6話【魔法使いといえば】
生誕祭の翌日。街は日常に戻り、住民達は仕事に勤しみ始めた。庁舎へ出勤すると、受付嬢達の小鳥のさえずりのような話し声がした。皆、たちの悪い風邪を引いていたらしい。全く楽しめなかったと不満を漏らしているのが聞こえてきた。
お祭りの服を着て、出店で買い物をしたり買い食いをしたり。さぞ楽しみだったことだろう。毎年、次の日は彼女達のキラキラ笑顔で昨日の労を労っている自分としては非常に残念だし、楽しめなかったのだと思うと胸が痛んだ。
「可哀想になあ。」
俺はしみじみとつぶやいた。
「エドは優しいな。」
どうしてか、相棒の目に寂しげな光が見えたような気がした。
「相棒……?」
「さあ、伝達事項を見に行くぞ。」
あの瞬間は何だったのか。すっかりいつもの調子に戻って俺に背を向けた。
暗くて狭い階段を上がり、右に曲がる。突き当り左側の部屋が準備室だ。そこの掲示板で今日の伝達事項を見る。その後はすぐ傍の外階段を降りて各自配置についていく。基本は一方通行なのだ。
錆だらけのドアノブは、ゆるゆるで今にも取れてしまいそう。塗装が剥がれて触り心地が最悪だ。いつもなんとなく慎重になってしまう。取れたらたぶん給料から天引きされる……。そんな恐れを抱えつつ、ゆっくりゆっくりドアノブをひねる。頼むから誰か早く壊してくれ!
中はもう第3騎士団の面々でいっぱいだった。人の間を縫って、配置場所に向かおうとしている先輩とすれ違う。
「お疲れ様でーす。」
「お疲れ様です。」
「お。お疲れさん。」
「今日もギリギリだなあ。」
「なんでこっち見るんですか、先輩。」
先輩二人は顔を見合わせた。
「だって……。」
「なあ?」
肩をすくめてまるでしょうがない奴を見るような目線を向ける。なんでだよ!!俺は早寝早起きタイプだっての!
「相棒が起きないんですぅ〜。」
「エド……。いつもすまない……。」
相棒が力なく呟いた。揺すったり叩いたりお腹にダイビングしたり……。毎日毎日、俺は格闘しているのである。
掲示板の前はすでに人だらけだ。騎士団ともあって皆当たり前のように体格がいい。俺みたいなやつは実はそんなに多くない。大体が俺より背が高いわけだ。俺の周りはすでに肉肉肉…。薄手のシャツが透けて、うっすら筋肉の彫が見える。むさ苦しい。むさ苦しすぎる。人という高さのある肉に囲まれ、俺は人の背中と頭しか見えない。べつに俺が小さいわけじゃない。決してそうではないと言っておく。
何とかしてみようとジャンプしてみるが、文字が読めるほどの時間は跳んでいられない。
「相棒~、読めねぇよ~……。相棒?」
前にいる肉が振り向いた。顔には特徴的な太眉に黒い目がついている。
「いや前にいたのかよ。かがめよ。前見えねーだろ。」
「あ、すまない。」
すっと相棒が中腰になる。そこまでかがまなくても見えるんだが。のしっと背中に両手をつく。今日の配置は、と……。げ、アーゲスト地区か。遠いんだよな〜。山が近くて田舎だし、なんにもない場所なんだよな……。
「エド。」
「まずは厩舎だな。馬、借りないと。にしても、いーよなー。タッパのあるやつは。おれも皆を見下ろしてみたいぜ。」
昨日の連行件数は1042人…。一昨日より増えてるが、祭りだったし、そんなもんか。
「俺は皆を見下ろせるほど高くないぞ?」
「俺のことはいつも見下ろしてるだろ。俺も、皆を上から見てみたいぜ。」
ヌール地区で空き巣増加か。ノーアイ地区が近いから、犯人が逃げてきてるかもしれないな。このあたりの地区の住民たちはピリついていそうだ。ヌール•ノーアイ地区じゃなくてよかった〜。
「んー…。わかった。」
「何、また魔術でなんとかしてくれんの?」
「そうだ。あと、そろそろ手、退けてくれないか?立てないんだが。」
乗り上げていた手を離すと、ぬっと相棒が大きくなった。途端に見上げることになるし、向こうは見下ろしてくる。
「エド。俺が『いい』と言うまで目を瞑って、耳をふさいでおいてくれ。」
「なんだよ。また禁忌かよ。」
口を尖らせて不服を表す。どうにも嫌な予感しかしない。まさか、俺の身長が魔術で伸びるわけがない。俺はもう魔術に期待していないのだ。
「そうだ。」
「はいはい。頼んだぞ、シルヴィア様。」
開けてもいいことがない、というのはブリオッシュのときに学習した。こんなみんなのいる場所で春画を出されても困る。素直に目をつぶって耳を塞ぐ。
こいつの魔術は絵本に出てくる魔法使いのようなもんじゃない。というか、魔術と魔法ってどう違うわけ?
