怪奇事変 求人票
第三十三怪 求人票
「それでは、お世話になりました」
「ええ、お元気で」
短い挨拶を重ね、その場を後にする。
何の変哲もないただの退職手続き——辞めた理由は単純、人間関係だ。
誰かの視線にさらされてる感覚、コソコソと会話が聞こえたような気がしたりするがもう関係のない職場だ。
そう……思ってるはずなのに、その周囲の態度に苛立ちながら帰路についた。
帰りにコンビニに寄り、預金残高を確認する。
しばらくは金銭的にも余裕はあるとは言え、手に職がないと言う不安から明日から就職斡旋してもらった方がいいだろう。
なんと言っても年齢的に彼はもう三十代を超えている——今のご時世、昔と比べればそこまで就職難と言う訳ではないが、やはり年齢による
マイナスを補うためには早めの再就職が必要だろう。
『端的なストレスだね、人間関係の縺れ……診断名としては“適応障害”が濃厚かと』
医者には通っていた。
だがその上で判断したことだ、もし人間関係が問題なら次の職場でもまた同じことの繰り返しの可能性もあるだろうが、生きていく上でそうも言ってられない。
帰りにスーツに着替えて写真を撮る。
そして予め、紙の履歴書をコンビニで購入してあるためあとは記入するだけだ。
その後は軽めの夕食としてコンビニ弁当を食して、次の日を迎える。
「三十代で未経験の職種……ですか」
「……」
「確かに、昔より就職しやすい環境になっておりますので何かしらの職場はあるかと思われます」
「本当ですか?」
「ええ、ですが——体調の方は大丈夫なのですか?」
「……」
確かに、適応障害が治ってない状態で再就職を成功させた時点で、また同じ事情で辞めることになってしまえば本末転倒だろ。
だが生活する上では甘いことも言ってられない。
治療も優先させたいところだが、退職してからのスパンを考えて良い訳を考えるのが面倒だ。
就職先でも変に勘繰られるのも面倒だろう……まして前職の症状で病気が治ってないなど口が裂けても言えはしない。
「とりあえず、うちのパソコンをお使い下さい。こちらからでも色々求人を斡旋することも可能ですが、事情が事情なので貴方が選んだ方が良いでしょう」
「ありがとうございます」
早速パソコンを借りて様々な求人を見ていく。
まぁやはりと言うべきか手取りを計算しても、お金だけみれば良い求人がある訳ではないだろう。
もしくは出されてる求人よりも下がる可能性もあり得る。
希望給としては25~27あたりが理想なのだが中々見当たらない。
「……ん?」
カタカタと検索する音がなるなか、自分の間抜けな声が出てしまう。
だがそれも無理もなく彼が見つけた求人はとても魅力的で、怪しく見えてしまう内容の求人だった。
——給料35万、未経験、年齢不問、活動内容は内職、自宅勤務可、転勤無し——
「(こんな美味しい求人があるのか?)」
誰にとっても理想の求人、誰にも取られてない訳がない。
だが何故まだ求人が残っているのか……考えられる理由は幾つかあるが、可能性として作業ワークがハードだったり、求人の内容と異なりがあったからと言う理由が
強いだろう。
だが魅力的過ぎるが故に——彼もまたその求人に応募するためにプリントアウトしてしまう。
別に直ぐ即決する訳ではない……だから別に良いのだと言う軽い気持ちで求人票を幾つか見繕って帰路についた。
そこからは社内のホームページやクチコミなどを見て振るいにかける作業だ。
淡々と履歴を記入していき、職務履歴書も簡略しながら仕上げて行く。
集中してやっていたこともあって数時間で記入などは仕上がった。
あとは行きたい面接箇所に志望動機などを埋め込んで終わりだ。
一通り作業が終えた後、コンビニ買ってきた弁当とカップラーメンを温めそれを夜食とした。
その日はそれで作業を終え就寝した。
「はい、その日程でお願いします」
翌日は選んだ求人先に連絡を入れて面接の日程を入れる作業の繰り返しだ。
ことなく順調に進んでいたが、やはりのあの求人票で手が止まってしまう。
給料額が35万を超え、何より職場が自宅でも可……可能ってだけでもしかしたら勤務先に出向かなければいけない可能性があるかもしれないが、
何よりも転職活動をする中でもう1つ不可解な現象もあった。
それは面接は直接ではなく電話のみでOKらしい。
「(怪しいだろ……)」
Web面接があるぐらいだからと思うのも無理はないが、あれも実質顔合わせをした面接なのには変わりがない。
それなのに電話対応だけでOKなどと言う求人を選んで良かったのか?と言う心配ばかりが浮かぶ。
大体こう言う勘は当たる時がある、中身が禄でもない会社だったりとか……そういう内容だ。
「(けどまぁ……仮に面接に受かってもこちらに選択権がある以上は放置で良いか……その時考えれば良いし)」
意を決して電話をかけると数分の間にコールがつながった。
株式会社○○とスラスラ答えが返ってきて印象は今のところ悪くない。
求人をもらい電話した旨を伝え、可能であればいつ面接が可能か聞いてみると——以外にも、今は大丈夫か?と言う回答が来た。
まだこちらはなんの準備もできてないのだが?と思ってしまうと同時に疑心が湧いてしまう。
そのうち自分の中でこの就職先は内定が受からなくても別に良いのではないか?と言う考えまで出てきてしまい、適当に承認をしてしまうとそのまま面接と言う流れになった。
単純に面接官が居るかと思えばそのまま対応してくれた人が対応すると言う形になっており、前職の経歴を聞かれると思いきやこの会社を何処に知ったか?
