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1)突然の退職

ベンチャー企業で営業部長を務める四方田研人は3カ月前に採用した部下・柴崎から退職の意向を聞かされた。理由は先輩社員・吉川との確執であり、学歴コンプレックスが原因であるという。採用もマネジメントも「学歴不問」の姿勢で進めてきたが、顛末の経緯を確認し、社内外の様々な人々との対話を通じて、それは「余裕の産物」であり自身の独り善がりであったことに気づかされていく。そして社内で最も学歴の高い四方田に対し、吉川を始め、四方田を採用した實松など古参の創業メンバーの多くは、複雑な感情を抱いていることを知る。

営業部長の四方田研人は、3ヶ月前に開設されたばかりの福岡営業所から退職願が出されたことを知った。予感が無かったわけではない。いやむしろ予感はあっただけに、未然に防げたはずだという思いがずっと残っていた。


「四方田さん、来週のどこかで詳しい話を聞きにいってもらえますか。まあ試用期間内での退職だから人材紹介会社から紹介料も返ってくるし。また採用活動始めないとですね」


取締役の實松に依頼を受け、四方田は格安航空券の予約サイトで福岡空港行きのチケットを探し始めた。彼は、福岡営業所所長・柴崎は退職理由をどのような口調で、どのような表情で説明してくるのだろう―アタマの中でシミュレーションが始まった。



待遇・評価への不満―これはまだ無いだろう。入社して3ヶ月だし、評価ルール云々の前に業務を覚え、顧客に馴れ、業界に馴れることで精一杯だったはずだ。給与についても入社前にとことん話し合った。そして給与額も双方合意の上で雇用契約を結んでいる。これがたった3ヶ月で退職の理由になるとは考えにくい。


人間関係への不満―確かに教育係の吉川とはなんとなくウマが合わないような気はしていた。少しヤンチャな吉川とおっとりした柴崎のキャラは対照的だし。偶然ではあるが同い年という点も火種を予感させた。でも吉川も後輩の扱いは上手な方だし、柴崎も大人気ない振る舞いはしない男だ。高校球児ゆえの厳しい上下関係も経験しており、何よりもちょっとやそっとのことで動じない性格だ。ポジションもキャッチャーだったし(相手を立てることにも慣れている風)。


ベンチャー企業ゆえの将来への不安―「いざ入って挑戦したものの…甘くなかった」これが一番可能性は高いかもしれない。柴崎の前職は大手建機メーカーだったから、やはりギャップが大きすぎたか?でも採用面接の際に「大手ゆえの殿様商売に飽きた」「若い会社でゼロから作り上げていくのを経験してみたい」という言葉はウソにもお世辞にも聞こえなかった。だから3ヶ月で見切りをつけるようなエピソード、例えば給与の支払い遅延とか社会保険の不備だとか、極端に長いサービス残業とかは一切無かったはずだし、すぐに思い当たるフシは無かった。それとも、長い目で考えた時に、会社の将来性・成長性に不安を感じたのかも。確かに前期から今期にかけて、業績的には横ばいだし。ただそれでも3ヶ月という短い期間で、何をどこまで思案したのだろう。そんなに数字に細かいというか、分析が得意な印象も無いしな。


家庭など個人的な事情―柴崎の転職の最大の理由は、前職で突然の転勤辞令を受けたからだった。また偶然にも第2子の出産予定が迫っていた。そして福岡で産まれ、福岡に育った柴崎は「福岡を出たくない」という地元愛も理由の一つだと語った。四方田が知りうる限り、身内の不幸なども心当たりが無かった。何か話せない事情があるのかもしれない。もしそうだとしたら深く立ち入りすぎないように話を聞かないと。



 四方田が勤務する会社はまだ創業10年足らずの、いわゆるベンチャー企業だった。自動車部品の製造・企画・販売を手がけ、過去5年で5倍の事業規模に成長し、その先には株式上場を見据えていた。四方田は2年前に、当時まだ20代だった實松から直々にヘッドハンティングされる形で、営業部隊の編成・強化・拡大を牽引して欲しいと請われ入社した。予算の管理や現場への指導はもちろん、地方営業所の設立の役割も担っていた。東京本社以外の新しい営業所を設立するにあたり、採用活動も主導した。札幌から始まり、仙台、名古屋、大阪、広島、福岡に営業所を設立し、日本列島をほぼ全域カバーできる販売網が出来上がった。そして四方田は入社から2年後、合計12名の部下を統括する「営業部長」の名刺を持った。不惑を迎えて3ヶ月後のことだった。



