告ってもないのにフラレた俺はとりあえず本を100冊読むことにした
今日は現代を舞台にした恋愛ものです。
告白してもいないのにフラレることって普通あると思わないだろ?
俺はフラレたよ、ものの見事に。
「喩え世界がひっくり返ったとしても安藤とだけは付き合うつもりないわ」
はは、と俺は脳を破壊されながら何とか笑いを取り繕うことができたらしい。
その日、どうやって帰ったのか覚えていない。
小野ヒカルと俺、安藤ミコトは小学校からの友人だ。
家が同じ方向だったり何年も連続してクラスが被ったりして同じ時間を長らく過ごす内、俺は周囲にカップルが増えていく中、最近になってようやくヒカルへの恋心を自覚するに至った。
そして定期試験が終わって夏休みに入るまで残り僅かな登校日のどこかで告白しようとしていた矢先のことである。
「なんか最近、クラスでカップル増えたよねー」
「わかるー、俺も同じように干からびてると思ってた小島が宮下と付き合いだして流石に焦ったもん」
「焦ったって何、安藤も付き合いたい子とかいるのー?」
「いちゃ悪いかよ。俺だって男子ぞ?健全なお付き合いの一つや二つしてみてえに決まってんだろ。そういう小野はどうなんよ?」
「あ、それ聞いちゃう?てかもしかして安藤、答えようによってはあたしとワンチャンあると思ってたり?残念でしたー、あたしもう部活の先輩と付き合ってるから。喩え世界がひっくり返ったとしても…」
帰って飯食って風呂入ってオナって、それから泣いたよ、畜生。
てか、彼氏いる身で何だって俺なんかと一緒に下校してるんだ馬鹿たれ。
次の日、高熱を出して数日寝込んだ俺は、そのままミコトと会うことなく夏休みに突入した。
*****
「ミコト、とりあえず夏休みの間に本を百冊読め」
夏休みを利用して大学に帰ってきた姉がおかしなことを言い出した。
熱が下がった後も俺が布団から出たがらないと母親から聞かされた姉は俺の部屋の扉を蹴り破ると俺の顔を見るなり「さてはフラレたな?」と看破しやがり、嫌がる俺の口から強制的にことのあらましを聞き出すとそう言ったのだ。
「今のお前は運動神経も鈍ければ学力だって特別良いわけでもない。何に熱を上げるでも打ち込むだけでもなく、漫然とソシャゲとSNSと学校生活に流されている空っぽな人間だ。そして自分でも薄々そのことに気付いている。そんな奴に振り向く女などいないだろう。だがそんなお前でも今からできることはある。その中でも特に手っ取り早いのが読書だ。今日から夏休みが終わるまでに100冊読め。そうしてその後も月に10冊以上読む習慣をつけろ。それだけでお前は日本人の上位2割に食い込める。何ならついでに書く習慣も身に着けろ。それでお前は変われる」
その日から俺は姉の監視のもと三日三晩かけて学校から届けられた夏休みの宿題を終わらせられると、次の日から図書館に通い詰める(というか連行される)日々が始まった。
「ラノベでも児童書でも構わないが、絵本や漫画、写真や絵の多い雑誌はやめておけ。まずは活字漬けにしてお前のふにゃけた脳を叩き起こす必要がある」とのことだったので最初の一冊は最近公開されたアニメ映画のノベライズを手に取ることにした。
学校の読書課題なんかもあらすじだけ読んで適当に書いていたから、ちゃんと腰を据えて本を読むなど何年ぶりだろう。
びっくりするほど集中力持たねえの、これが。
結局初日は昼食時以外ずっと図書館で本に齧りついていたというのにようやく1冊読み終えるのが精一杯だった。
「流石に読めなさ過ぎだな。別に本人が楽しめるなら読む速さは自由だと思うが、お前の場合好きでそのスピードというわけでもなかろうし。まあ、こればかりは数だな」
思った以上に脳が疲れていたのでその日は帰って飯食って一風呂浴びたりオナって寝てしまったが、次の日にはまた姉に引っ張られて図書館の閲覧室で本とにらめっこしていた。
二日目は7月から始まったアニメの原作ラノベを手に取った。
アニメを観ていた分、多少頭にイメージが湧いて読みやすかったが、それでも話がアニメで見ていた分を過ぎてしまうとしんどくなり、その日も結局1冊しか読めずに終わった。
丸一日かけて一冊か二冊目の途中までしか読めないような日が続き姉にやめにしようかと提案したこともあったが「ならせめて図書館に来い」と相変わらず引っ張られた。
ただこのクソ熱い日々を冷房の効いた図書館で過ごすのは悪くなかったし、昼食は毎回姉が近くの定食屋に連れて行って奢ってくれたし、何より夏休みは予定もなければ学校を思い出すことは何もしたくなかったので大人しく従うことにした。
最初のブレイクスルーは図書館通いを始めて10日ほど経った頃にやって来た。
ある日急にラノベが読みやすくなった。
頭の中に表紙の女の子が浮かぶようになり、セリフを読むのに合わせて声優の声が響くようになった。
こうなると俄然楽しくなり、それまで日中の大半を使って1冊か1.5冊しか読めなかったのが3冊5冊と読めるようになり、続きが気になったシリーズは続刊を借りて帰るようになった。
夏休み最終日には1日に8冊くらい読めるようにはなっていたが、まだ100冊には20冊ほど足りず、またシリーズものをいくつか読破したり途中でやめたりしてライトノベルには少し飽きがきていた。
「何やりきった顔をしているんだ。どうせ夏休み明け最初の1,2週間などみんな頭がボケてて授業も大して進まん。そろそろラノベ以外にも手を出したくなってきただろう?図書館通いは土日だけにして平日は私の部屋で本を読んでいろ。おすすめの本を紹介してやる」
