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8話【笑ってないのに】

 中央都市ノーアイ地区。沿道の木々が黄色く染まり、木枯らしが吹きすさぶ。散ってしまった葉が、カサカサと音を立てて飛んでいく。もう間もなく、凍える季節がやってくるだろう。早朝はもう長袖一枚では寒いくらいだ。


 「……っくしゅ!っくしゅ!ん゛ん゛ん。」

 

 そんなことはついぞ知らず、俺は長袖一枚で巡視に来てしまった。寒い。風で体が冷える。隣を歩く相棒も長袖一枚だが、分厚い筋肉を着ているおかげなのか寒そうな素振りは一切ない。

 

 「エド。大丈夫か?」

 「これくらいは平気だ。」

 「服、貸そうか?」

 「いらんわ。上裸で巡視は駄目だろ……。」


 田舎と違って、ガキ共でさえきっちり服を着ているのだ。早朝で人が少ないとはいえ、ガタイのいい大の大人が上裸で散歩はまずい。それはもう犯罪だ。俺はこいつをお縄にしないといけなくなる。相棒は立ち止まって肩をすくめた。


 「それじゃあ、簡単な魔術で温めてやろう。」

 「はぁ……。そんじゃ、いっちょ頼むよ。」

 「こっちに来て。」


 相棒の後をついて狭い路地に入り込む。今度は人に見られると困る感じの魔術だろうか。

 こいつが魔術だ大魔術師だなんだと言うのには、もうずいぶんと慣れた。毎度毎度あまりいい結果にはなってないが、拒否すると相棒が悲しむので受け止めざるを得ない。それに本人も楽しそうだし。小さなころから一緒の親友で相棒だ。悲しませたくはない。ない、けども……。あーもう!腹を決めろ!男だろ!俺!


 「今回はなんなんです?シルヴィア様。」


 顔を上げて相棒を見やると、コポコポと木製ボトルからカップにお湯を注いでいるところだった。白い湯気が立ち上り、とても温かそうだ。今回も絵本のような魔術ではないけれど、まともな方法のように思う。俺は胸をなでおろした。これ、魔術っていうのか?今更だけど魔術って何なんなのだろう?

 

 「ふふっ。とうとう俺を大魔術師だと認めたんだな。」

 「んなわけねーだろ。」


 俺の疑問をよそに、相棒ははにかみながらカップを差し出した。それをそっと受け取ると、手のひらからじんわりとぬくもりが伝わってきた。


 「よくこんなの持ってきてたな。」

 「大魔術師だからな。」

 「わかりましたよ。シルヴィア様。」

 

 相棒は満足げに鼻を鳴らして、キュッとボトルに蓋をした。俺はカップを両手で包んで口を近づけた。湯気が顔にかかる。どうやらまだ熱いらしい。ふーっと息を吹き込むと、水面が揺れた。それにしても、宿舎を出てからかなりの時間が経っているのにすごく温かい。どこの店のボトルだろうか。まあいい。さっさと飲んで巡視に戻らなければ住民たちの怒りを買う。

 フーフーと息を吹き込んで気持ち程度にお湯を冷まし、おそるおそるカップに口をつける。ゆっくり、ゆっくりカップを傾け……。 


 「ズズッ……。あ゛〜、温まるわ〜…。」

 

 熱すぎずぬるくもない、ちょうどいい温度のお湯が喉を通り過ぎる。じんわりと身体が温まる。湯気が顔も温めてくれる。


 「ありがとな。それにしてもすげーな、そのボトル。」

 「いいだろう。」


 ふふんと相棒の口角が上がる。


 「どこの店のボトルだ?」

 「自分でつくった。」

 「へー。すごいな。」


 ズッとカップを煽って相棒に返す。いつの間にこんなボトルを作っていたんだか。器用なものだ、素直に感心する。それにしても、どうやったらこんなに温かいのが長持ちするんだろうか。


 「魔術は偉大だからな。」

 「最近の技術はすごいんだなあ……。」

 「む……。魔術なんだが。」

 「ありがとな〜、シルヴィア様〜。」


 少々不服そうな相棒だったが、しばらくすると諦めたようで、苦笑を浮かべた。俺は体が温まって大満足。もう少し、頑張れそうだ。

 

 住宅街を抜けると、視界が開ける。自然公園だ。園内にはベンチやブランコなどの遊具が設置されている。小川まで整備されており、池の近くには、白い、あのー、屋根が丸い石造りのアレがある。休日になると、屋根の下にある椅子と机でカップルがいちゃついている。雨の日であっても絶対にいるので、仕事以外では近づかないことにしている。

 自然公園というだけあってそれなりに広く、天気のいい日には人も集う。それに様々な植物が見られ、季節それぞれで違う景色を見せる。この地区の人気スポットだ。

 

 歩道の両端には落ち葉が積もっていた。道を挟むようにして所狭しと生える木々には、まだまだ葉がついている。まだ積もるのだろう。これ、誰が掃除してるんだろう。踏まれて粉々になって消えるのか?それとも風で飛ばされてどこかに行くのだろうか。


 「ん?」


 不意に、前を向いていた相棒の顔が動いた。

 

 「どうした?なんかいたか?」

 「いや、そういうわけじゃない。ちょっと思い出したことがあってな。」

 

 視線の先には、落ち葉を数枚かぶった低木。赤くならない葉に落ちてきた枯葉が映える。そういや、低木の葉っぱって色が変わらないな……。

 風を感じながら巡視を続ける。時折、葉っぱが顔面に飛んでくる。相棒の方には飛んでこないのに。


 「エイブラの木なんだが…。」

 「どうした?急に。あのグラウンドの木か?」

 「たい肥がほしいと言い始めてな。

  イベルタ地方のたい肥を指定してきて。

  きっとそこがエイブラの故郷なんだが…。」

 「食わず歩き続けても半年かかる場所だぞ?」


 あまりに遠すぎる。俺は首を振った。


 「無茶なこと言うな。あいつ。にしても、また精霊とやらと話したのか?」

 「この間見たら元気がなかったら、ついな。」

 「はー、優しいねえ。」

 

 どこの令嬢か?と疑問に思うようなお嬢様言葉を、しかも植物相手に話していた光景は忘れようにも忘れられない。またそれをしたというのか。相棒には恐れ入る。

 

 「そーいえば、今日は魔術らしい魔術使ってねーな、お前。」


 魔術らしい魔術とは。自分でもよくわからないが、己の何かを犠牲にして得られさせられる利益、の、ようなものだと思っている。……おっ、今賢いこと思わなかったか?俺。

 

 「ふふっ。」


 何が面白いのか、相棒は小さく笑った。大方、俺が相棒が大魔術師シルヴィア様だと認めたと思ったのだろう。そんなわけはない。

 

 「なんだよ。」

 「エドワードはもう俺の術にはまっている。明日は隊長から愛のタイキックがあるだろう。」

 「は!?どういうこと!?怖いんですけど!!」

 「ヒントは縦読みだ。」

 「縦読み??」

 

 ていうか、タイキックって何!?蹴られるってこと!?

 オロオロする俺に、相棒は穏やかで優しい眼差しを向けていた。口角が上がっているのは、俺じゃなきゃ見逃してたね。


 翌日、鍛錬をゆるゆるこなしているところを隊長に見つかり、俺の尻に強烈なキックが御見舞されたのだった。

次回は12/28です。

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