ふっとある予感が頭に浮かんだ。
「いや待てっ!!」
嫌な予感がして、カッと目を開く。一部の団員がかかとを地面につけたまま、尻をつけないようにしゃがみこんで俺を見上げていた。
相棒はというと、ポカーンと口を開けてこちらを見ていたし、そのすぐ傍にいる団員は、口に手を当てて笑いをこらえているらしかった。しゃがみかけてこちらを見ている団員も俺を見ていた。
「バカにしてんのか!」
「痛っ!」
相棒の太い脚に蹴りを入れてやった。
アーゲスト地区は山の麓にあり、農業が盛んな地区だ。駐屯所に馬をつなげたあとは、一面黄色の畑を眺めながらひたすら歩き通す。もう昼も過ぎたというのに、驚くほど人と会わない。こーんな人のいない場所で何が起こるってんだ。巡視の意味がはたしてあるのだろうか?
「土のにおいがするなー。」
「そうだな。」
小石だらけの畑道をブーツで歩く。底が薄いせいでボコボコと足裏が痛む。おお、ここの区画は緑色で目立つなあ。
単調な畑道はどこまでも続く。風に揺れる作物の波を見ていると、眠気まで誘われてくる。山の影が少しずつ伸び、靴の中では汗と入ってきた小石が混ざって最悪の感触になっていた。
「なあ相棒。」
「どうした。」
相棒は相変わらず涼しい顔で歩いている。脚の長さが違うと、同じ距離でも疲労の溜まり方が違うらしい。不公平だ。
「巡視、まだするよな。」
「まだ指定の時刻になってないからな。」
俺は立ち止まって屈む。ブーツをひっくり返すと小石がいくつか転がり落ちた。足裏がじんじんと痺れて、もう感覚が怪しい。ふくらはぎもパンパンだ。
「……歩くのもう無理。足が痛い。」
「ずっと歩いてるもんな。」
相棒も立ち止まってこちらを向く。辛そうな雰囲気はない。かといって余裕そうな感じもしないけど。
「お前は大丈夫なわけ?」
「まあ……。まだ大丈夫だな。」
「なあ〜。魔法使いって箒で空飛ぶじゃん?お前も飛べないのか?」
「俺は大魔術師のシルヴィア様だ。魔法使いじゃない。」
「いやあもう。何が違うんだよ〜……。」
腕を組んで呆れる相棒の足元めがけ、道の小石を投げる。放物線を描いた小石は、相棒にたどり着く前に落ちた。
「ほら立て。行くぞ。」
「無理ぃ〜。相棒ぉ〜。」
「子供か。ほら。」
相棒が手を差し伸べてくれる。でもその手を取れそうにない。今は訳のわからない魔術を使うシルヴィア様に縋りたいくらいだ。
「シルヴィア様ぁ〜。歩けないですぅ……。」
「まったく……。調子がいいんだから。ほら、よく見てろ。」
相棒はどこからともなく古ぼけた箒と大きくて長い布を取り出し、布を箒にかけてさっと跨がった。このあたり、畑しかないんだけど?その箒と布はどこにあったの?
「どっから取ってきたんだよそれ。大丈夫か?」
「問題ない。それより、よく見てろよ?今からお前に本物の魔術を見せてやる。」
言い出したのは俺だが、そんなのは無理だとわかっている。疲れてるからって相棒にダルい絡みをしてしまった。反省だ。だが相棒は大真面目な顔で箒に跨がっている。ああ……。すまん相棒……!
はあ、とため息をついた次の瞬間、相棒の片足がふわりと浮いた……!
「え!?すご!!どうなってんだそれ!?」
「これが魔術だ。」
相棒はそのままぴょこぴょこ、低空飛行のまま移動する。
「ん……?ぴょこぴょこ……?」
箒に掛かった布のせいで向こう側は見えない。
「相棒、そのまま方向転換をしてくれ。」
「む……。わかった。」
相棒の眉がぴくりと動いた。怪しい。何が魔術だ。
相棒がぴょこぴょこ上下運動をしながら、くるりと向きを変える。布の向こう側では、しっかり片足が地面に着いていた。ジャンプで移動していたからぴょこぴょこ上下に動いていた、というわけだ。
「お前片足上げてるだけじゃねーか!!」
「俺も疲れてもう魔力がないんだ。」
夕陽の中、片足立ちで虚空を見やり、微動だにしない相棒を見上げた。俺は深くため息をつくしかなった。なんだこの茶番は……。俺の驚きを返せよな。
「ちょっとは元気出たか。」
「おかげさまでな!」
何やってんだ……俺は……、とゆっくり立ち上がる。膝がパキッと音を立てた。
夕日を背に、相棒がこちらを見ていた。長い影が畑道に伸びている。いつの間にやら、箒の影が無くなっている。
「あとちょっとだ。行くぞ。エド。」
「はーい。ところで、箒はどこにやったんだ?」
「さあな。」
逆光で表情はよく見えない。でも相棒が満足そうに笑っている気がした。
次回は12/22です。