何を言っているんだこの馬鹿姉はと思わないでもなかったが、学校に通い始めて小野と顔を合わせるにはまだ心の準備ができていなかったし、その頃には読書にハマりつつある自分もいたので提案に同意した。
言い忘れていたがウチの姉はとんでもない読書家だ。
いつやってるんだかわからない在宅のバイトをこなしながら給料の大半を本の購入に充て、洋書を読むために英語を勉強し始めて今ではTOEICで900点以上取れるレベルだし、一般的な現代文芸であれば1日に10冊とか余裕で読む。あと家族にバレてないと思っているらしいが自分でも小説を書いてるっぽい。
そんな姉の部屋は図書館ほどではないものの、とんでもない量の本がひしめいており、最低限の寝るスペース以外は全て本で埋まっていた。
新学期が始まってしばらく学校を休んでいたため流石に担任から不登校を心配されて電話がきたと母親に知らされたのは、読書を始めて150冊を突破した頃だった。
「もう大丈夫だろう」と姉は言ったが正直本を読めるようになったこと以外は何も変わった気がしないので不安だった。
「本が読めたからって急にお前の隠れた才能が明らかになるわけでもモテるようになるわけでもないからな。でもそれでいいんだよ。ただの読書家を続けるのもいいし、新しいことに熱中しても良い。読書は何かを始める際の足がかりにもなるし、何かを続ける時の助けにも、何かに疲れた時の逃げ場所にもなる。何もなくても最初に言ったとおり、月に10冊以上読書すりゃ日本人の上位20%なんだ。半年に1冊でも上位50%。そういうのが1つあるだけでも自分に自信が持てるだろ?」
姉はそれだけ言い残すとそろそろ自分のアパートに帰ると言い残してその日の内に実家を去っていった。
この半年後、この人が小説家デビューしたかと思うと海外のなんとかいう文学賞にノミネートされ世間の話題をかっさらうことになるがそれはまた別の話だ。
*****
翌日から学校に通い始めた俺は久々の教室でクラスメイトから軽い注目を浴びた。
やれ「もう大丈夫か」だのやれ「宿題終わってなくてズル休みしてたんじゃねーの」だの好き勝手に言われる中、あまり話したことのない女子から「図書館行ったらめっちゃ本読んでる安藤君見かけてちょっと驚いた」と言われた。
「どんな本読んでたの?」
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「悪い、今日は本を借りに図書室行くから先帰っちゃって」
放課後、一緒に帰ろうとヒカルに声をかけられた俺は、彼女と接してもあまり心が痛まないことに内心少し驚きながらそう断った。
「と、図書室?ミコト、本なんか読むの?」
「夏休み中に色々あってハマったんだ。どうせなら読書の習慣維持しておきたいし。悪いな」
ヒカルは何か言いたそうにしていたが、既に彼氏持ちの彼女に対する引け目もあったので俺は別れを告げると踵を返して図書室のある方へ向かった。
思った以上に面白そうな本が揃っていた図書室で閉館時間まで過ごした後、その晩読む本を何冊か借りようとしたところカウンターで受付をしていた図書委員は夏休み中に俺を図書館で見かけたと言っていた件の女子、名取カヨだった。
そのまま名取と一緒に学校を出ると、本に関する話題で盛り上がったため一時間ほど近くのファストフード店で言葉を交わした。
次の日、俺は彼女に勧められた本を読みに図書室へ足を運ぶと、そこには反対に俺から勧められた本を探す名取の姿があった。
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最近、ヒカルが付き合っていた先輩と別れたという話を耳にした。
どうも相手がそこまでヒカルに対して本気ではなかったようで、最初に数回デートしてキスとかその先とかやることやったらその後放置状態となった挙句、先輩の二股だか三股だかが発覚して盛大な修羅場を経て正式に別れたとかなんとか。
「なんかこの間、カヨから借りて読んだ本のあらすじに似てるな」
「それな」
雪がちらつく駅前を歩きながら俺はこの日もカヨと読んだ本について話していた。
「でもあの作品、女の子の方も実は本命の幼馴染がいてその子の気を引くために先輩と付き合ったとかじゃなかったっけ?そういや小野さん、最近あなたの方をちらちら見てる気がするのだけれど」
もしかして、と何か言いたげに片眉を上げた彼女に俺は頭を振る。
「ないない。世界がひっくり返っても付き合わないって言ってたのは向こうだし、変な風に捉えるのは良くないよ」
「…それもそうか。フィクションはフィクション、現実とは切り離さないとね」
「そうそう。それに万が一、あいつの気が変わったとしても俺にはもう、その………カヨがいるし、な……?」
最後の方はしどろもどろで言葉にできているか怪しかったものの、カヨは満足したようにふふ、と笑った。
二学期に入ってから徐々に名取カヨと距離を縮めた俺は冬休みに入る直前、彼女に告白してめでたくOKを貰えてクリスマスを共に過ごしていた。
「冬休みはどうするつもり?また図書館通い?」
「かなー。でも年末年始は休館になるし、そうしたら姉さんの部屋で本漁るかな」
「お姉さんの部屋、すごくたくさん本があるんだっけ?いいなー」
俺は少し逡巡した後、彼女に提案した。
「良かったら姉さんにカヨを部屋に連れてきてもいいか、聞いてみようか?」
「…いいの?」
まあ、そんなわけで。
年末年始の間に俺は少し大人になるのだが、それもまた別の話なのでこの辺りで一旦終わろうと思う。




