見えないし聞こえない。でも……
「お母さん、お母さんまたボクの部屋に、あの知らない女の人がきてジッと見てくるよ」
「そうなの。でもお母さんにはそんな女の人見えないし、聞こえないわ」
お母さんはイジワルだ。ボクがこんなにコワイのに知らんぷりばかりしている。
ボクは世の中がいうところのれい能力者で、生まれたときから見えないものが見えたし、聞こえないものが聞こえていた。
最近、ボクら一家は安いマンションを見つけて引っこしてきたのだけど、先にコワイ顔と変なかっこうをした女の人がいた。
お父さんもお母さんにも女の人は見えていないから、この人はゆうれいなんだなって思った。
ねている間なんて、いっつもボクを女の人が見てくるから朝起きたり、夜中に目がさめるのがとてもコワイ。
お母さんもお父さんもイジワルで、「コワイからいっしょにねてもいい?」って聞いたら「もう大きいんだから一人でねなさい」って言う。
ある日、ぼくがまたお母さんに女の人のことを言った時のこと。
「お母さん、やっぱり女の人がコワイ」
「少しだけ、ガマンしていなさい」
「え?」
いつものお母さんだったら、「なにも悪いことなんて起きてないでしょ? だったら文句なんか言わないの。家賃だってここは安いんだから」とぐらい言っているはずだ。
「そうね、誕生日までってところかしらね。それだけ我慢したらもう大丈夫」
それからボクはお母さんの言った通りたん生日までコワかったけどガマンした。それでボクが十二になった日の朝。
「あれ? いない」
起きたときいつもボクをみて立っていた女の人はカゲも形も無くなった。他の部屋を見てもいない。
「お母さん、お母さん! お母さんの言うとおりにガマンしていたら女のゆうれいがいなくなったよ」
うれしくて、ボクはお母さんお礼をした。
「それはよかったわね」
「でも、どうしていなくなったの」
「それはね、あなたが少し大人になったの。大人になるとね、子供には見えるものが見えないし、子供には聞こえるものが聞こえなくなるのよ」
「それじゃ、ゆうれいが消えたんじゃなくて、ボクがゆうれいを見れなくなったの?」
「そうよ。お母さんもあなたくらいの時にそうなったの。見えないし聞こえない。でも……」
そう言ってお母さんは、部屋の一角をじっと見つめる。そこからは何も見えないし聞こえない、でも不思議といやな感じだけはする。
「気配だけはどうしても分かっちゃうのよね」
お母さんは「ホント、困りものよね」と笑っていた。
若い間は、モスキートーンの音や一部の紫外線の色が分かるのは有名な話ですね。耳や目は人体でも真っ先に老化していきます。そうやって私たちは歳をとるごとに感じられる世界が狭まっていくのです。なんか寂しいな。