 退職願の話を聞いてから一週間後、四方田は福岡空港で柴崎の出迎えを受けた。会社のロゴがボンネットにデカデカと貼られた営業車から、180センチを超える色黒の男が、体育会系的笑顔で現れた。



「四方田さん、お疲れ様でーす」

「ありがとう。福岡は空港から博多駅まで地下鉄で10分足らずだから別に出迎えに来てくれなくてもよかったのに」



 四方田は3ヶ月前、博多駅から徒歩10分のところにある、オフィスビルの一室を選び、福岡営業所を開設した。福岡以外の営業所を開設する際も、四方田は会社から与えられた予算とは別に、次のような選定基準で物件を探していた。


交通の便が良いこと―社員にとって日々の通勤がしやすいのみならず、東京からの出張者が通いやすい事務所(ハコ)が望ましい。そして顧客が来訪する際も便利な方が良い。博多駅のような主要駅に直結しているようなビルは家賃が高い上に、ベンチャー企業ではなく、誰もが知る大手の会社に貸すことを前提に作られており、広いスペースの部屋しか無かった。四方田としてはさしあたり30㎡もあれば十分だったから、広い部屋は必要なかった。至近の場所は難しいとしても、可能な限り徒歩圏内、徒歩圏内が無理でも、せめてタクシーでワンメーターくらいのところでとどめたい。人の採用においても交通の便は重要なポイントだと四方田は考えていた。


共用部・水回りが清潔であること―決して潤沢とはいえない予算の範囲内では、どうしても築年数が20年以上の古い物件から選定せざるを得なかった。ただ築年数の古い物件は、比例するかのように共用部、つまりトイレも古いことが多い。ちゃんとリノベーションしているところもあるのだが、未だに和式便器しかないというビルもあった。四方田は「トイレの汚いオフィスほど社員のモチベーションを下げるものはない」と考えていたため、どれだけ家賃が安くても交通の便が良くても、トイレの汚い物件はリストから外した。


日当たりが良いこと―四方田の会社では各営業所に複数の人員を配置できるような余裕は無かった。つまり「営業所」といっても、実質は一人の人間が営業担当と所長を兼ねる形であった。つまりオフィスでの時間をほとんど一人で過ごすことになる。四方田は、「日当たりが悪いオフィスで、一人でパソコンのキーボードを叩いている営業マンの姿」を思い浮かべた時、自分なら耐えられないと思った。一人しかいない営業所とはいえ、せめてしっかり陽の当たる部屋で仕事をしてもらうほうが精神衛生上も良いと思い、可能な限り日当たりの良い部屋を選んでいった。観葉植物でも育てるような余裕が出てくれば良いのだが。



四方田は2年の間に日本各地で合計100件近い物件を見てきたが、中でもこの福岡営業所は自身の選定基準が、比較的バランス良くマッチした物件だと思っていた。またビルのオーナーが、ムダに声が大きくて、空気も読めなくて、顔を合わせた時はとりあえず何らかの形でかまってくるような、どんな時でも底抜けに明るいキャラクターだったこともプラスの要素だった。例えば、柴崎が一人でオフィスに戻って気持ちが落ち込んでいる時でも、こういうオーナーと顔を合わせられる日常があるのなら、多少は癒やしになるだろうと思えたからだった。


 福岡空港から20分ほどで事務所に到着し、四方田と柴崎は席について、向かい合って話を始めた。



「じゃあ早速始めようか。辞めたいという話を先日實松さんから聞きました。何が原因、というか引き金になったのかな?」

「すみません…」



 柴崎はその大きな体躯を縮こませているように見えた。



「やっぱり入社早々、一人営業所っていうのはしんどかったかな?吉川君も限られた時間しか福岡にいられなかったし、わからないことを聞きたい時に、聞ける人がいない環境だったことは会社として申し訳なく思っています」

「いや、そういうことじゃないんです。一人営業所っていう話は入社前に了承した話ですから」

「柴崎君は大手の会社からウチへ来てもらったし、ベンチャー企業のノリが合わないかもしれないなっていう懸念はあったから、やはりそこのところかなと。私も二年前にこの会社に移ってきて何か月は戸惑いがあったから。」

