7話【鑑定】
ベアリアス領の中央都市から少し東。山を2、3超えた先に別の街がある。領主様からその街に向かえとお達しがあって、俺達第3騎士団は荷馬車と歩みを進めていた。徒歩で行くには遠すぎるんだけど?自分の荷物を背負って山道を2日間も歩き通すんだけど?
ガラガラ、ザッザッザクザク、ガラガラ……。一定のペースを保ったまま、俺達は砂利の坂道を登る。足が重くて息が苦しい。熱い。肩が痛い。帰りたい。でもついていかないといけない。仕事だし。別のことを考えたらちょっとは気が紛れるかもしれないと、周りを見た。前方に荷馬車の後ろ姿が見える。馬も可哀想だよな。重い荷物を引っ張らされるんだから。ちらりと後ろの荷馬車を見ると、馬は涼しい顔で悠々と荷馬車を引っ張っていた。全然可哀そうでもなんでもなかった。なんで草しか食べてないのにこんなにパワーがあるのやら。草にすごい力があるとしか思えない。
「あー。もう無理かも……。相棒、俺を置いて、先に行け……。」
「何言ってるんだ。まだ動けるだろう。」
「厳しい……。」
隣の相棒には馬の血が流れているのだろう。こいつもまた、涼しい顔で歩みを進めている。しんどさのかけらも見つからない。
「訓練をサボるからだぞ。」
「うー……。ちゃんとやってる時もあるぞおー。」
「はいはい。」
そう言って相棒は前を向いた。相棒が冷たくて心が冷え込む。心の寒さにブルブル震えながら山道を登る。すると、ふいに相棒がしゃがみこんだ。怪訝に思いながら先に進むと、あとから小走りで駆け寄ってきた。
「エド、これ。」
「こ、これはっ……!」
「伝説の剣だ。」
どきんと心臓がはねた。相棒がにやりと笑った気がした。相棒の手にはまっすぐで握りやすそうな枝。そして何より腰の剣とほぼ同じサイズ。こんな業物を、一体どこで。
「ふっふっふ……。エド、いいや勇者エドワードよ、これより魔王を倒す旅に出るのだ。さあ、この剣を持て。」
「い、いいのかよ。こんなにいいものを。」
震える手で相棒から剣をありがたく拝受する。俺が……、勇者?勇者って、あの、世界を救う……?
「もちろん。エドワードにこそ、ふさわしい。どうか、世界を救ってくれ。」
「ああ!」
今日一番の笑顔になった気がする。俺は剣をぶんぶん振り回したり、何度か素振りをしてみた。ヒュンヒュンと風を切る音が気持ちいいし、すごく手になじむ。太さのある割に軽くて俺専用の剣と言っていい。
「さあ、行け!」
「うおおおぉぉ、ぉ、ぉ……。あのさあ、これ、枝なんだけど。」
「正気に戻ってしまったか……。」
「なんで残念そうなんだよ。」
たしかに、一瞬ではあるが元気は出た。やる気も。とりあえず元勇者の剣(枝)を地面に刺しては歩き、刺しては歩く。勇者の剣は山登りの共にも最適、ということらしい。
「なあ、杖にしていいか?」
「いいぞ。最初からそのつもりだった。」
深いため息が出た。先輩から休憩地点はあと少しと言われたが、登山の『もう少し』、というのは『あとちょっと』ではなく『距離は縮んでますよ』の意味だと身をもって知ることになった。
「腹減ったー。」
俺達は山の野営地で火を囲っている。2日も歩き通すなんて苦行以外の何でもない。苦痛の1日目を終え、野営地で夜を過ごす。寝転ぶと、星のもとに煙が登っていくのが見えた。
「遠征中だぞ。仕方がないだろ。」
「でもあんなショボくて冷たい飯じゃ腹ふくれないに決まってるだろ。お前だって減ってくるくせに。」
今日の夕食は、四角くて薄いカチコチジャーキーとお湯。こんなので腹がふくれる方がおかしい。
相棒は火に照らされてつやつやと光っていた。遠征じゃ、朝の水浴びしかできないもんな。
無表情で火をいじっているところから、相棒の空腹度合いは測れない。俺の視線に気づいた黒い目がこちらを向く。
「……そんな顔するなよ。しょうがないな。特別だ。魔術でなんとかしてやる。」
「ええー?俺どんな顔してるんだよ。まあいいや。よっ!シルヴィア様!世界一!!」
「当たり前だ。ちょっと待ってろ。」
俺はてっきり、相棒が食料を分けてくれるのだとばかり思っていた。だが、ふいに立ち上がって尻の砂をはたいたのだ。目に砂が…っ!お前ちゃんと周りみろよな!?
