9話 初授業
(はえ~~、教室ってこんな広いんだな~)
広々とした教室に感嘆する。
学校なんて通ってなかったから、教室というものに入るのは初めてだった。
俺がいる教壇と、背後には大きな黒板。
目の前には長い机が楕円形に置かれていて、それが階段のように高くなっていき計四つある。多分後ろの生徒が見やすいような作りになっているんだろう。
んで、座席に生徒達が座っている。
数は大体三十人で、ぱっと見男が少し少ないって感じか。生徒の全体数はこれだけではなく、もっといるらしい。学年とかで区切られているんだとか。
(それにしても露骨だねぇ)
生徒達が座っている場所に違和感を抱いた。
広々とした教室なのにも関わらず、男子は右前辺りに居心地悪そうに固まっていた。そして女子は、左前と後ろの席を悠々と使っている。
この絵面からして、男子の立場が女子よりも圧倒的に低いというのは手に取るようにわかった。
(そういえばクリスの奴、男子の立場が弱くて卑屈になってるとか言ってたな。それもこれも、【五人の魔女】に脅えてるからだって)
その元凶たる【五人の魔女】の一人であるステラは、今日は授業に参加していた。ずっと授業をサボっていたのに、心境の変化でもあったのかね。
ただ教室の端に一人ポツンと座っていて、明らかに他の生徒から避けられているがな。
これが階級制度ってものだろうか。
今のところ【五人の魔女】>女子>男子といった感じの力関係だ。そんで一番美味しい所を啜っているのは真ん中の女子だな。
自分達は何もしてねぇのに【五人の魔女】の影に隠れて態度をデカくしてんだからよ。
(まぁ、そこらへんはどうでもいいがな)
別に第三者の俺がどうこう言う必要はないだろう。
男子が勝手に居心地悪くしているだけのことだ。俺からしてみれば情けねぇとしか言いようがねぇ。
(ん? なんだあの柄悪い奴は)
教室の後ろの端、ステラとは逆の位置にいる生徒に目が留まる。
凛々しい顔立ち。短めの金髪で、頭部からは犬っぽい耳が生えている。尻尾は机に隠れていて見えないが恐らく獣人だろう。
男に見えるが女だな。だってスカート履いてるし。
そいつは頭の後ろに手を組みながら机の上にドンと両足を置いている。その上干し肉でも噛んでいるのかくちゃくちゃと咀嚼音を鳴らしている。
なんて態度が悪いガキんちょなんだろうか。あれか……あれが不良ってやつか? なんか知らんけど俺のことめっちゃ睨んでるし。
(あ~面倒臭ぇ)
大体何で俺がこんな所にいるんだよ。
てっきり実践だけ教えてやればいいのかと思っていたら、クリスから座学の授業にも出ろって命令されたんだよな。じゃないと借金減らないぞって脅されたからほぼ強制でここにいる。
はぁと深いため息を吐くと、目の前にいる生徒達へ向けて口を開いた。
「え~、校長から座学の授業に出てくれと頼まれたからこうしてここに居るだが、もう知っての通り俺には魔力がない。そんで魔術も使えない。だから魔術師であるお前等に俺から教えることは何一つない。ということで、だ。基本的には自習にする」
「「えぇ……」」
「ただ、聞きたいことがあれば答える。質問に対して答えを持っていれば、だけどな」
付け加えるようにそう言うと、生徒達は戸惑ってしまう。
少しの時間騒めいていると、一人の女子生徒がおずおずと手を上げた。
「あの……質問いいでしょうか」
「いいよ」
「あの、何でそんな格好なんでしょうか? 昨日も同じでしたよね……」
「へっ?」
記念すべき最初の質問がとんちんかんな内容で驚いてしまう。
あっそこ気になっちゃう感じ? 仕方ねぇな~、知りたいというのなら答えてあげちゃうよ。
「この服装は機能性を重視したマイベストウェアだ。着やすい、脱ぎやすい、動きやすいと良い事ずくめ、おすすめだぞ」
胸を張って堂々と答える。
俺が身に着けているのは、ヨレヨレのシャツにダボダボのズボンに汚れたサンダル。クズニートライフを送る中で、この格好が最適解だと気付いたんだ。正にクズニートの為の正装といっても過言ではないだろう。
「は、はぁ……ありがとうございます」
「ねぇ、あれってちゃんと洗ってるよね? 昨日と同じだけど」
「流石に洗ってるか予備でしょ。えっでも汚っ、なんか臭い気がしてきた」
「あんなダサい格好、絶対に人前で着れないわ」
散々な言われようだった。
失礼だな、ちゃんと洗ってるよ! それに代えだっていっぱいあるんだからな! ダサくね~し!
