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4話【パンはパンでも食べられないパン】

 「今日も雨か〜。」

 

 ザーザーと雨が地面を打っている音がする。窓に雨粒がついては、流れ落ちた。ベアリアス領は季節が変わって雨季を迎えたらしく、最近はほぼ毎日雨。降った水は一体どこに消えているのかと毎年思う。いつも通りなら、雨季が終わればカラリと晴れた本格的な暑さがやってくることになる。いつ雨季が終わるかは知らない。孤児院出の一介の騎士にわかるはずもない。宿舎から遠くに見える尖塔には、どんよりとした雲がかかっていた。


 「せっかくの休みなのにな。」

 「馬レース、今日も中止か……。はーあ……。今日何しようかなぁ。」


 相棒が隣でもそもそと服を着替えている。舞台の幕のように、ご自慢の上体が裾の下からお目見えする。相変わらず引き締まったバキバキムキムキボディだ。羨ま、いや、憎たらしい。服を放り投げた後、俺の視線に気がついたのか、相棒はおもむろに両手を胸の前で交差させた。

 

 「じろじろ見ないでよっ……!」

 「女か。お前は。」


 太眉系筋肉巨大男がやっても可愛くない。むしろドン引きだ。微妙な空気が流れたと即座に理解したようで、相棒はパッと手を戻した。

 

 「すまない。冗談だ。どうかしたか?」

 「いや、どうやったらそんなに肉つくのかなって。」

 「毎日真面目に鍛錬すれば、エドもこうなる。」

 「うーん……。そこまでにはならないと思う。俺。」


 こんなに筋肉のついた自分が想像できない。仮にこの身長のまま、筋肉が大きくなったらアンバランスな気がする。ずんぐりむっくりにならないだろうか。憧れるけど、なれそうにない。相棒の身体とは何か根本的に違うんだと思う。食べる量とか、身長とか、太りやすさとか?そういう、いろんなことが。

 俺も着替えるために袖から腕を抜き、裏からたくし上げる。隙間からひょろっとした薄い腹が見えた。相棒の腹は俺の腹3枚分くらいありそうだ。


 「はあー……。」


 食べ過ぎると腹下すし、筋肉は付きづらいし……。困った身体だ。

 

 「そう落ち込むな。エドはエドでいい。小回りがきくしすばしっこいし。俺にはできない。」

 「あ、相棒〜!」

 「でも鍛錬は真面目にやろうか。」

 「やってるし!……たまに。」


 相棒の褒め言葉から一転、痛いところを突かれた。視線をそらしたが、相棒は見つめるのをやめない。圧がすごい。何も言わなくても『毎日やれ』と言っているのがわかる。

 

 「……ま、まあっ悩んでてもしかたねーよな!飯にしようぜ!」

 「その切り替えの良さも、いいところだな。」


 相棒の微笑みに、俺も笑うしかなかった。

 

 騎士宿舎の1階には寂れた食堂がある。テーブルはシミだらけで、椅子はガタガタしていないものを探す方が難しい。それに朝食と夕食のみ。その上営業時間が短い。まず、仕事の日しか利用できない。今日みたいにゆっくり起きると、営業時間に間に合わない。よく言ってかゆいところに手が届かないタイプ。悪く言うと不便。今はもうやってない時間だ。外に食べに行ってもいいけど、この雨だし、外には行きたくない。


 「そういえばエド、木箱のブリオッシュ食べたか?」

 「まだ。」


 相棒もそう思っていたようで、部屋の木箱を覗き込んでいた。各部屋には、申し訳程度の食糧庫(木箱)が備え付けてある。もちろん共用。相棒の豆菓子を数粒こっそりいただいたことも無きにしもあらず。幸い、バレたことは一度もない。

 

 「いつからあるんだ?これ。」

 「8日前から。」

 「なぜすぐわかったんだ……?。それに置きすぎだろう。」

 

 俺も服を着て木箱を覗き込む。たしかに、そろそろブリオッシュは食べたほうがいいかもしれない。紙袋を木箱から取り出し、袋の口を開けた。

 

 「あー……。腐っちまった。」


 紙袋の中のブリオッシュは、端々がふにゃふにゃになっていたし、全体的に黒っぽく変色してしまっている。


 「もったいない。」

 「しょーがないだろ!!これは、受付のお姫様からもらった大事な大事なパンなの!」

 「ただのブリオッシュだろ?」


 相棒の冷やかな視線を感じる。置いていた俺が悪いんだけど!でも女の子から貰ったパンなんてすぐには食えねーだろ!その気持ちがわからんか、このっ……!このっ……、あの、えーっとあれ、ほら、あの、なんて言うんだっけ……。

 

