05:金曜日-前編-
「店長、金曜のライブのゲストチケット貰っていいですか?」
ライブフロアの床に散らばったチラシや煙草の吸殻の片付けをしてる時
思い出したように正文は店長に尋ねた。
「ああ、いいよ。後で渡すわ。珍しいな、菅波がゲスト呼ぶなんて。友達?」
「あー…そんな感じっす」
「……女?女だな!?菅波!この〜!」
肘で背中をぐりぐり押し付ける店長。図星だったがあまり顔に出さないよう返す。
「そんなんじゃないっすよ。妹みたいなやつなんで」
「妹みたい!?なんじゃそら〜!」
いちいちオーバーリアクションを取るもんだから同僚達が面白がって話しに混じってきた。
「正文〜正直に彼女って言えばいいじゃないか〜」
「や…違うって。ほんと」
「いーや!最近のお前の変わりっぷりを見てれば誰でもわかる!!」
「…変わった?どこが?」
「何かさ〜優しくなったつーかさぁ」
「お前らに優しくした覚えは無いが…」
「……店長。こっちのカウンターは終りましたけど…そっち手伝います?」
騒がしい野郎達に志乃は冷めた目をして声をかけた
「…ああ、宮川。…こっちは大丈夫。あ!上のカウンター手伝ってきてくれない?」
「上のカウンターもほぼ終ってます。」
「あ…じゃあ……上がって。」
「…お疲れ様でした」
去る瞬間、志乃は正文を少し睨む様な視線を送った。
正文は少し疑問に思ったが考えても思い当たることがなかった。
「…さて、俺らもとっとと片付けして上がるか!」
何やら凍りついたような雰囲気を消すように店長が声を出した。
でも1人だけ凍りついた雰囲気に気付いてない人間がいた。
「…志乃って最近何かあったの?何かここんとこピリピリしてね?」
店長と同僚がまるでコメディー映画のように振り向き正文の顔を見た。
「…さぁ?店長何か知ってますぅ?」
「いいやぁ?佐竹は何も知らないのかい?」
「いいやぁ…?」
ワザとらしいやり取りに正文は首をかしげた。
この日は3バンドが出るイベントだ。3ピースの貫禄のある男臭いロックバンドに
管楽器編成のジャズロックバンド。打ち込みの音を使った洒落た若者4人組のバンド。
どれもそこそこ名の知れたバンドで前売りチケットは完売していた。
スタッフもこの日の面子にわくわくしていた。しかし正文はもっとわくわくしていた。
多分誰よりもこの日を待ち遠しく思っていた。今日は金曜日。そう、玲と約束した日が来た。
「…やべぇかっこいいんだけど!」
同僚の佐竹が興奮気味に正文に話しかける。どうやら楽屋に軽食を届けに行ったみたいだ。
「ああ、見た見た!やっぱさぁ若いやつらと違ってあの人らは違うよな。」
「ほんっとだよ!超クール!!」
久々の大物、というか好みのバンドで正文はテンションが高い。…それ以外の理由もあるが。
「やっぱ違うよねー。今日は忙しくなりそー!…正文ラッキーだね。今日早上がりなんて」
志乃がにこにこしながら話しかけてきた。ここ数日ぴりぴりしていたが
さすがに豪華な面子に志乃も機嫌が良い。
「ああ、マジラッキーだわ。今日は良い日だわ。」
「…女の子来るみたいだしねー…」
機嫌の良い顔から少し意味深な表情に変わった志乃。
それを察して佐竹はその場から少しずつ離れていった。
「何、お前も知ってんのかよー…」
「みーんな知ってるわよ?正文がゲストに妹系の女の子連れてくるって」
「…妹系…って言うと何か俺アキバ系みたいだな。ははっ」
「…彼女なら彼女って言ったほうがこんなネタにならないのにー……ね」
「だーかーらー…彼女じゃねっつのー…」
正文があきれるように言い放つと志乃は少しにっこりと笑った。
「ほんと?」
「ほんとだって!」
「…わかった」
そしてまたにっこりと笑いその場を去った。
正文はその笑顔が何を意味してるのかわからなかった。
「……うわぁ…結構いっぱいいる…」
繁華街の奥に歩くとその行列が見えた。それはライブハウスの開場を待つ客の行列。