「私からもいいですかー」
今のやり取りで空気が柔らいだのか、他の女子が気軽な感じで聞いてくる。いいよと促すと、彼女はこう言ってきた。
「勇者様って王女様との婚約を蔑ろにしたって噂を聞いたんですけど、あれって本当なんですか」
「ああ、本当だ」
「えっマジか」
「やっぱりそうだったんだ」
嘘を吐かず答えると、生徒達がざわざわする。
そんな中、さっきの女子が再び質問してきた。
「どうしてそんな事したんですか」
「他人からしたら不思議に思うだろうが、俺の立場になって想像して欲しい。魔王を倒して英雄となった俺は、めちゃくちゃモテた。そりゃもうモテモテだよ。あん時は世界中の女はみんな俺のものって思ったぐらいにな」
「「……」」
「報奨金もたんまり貰ったし、毎晩夜のお店に出掛けては酒を飲んで最高の日々を送っていたんだ。だけど調子に乗り過ぎて王様にバレちまってよ、王女との婚約は破談になり、王都から追放&出禁をくらっちまったんだ。まぁ若気の至りって奴だな、はっはっは!」
「うっわ、最っ低……」
「女の敵よ」
「勇者様がこんなクズ野郎だったなんて幻滅したわ」
「私憧れてたのに……」
「すげぇ……」
「ちょっと羨ましいかも……」
包み隠さず真実を伝えると、女子生徒から冷たい目で見られ非難轟々の嵐が押し寄せてくる。あら~一瞬で大きな距離ができちまったみたいだな。
でも一部の男子達は羨ましそうというか、尊敬の眼差しで俺を見ていた。ふふ、お前達なら俺の気持ちも少しは分かってくれるだろう。
女子はもう俺と口を聞きたくもないのか口を閉ざしてただ睨んでくる。
そんな中、男子の方から恐る恐る質問してきた。
「あの、その後は今までどうしてたんですか?」
「他の国に行って、働かず一日中寝たり酒場行って酒飲みながらギャンブルしてたな。金が尽きたら色んな奴等に借金をしまくって気楽に生活してたよ」
「最っ低! 酷すぎる!」
「クズを越えてるじゃない」
「なんてクズニートだ……」
女子からの好感度は地よりも深く下がり、ちょっぴり尊敬されていた男子からも呆れられてしまう。
いやお前等、クズニートライフってマジ楽しいからな。
「それで、どうして学校の教師に? まともな人間になろうと心変わりしたのですか?」
「そんなんじゃねぇよ。内容は端折るけど、校長に無理矢理連れてこられたんだ。半ば脅されてな。教師なんて面倒なもん、誰がやるかっての」
「うわ~最悪だわ」
「こんな人が勇者だったなんて全然信じられない」
どんよりとした空気が教室に蔓延する。
生徒全員俺のことをクズ野郎といった目で見てくる。全くもってその通りだから否定のしようがないな。
「他に質問は? なければ自習していいぞ」
「はい」
背が低めの男子生徒が手をあげる。
なんだよもう、あとは適当にしてもらって俺は寝ようと思ったのに。仕方ないから促すと、彼はこう聞いてきた。
「勇者様は魔力がないのに、どうやって魔王を倒したんですか?」
「勇者様なんて仰々しく呼ばなくていいぜ。俺はもう勇者じゃねーんだからな。先生でもいいし、クズ野郎でも、好きなように呼べばいい」
「は、はい……」
「どうやって魔王を倒したか、だったな。端的に言えば仲間と力を合わせたからだ。この学校の校長のクリスティーナと、戦士のガルガンティアと僧侶のシスコ。この四人で力を合わせたから魔王を倒せたんだ」
「でも、魔力が無いのに攻撃が通じるんですか?」
「今はどうだか知らないが、昔の戦士や兵士は皆魔力がなかったし、魔力持ちの僧侶や魔術師だって数が少なかった。でも魔力がなくたって戦えるし、魔族だって魔王だって倒せるさ」
確かに、魔力を有している第二世代と呼ばれるこいつ等が十年前に居たら楽に魔族を倒せただろう。だからと言って、魔力がない奴が魔族を倒せないといったらそういう訳でもない。大変ではあるが、倒す方法ならいくらでもあるからな。
「そう……なんですか。ならどうすれば勇者さ……アレン先生のように強くなれますか?」
「どうすれば……か、難しい質問だな。俺はお前等みたいに訓練とかもしたことねぇし、力は勝手についた感じだしな~」
「勝手についたとは、どういうことでしょうか」
「強くなるとか以前によ、襲ってくる魔族や魔物から生き延びる為に戦ってたんだ。当時は魔族と戦争をしていたからな」
「「――っ!?」」
俺がそう言うや否や、生徒達に緊張が走る。教室の空気もピリッとする中、俺は大変だった当時を思い出しながら話を続けた。
「俺達は戦争の真っ只中に居た。魔物に襲われたり食い物を荒らされたり、魔族によって街が一夜で崩壊したなんてよくある話だ。今日を生き延びるのも大変だった時代だった。お前等が産まれてもねぇ、俺がガキの頃が一番最悪だったかもな」
「「……」」
「そんな苦境の中、俺達は必死に抗った。生きる為に戦い続けた。戦いの中で力は勝手についていったよ。襲ってくる魔族を片っ端からぶっ倒して、いつしか仲間ができて、そんで気付けば勇者なんて呼ばれて祭り上げられちまった。人類には希望が必要だったんだな。それを理解ってたから、俺は人間の代表として勇者になったんだ」
「「……」」
「まっ、今となってはただのクズニートだけどな! はっはっは!」
ジメジメとした空気を変えようと自虐ネタで笑わそうとしたんだが、あんま上手くいかなかった。やべぇな、そんなつもりはなかったんだが自分でも知らずに熱が入っちまったか?