 「……馬鹿っ!」

 「エド……。」


 やめろ、可哀そうなやつを見るような顔をしないでくれ。今すぐにやめてくれ。俺を哀れまないで……。ブリオッシュを袋から出す。袋の中には黒い粒粒が蠢いていた。小さいときはこんなのも食べて、しょっちゅう腹壊してたなあ……。それでも、相棒は俺の横で涼しい顔して食ってたんだよな。思い出して悲しくなってきた。それにしても彼女が笑いながらこれをくれた時は本当にうれしかったし、ふかふかのパンを食べるのがもったいなくてずっとしまってたけど。やっぱり、食べたかったなあ。ブリオッシュ。もったいないことしちまったな……。

 

 「ちなみに、もらったときのことを教えてくれるか?」

 「え?『あっ、ちょうどいい所に!ふふふっ。このパン食べられなくって。あげるね!ふふっ。』って、手渡ししてくれて。それで、受付カウンターに戻って他の女の子と話しながらたまにこっち見て笑ってたかな。クスクスって。俺って有名人なのかも。」

 「エド……、それは……。」


 深いため息をついたあと、相棒は顔を手で覆って首を振った。なんなんだよ。どういう反応なんだよ、それ。

 

 「はぁー……。そのパン、食べれられるようにしてやる。」

 「えぇ、どうやって……って、魔術か。」

 「そうだ。大魔術師だからな。」


 でたよ、大魔術師シルヴィア様。でもまあ、こいつなりに励まそうとしてくれてるんだよなあ。ノリに合わせられそうにないのが申し訳ない。


 「はいはい。シルヴィア様ね……、ちょっ痛いやめろ!!」


 相棒が俺の手をとって両手で握りこんだ。相棒の目は真剣そのもの。怖いくらいだ。さっきから圧かけられて怖かったけど、それとは別格。爪が白んでいる。力込めすぎなんだよッ、折れるわ俺!


 「痛い離せッ!そういう趣味はねぇって!痛いんだってば!」

 「あいつらは痛い目を見て当然だし、エドには美味しいパン食べて、元気だしてほしい。」

 「痛い目見てるの俺なんだけど!?ほんとにそろそろ折れる!!」


 俺の悲痛な叫びを受け取ったのか、手は開放された。徐々に痺れが強くなっていく。なんなんだよ、もう。相棒をちらりと見る。顎に手をおいて、何やら考えている様子だった。いつの間にか、手にあったブリオッシュはテーブルに鎮座していた。相棒がこちらを振り向いた。


 「とりあえず、目を瞑って10秒数えろ。」

 「なんで目を瞑らないといけないんだ?」

 「時の魔術は禁術なんだ。瞑ってくれ。」


 時の魔術ねえ。こいつはこの間からずっと魔術だなんだと言っているけど、絵本みたいなキラキラ〜な魔術は見たことがない。というか、そんなのは現実的にありえないから当たり前。今回も、前みたいに催眠術だのなんだのするんだろう。


 「わかった。瞑ればいいんだな。」

 「ああ。絶対に開けるなよ。」

 

 素直に従う。とはいえ、やっぱり気になるのが人間だろう。薄目ならバレないはず。目に力を入れてすこーしだけ開ける。

 

 「ぎゃぁぁぁ!!おいッ!!俺の春画!!隠しといたのに!!」


 俺の秘蔵春画『女神官の聖なる夜勤』が眼前に迫っていた。

 

 「瞑らないとこの春画を破く。」

 「やめろ!!高かったんだぞ!」


 こうなることはお見通しだったってことか……。それにしても酷い。恥ずかしい。かなり。なんでこんな目に合わないといけないんだ。


 「恥ずかしがることないだろ。そんなの、昔から知ってる。」

 「わかったから。もうやめて……。」


 耳まで熱くなりながら、目をつぶる。目を瞑っても、さっきの絵が瞼に映る。興奮するやら悲しいやら。酷い……。泣いていいですか。


 「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10。」


 まだ春画あったらどうしよう……。おそるおそる目を開けた。


 「これは…!!すごいなお前!!」


 さっきまで腐っていたブリオッシュは、綺麗な姿に変わっていた。

 

 「…だろ?もぐもぐ。」

 「ん?もぐもぐ……?」


 隣を見ると、相棒が口をもぐもぐ動かしていた。そして今まさに、喉が下った。食べていた何かは身体に送り込まれたようだった。もしかしてこれは……?


 「お前。食べた、のか?」

 「何を言う。魔術だ。」

 

 相棒は指についた油を舐めとっている。食べたな、こいつは。あの腐ったパンを。代わりに買っていたのだろう、相棒のブリオッシュを置いてくれたのだ。そうに違いない。

 食べ物を粗末にせず、俺のために新しいブリオッシュをくれるなんて……。なんて漢気のあるやつなんだ。

 

 「…キュン!」


 俺はベッドに倒れ込んだ。こいつにはかなわねえなあ……。もう勝手に豆菓子食べるの、やめよう。

次回は12/16です。

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