チケットを持たない彼女はうろうろするしかなかった。
「…正文君……いないか。…並んじゃっていいのかなぁ…」
制服姿の彼女、玲は困っていた。
「開場しまーす!整理番号1番から10番の方入ってくださーい!」
短髪で茶髪の男が声を大きくして客入れを始めた。
玲は恐る恐るその男に近寄り声をかけた。
「あの…」
「はい?どーしました?」
せかせかしてたので対応が粗雑になる茶髪の男。胸に着けてる名札には「小山」とあった。
「あの…菅波さんのゲスト何ですけど…そう言えばわかるって…。」
「!!ああ!菅波の!あーちょっと待っててね!えー次50番から80番の方ー!」
ライブハウスは地下1階と2階で成り立ってっている
地下1階にはくつろげるスペースと広いバーカウンターがある。グッズ売り場も其処に設けてある。
地下2階がライブスペースだ。ここにも地下1階程広いものではないがバーカウンターがある。
人数は400入るくらいの大きさだ。知名度の高いバンドのイベントやワンマンになると
すぐにチケットは完売し、スタッフも総出で出ることになる。
この日はメジャーでCDを出してるがオリコンに入る程の売上げは無い
だけど確実に人数を呼べるバンド達のイベントだ。
スタッフは総出だが早上がり出来る人間が出るくらいの余裕はあった。
今日の正文は地下2階のバーカウンターを任された。
「…玲、大丈夫かな…」
「メールしてみりゃ?今ならまだ余裕だから言って来いって」
一緒に地下2階のカウンターを任された佐竹が正文に言う。
「…いや、いいや。多分大丈夫だと思うし。中には入れてると思うし。終ったら連絡してみる。」
「いいの〜?妹系ってことは頼りない系でもあるだろー?」
「まー……確かに」
何処かで迷ってないか、変な男に絡まれて無いかと少し不安になってきた正文。
ドリンクを作りながらもフロア全体を見回した。
と、フロアから茶髪で短髪のスタッフ、小山が何やら誰かを連れてこちらに向かってきた。
身長が小さいのか連れてる相手の頭しか見えてない。
人を掻き分け、何やら嬉しそうな小山が正文のいるカウンターの前に現れた。
…連れてた頭しか見えてなかったそのこは…玲だった。
「正文君!!」
「!…玲。良かった。迷わなかった?」
「うん、平気。この人が親切に案内してくれたんだ。有り難う御座います。」
小山に頭を下げる玲。小山は笑いながら正文の頭をわしゃわしゃとつかみ出した。
「んーにゃ、そんな大したことしてねーって!なぁ?正文?」
「…確かに…大したことではないな」
「あ、お前ひどっ!」
会話を楽しんでたらいつの間にか後ろにドリンク待ちの列が並んでいた。
あわてて小山は横に移動した。
「玲ちゃん!フロア入って左奥に進むとゲストの椅子席あるから。
多分名前書いてあるからそこで見てて!正文は生憎ライブ終る頃に上がるんだが
まぁ楽しんでって!」
「わかりました。有り難う。じゃあライブ終ったらこのフロアに居れば良いかな?」
「おう!正文に言っとくよ!」
…きこえてっるつの、と心の中で思う正文。
フロアに行く際、玲は正文に笑顔で手を振った。
「…可愛いなぁ!超可愛い!いいなぁ!正文っ!」
「…わかったから仕事しろ小山」
「はいはーい」
客入れを一通り終えた小山は今度はライブフロアに行きステージ前に立つらしい。
ダイバーや気分を悪くした客の対応をするのだ。
「…でも確かに可愛いねあのこ」
開演が近付き落ち着いたカウンターで佐竹が言った。
「小山があれだけ可愛い言うのわかるわー」
「…顔じゃねーだろ人間」
「うわぁ、奇麗事ー。ある程度中身も顔に出るんだぜ?ってばーちゃん言ってた。」
「このお婆ちゃんっ子が。…まぁ確かにそう言えなくも無いがな」
ライブフロアで流れていたBGMが止まった、と同時に客の歓声が揚った。
SEが鳴り始め歓声はさらに大きくなる。長いようで短い夜の始まりだ。