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神の子と魔王の娘の極秘新婚生活~両片思いだけど、素直になれません~

作者: たこす

 神は言った。


「魔王よ、私の息子を泣かせたら容赦せぬ」




 魔王は言った。


「神よ、オレの娘を泣かせたら殺すぞ」




 天界と魔界の頂点に君臨するこの二人の子どもは、世界平和のために結婚することとなった。

 いわば政略結婚である。


 種も立場も違う神の息子と魔王の娘は、結婚式場にて初めて顔を合わせた。

 互いに威嚇し合う父親の傍らに立ちながら、二人は目でこう訴えた。



「お前を愛することはない」(by神の息子)

「貴方を愛することはございませんわ」(by魔王の娘)



 バチバチと火花が飛び散る父親たちの下では、子どもたちもバチバチと火花を飛び散らせていた。



 これは、世界平和のために夫婦となった神の息子と魔王の娘の物語である。



     ※



「おい、エミリア。なんだこの料理は」


 今日も神の息子ルターは機嫌が悪かった。

 魔王の娘エミリアの作った朝食がグロテスク満載の魔界スープだったからである。

 当のエミリアはエプロン姿で血まみれ包丁を舌なめずりしながら笑っていた。


「なんだこの料理はって、魔界のスープですわ。わたくしの世界ではこれが当たり前の朝食ですのよ」

「オレが料理当番の時はきちんとした料理を作ってるだろう。なんでお前の時は魔界の料理になるんだよ」

「きちんとした料理? ルター様のお作りになるあのクソ不味い食べ物のことかしら。わたくし、食べ終わった後、二度ほど吐いてしまいましたけど」

「ウソをつくな。うまそうに食べていたじゃないか。天界にしか生えない最高級のキノコを使った炒め野菜だったんだぞ?」

「ああ、天界のものが入っていたのですね。道理で胃が受け付けなかったわけですわ」


 ピクッとルターのこめかみに血管が浮かぶ。


「なんだ、オレにケンカでも売ってんのか?」

「あらあら、わたくしとやり合おうと?」


 お互いのオーラが増大していき、二人のいる屋敷がガタガタと震えだす。

 神と魔王の血を受け継いでる二人だけあって、その魔力は強大だった。


 しばらく睨み合っていた二人だが、ルターの方が先に殺気を消した。


「やめた。お前と争ったのがバレたらまた天界と魔界の戦争になりかねんからな」

「あら残念。わたくしはどちらでも構いませんでしたのに」

「ほざけ」


 ルターはそう言って、エミリアの前から姿を消した。



(ああ、またやっちゃった)


 一人残ったエミリアは、魔界スープにスプーンを入れるとズズズと口に含んだ。

 見た目はグロテスクだが、実際はかなり美味しいと評判のスープだ。

 初めての手料理ということもあってエミリアは力を入れて作った。

 しかし、ルターは一口も食べてはくれなかった。

 それがエミリアには悲しかった。



 そう、政略結婚ではあったがエミリアはルターに一目惚れをしていたのである。



 しかし魔王である父の手前、そして魔界の長の娘と言う立場上、自分の口から「好きです」とは言えなかった。

 なんとかルターを振り向かせようと努力をしてはいるのだが、それがいつも空回りしてしまっている。

 ルターの挑発的な言葉に、プライドの方が勝ってしまうのだ。


(今度はもう少し優しく接してみよう)


 そう思っても、ルターが拒絶の意志を示してる限り売り言葉に買い言葉でなかなか進展しない。

 それがエミリアにはもどかしくてしょうがなかった。




 しかしルターはルターで落ち込んでいた。


(はあ、またやっちゃった)


 彼もまた、エミリアに一目惚れをしていた。

 しかし魔王の娘の崇高なプライドはどんなに頑張っても崩れなかった。


(一口だけでも食べればよかったかな)


 そうは思うものの、魔界スープのグロテスクさはルターの食欲を一気になくすには十分の破壊力だった。

 それよりも、自分が作った料理で吐いてしまったという言葉が衝撃的だった。

 まさか魔界の住人は天界の食べ物が食べられないとは知らなかった。

 吐いてしまったというエミリアの容体が気になる。


 けれどもそれを口に出して言えば、またプライドを傷つけることになりかねない。


 ルターはモヤモヤしながら

(エミリア、すまない)

