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9話【真冬の夜の夢】

いつもより少し話が長くなってしまいました。

 「あーあ、今年の愛の日も、お菓子もらえないんだろうなあ……。」


 口から吐く息は白い。道行く住民達は、皆厚手のコートを羽織って、訳もなく肩をすぼめて道を急いでいる。用事のある店にしか立ち止まらないらしい。俺達はいつものように巡視中なので、トラブルが起きない限り立ち止まれない。いや、わけもなく立ち止まることが許されないだけだ。

 来週はいよいよ愛の日。ベアリアス領中央都市の市場では、マリアンヌの花を模した5色のお菓子があちこちの店に並んでいる。愛の日は、女性がお菓子を男性に渡して愛を確かめ合う日とされている。ずっと昔、この国の姫が隣国の王子に愛の証としてマリアンヌの花を渡したことが始まりだったはずだ。そのときに姫が渡したのは最愛の赤。

 

 「宿舎の交換会があるじゃないか。」

 「やだよ!むさい男同士で渡し合うの!!」


 何が悲しくて男同士渡し合わないといけないんだ!女性から男性にだって、聖書にもあるだろ!読んだことないけど。

 宿舎の交換会。それは毎年、恋人がいない団員でそれぞれてきとうにお菓子を買い、年長者が止めるまで回し合う、奇妙で不毛な会だ。止まったときに持っていたお菓子の色で次の日の訓練内容が決まる。これが騎士団の恒例行事なのだ。

 何が楽しいんだこれ。

 始めたやつを殴ってやりたいほどだが、先輩方の手前、やりませんというわけにはいかない。同期達も断れないからやるという雰囲気を滲ませている。先輩からも伝統だからやっているというのがありありとわかる。誰も楽しくない変な集会なのだ。

 1つ上の先輩は彼女ができてこの集会から抜け出た。う、羨ましい……!

 

 「女の子からもらいたいじゃん!!それにあれに参加すんのもうヤダ!!シルヴィア様〜、俺に彼女を〜!!」


 相棒のことを大魔術師だと認めわけではない。でも、いつも悪い方に転びながらも、それなりにいいことが起きているので最近は面白くなってきているのが現状だ。

 相棒の魔術という名の奇行をもってしても、恋人を作るというのはさすがに無理だろう。

 

 「できなくはないが……。人の気持ちをいじるのはいけないことだ。」

 「いやできるんかい。」


 相棒の鼻先が赤い。耳元で風が吹く。相棒も俺もぶるりと震えた。しばしの沈黙のあと、相棒はおもむろに口を開いた。

 

 「……まあ、これは古くからのまじないなんだが。いい子にしている、というのは有効だな。」

 「えぇー?」

 「実際、いい子の方が魔術にかかりやすいんだ。昔話でもそうだろう?いい子にしていたから魔法使いに出会って王子様と結婚できたり、いい子にしていたからプレゼントをもらえたりする。もしかしたら、女性からお菓子がもらえるような大魔術をかけられるかもしれない。」


 緑色のキャノピーの下では、小さな女の子がお菓子を手にしていた。色は黄色。家族に贈る色らしいというのは、騎士団に入ってから知った。


 「俺もう大人なんだけど。通用するのか?そういうもんなのか?」

 「大丈夫。そういうものだ。」


 相棒を見上げる。取り立てて変わった様子はない。揶揄っている様子もない。遠くを見つめて歩みを止めず、真面目に業務を遂行している。


 「俺は大魔術師のシルヴィア様だからな。」


 途端に冗談めいてくる。なんだか台無しで、ふっと力が抜けた。

 

 「ははっ、俺達も買うかあー。」

 「ああ。今度の休みにな。」


 赤、白、黄色、紫、青。通りすがりに見かけた雪のように白いお菓子は、いつか見たシルヴィア様のように儚かった。


 「俺、今年は白にするわ。」


 意味は知らない。皆はどうやって知るのだろうか。

 

 相棒の話を信じたわけではない。たまたま、いい子のほうがいい、という話を聞いたタイミングと俺の心変わりが重なっただけ。

 あの日からというもの、馬レースも行かず、相棒の食物を盗んだりせず、女の子の店にも行かず、掃除もサボらず、懸命に訓練に励んでは巡視に精を出している。別に、たまには真面目に頑張ってもいいかな〜、なんて思っただけだ。

 周りからは変なキノコを食べたのでは、とか、また雨季がやってくるのか?とか、散々な言われようだった。俺ってそんなに信用ないの?え、そんなに?


 「でも彼女できなかったんだけど!?」


 そうして迎えた前日。とうとう彼女はできなかったし、できそうな出会いもなかった。


 「エド……。俺はもう寝るぞ……。」


 隣からはもう寝息が聞こえてくる。ろうそくは隙間風に揺れて、一瞬で消えた。どうやら眠るしかないようだ。明日、女性からお菓子はもらえるのだろうか。ていうか、なんで相棒の魔術を信じてるんだ俺は!

