の少女も、何が起きているのかは理解できていないようだ。

男が警戒する中、ライトの光が再びついた。


「戻ったのか」


そう言い、周囲を見た男は驚いた。

男と少女のいる寝台の前に、一人の人物が立っていた。

真紅のコートに身を包んだその人物。男にしては細い体で、顔は真紅の帽子で隠れている。女にしては長身であり、男と同じくらいの身長である。手に真紅の手袋、靴は革の、これまた真紅の靴。

徹底的に「真紅」に凝ったその人物。

男は「何者だ!」と怒鳴る。


「私が誰か、わかっているのか、貴様!?」


男は今、社会でも注目される事業家。表向きは慈善事業などを手掛けているが、裏の顔は勇名暴力団のアドバイザーであり、多くの闇組織の取り締めであった。


「とにかく、邪魔だ。部屋を間違えたのか何なのかは知らんが、出ていけ!」


そう言い、男が真紅のコートの人物に近づく。すると、その真紅の手袋が男の手を振り払い、手首をひねり上げる。

ごきり、と聞いたことのない音がして、男の手首が不自然な形になる。男は痛みに驚き、喚く。

だが、防音のため、外にその音が漏れることはない。にもかかわらず、男はこの不審者を捕まえろ、と怒鳴り散らしている。

そんな男の声が深いとばかりに、首を絞め、真紅のコートの人物はその声を止める。


「・・・・・・・・・・・・・・!!」


息ができず、もがく男。抵抗し、無事な左手でその真紅の腕を離そうとするが、強い力で締め上げており、男にはどうにもできない。


「お、お前は、誰だ・・・・・・・・・・・・」


辛うじて声を出せた男の問いに、その人物は初めて素肌を見せた。

コートと帽子の間、わずかに見える形のいい唇と鼻、そして真紅のサングラスの奥で光る瞳。

ニヤリと笑い、その人物は言った。冷たい、テノールの声で。


「私の名か。マスコミにはこう呼ばれているな、『VENGEANCE』と」


男と少女の目に、恐怖が宿る。

VENGEANCE、と言えば、この日本で知らぬ者はいないのではないか、というほどの名前である。

もっとも、その人物のことは謎に包まれている。

約半年前、かつて汚職の罪で逮捕され、収監されていた政治家がいた。多くの罪に問われながらも、無実と言われ、わずか一年、服役しただけ。

彼によって無理矢理売春させられた、という娘が自殺し、涙を流す両親の訴えがあったにもかかわらず、のうのうと社会復帰し、あまつさえ、政治にまで戻ってきた。

選挙戦においても、その支持基盤と金で当選確実、とまで言われた彼だが、選挙前日、彼は殺害された。

凄惨な殺害方法であり、その首は胴より切断され、男の男性器は切り落とされていた。

殺害の死因は首を斬りおとされたことだが、死の前に拷問をされたらしく、全身に多くの傷があった。

近くには殺害に使用した凶器である包丁、のこぎり、金づちが置かれていた。

そして、この猟奇的な殺害をした犯人は、現場にあるメッセージを残していた。

被害者の血で書かれた、それと、薔薇の花。

血文字はこう書かれていた。


VENGEANCE


事件の犯人は見つからなかった。防犯カメラもあったのみ、それにも映ることはなかった。政治家の事務所は二階であり、そこに至る階段にある防犯カメラに映っていなかった。そのことから、窓から侵入した、とみられるが、とても人間業で入れる、とは思えない場所であり、警察も早々にこの事件に見切りをつけていた。

それから一週間後。

またしても同様の犯行が行われた。

被害者は、21歳の有名大学に在籍する青年。

官僚の父親を持つ、いわゆるエリートであり、彼自身も将来を嘱望されていた。だが、高校時代、彼のいた高校で起きた女子生徒集団輪姦事件にかかわっていた、とされていながらも彼は親のコネでそれを逃れた。大学生となった彼は、未だにそういったことを続けていたらしく、その死後、多くの証言が寄せられた。

この大学生も、やはり『VENGEANCE』と言うメッセージの遺される部屋の中で、バラバラ死体で発見。やはり、密室での犯行であり、犯人は不明。

これ以降、多発した同様の事件。模倣犯の可能性や集団での犯行の可能性もあったが、マスコミはその人物を遺したメッセージからこう呼んだ。

連続殺人鬼VENGEANCE、と。


「き、貴様が、きさまがあの・・・・・・・・・・・・・」


あえぐ男を、壁に叩きつける真紅のコートの人物。


「まさか、私を殺しに来た、というのか!?」


「そうだ」


冷徹な声で言った女は、じわりと男ににじり寄る。

男はズボンのポケットから折り畳みナイフを取り出す。身の程を知らない相手を脅すために、といつもポケットに入れているものである。

ナイフを構え、男は笑う。見たところ、この真紅の人物は、刃物などは持っていないようだ。いくら腕っぷしが強いとはいえ、ナイフには敵うまい。

男はにたりと笑う。


「馬鹿め、どうして俺が丸腰だと思った。今までのやつらのように、簡単に殺せるとは思うなよ!」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