将来的にどのようになりたいか?など前向きな内容ばかりであった。
時間にして30分程で面接が終わり合否は後日と言う形にはなったが、お陰で他の予定と被ることなくことが進んだ。
「(変な会社だな……)」
そう思いながら電話を切り転職活動を進めて行った。
一週間も経つとそれなりに成果が見えてきており、合否をもらった会社の内訳が出て来ていた。
1対3という形で残念ながら不合格の方が圧倒的に多い。
やはり年齢によるものも多いがプレゼンが上手く説明できてなかった点も大きいのかもしれない。
そもそも将来的なビジョン云々よりもどう食っていくかが当の本人は重要で、その就職先でどんなことがしてみたいとかあまり関係ないのだ。
だからこそ受からなかったと言われればその通りだが、本当にその職業を好きで務めている人間なんて半分にも満たないだろうと考えてしまう。
そんなことを考えていると電話が鳴った。
早速手に取り電話に出てみると例の就職先からの合否連絡だ。
内容としては合格ということになった。
まぁ大体の内定では電話で返事が無かったら不合格と言うパターンが多いので予想していたが受かってしまったと言う複雑な感想だけが残ってしまった。
本当にこの会社でも良いのか?と言う不安が。
『どうされますか?』
「え?」
まさかもう電話で働くかどうか聞かれるとは思わなかった。
だが今懐が温かくないと言うのも事実であったため、結局その言葉に甘えさせてもらう形でその会社に内定を決めることにしたのだった。
業務内容は単純で送られてくる荷物の内職を頼むという形だった。
そのほとんどが開けてみればポスターの制作など難しくはないものであり、どちらかと言えば正社員がやる仕事と言うよりは派遣の仕事に近いと思った。
誰1人と顔を合わせず家に居ながら仕事を進められる環境は、今の自分の体調面を考慮すればこれ以上にないぐらい良い物件だが、本当にこんなことで給料を貰えるのか心配になってきた。
だがその杞憂は吹き飛ぶ。
「マジか……」
色々差し引いて27万……前職よりも多く貰っているため驚いた。
ただ内職を進めているだけでこれだけの給料が貰えるなんて——なんて謳い文句の広告を見たことがあるが、まさに現実に起きているのはソレだ。
ただの夢を見ているだけの可能性もあるだろうが、振り込まれた金額を見て違うと即座に悟った。
こうして新たな転職先を見つけた彼は仕事を熟して行くのだった。
半年後——仕事を熟して行くうちに彼は重要なポジションに着く事になった。
その際も電話での対応で手続き上の書類などは後日送付することになっていた。
内容は至って単純で入社する人間の選別、つまり審査員として活動することだった。
請け負った仕事は熟すつもりでいたため特に抵抗などはなかったが、一つだけ気になることがあった。
それはどんな人間も受け入れること。
この会社にどれだけの資金があってどれだけの利益があるのかは不明だが、そんなことをして経営が傾かないのか心配になるが、そんな特殊な条件を飲みつつ
彼は審査員、面接官として働くことになった。
基本的に経歴はほとんど無視の合否は基本的に確定している。
求人から怪しいと思われているため応募しても来ない人間が多いのも事実で、実際に内定が決まっても取り下げる者がほとんどだった。
会社側からは特にノルマが言い渡される事もなく立て続けに行われる診査で何故か重要となっているのは顔写真であった。
コレが付いていないと前述したどんな人間でもの内容が異なり、問答無用で不合格となってしまう。
何故これだけ顔写真が必要なのかは分からないが、言われた通り送付内容にミスがあれば不合格にしていった。
と言うより、そもそも面接を行うにあたって身分の証明ともなる証明写真に貼り忘れなど他の企業でも不合格だろうと思って特段気にしてなかった。
そうして月日は流れて、彼は重要なポジションに着く事になる。
それは管理の仕事で、これは流石に現場に来てもらわないと仕事ができないことになっている。
だが基本的には1人で活動するためややこしい人間関係を構築する必要性はなく、真っ暗な一室に並ぶ棚の中から名簿をピックアップして作業するだけ……それだけだ。
「……」
名簿に記載された名前の紙に射線を引いて行く。
何故これが必要なのかはわからないが、まるで印鑑を押してる作業と変わり映えしない光景だ。
「……ん?」
一瞬手が止まる。
その履歴書の顔写真には見覚えがあったからだ。
それは以前勤めていた勤務先の同僚にあたる人物の顔写真が添付された履歴書だった。
「(アイツも此処に努めていたのか……)」
そう思いながら渡されらリストに載ってあったため、射線を引いて行く。
この顔に射線を引く作業がどうもなにか人選を選んだような形がして嫌な気持ちになったが、仕方ない。
そうして作業をするうちに——あることに気づいていくことになる。
「……」
この職について何日に経つか分からないが、最近どうもおかしい。
何がおかしいか……それは今朝のニュースを毎日見ていれば分かる通りだった。
自分が射線した人物が尽く——亡くなっている。
死因は不明、だが顔写真を全て覚えている訳ではないが、そこにはあの同僚の顔もあった。
同僚は謎の死因で既にこの世を去ってしまっている。
段々と手を動かす腕が重くなっているのを感じる——俺は本当に何をされているのか?
そんなことも分からないまま、今日も作業に没頭する中、見慣れた顔写真を見つける。
それは——自分の顔写真が添付された履歴書だった。
第三十三怪 人選される求人票
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