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5話【足りないときは】

10話完結予定

 今日は生誕祭。俺達の母なる神の誕生を祝う日。白い靄の中から生まれた、ということから、毎年雨季が終わってすぐあたりに設定されている。どうして雨季の終わりが予測できるのか、俺にはわからない。たぶん偉い人が決めてるんだろうけど、頭が良すぎるんだろうな、きっと。

 しかもどういうわけか、毎年雲一つない晴天に恵まれる。夜も月明かりが眩しく、祭りは夜遅くまで続く。大通りには露店が並び、中央大広場では音楽演奏に踊り、ショーに演劇の催しがある。昼も夜も楽しめる、めでたいめでたい女神の誕生日。そんなわけで、住民達は毎年この祭りを楽しみにしている。そう、騎士団以外は、ね。

 騎士団は総出で巡視だよバカヤローっ!!トラブルまみれの祭りなんざ楽しみにしている騎士団員はいないと言い切れる。昼も夜も元気に騒ぎやがって……。しかも、巡視中に露店で買い込んでみろ。俺達の税を無駄遣いするなと怒られるわけだ。唯一の楽しみと言えば、祭り用のかわいらしいエプロンドレスを着た女の子たちを見ることだけ。いや、他にも昼食を買うことだけは認められているけど、たくさん買うと店主から嫌な顔をされるのだ。あまりにも肩身が狭すぎる。

 そのくせ朝食の時間帯から次の朝日が昇るまで巡視。交代するとはいえ、いつもより大変な仕事だ。俺と相棒のいる第3騎士団は早朝から夕方まで中央都市の繁華街、セムート地区を見て回る。スリにナンパ。金銭トラブル。喧嘩。落とし物。酔っ払いの暴動……。目についたトラブル全てに対応しないといけないのだ。神事の警備についている団員もいるから、人手が足りない。中央都市だけじゃなくて、他の都市でもそうだろう。会ったこともない騎士団員達に思いを馳せた。

 

 「腹減った……。」


 相棒と俺は日が昇る前に飯を食ってから歩きっぱなしだ。でもまだ昼飯には早すぎる。あちこちから、露店の肉や小麦が焼けるにおいが立ち込めている。どれもこんがり焼けていておいしそうだ。ごくりと唾を飲み込む。こんなの拷問だ……。


 「あいつを捕まえてくれーっ!!」


 ビクッと体が反応して声の方向を見た。通りの向こうから裸足のおじさんが一心不乱に走ってきていた。え、なんで裸足?不思議に思った直後、俺の足元を何かが走り抜けていった。


 「ぼさっとするなッ!この役立たず――ぐあっ!」

 

 むっとしたのもつかの間。おじさんは次の瞬間にはこけて一回転し、大きな音を立てて背中を打ち付けていた。躓いたのはさぞ痛かっただろうな……。何に躓いたんだろう。道には何にもなかったのに。


 「エド、あれ。」


 伸びているおじさんに目もくれず、冷静な相棒の視線をたどる。


 「ね、ねこ!?」


 魚をくわえた猫が、塀の上から見下ろしていた。にやりと笑った(気がした)猫は、そのまま悠々と塀の上を駆け出した。


 「まっ、待て!!」

 「待つわけないだろ。エドは向こうに回りこんで。」

 「了解!」


 塀に沿って走り出す。塀が細くて速く走れないのか、猫を追い越せそうだった。俺の全力ダッシュのかいあって、猫の正面に回り込んだ。でも、猫は塀の上。俺も登って阻止するしか……!


 「なっ!?」

 

 俺が塀に登ったところで、猫は俺を踏んづけぴょーんとテラス席のキャノピーに飛び乗った。そしてそのままアパートのベランダに飛び移り、あっという間に見えなくなってしまった。


 周りからクスクスと笑い声が聞こえる。思わずため息をついた。魚をくわえた猫、俺なんで追いかけてたんだろう……。これ、騎士団の仕事かなあ……。虚しい。塀から降りると、ちょうど相棒が追いついた。おじさんの姿はない。どうやら放ってきたらしい。

 

 「……昼ご飯にしようか。」

 「そうだな、相棒。」


 俺達はこれを忘れることにした。


 無駄な労力を使ったせいで、隣を歩く相棒も心なしかしんどそうだ。額にじっとり汗がにじんでいる。俺達の横をキャッキャッと可愛い女の子達が通り過ぎた。いいなあ。俺も交じって祭りを楽しみたい。女の子達は行列の出来ている露店に吸い込まれていた。あそこは確か、果物と焼き菓子が有名で、最近他領のお菓子を売り始めた流行りの店だ。今日の俺達には縁がない店だな。

