3話【回復薬】
「午前鍛錬、午後巡視」──第3騎士団の通常業務の1つだ。午後の巡視は、相棒と一緒に中央都市ノーアイ地区を夜が更けるまでぐるぐる回っていた。夜のどんちゃん騒ぎはどこへやら。あたりはすっかり静かだ。人っ子ひとり見当たらない。灯りの消えた街を、相棒ととぼとぼ歩いていた。ぬるい風が頬を撫でる。そろそろ雨季に入るのかもしれない。
鍛錬でへとへとなところに夜遅くまで巡視。俺はどうしてこんな仕事についてしまったんだっ……!お給料がよくて女の子にモテそうだから、なんて理由で職業選択をした過去の自分が恨めしい。
昼は住民たちが働きに出ているから、トラブルはさほどない。問題は夜だ。住民たちは日中抱えたストレスを発散するために、酒、ギャンブル、女、喧嘩に奔走する。するとどうだろうか、自制のきかなくなった暴徒たちがわんさと出てくる。以上。
「はあー。今日もこっぴどくやられたー。」
閉店間際の賭場に暴れている人がいると駆けつけたのはいいものの、初手から暴れん坊の拳を顔面ド真ん中に食らった。プギャッと俺が叫び、相手がぎょっと驚いたところを相棒が取り押さえたのだ。そう、俺はただかっこ悪いところを見せただけ。情けない上に鼻と上唇が痛い。今日の街の平和は俺の顔面の犠牲の上にあるのだから、笑ってないで感謝してほしかった。
「きれいに顔面にきまってたぞ。」
「なあそれって褒めてる?煽ってる?」
「ふっ、鼻が折れたと思ったぞ。」
「はあ。お陰様で無事ですぅ。」
ため息をついてポリポリと頭を掻く。これは面白がっている。ペラペラ喋る方じゃないから、無口で不愛想と思われがちな相棒だけど、本来は結構ユーモアのある奴なのだ。最近は「シルヴィア様」とか言って度を越してきてるけど。
「青あざになってるが、明日病院に行くか?」
「いいよ、別にこれくらい。」
こんなことで病院に行くのはお金が勿体無い。ふと隣の相棒を見上げる。相棒もこちらを見ていた。おお、これは普通に心配している顔だ。
「な、なんだよ。そんなに心配することねえって!こんなのすぐ消えるに決まってるだろ!!」
「いや。」
「大丈夫だって。」
「いや、明日の夜、お店の女の子の誕生日パーティーがあるって……。」
「ア゛」
思わず立ち止まる。唇の腫れに鼻まわりの青あざ。この顔では笑われること間違いなしだ。せっかくプレゼントも買ったのに……!
あの子の笑顔が、見たい。あの子に喜んでほしくて、俺のことを特別に思ってほしくて選んだプレゼントなのに。夜空の半月を見上げて、そっと目を閉じた。
「い、行きたいけど……、行けない!俺の、俺のかっこいい顔が傷付いちまったばっかりに!」
「ははっかっこいい顔って。」
「おい!。っていうか、シルヴィア様なら何とかできんじゃねーの!?魔術師なんだろ!?」
そうだ、この間もなんか魔術してたっぽいし(失敗してたけど)。絵本の魔術師みたいに、回復薬とか傷薬とか、なんか作ってパパ――っと治してくれるんじゃ……!
相棒は目を見開いた。まさか俺がシルヴィア様と切り出すとは思ってなかったみたいだ。
「大魔術師の、シルヴィア様な。」
相棒の口がもにょもにょと動いた。ちょっと顔が赤い。
「助けて大魔術師シルヴィア様あ~。何とかしてよお~。」
相棒は照れ隠しなのか、やれやれと首を振った。なりふり構っていられない。可能性があるなら、それに賭けるのが男ってもんだろ!
「しょうがないなあ、エドは。回復薬があれば誕生日パーティーまでには治せるんだが……。」
「なにっ!」
光だ。暗黒の心を照らす光。さすが大魔術師シルヴィア様、一生ついていきます。辺りは暗いのに、相棒の後ろから光がさしているようだった。期待に胸が躍る。神々しさのあまり、胸の前で手を組んで相棒に祈りを捧げた。神様、王様、シルヴィア様だ。ありがたや~。そっと目を開けると。相棒に悲しそうな色が浮かんでいた。
「すまない。原材料を切らしてしまって久しいんだ。」
「やめます、ついていくの。……あーもう、期待した俺がばかだった。やっぱり魔術なんてないよな。回復薬なんて、そんな都合のいいものないよな。ごめん。」
「ある!回復薬はある!」
無人の街並みに相棒が声が響いた。きゅっと口元を固く結び、不服そうに睨みつけてくる。
「相棒……。わかった。でも材料がないんだろ?真面目に訓練していれば避けたりガードできたりしたんだろうし、やってない俺が悪い。別に誕生日パーティーだって行かなくても祝うことはできる。いいんだ。」
「エド……。すまない。訓練で忙しくて。俺も探すが、もしエドが持っていたら調合できるんだが……。」
そうだ、俺がわがまますぎた。その罰なんだ、きっと。なのに相棒のあるかもわからない魔術に期待した挙句、相棒を怒らせるなんて……、バカすぎる。
「相棒……。ありがとな。俺のために。で、ちなみに材料は何がいるんだ?」
「えっと。満月が映った湖の水500mLと」
「ん?なんだそれ…?」
相棒は指を折って材料を数えている。
「ヨハンネの木の下に映えたきのこを食べたヘビと。」
「はあ」
だんだん雲行きが怪しくなってきた。魔術の材料ってもしかして簡単に手に入るものじゃない、のか?
「それと乾燥ヨーモギの葉1kg。」
「そんなに!?」
「あとその辺りにいるムカデ99匹と羽虫の刎666枚。」
「きっしょ!!そんなの飲めねぇよ!?それにそれ持ってないし集めるの無理だわ!!」
しばらくの沈黙の後、相棒は重い口を開いた。
「コスパが悪いんだ、回復薬は。」
これは明日のパーティーに行けないなと意気消沈のまま眠りについた。翌朝、なぜか顔が濡れて冷たかったし、体は猛烈にだるくて動けなかったので休みをもらった。相棒も同じく体調が悪いのか、ベッドで眠り続けていた。俺が起きれたのは夕方ごろ。強烈な尿意に我慢できなくなったのだ。
「え……?」
手洗い場の鏡を見ると、顔はきれいになっていた。鏡を見て何度も頬を触る。たしかにアザはなくなってる。
「……いや、でも、もともと大したことなかったし……。」
そこに、用を足しに来た先輩が通りかかった。
「おっ。お前、顔のアザなくなってんじゃん。昨日ひどかったのに。よかったな。」
「……そう、ですね。ひどかったですよね。」
「冷やすだけですぐ治るなんて、若いっていいねえ!うらやましい限りだ。」
先輩は俺の肩をポンと叩き、鼻歌交じりに小便器へ向かっていった。
「いや、さすがにない……はず……?いやそれよりトイレ。」
なんかさっき用足したのにもう一回行きたいかも……。結局、次の朝日が登るまで、俺は出しても出しても収まることのない、強烈な尿意に悩まされることになった。パーティー?行けたわけがないだろ!(泣)
次回は12/13です。