やだね~これじゃ“あの頃はよかったおっさん”じゃねぇか。
「お前等は恵まれてるよ。こうした平和な世界で、学校に通いながら同年代と切磋琢磨し合えるんだからな」
言ってから気付いたが、「俺が平和な世界にしてやったんだぜ、感謝しろよな」って恩着せがましく言っているようにも聞こえるな。
ちょっと自分のことダサいと反省していると、男子は特に気にせず質問してくる。
「では、強くなるには実戦を積むしかないんでしょうか?」
「そんな事ね~だろ。現にお前達の力は、一部の連中を除けば十年前の兵士や魔術師より格段に勝ってる。それはお前達には才能があって、この学校で魔力の扱い方や自分の得意分野をしっかり訓練しているからだ。模擬戦とか、実戦訓練だってしてるだろ?」
「はい……」
「まぁ強いてあげるなら、もっと死ぬ気で頑張ればいいんじゃねぇの?」
「死ぬ気……ですか?」
「負け犬根性で“自分なんか”と卑屈にならず、一度限界超えて死ぬ気でやってみればいい。そうすれば自ずと答えは出るさ。とは言っても、そこまで自分を追い込むのはかなり難しいけどな。おいボウズ、お前は強くなりたいのか?」
最初からずっと質問してくれていた背が低い男子に問うと、彼は力強く「はい」と答えた。
「そうか。ならちょっと考えておくわ。忘れたらすまん」
「あ、ありがとうございます!」
「他に質問あるか。なければ自習でいいぞ」
「はい」
今度は違う男子が手を上げる。
おいマジかよ。そろそろお昼寝の時間なんだけど。
「先生は魔族と戦って、今まで負けたことないんですか?」
「何言ってんだお前、あるに決まってるだろうが」
「えっでも、勇者なんですよね?」
不思議そうに聞いてくる生徒に、俺は大きくため息を吐いた後こう答える。
「あのな、どれだけ勇者が凄い人間なのかって想像しているか分からねーけどよ、勇者は別に最強でも無敵でもないんだからな。何度も負けたし、何回も死にそうになったっつーの」
「そういう時はどうしたんですか?」
「そりゃ勿論、逃げたね。尻尾撒いて逃走よ」
「「……」」
戦いから逃げたことが意外だったのか、生徒達はかなり驚いている。
こいつら世代からしたら勇者は英雄だし、敵から逃げる想像なんてできないのか。
「何でもかんでも真正面から戦う必要はねぇんだ。怪我をしたら下がればいいし、敵が圧倒的に有利な状況だとか場所とかなら一旦退いて体勢を整える。戦略的撤退ってやつだな。別に尻尾撒いて逃げたっていいんだ、逃げるのは決して悪いことじゃねぇ」
「に、逃げてもいいんですか?」
「ああ、逃げろ逃げろ。負けそうだと思ったらすぐ逃げちまえ。最後に生きてればこっちの勝ちってもんよ。そう言う意味では、逃げることは本当の意味での負けじゃねぇな」
陽気に言う俺は、「だがな……」と言って話を続ける。
「逃げちゃいけねぇ時もある」
「それはいったい、どんな時でしょうか?」
「大切な人を死んでも守る時だ。もしお前の後ろに大切な仲間や家族が居たら、その時は逃げずに立ち向かって欲しい。それが戦う力を持っている戦士に課せられた責任だからだ」
「……わかりました、その時は逃げずに戦います」
(ふっ、ちょっとかっこつけちゃったか?)
男子もそうだし、俺をゲスの極み野郎と蔑んでいた女子達も、俺の話を聞き入って感心していた。
か~やっべ~勇者&教師ムーブかましちゃったよ~。やっぱ俺には人を惹きつける魅力があるんだよね~罪な人間だわ~。
てな感じで自画自賛していたら、突然後方からドンッと叩きつけるような衝撃音が鳴り響く。皆がびっくりして後ろを振り返ると、音の発生源である不良少女は俺を見下ろしながらこう言ってきた。
「はっ! 何スカしてんだテメエ、そんなクソダサぇ真似できるかっつうの。逃げるくらいなら潔く死んだ方がマシだぜ。話聞いてガッガリだわ、勇者ってのも案外大したことね~んだな!」
あの~、何であの不良少女は俺にキレてるの?
俺なにかしたっけ? ビックリしておじさん声も出ないんだけど。今時の子供って恐いよ……。
「ちょっとレオナ、言い過ぎよ」
そんな風にビビッていると、ステラが俺を庇うように注意する。
すると不良少女はチッと大きく舌打ちをすると、踵を返して、
「オレは絶ってぇ逃げねぇからな」
俺を睨みつけながらそう言うと、不良少女は椅子を蹴っ飛ばして教室から出て行った。
「……」
え〜、今時の子供こわいんですけど……。