沈黙するVENGEANCE。だが、急にクスクスと笑いだす。男が叫ぶ。


「何がおかしい!」


「いいえ、ただ、あなたこそ、私を丸腰と思わないことね」


そう言った女はコートの裾から何かを取り出すと、右手でそれを掴みとり、瞬時に男に投げる。

ヒュン、と空気を切り裂き、それは男のナイフを持つ右手首に深々と突き刺さる。


「あぁ!?」


血が噴き出し、銀色の刃を染める。小さな、深紅の柄のナイフが手首に刺さる。

女はその間にコートの前を開く。コートの下には、体のラインがよく出たレザーのスーツが着こまれており、その魅惑的な太腿には何かがくくってあった。

真紅に塗られた拳銃であった。

拳銃を左手に持ち、女は男の膝に狙いをつけ、発砲する。

ドン、ドン。

二発撃たれた銃弾は、男の両膝を打ち砕く。男の身体が崩れる。


「おおぉぉぉぉおおおおっ、おれの、おれの脚がああ!!!」


倒れ伏した男の頭を、女はその真紅の靴で踏みつける。

男の鼻が床にぶつかり、鼻の骨が砕けた。

ぶほ、と男が息をする。


生島いくしま正治まさはる。お前は、多くの人の生活を踏みにじってきた。その報いを、己が命で支払ってもらう」


「何を、言っている!」


顔をそらし、女を見て男は叫ぶ。


「俺が何をした!俺は、俺は。そもそも、きさまに俺を裁く権利があるのか!この、殺人鬼め。警察でも、裁判官でないきさまが、俺を裁く気か!?」


女は平然と答える。


「そうだ。法が貴様たちを裁かないならば、私が裁くまでだ」


「な・・・・・・・・・・・っ」


言葉を失う男。サングラスの中で、燃える瞳が男の醜い顔を映す。

理屈や男の言葉では、揺らぎはしない信念、とでもいうのか、それが女の瞳の中で揺れる。炎のように。勢い強く。

言葉は通じない。この女は、俺を確実に殺す。そう男は悟る。


「待ってくれ、せめて、楽に殺してくれ・・・・・・・・・・・・!」


男はそう懇願する。

だが、女は冷酷にその言葉に首を振ると、被虐的な笑みを浮かべた。楽しそうに歪んだその口は、男にとっては残酷な言葉を告げる。


「お前には、楽に死ぬ権利などないことをわかっていないのかしら」


そう呟いた女の顔が迫る。その腕には、光り輝く何かがあって。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


男の、終わりない悲鳴。

少女は耳をふさぎ、それを怯えながら見る。

その眼前で、真紅の復讐者は、目を爛々と輝かせ、その真紅のコートを血に染め、男の身体に消えることのない裁きを下す。



男の顔は、人の浮かべる死に顔ではなかった。目は大きく見開いていた。顔の穴と言う穴から血が吹き零れ、乾いた涙の跡がはっきりと見える。

内臓が飛び散り、まるで獣に食い散らかされたようにそこにある死体。

今宵、また新たにVENGEANCEによる被害者の名前が一つ、増えた。


死体を前に、平然と立つ女。

その女が、寝台で怯える少女を見る。殺される、そう思った少女。そんな少女に、血に染まった復讐者が近づく。

そして、その手が少女の顔に触れる。

けれど、それは血に染まった手袋ではなく、暖かなぬくもりを感じる人の手であった。

そのあと、身体にふわりと何か被せられる。下着姿の少女に、女が服をかぶせたのだ。

少女は女の顔を見る。女の顔は、先ほど男を殺すときに浮かべていたあの残忍な笑みではなく、まるで女神のような笑みを浮かべていた。

そして、何も言わずに少女から離れていき、重苦しい扉を開ける。

扉が閉まる直前、また悲鳴のようなものが聞こえた。


少女はその後、警察に保護されるまでその場で放心していた。

少女はあれが何か、わからなかった。だが、少なくとも、あの人は私を殺さなかった。

あの人は、私を守ってくれたのだろうか。

少女の疑問に答える者はいない。が、事実、彼女の身体には一切の傷はなかった。男によって無理矢理奪われるはずだった処女も奪われることなく。

そこで少女は思い出す。あるネット掲示板での、根も葉もないうわさ。

曰く、復讐者は罪なきものを殺さない。彼女は、力なきものの代行者である、と。


警察が駆けつけた時、店の生存者は少女をはじめとする、強制的に売春を強要させられた者だけだった。

店の関係者、客たちは悉く殺害されており、皆、碌な死に方ではなかったという。


店の正面ロビーには、大きく被害者たちの血である文字が書かれていた。

そして、ロビーに倒れていた店員の額には、大きな穴が開けられており、そこには一輪の薔薇が差されていた。

薔薇は、血で赤黒く染まっていた、という。




この街にはある都市伝説がある。

時折、この街に現れる復讐鬼の話である。

この街で、人の尊厳を踏みにじった者の前に、それは現れるのだという。

法や警察が裁くことのできないものすらも、知ったことかとそれは殺していく。

血のような真紅で全身を包んだそれは、凄惨な方法と人並み外れた力で、その者たちの命を奪う。

そして、自身の名前と薔薇を残して去っていくという。


その名は『VENGEANCE』。




今日もまた、どこかで復讐者は復讐をしているかもしれない。



夜のネオンの中、真紅のコートが揺らめいた。


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