「うーん、結論から言うと自分の力不足が原因なんですけど」


 柴崎は謙虚に反省を述べつつも、別の原因の存在も匂わせ始めた。



「吉川さんから何か聞いてないですか?」

「まあ概要は聞いています。スピード感と計画性に対する感覚がかなり違う的な話は」

「それ以外に、聞かれてないですか?」

「聞いてないね。彼の主観的な好き嫌いの話はともかくとして」

「なんか、吉川さんは自分が大卒なのが、とにかく気に入らないみたいなんスよ」

「柴崎君の学歴が?」

「はい。自分が少しでも上手く仕事ができないと『大卒のクセにそんなこともできないのか?』って詰められます」

「『学歴は関係無い!』って言い返せば済む話では?同い年なんだし」

「でも、吉川さんの営業成績を抜くまでは何を言ってもムダですから」



 四方田は、柴崎の学歴が吉川のどこを刺激しているのか、今一つ判然としていなかった。



「吉川君の最終学歴は確かに高卒ではある。でも、業務の目標を一緒にどう達成するかという点において、高卒か大卒かという議論はあまり関係ないように見えるのだけど」

「吉川さんはそうじゃないみたいです。吉川さんは営業成績も抜群ですし、私もその点については尊敬してます。でも、なんか嫉妬されてるというか」

「業務の基本プレーについてはちゃんと指導してもらっていますか?」

「はい。そこのところは特にストレスは感じませんでした。ただ、教えられたことが上手く出来なかった時や予算達成できなかった時に、詰められる理由に、必ず『大卒のクセに』っていうのを言われましたね。なんか深く恨まれているような感じで。私の方からは『吉川さんは高卒だから』的な話は一切しなかったんですが」

「それが続いて、結構なストレスになってきたというわけですか」

「まあそんなところです」



四方田から見て、柴崎が極端に劣っているようには見えなかった。三か月という短い時間ではあるから、専門知識等については創業メンバーの一人である吉川にすぐに適うはずがない。それでも、業務報告書の出来もどちらかと言えば、柴崎の作成したものの方が優秀だった。吉川の作成する書類は論理構成や因果関係が整理されておらず、変換ミスや脱字も散見され、読み手には少々雑な印象を与えるものだった。他の社員からも「日本語のレベルは、そこらへんの外国人留学生の方が上じゃないか?」と冗談を言われる程だった。四方田が両者の学歴の差を意識するとしたら、こういった部分くらいだった。



「私が時折吉川君から聞いていたのは、『柴崎君の、業務に対する計画性の低さとスピード感にイライラする』ということです。ああみえて、吉川君も細かすぎるところがあるというかね。私は『人それぞれに仕事のやり方があるから、あまり口を出しすぎないように』とは言ってましたけど」

「まあ吉川さんは2ヶ月先までキッチリ予定を立てて仕事をする人ですから。それをモノサシにされるのもイヤでしたし、この話でも『大卒のクセに』って付けられましたし」



 教育係の吉川は柴崎とは同い年で、広島営業所所長と西日本の営業部統括を兼務していた。普段は広島に常駐し、主に中国地方と四国地方の顧客を担当していた。そして状況に応じて、大阪営業所のサポートに入り、3ヶ月前に開設した福岡営業所のサポートも同様に行っていた。吉川は自身の営業ノルマはもちろん、サポートしていた大阪営業所のノルマも毎月達成させていた。つまるところ、優秀な営業マンであり、管理職でもあるわけだが、四方田は初めて吉川に会った時、そのマイナスオーラの凄さにある意味圧倒された。第一印象は「この会社はなぜこのような人物に営業職を担当させるのか?」というものだった。


 吉川のスーツパンツに折り目が付いていたり、アイロンがかけられているような気配を感じたことはなかった。革靴のカカトも限界まで磨り減っていたが、それを恥ずかしく思っている様子も無い。散髪はおそらく隔月で一度行くか行かないかだろう。面と向かって話をすると、人の目を見て話すのが苦手であることがすぐにわかった。いわゆる営業スマイルも義務感たっぷりで不自然だった。他人から見られているということを全く意識せずに生きているのであろうこの男は、非社交性のカタマリであり、彼女もいなければ、友達の数も残念ながらそんなに多くはないだろうことが容易に推測できた。清潔感や爽やかさとは一切縁のない、この三十半ばの独身男にとって最も不適格な職種は、日々多くの顧客と接し、商品と自分自身を売り込まねばならない営業職だと断言しても、反対する者はこの世に一人もいないのではないかとさえ思えた。人懐っこい笑顔で礼儀正しくハキハキ受け答えをする、典型的な体育会系の柴崎とは外面はもちろん、内面でも対照的な人物であった。