 あんなのは相棒のふざけた遊びで、たちの悪い冗談で、シルヴィア様なんてのはいない。魔術なんてものも、ない……ん、だ……。


 「ん?」


 嗅いだことのない花々の匂いがする。それは息を吐いて、俺の臭いを撒き散らしたくない程だった。

 ゆっくり目を開けると、俺は見たこともない美しい花畑に座り込んでいた。足元にはタイムの花。食えるんだよな、この葉。この花は……、サクラソウか?受付の女の子が好きだったはずだ。遠くの土手にはスミレが咲いている。あれも相棒が食えるって言ってたな。見上げると、頭の上をこれでもかと白と黄色の花が覆って、あたり一面には香りの強いバラたちが咲き乱れていた。柔らかい月明りを受けて植物たちは輝き、まるで優しく微笑んでいるようだった。


 「俺は、死んだのか……?」


 森の中だというのに、どこまでも光が通って明るい。エデンはきっとここだと、なぜか確信が持てた。


 「もし、そこの人間の方。」

 「は、はいっ!!……え!?シルヴィア様!?」


 ビクッと体が反応する。振り向くと、そこには催眠術で見せられたシルヴィア様の姿が。前はぼんやりとしていたが、今ははっきり見える。特徴的は銀髪に金色の目。バラ色の頬にうるんだ瞳。瞼をこすって眠たそうだ。肌は透き通って後ろが見えそうなほど白い。美しい、かわいい、儚い、花のような……、いや、どれも違う。そんなちんけな言葉で表すことなど不敬だとすら思う。どうやら俺はこの人を言い表せるほどの言葉を持っていないらしい。おかしい。この人は人間じゃない。妖精か何かだ。相棒が言ってたことは本当だったってことか!?

 こ、これが大魔術師のシルヴィア様……、神々しすぎる……!興奮しているのに、ひれ伏したくなる。そんな不思議な魅力に、俺はすっかり夢中になってしまっていた。


 「お願い、優しいエドワード様。私とお話しして?私、あなたの声が好きみたい。それに、私の目はあなたにくぎ付け。あなたの魅力なのかしらね。一目ぼれ、っていうのかしら。こんな気持ち、初めてなの。この気持ちに誓うわ。あなたを愛していると。」

 「は?え!?……は!?」


 心臓がどくどくして痛い。まるで酷い酔い方をしたときみたいだ。ここはエデンらしいが、俺はまた死ぬのだろうか。シルヴィア様は刺激が強すぎる。途中からこっぱずかしくなって下を向いて耳をふさいでしまった。ここにいたら、俺はこの人にやられてしまうだろう。


 「ふふ、かわいいことね。さあみんな。エドワード様を丁重にもてなして。ずっと彼の目の前で飛び跳ねて踊って。」

 (ああ~いいね~。)


 それは邪魔だと思う。ふわりと小さな光がシルヴィア様を取り囲む。その光景はあまりに幻想的で、ツッコミも言えない。

 

 「ああそうだわ!冷たい紅茶しかないのだけれど、いいかしら?」

 (それはまずいですよ!アプリコットとか野イチゴとか採ってきます!)

 (じゃあ私は紫のグレープに青いザクロ、マルベリーを採ってくるわ!)


 シルヴィア様はニコニコしながら、光と会話を続けている。俺は、この世界にいてはいけない。にしても、冷たい紅茶があるなら温かい紅茶もあるだろ。あと青いザクロって、それ食べれんのか?大丈夫か?

 

 「エドワード様は何も気にしなくていいの。ただ、私に身を任せて……?」


 シルヴィア様の手が伸びてくる。美しさのせいなのか、目が離せない。銀糸のような髪が月を反射して輝いている。いいにおいがして、キラキラしているのにもろそうで、それに柔らかそうで……。胸元に感じるシルヴィア様のぬくもりに、頭がぼーっとする。このまま、ずっとこのまま、永遠に時が止まればいいのに。

 瞼が重い。このまま、俺は死ぬのだろう。それもいいかもしれない。ゆっくりゆっくり、視界が暗闇に染まっていった。

 

 「エド。いい加減起きろ。」

 「ぎゃははははっ!!おいっやめろよ!」


 突然、体をはい回りはじめた繊細な指先にくすぐり起こされた。バチっと目を開けると相棒が顔を覗き込んでいた。

 

 「近い!」

 「やっと起きたか?」

 「お前!起こし方が独特なんだよ、ふざけんなよマジで!って、あれ?お前、いや、シルヴィア様は…?」


 あの目を閉じた瞬間、相棒の低温ボイスが脳内に響いて、それで、それで俺は……。


 「俺、生きてる!生きてるよ相棒!!」

 「エド、本当に大丈夫か?うなされてたと思ったら急に静かになるんだから。それに、起きるのも遅いし。」


 確かに、いつも起こさないと起きないはずなのに、もう身支度を終えている。

 

 「え!?今何時!?仕事間に合う!?」

 「まだいける。」


 がばっとベッドから飛び起きる。めくれ上がった毛布と一緒に、黄色い何かが視界の端をかすめた。

 

 「これ……、黄色のお菓子だ!えーっと?シルヴィアより?……いやお前かよ!!」

 「私は女だぞ?」

 「男だろうが!!」


 得意げに鼻を鳴らす相棒。相棒の見た目は夢で見たシルヴィア様には程遠すぎるし、性別も違う。うーん……。夢で見たシルヴィア様からのプレゼントってことにしておこう。その方がうれしい。

 

 「ありがとな。」

 「いい子にしてたからな。それより、早く支度しないと集合時間に間に合わないぞ?」

 「いや、なんか凄くいい夢、いやちょっと怖かったけど、いい夢を見たんだ。」

 「その話は帰った後に聞く。早くしないと置いていくからな。」

 「相棒〜。」


 相棒は俺のベッドサイドにバゲットとナッツを置いて、行ってしまった。

 遅れて出勤したころには、俺はおなかを下していたことになっていて、周りからはいたく心配されたのだった。これも魔術なんだろうよ!

次回最終話は1/31です。

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