 行列を横目に通り過ぎると、甘いにおいが鼻を衝いた。それにしても、腹が、減った……。

 川沿いの道を巡視する。今のところ、トラブルには合っていない。このまま終わってほしい。爽やかな風が頬を撫でて木を揺らす。雨季の終わりを告げるような乾いた風だった。そして一緒にスパイシーな肉のにおいが……。


 「相棒!あれ!!」


 俺は緑色の屋根の露天を指差した。囲いの中で、でかい肉の塊がゆっくり回っている。店主はそれをナイフで削ぎ落とし、白いパンに野菜と一緒に挟んでいた。


 「うまそう!」

 「珍しいな。あれはトゥルキィの食べ物だ。」

 「とぅるきぃ?」

 「ここからだとかなり遠い国だ。飛行魔術でも1日はかかる。」

 「それどこまでホントでどこから冗談なの?」

 

 真面目くさって相棒が解説をしてくれたが、何一つわからなかった。


 「全部本当なんだがな……。」

 「はいはい、俺に学がなくて悪かったよ。」


 相棒を置いて店に駆け寄る。目の前で見るとより美味しそうだ。グゥ〜とマヌケな音がした。店主がこちらに気がついたのか声をかけてきた。


 「イッコ850ポカヨ〜。」

 

 この国ではお金はゲルなんだけど。なんで地元の単位で売ってんだよ。いや、850ポカって何ゲルなの?財布の口を開けてポカーンとしてしまった。ちなみに今572ゲルしかない。たまたま雨のなかった日の馬レースに、貯金のほとんどを掛けて大損したのだ。あー、これはまずい。足りないかもしれない。


 「エド、850ポカは741ゲルだ。」

 「なんでわかるんだよ。っていうか足りねぇー!」

 「だからやめとけって言ったのに……。」


 しばらく中止だったところでの馬レースだった。俺だけじゃない。参加者全員の熱気は最高潮だった。結果は悲しいことになってしまったが。


 「あきらめるかぁ。」

 「いいのか?貸すぞ?」

 

 よくはない。おなかはすいているし、気持ちはもう肉に向いている。相棒が財布の口を開けようとしていた。ため息をついて肩をすくめた。


 「しょうがないだろ。金ないんだし。うまいだろうけど、口に合わない可能性だってある。そんな食べもののためにお前から金借りるわけにはいかないだろ。」

 「エド……!まさかそういうとは思わなかった。大人になったなぁ。」

 「お前の中で俺って何歳なの?もう成人してるんだけど。」

 

 相棒は涙ぐむふりをした。俺の頭に手を置いてぐりぐりと撫でまわした。クソッ、俺が小さいばかりに……!

 

 「感動した。俺が買おうか?」

 「馬鹿にしてんのか?いいよ、相棒の金で失敗したら申し訳ないって。」


 相棒はしばらく遠くを見つめて何か考えていた。そして「よし」と小声で言って、こちらを向いた。

 

 「わかった。じゃあこうしよう。エドが買えるように魔術を使う。」


 いいことを思いついたと言わんばかりだ。俺が買えるようにする魔術、ねえ。魔術なんてないのに。まったく、何がしたいんだか。

 

 「財布の金増やしてくれるってか?っておーい!先行くなよ!」


 相棒はすたすたと列に並びに行ってしまった。まさか、次俺が財布を開けたらお金が増えてたりするのか……!?そういえば、この間見かけたマジックショーで物が客のカバンに瞬間移動していたのを見たな。あいつ、それを今してるのか?


 「ちょっ、待てよ!」


 相棒は俺が来たことを確認して、店主のほうを見た。

 

 「こんにちは。」

 「!?」

 

 お前どっからそんなさわやかボイス出してんの?その人の好さそうな笑みは何?こいつにこんなことができたとは。正直怖い。肌がゾワッとした。


 「ちょ、お前。」


 しっと人差し指をたてられた。黙っとけってか。

 

 「コンニチワ、オニイサン。」

 「おじさん。とてもおいしそうなケッバブですね。」


 なんかうっすら嫌な予感がしてきた。何が起こるか想像つかないが、いいことが起きそうな気はしない。

 

 「アリガト。」

 「おじさんの笑顔も素敵ですね。つい買いたくなったんですが、この笑顔に負けないくらいのお値段にしていただけませんか?弟のお小遣いが足りなくて……。」

 「やめろ――――!!」


 相棒の手で口をふさがれたので、叫びが店主に届くことはなった。身長と言い、財布事情といい。みじめで悔しいことだらけだったけど、肉はうまかった。

 ちょっとだけ、涙の味がした。

次回は12/19です。

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