 しかし四方田は毎月の地域別の売上の数字を見る度に、営業職はこのみすぼらしい男にとって逆に天職ではないかと思わずにはいられなかった。とにかく数字が落ちないのである。そして顧客からの評判もすこぶる良かった。初対面では簡単に打ち解けられる人物ではない。しかし、第一印象の壁を超え、そこから先へ進むと、吉川は見てくれ以外の不満や不快感を顧客に与えなかった。吉川は自分の主張や売り込みを押し付けるのではなく、とにかく相手の話を聞くことを優先した。顧客は徐々に吉川に心を許す形になり、気がつくといつの間にかその懐の深い場所に吉川が入りこんでいた。


 相手のガードが下がっても吉川は全く油断しなかった。ひたすら冷静に観察を続けたのである。良好な関係を構築する礎は、その鋭い観察眼であった。「穴が開くまで見続けるにとどまらず、穴が開いた後も顧客を見続ける」というのは吉川の口癖であったが、この言葉の通り、新規の顧客のみならず、長く付き合っている既存顧客に対しても、とにかく観察し続けた。その徹底ぶりは他の営業マンには見られないもので、顧客一人一人のキャラクター、仕事に対するスピード感、好き嫌い、得手不得手など、吉川は徹底的に観察し分析を続けた。そして顧客の組織において肩書の有無に関わらず、誰が実質的なディシジョン・メーカーなのか、その組織の意思決定方法はトップダウンなのか、ボトムアップなのか、自身で把握できるまで情報収集と分析を続けていた。その結果、顧客を知り尽くすことになり、顧客に付きすぎず離れすぎず、絶妙な距離感で接触できる形になり、他の取引先と比較して、その存在を少しずつ差別化させていった。



「懇意にしているお客様と会う時、アポイントを取って会いに行くのもいいんですけど、たまにあえてアポ無しで会いに行くのもいいんですよ。アポ有りの時とは違う表情が見られますから」



 この言葉を聞いた時四方田は、「自分も吉川に何をどこまで観察されているのかわからない」とその鋭さに戦慄を覚えた。


 取締役の實松は、このような吉川のキャラクターについて「第一印象の期待値があまりに低いから、顧客は良い意味で裏切られているのだ」と表現した。


 一見うだつの上がらない、一ベンチャー企業の営業マンが、予想だにしない深さでこちらのことを分析して知り尽くし興味を持ってくれている。じっくりこちらの話を聞いてくれる。共に良い商売をしていくためにはどうしたら良いかを一緒に考えてくれる。必要なサービスをスピーディーに提供してくれる。他の取引先にこのような営業マンはいるだろうか?いや、他の大半の営業マンは、現在は絶滅危惧種となった生保レディのように、こちらが望む望まざるに関わらず、無理矢理にでも売りつけたい、買わせたいという姿勢をむき出しにして、自分勝手な都合を押し付けてくる輩ばかりだ。バブルの時代には、頼んでもないのに食事やゴルフに誘ってくる奴らもいた。あるいは、「訪問回数=受注確率」という一見根拠がありそうで、実は全く根拠がない公式を念頭において、こちらが呼んでもいないのに「顔をだすのは営業マンの基本だよね」とばかりにどうでもいい世間話やご機嫌取りをしに暇つぶしにやってくる、顧客の都合を考えているようで、実は訪問回数の多さに自己満足することが主目的の、はた迷惑な御用聞きだ。


 「実はデキる男じゃないか」―見た目とのギャップにほだされた顧客は、さらに吉川との距離を縮める形になり、吉川の観察行動をより深く、より鋭くさせた。


 「顧客を把握する」ということはご機嫌を伺うのみならず、つまるところ「自身の売上アップに繋がるかどうか」を深く見定めることでもあった。そして限られた時間内で、どの顧客と長く付き合うのが売上に繋がるのか、優先順位を付けることになった。裏を返せば相当な根拠を持って「この顧客には脈無し」という判断もしているわけで、撤退の潔さも他の営業マンとは一線を画していた。四方田も自身の営業マンとしての経験から「撤退するという判断も、立派な営業活動の一つだ」という持論を持っていたが、吉川の行動はまさにそれであった。