 と心の中で謝ったのだった。



     ※



 二人が再度、顔を合わせたのは日が沈みかけた夕刻だった。

 夕飯の食材を買いに出かけようとしていたエミリアの前に、自室にこもっていたルターが顔を出した。


「なんだ、出かけるのか?」


 途端に顔を綻ばせるも、キリッと口元を引き締めるエミリア。

 彼女は頬に手を当てながらルターに言った。


「ええ。夕食の材料を買いにね」

「オレもついてってやろうか?」

「ついてってやろうか・・・・?」


 言葉のチョイスを間違えたと思ったルターは、すかさず「いや、なんでもない」とそっぽ向いた。

 プライドの高いエミリアに上から目線の言動は彼女の機嫌を損ねるだけだ。


 しかしエミリアからしてみれば飛び跳ねるほど嬉しい提案であった。


 ルターと一緒に買い物に行く。

 それを想像するだけで心臓がドキドキした。


 とはいえ、さすがに「一緒に来てください」とは言えなかった。

 弱みを見せたら付け込まれるだけだ。

 だから極力冷静に、そして威厳のある低い声で言った。


「どうしても、というのであれば構いませんわ」


 その言葉にルターは心の中で小躍りしたが、努めて平静を装い

「どうしてもというわけではないが、今朝のような料理を出されても困るからな。嫌だと言ってもついていく」

 とすぐに出かける準備に取り掛かった。




 ルターとエミリアは、とある王国の小さな町に新婚夫婦を装って暮らしている。

 神の息子、魔王の娘というそれぞれの立場を隠しながら人間としてこの町に引っ越してきた際には、町の住民たちは「美男美女が来た!」と大騒ぎだったが、すぐに魔法で記憶を改ざんし、昔なじみの住民ということにした。


 そのため、外に出ても特に騒がれることはなく、うまく人間界に溶け込んでいた。


「やあ、エミリア。なにか買って行っておくれよ。もうあまり残ってないけどさ」


 野菜売り場の女主人に声をかけられたエミリアは、ルターも見たことのないほどの満面の笑みを浮かべた。


「ケイトさん、こんにちは。今日はちょっと買い物にくるのが遅くなってしまいました」

「旦那と一緒に来るなんて珍しいね」

「そうですわね。この人とはあまり出歩いたりしないから」

「ははは、新婚さんなのにかい?」


 新婚さんと言われてエミリアは顔を赤くして「うふふ」とほほ笑んだ。

 エミリアにとっては嬉しい響きだったが、ルターは内心ヒヤヒヤしていた。


(ああ、頼むから彼女を刺激するワードは出さないでくれ)


 顔を赤く染めるエミリアを見て、ルターは彼女が怒りを我慢してるように思えたのだ。


「ルター。こんな美人の奥さんを一人で出歩かせちゃダメじゃないか」


 女主人の言葉にルターは「はは、どうも」とバツの悪そうな顔をした。

 彼自身は一緒に出歩きたかったが、当のエミリアが嫌そうな顔をするため、いつも憚られるのだ。


 エミリアもエミリアで、ルターだけが責められるのを心苦しく思った。

 魔王の娘だけあって何が来ても彼女の敵ではないが、人間界では女性の一人歩きは危ないらしい。

 これからは可能な限りルターと行動を共にしようと胸に刻んだ。




 いくつかの食材を買った帰り道。

 ルターはエミリアに言った。


「エミリア。これからは外に出るときは一緒の方が怪しまれないと思う。だから外出する時は声をかけてくれ」

「あら、奇遇ですわ。わたくしも同じ事を思ってましたの」


 てっきり断られるかと思っていたルターは、嬉しさのあまり顔を綻ばせた。


(やった! これで毎日エミリアとお出かけできる!)


 しかし喜ぶ顔を見せるわけにもいかず、すぐに真顔に戻る。

 エミリアもそっぽを向きながら口元を緩めていた。


(ああ、これからはルター様と一緒に外出できるなんて夢のよう!)