不審に思いつつ、ショボショボの目で相棒を見守る。相棒の足はそのまま暗い森の方向へ歩きだした。
「エドはここにいるんだぞ。」
「ちょ、相棒!?どこ行くんだ?夜の森は危ないぞ!?相棒!」
「大丈夫だ。俺は大魔術師のシルヴィア様だからな。」
「そんな冗談はいいって、って!おい!」
疲れのせいか体があまりにも重い。立ち上がれない俺をよそに、相棒はスタスタと茂みに分け入っていった。
「うわわ……。帰ってこなかったらなんて報告しよ……。」
坂下で隊長らしきランタンがうごめいている。隊長に知れたらラリアットだけでは済まない。明日背負う荷物を増やされたり、ついた先でめんどくさい仕事を回されたりするに決まってる。まずい。こっち来んなこっち来んな……!
足元が焚き火で熱い。火の当たり方をかえながら、夜空を見上げることしかできない。一方の頭は地面の石でえぐり続けられている。気のせいだと思いたいが、木々のこすれる音に動物の遠吠えが交じっている。
「っ……!!」
起き上がろうとしてついた手に、また石が刺さる。これだから嫌なんだよ野宿は!!早く宿舎で寝たい。カビ臭さい布団が恋しくて恋しくて震えてしまう。相棒は今どのあたりにいるのだろうか。うかつに探しに行くのも危ない。待つしかできないのが腹立たしい。俺がもっと強ければ、探しに行けたのだろうか。
……どれほど時間が経ったのだろう。パチパチとはぜる焚火は、ずいぶん小さくなった。
「戻ったぞ。」
「わっ!!ったく驚かせんなよな!」
背後から黒い影がぬっとあらわれ、地面に座り込んだ。すっかり弱くなった炎が相棒の目の中で揺れた。
「お前、無茶すんなよ!心配したんだぞ!」
思った以上に声が出たことに驚く。相棒は少し目を伏せた。
「すまない。俺は大魔術師だから大丈夫だと説明が足りなかったな。」
「そうじゃねーよ!」
正直、かなり怖かったのだと思う。動物に襲われてたらどうしようとか、道に迷っていたらどうしようとか。夜盗とか。
「エド……。」
「大魔術師だから大丈夫なんて知ったことか!お前がいなくなったら俺……、俺は……っ。」
じわじわと目が痛くなって視界がぼけていく。鼻水が垂れるが、すすりたくはない。
「すまない。」
相棒が今、どんな顔をしているかわからない。
「……もうこんなことはしないでくれ。」
「悪かった。」
袖で目をこする。な、泣いてねーから!別に泣いたわけじゃないから!
「ズッ……。」
「食べよう。エド。いろいろ採ってきたんだ。」
「俺もバカなこと言って悪かった。ありがとな。」
すっかり見えるようになった視界には、薄暗い中でさまざまな葉や実が並んでいるのが映った。
「わーい……ってこれ草じゃねーか!」
「魔術で食える草を鑑別してきたんだ。」
「いや、そうじゃなくてさ〜。もっとこう……。」
持ってきた食糧を分けるとか……とは、口が裂けてもとても言えそうにない。せっかく取って来てくれたんだし、腹の足しにはなるしな。
「……いや、何でもない。ありがとうな。でも無言でドヤるな。」
「ふふ。これは中の赤いプチプチが可食部、これは蜜を吸うタイプ、これは葉脈だけ食べられるんだぞ。」
ふいに孤児院時代のことがよみがえる。
……
『腹減ったぁ~。』
『エド、これ。』
『柵のそばに生えてる草じゃん。それがどうしたんだよ。』
『これ、食える。おなか大丈夫だった。』
『ええ?こんなんじゃ腹ふくれねーよぉ……。まあ、食うけど。』
『ふふふ。』
……
「お前ひょっとして、昔の知識で探してきたんじゃ……。」
「何を言う。地元とは植生が違うんだ。魔術に決まってるだろ。」
あの時と変わらない微笑みが、隊長のランタンに照らされていた。
次回は12/25です。クリスマスがよき日になりますように。