 吉川にはもう一つ気をつけていることがあった。それはニオイのマネジメントであった。曰く「対人関係において、一度ニオイの面で悪い印象を与えたら払拭するのは難しい」という妙な「嗅覚至上論」を持っており、潔癖症ともいうべき頻度で消臭剤や芳香剤を使用していた。吉川はタバコが大好きであったが、顧客の前に行くときは100%臭いを消すべく全身に消臭スプレーを振りかけた。これまた大好きなコーヒーを飲んだ後も念入りに洗口液を使用していた。服装はみすぼらしかったが「こんな男でも、それなりに気を使ってくれているのだ」ということだけは顧客に伝わっていたようで、これを悪く思う顧客はいなかった。



「なんか、ちょっとしたきっかけでオシャレが好きになって、身だしなみに気を使えるようになったら、すぐに彼女ができると思うんだけどなぁ」



 四方田は時に酒を飲みながら吉川にアドバイスしたが、吉川の「見てくれ」が特に変わる様子は無かった。



 福岡営業所にて柴崎との面談はさらに続いた。



「会社では先輩であり上司にあたるわけですんで、基本は指示に従ってましたけど、同い年でしたから、おかしいなと思うことは反論させてもらってました。『問答無用!』的な感じで言いくるめられることは無かったですけど、吉川さんのスタイルは吉川さんにしかデキないと思うんですよ。なんかそれをモノサシに命令されて、そして事ある毎に学歴の話に結び付けられて、エスカレートしていった感じです。なんかこの先一緒にやっていけないなと」

「柴崎君の言うことが事実だとすると、確かに吉川君が自分のスタイルを押し付けられるのはシンドイと思います。一度吉川君にも直接話を聞いてみるつもりですが、そういうパワハラ的な感じは、これまで他に吉川君が指導してきた際には出てこなかったように思うんだけどなぁ」

「だから理由は学歴ですよ。自分の後任は高卒に限定された方がいいんじゃないですかね」

「うーん、いずれにせよ、吉川君の話も聞いてみないことには判断できない」

「今だから聞きますけど、四方田さんは、大卒の自分を、高卒の吉川さんの下に付けるっていうのに抵抗なかったんですか?」

「特に無かったかな。だってお客さんには営業マンの学歴がどうかなんて関係ないし。ウチの社内の人事制度でも、学歴と職責には一切関連性は無いから」

「まあ、四方田さんは高卒の上司の下で働いたことなんかないですよね?」

「うん。無いと言えば無いけど、現在の上司の實松さんは、学歴だけで言うと私よりは下になる。大学中退されてるらしいので」



四方田は社内で唯一の大学院卒であった。



「なんかコンプレックスぶつけられたりしたこと無いんですか?」

「特に無いかなぁ。實松さんもあまり学歴を気にする人ではないし」

「年齢も離れているからっていうのもあるんでしょうね。自分と吉川さんは齢が同じっていうのもあるし」



 四方田は話の本筋を元に戻し、翻意の可能性がどれくらいあるのかを探った。



「もし教育担当を別の人に変えるとしても、柴崎君の気持ちは変わらないかな?例えば、学歴のギャップが上手くいかない原因だとしたら、大卒の営業マンを教育担当にすればいい話だし」

「いや、会社と駆け引き的なことをするつもりはないですし、次も決まってますんで」

「よく次が見つかったね。私が採用する側だったら、前職を3ヶ月で辞めた人は警戒して採用しないよ。他社の面接でも不利な扱いを受けたのでは?」

「実は運良く野球部の先輩に口を利いてもらったんで」

「コネ入社ってやつですか。会社としてはせっかく福岡に営業所を開設したわけなので、柴崎君には続けてほしいと思っています。こんな言い方はなんだけど、なんとか考えを変えてもらえるような方法は無いだろうか?」

「すみません。こういう話って『辞めるの、やっぱ辞めます』っていうのは無いと思いますんで。それにこの会社、大卒は少数派なんでしょ?吉川さん以外にも似たような考え方している人、多いんじゃないかって。なんとなく自分とはノリが合わないんですよ」



 四方田も本気で引き止められるとは思っていなかった。これ以上深追いしても意味が無いと悟った。



「残念ですが、お気持ちは固いということがわかりました。速やかに手続と業務引き継ぎを進めてください。後任の人にもしっかり伝わるような引継書をお願いしますね」

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