夏だから青春しよう
GREEにて作家志望友達のジェイスさんより「夏だから~~~」というお題で小説を書いてほしいとリクを受け、書きあげた作品です。
「やっぱさ、夏って言ったら青春だよな」
「は? そーくん馬鹿じゃないの、青い春で青春だよ、春に決まってんじゃん」
俺の言葉はあっさりと、エアコンに冷やされた部室で気だるそうに雑誌を読むののに一蹴された。全く、酷い言い様だ。
「っつってもさ、こう青春っぽいイベントとかって夏が多くないか? 海だったり祭りだったり……」
「海と祭りだけでしょ。何、そーくんってば夕焼けの海で、あはは捕まえてごらんなさい、こらー待てぇ……的なシチュエーションに憧れたりしてる訳? うわ、臭っていうか古っ」
パイプ椅子を繋げて作った特製簡易ベッドの上で、ののは自分の棒読み発言に眉を寄せて舌を出す。折角の容姿が崩れたがしかし、そんな表情も可愛い。
「誰もそんなこと言ってないだろ。少なくとも、忙しい春なんかよりは青春らしいと思うけどな」
「そーくん分かってないな。春特有の色めいた空気とか、華やかな雰囲気とかあるじゃん。それに春は、出会いの季節だよ」
ののは大した感慨も無げにそう言い、緩慢な動きでページを捲る。
「出会いの季節、ね」
確かに、それには同意する。俺とののがこの文芸部で出会ったのも春だった。ちなみに部員は、俺とののの二人だけ。少し狭いがエアコンがついている部室を二人で独占するというのは、少しだけ贅沢な気分に浸ることができる。
室外機が立てる鈍い音と蝉の合唱と運動部の快活な声を壁越しに聞きながら、興味なさげに雑誌へ視線を落とすののを見つめる。涼みながら夏休みの宿題をするべく、こうして部活を名目に学校に集まったのだが、ののは一向に宿題をしようとしない。もはや涼みに来ただけである。
一応部活として来ているのだから、無論二人とも制服だ。夏の白いセーラー服と、紺色の短いスカートがののにはよく似合っている。こちらに足を向けているため、スカートの裾から覗く色白の素足が嫌でも視界に入る。いや、別に嫌ではないが、背徳感と理性に気持ちが揺らぐ。けれど、薄く発光しているような白い肌に思わず目が吸い寄せられ、つい見入ってしまう。
「……そーくんのえっち。何じろじろ見てんのさ」
「ひっ……!」
じっとりと湿気たようなののの眼差しが俺を射る。仰天のあまり、握っていたシャーペンを取り落としてしまった。
「あっ、いやっ、ごめん……」
咄嗟に謝罪の言葉が口をつく。慌てて視線を逸らし、長机に広げている読書感想文用の原稿用紙を凝視する。
「あっははっ、そーくん顔真っ赤。面白っ。ふふっ、まぁ別に気にしないけどね。そーくんだって、青春に憧れる健全な思春期真っ盛りの男子だし」
くすくすと笑いながらののは雑誌を机に置き、パイプ椅子に腰かけてスカートを軽く払う。
俺は感想文を書くこともできずに、握り直したシャーペンを弄びながら原稿用紙の細いラインを目でなぞる。心臓が、破裂しそうな勢いで脈打っている。意識しすぎだ、俺。
「あーあ、つまんない」
口から覇気が抜けるような深い溜め息をつき、ののは退屈そうに天井を仰ぐ。アンニュイさの中にコケティッシュな雰囲気を纏うのの。涼しい部室を独占するより、そんな彼女の姿を独占して眺めている方が贅沢かもしれないな、とたまゆら感じる。
「……なぁ、上村乃々香」
「何だよ、安岡崇一朗。フルネームなんて呼んで、改まっちゃって」
ののは力ない瞳で俺を見てくる。漆黒の瞳は、何の感情も表してはいない。
「夏だからさ、……その、二人で青春ごっこでも、しないか?」
「…………。はあ?」
一呼吸おいた後、ののは大袈裟な声を上げる。その瞳は、戸惑いを映し出しながら大きく見開かれている。
「いや、だからそんなに暇なら二人で海とか祭りとか行かないかな、と。いや別に恋人同士ではなく、友人として行くって意味でごっこなんだが……」
我ながら少し大胆なことを言ってしまったと、僅かに後悔する。ここでののに断られたら、俺の青春は見事粉砕してしまうに違いない。
「あ、別に嫌ならいいんだけど俺も夏休みは特に予定ないしののが暇なら行ってもいいかなと思っただけなんだが……」
一気に捲し立て、俺はつい目を逸らしてしまう。今、彼女の瞳はどんな感情を映しているのだろうか。気になりはするが、それを見る勇気がどうにも湧いてこなかった。
「え、何それ。夏休みをそーくんと似非ランデブーする訳? えー、どうしよっかな……」
……ですよね。この脱力で毒舌気味な女が簡単にいいよと言ってくれるわけないとは思ってたけど、さすがにショックだ。個人的には、ちょっとした告白のつもりだったのに。
いきなりの申し出の無礼を詫びようと、顔をあげののを窺う。と――、思わず、息をのんでしまった。
ののが珍しく、頬を染めて恥ずかしげに瞼を伏せていたのだ。強気な彼女のそんな表現、今まで見たことがなかった。
やばい。物凄く、可愛いんですが……。
「……やっぱりだめ。青春ごっこじゃなくて、青春じゃないとヤだ」
彼女の返答に、俺は一瞬反応が出来なかった。部室は涼しすぎるほど涼しいのに、熱に浮かされたように思考がぼんやりする。
「えっ、あっ、え、ごっこ、でなく……?」
やっと反応できた俺の口から、間抜けな声が漏れる。俺を見つめているののは一度大きく頷く。
「そう。本当のランデブー、デート、友だちとしての青春もどきじゃなくて、恋人としての本物の青春。それなら行ってあげてもいいよ」
勝ち気そうなののの表情と言葉に、じわじわと胸に嬉しさが込み上げてくる。
「え、そ、それって……」
戸惑いと喜びの入り交じる声が溢れた口に、徐々に笑みが広がるのが分かった。
「うん。安岡崇一朗、お付き合いを前提に、海とか祭りとか、夏だから青春しよう」