第五章:書き換えられた運命、愛の叫び
その夜、私はいつもより深く本を読み込んだ。
最終章。魔王との決戦の場面を、何度も何度も。
リアムが致命傷を負うシーン。
魔王の放った闇の槍が、仲間を庇った彼の胸を貫く。
彼は倒れて、仲間に看取られながら、静かに息を引き取る。
「この結末を、変える」
本を閉じて、目を閉じる。
今夜こそ。
今夜で、全てを決める。
意識が沈んでいく。
夢の世界へ。
目を開けると、そこは魔王城の玉座の間だった。
巨大な空間に、禍々しい魔力が渦巻いている。
そして、玉座には――。
「よく来たな、人間ども」
魔王が座っていた。
漆黒の鎧に身を包み、赤い目が爛々と輝いている。
その前に、騎士団が陣を張っていた。
リアムも、剣を構えて立っている。
昨日の傷で、右肩に包帯が巻かれている。それでも、彼は前線にいた。
「リアム様!」
私は彼の名を呼んで駆け寄った。
「陽菜!? なぜここに!」
リアムが驚いて振り返る。
「あなたを、守るために来ました」
「何を言っている! こんな場所、危険すぎる!」
「分かってます。でも、あなたを一人にはできない」
私は彼の隣に立った。
魔王が、嘲るように笑う。
「ほう、女一人連れて戦うつもりか。騎士団も落ちたものだな」
「黙れ!」
団長が剣を掲げる。
「総員、構えろ! 魔王を討つ!」
「行けえええっ!」
騎士たちが一斉に突撃する。
魔王が手を振ると、闇の波動が放たれた。
騎士たちが吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
「くそ、魔法攻撃が効かない!」
混乱する戦場。
リアムが魔王に向かって走る。
「リアム様、待って!」
私も後を追う。
リアムの剣が、魔王の鎧を斬りつける。
火花が散るけど、傷一つつかない。
「無駄だ」
魔王が腕を振るうと、リアムが弾き飛ばされた。
「リアム様!」
駆け寄ると、彼は血を吐きながら立ち上がった。
「まだだ……まだ、倒れるわけには……」
「無理しないで!」
「陽菜、君は下がっていろ。ここは、私が――」
その時だった。
魔王の背後に、闇の槍が出現した。
本で見た、あれだ。
リアムを殺す、運命の槍。
「危ない!」
魔王が手を振ると、闇の槍が放たれた。
狙いは、団長。
そして、本の通りなら――。
「団長!」
リアムが走り出す。
団長を庇うために。
ダメだ。
あの槍を受けたら、彼は死ぬ。
「させない!」
私は全力で走った。
リアムより早く、団長の前に立つ。
「陽菜!?」
リアムの叫びが聞こえる。
闇の槍が、私に迫る。
怖い。
でも、これしかない。
私が死ねば、リアムは生きる。
それでいい。
私は、本の世界の住人じゃない。
夢が覚めれば、現実に戻るだけ。
でも、リアムは違う。
彼が死んだら、もう会えなくなる。
「リアム様……愛してます」
目を閉じた。
槍が、胸に突き刺さる感覚。
痛い。
すごく、痛い。
でも――。
「陽菜ああああっ!」
リアムの悲痛な叫びが聞こえた。
意識が、遠のいていく。
ああ、これで。
リアムは、生きられる。
よかった――。
「陽菜! 陽菜!」
誰かが、私を呼んでいる。
リアムの声だ。
目を開けると、彼が私を抱きしめていた。
涙を流しながら、私の名前を呼んでいる。
「リ、アム……様……?」
「陽菜、なぜだ! なぜ君が!」
彼の声が震えている。
「あなたを……守るため……」
言葉を絞り出す。
胸が、痛い。
血が、溢れてくる。
「バカなことを! 君まで失うわけには――」
「いいん、です……私は……夢の、住人じゃ……ないから……」
リアムの目が、大きく見開かれた。
「夢? どういう……」
「私は……あなたの世界の、外から……来ました……」
息をするのが、辛い。
でも、伝えなきゃ。
「本当は……あなたは、ここで……死ぬ運命、だった……」
「何を言っている!」
「でも……変えたかった……あなたに、生きて、ほしかった……」
涙が溢れる。
リアムも、泣いていた。
「陽菜……君は……」
「愛して、ます……ずっと……ずっと……」
視界が、暗くなっていく。
ああ、これで終わりなんだ。
でも、後悔はない。
リアムを、救えたから。
「陽菜! 目を開けろ! 陽菜!」
リアムの叫びが、遠くなる。
意識が――。
「絶対に、死なせない!」
突然、温かい光が溢れた。
何?