 お互いにホクホクしていた矢先。

 二人の前に身なりの汚い集団が現れた。

 遠くの街から流れ着いた盗賊集団である。


 ルターたちの住む家は森深い山奥にある。

 町から近いとはいえ、めったに人が寄りつかない辺鄙な場所だ。


 だからこそその地を選んだとも言えるが、まさかこういう招かれざる客が来るとは思いもよらなかった。

 盗賊集団はナイフを突きつけながら脅しをかける。


「へっへっへ、おとなしく金目のものを置いていきな。さもなくば痛い目みるぜ」


 テンプレ過ぎるセリフだが、効果は抜群だと彼らは知っている。

 抵抗するすべを持たない一般人はこの言葉だけで戦意を喪失し、金目のものを置いていくのだ。



 しかし今回は違っていた。


「うっひょー! なんだこりゃ! 上玉の女がいるじゃねえか!」


 彼らはエミリアに気づくと声をあげた。


「こんな女、見た事ねえ」

「すっげえいい女だな、おい」


 舌なめずりしながら盗賊の一人がルターに言う。


「気が変わった。この女も置いていけ」


 ルターもエミリアも盗賊ごときに後れは取らない。

 が、自分たちの強さを見せつけるわけにもいかない。

 どうしようかと思っていると、盗賊の一人がエミリアに手を伸ばした。



 刹那。



 反射的にルターがその手をがっしりとつかんだ。


「おい貴様。汚い手でオレの妻に触るな」


 そして次の瞬間。

 ルターは盗賊を天高くに投げ飛ばしたのだった。


「あーれー……」


 キラーンと輝く星になって消えた盗賊に、ルターは「しまった」と思った。

 あんなに遠くに投げ飛ばしてしまったら死んでしまうかもしれない。

 生きてたとしても重傷を負うだろう。

 神の子が人間に危害を加えるなど、本来あってはならないのだ。

 まあ、たとえ死んでたとしても神の力で復活させればよいのだが。


 それよりもとルターは身構えた。


 仲間を投げ飛ばされた盗賊たちが殺気だった目をルターに向けていた。


「てめえ、何しやがる!」

「仲間を投げ飛ばしやがって!」

「星になっちまったじゃねえか!」


 盗賊たちはナイフを振りかざしながらルターに襲いかかった。


「殺してやるうー!」



 すると今度はエミリアが反応した。


「殺す?」


 瞬時にルターに襲いかかってきた3人を張り倒した。


「わたくしの夫を殺すと言ったのか、このゲスめらが!」


 言った瞬間、エミリアはハッと我に返った。

 神の子であるルターならこの程度の攻撃など造作もないはずなのに、気づけば手を出していた。

 ルターに殺意が向けられたことに我慢ならなかったのだ。


 ルターはルターでポカンとエミリアを見つめている。

 エミリアは顔を真っ赤に染めてそっぽを向いた。


「か、勘違いするな。さきほどわたくしを守ってくれた礼をしたまでだ」


 ポンッとルターの顔も赤く染まる。


 照れてる二人をよそに、盗賊集団は殺気をみなぎらせていた。

 いきなり仲間が四人もやられてしまったのだ。

 何をされたのか速すぎてわからなかったが、ここで引き下がるわけにはいかない。

 一斉にナイフを抜き放って二人に襲いかかった。


「て、てめえらー!」


 ルターとエミリアは素手で襲いかかる盗賊集団を次々と蹴散らしていった。

 いくら盗賊とはいえ、神の子と魔王の子の敵ではない。

 瞬く間に彼らは打ち倒されていった。


「こ、こんなはずでは……ぐふ」


 場が収まった頃、ルターはエミリアに言った。


「さすがは魔王の娘。その強さは比類なきものだ」


 エミリアもルターに返す。


「ルター様こそ、さすがと言わずにはおられませんわ。神の子というのも頷けますわね」


 その日。

 神の子ルターと魔王の娘エミリアは、けん制し合いながらも二人仲良く帰途についたのだった。




 お互いがお互いの好意に気づくのは、まだ先の話。




お読みいただきありがとうございました。

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