これは――。
「陽菜の命、俺がもらう!」
リアムの声。
でも、いつもと違う。
強い、決意に満ちた声。
「騎士の誓いに賭けて、陽菜を救う!」
光が、私を包み込む。
痛みが、消えていく。
胸の傷が、塞がっていく。
「リアム様……?」
目を開けると、リアムが私の上に覆い被さっていた。
彼の手が、私の胸の傷に当てられている。
そこから、光が溢れている。
「これは……」
「騎士の最奥義だ。命を分け与える術」
リアムが苦しそうに言う。
「そんな! あなたが死んでしまう!」
「構わない」
リアムは優しく微笑んだ。
「君は、私のために運命を変えようとした。なら、私も君のために、この命を使う」
「ダメです! そんなの!」
「いいんだ、陽菜」
彼は私の頬に触れる。
「君に出会えて、幸せだった。君の愛を知れて、嬉しかった」
「リアム様……」
「だから、生きてくれ。君の世界で、幸せになってくれ」
光が、さらに強くなる。
リアムの体が、透けていく。
「嫌だ! 嫌だ!」
私は彼の手を掴んだ。
「一緒に生きたい! あなたと、一緒に!」
「陽菜……」
「お願い、消えないで!」
涙が止まらない。
リアムは、悲しそうに笑った。
「ごめん、な……」
そして――。
光が、爆発した。
「陽菜!」
誰かの叫び声で、意識が戻った。
体を起こすと、傷が完全に治っていた。
「リアム様! リアム様!」
辺りを見回すけど、彼の姿はない。
消えた?
嘘でしょ?
「リアム様! どこですか!」
必死に探す。
その時、玉座の前で倒れている人影を見つけた。
銀色の髪。
「リアム様!」
駆け寄ると、彼が横たわっていた。
目を閉じて、動かない。
「リアム様、リアム様!」
体を揺さぶるけど、反応がない。
「嘘……嘘でしょ……?」
胸に耳を当てる。
心臓の音が、微かに聞こえた。
生きてる。
まだ、生きてる!
「よかった……よかった……」
安堵の涙が溢れる。
でも、このままじゃダメだ。
彼の命は、風前の灯だ。
「誰か! 助けて!」
叫ぶと、団長が駆け寄ってきた。
「リアム! しっかりしろ!」
「団長、彼を助けてください!」
「分かった。衛生兵! 急げ!」
騎士たちが集まってくる。
魔王は?
振り返ると、玉座が崩れていた。
魔王の姿はない。
リアムの最後の一撃が、魔王を倒したんだ。
「リアム様……」
彼の手を握る。
冷たい。
「お願い、死なないで」
祈る。
神様、どうか。
どうか、彼を救って。
その時――。
リアムの指が、微かに動いた。
「リアム様!?」
「……ひな……」
掠れた声が聞こえた。
「はい、ここにいます!」
リアムがゆっくりと目を開けた。
「よかった……君が……無事で……」
「私のことより、あなたが!」
「大丈夫だ……まだ……死なない……」
彼は弱々しく微笑む。
「君との……約束……守る……」
「リアム様……」
涙が溢れる。
でも、今度は嬉しい涙だった。
「愛してる……」
小さく呟くと、リアムは優しく笑った。
「私も……愛してる……陽菜……」
その言葉を聞いた瞬間、世界が光に包まれた。
「え……?」
気づくと、私は白い空間に立っていた。
リアムも、団長も、誰もいない。
ただ、真っ白な世界。
「ここは……」
「物語の、外だよ」
声が聞こえた。
振り向くと、女性が立っていた。
見覚えがある。
本の著者の写真で見た顔だ。
「あなたは……作者、さん?」
「そう。この物語を書いた、私」
作者は優しく微笑んだ。
「あなた、よく頑張ったね」
「え……?」
「運命を変えようと、必死だった。その想いが、物語を動かした」
作者は私の手を取った。
「だから、結末を変えてあげる」
「本当に……?」
「ええ。リアムは、生きる。あなたの愛が、彼を救ったの」
涙が溢れた。
「ありがとう、ございます……」
「でもね、一つだけ」
作者は真剣な顔になった。
「あなたは、もう夢の世界に行けなくなる」
「え……?」
「物語は、完結する。もう、続きはない」
心臓が、ぎゅっと締め付けられた。
「じゃあ、リアム様に、会えなくなるんですか……?」
「うん。ごめんね」
作者は悲しそうに微笑んだ。
「でも、彼はあなたのことを忘れない。あなたも、彼を忘れないでしょ?」
「はい……」
「なら、それでいい。想いは、繋がってる」
作者は私の頭を撫でた。
「さあ、目を覚ます時間だよ」
「待って! 最後に、一言だけ――」
「大丈夫。ちゃんと伝わってるから」
作者はウインクして、手を振った。
「じゃあね、陽菜ちゃん。素敵な恋をありがとう」
光が、溢れた。
「っ!」
目が覚めた。
朝日が、窓から差し込んでいる。
「夢……終わった、んだ……」
ベッドから起き上がって、『暁の騎士団』を手に取る。
手が、震える。
怖い。
でも、開かなきゃ。
ページをめくる。
最終章。
そして――。
「あ……」
涙が溢れた。
文章が、変わっていた。
『リアム・フォン・アーデルハイドは、見知らぬ少女の献身によって命を救われた。少女は彼に愛を告げ、そして消えた。リアムは生き延び、その後も騎士として人々を守り続けた。彼の胸には、いつも少女への想いが宿っていた。「いつか、また会えるだろうか」と』
新しい結末。
リアムが、生きている結末。
「やった……やったよ、リアム様……」
本を抱きしめて、泣いた。
嬉しくて、寂しくて。
でも、後悔はなかった。
運命を、変えられたから。
愛する人を、救えたから。
本を閉じるあなたへ。
もし、あなたにも大切な「推し」がいるなら。
その気持ちを、大切にしてください。
たとえ架空の存在でも、あなたの想いは本物だから。
そして、その恋が、いつかあなたに勇気をくれるはずです。
現実で、前を向くための。
新しい恋をするための。
陽菜とリアムの物語が、あなたの心に少しでも残りますように。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。




