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7話 よく言われる

 



(助けに……きてくれたの?)


 混乱して頭が回らないが、ここに居るということは私を助けに来てくれたのだろう。


 それに気付いた時、私は凄く嬉しかった。

 見た目がクズニートに変わっていても、実力が衰えていても、誰かを守るという正義の心だけは変わっていなかったんだと。

 私が憧れた勇者様は、やっぱり勇者様だったんだと分かって嬉しかった。


 もう大丈夫だと安心する私に、勇者様は信じられない言葉を浴びせてくる。


「おい、何してんだ。いつまでも寝てないで早く立って戦えよ」


「えっ? 助けに来てくれたんじゃないの?」


「あん? 馬鹿なこと言ってんじゃねぇ、何で俺より強いお前を俺が助けなきゃなんねーんだよ。自分で何とかしろよな。それにこれは、“お前の戦いだろ?”」


「う、嘘でしょ……こういう時ってかっこよく助けてくれるのが相場なんじゃないの!? 昔みたいに!」


「知るかよ。昔っていつの話だっつの」


(最っ低!!)


 ボサボサの髪をポリポリと掻きながらクズ発言を放ってくる勇者様に、嬉しさなんか一瞬で消し飛んでしまい激しい怒りが芽生えた。


 やっぱりこの男クズよ! クズ勇者よ!

 動けない生徒を助けようともせず戦えって無理強いするなんて、クズの所業だわ!

 見損なった、一瞬でも期待した私が馬鹿だった!


「おい人間、キサマ私が作った壁の上にいつから居た」


「何オレ達を無視してんだよテメエ。これからそいつをいたぶって遊ぶつもりなんだから邪魔すんじゃねぇ」


「ぎゃーぎゃーうるせぇぞ三下魔族が。今先生っぽいことしようとしてんだからちょっと黙ってろ。」


「「――っ!?」」


(何だあいつ……魔力もねぇ癖に!)


(動けん……このワタシが気圧されるほどの威圧だと。あの人間何者だ?)


 どうしたのかしら……。

 勇者様が怒鳴ると、魔族達は時が止まったように身体が固まってしまった。いったい何をしたのか不思議に思っていると、彼は再び私を見下ろしてきて、


「おい、いつまで寝転がってるつもりだ。いい加減立てよ」


「……立ちたくても立つ力がないのよ。それに、立ったところで私じゃあの魔術を打ち破れない」


「ふ~ん、だから戦うことを簡単に諦めたのか。なんかガッカリしたわ」


「なん、ですって……」



「【五人の魔女(クインテット)】ってダセェ名前でおだてられて? 調子に乗って授業にも出ず生徒や先生に威張り散らすぐらいだから? そらまぁ骨のある奴だと思ってたのによ。それが何だ、ちょっと上手くいかないからってすぐに諦めるのかよ。ダッサいのは呼び名ぐらいにして欲しいもんだぜ」


「っ!? あなたに私の何が分か――」


「“守るべきものが後ろに居たとしても、お前はそう言って諦めるのか”」


「えっ……」


 侮辱する言葉に頭がきて言い返そうとしたけど、険しい声音で告げられたその後の言葉に私はハッとさせられた。

 すると勇者様は真面目な声音のまま続けて話す。


「お前の後ろに、傷ついて逃げられない人がいる。恐怖に脅えて動けない子供でもいい。お前が倒れれば、その人達は魔族に殺される。そういう状況だったとして、それでもお前はまだ立てないと言えるのか?」


「そ、それは……」


「立てないじゃねぇんだよ。魔術を打ち破れないじゃねぇんだよ。どんな事があっても最後まで諦めずに立って戦うんだろうが。それが守る為の戦いだろ? お前は今まで、何の為にその力を磨いてきたんだ」


「――っ!?」


 勇者だった彼には、常に守る人々が後ろに居た。勇者が倒れたら人々は死んでしまう。だから勇者は何度倒れても立ち上がったんだ。最後まで諦めずに戦ったんだ。


(何の為に、か)


 そっか、そうだった。

 この学校に入学して、周りから天才ともてはやされ、自分は他よりも優れていると思い上がっていた。

 いつしか本来の目的を見失い、ただ闇雲に強さを求めていた。


 だけど違う。そうじゃない。

 私が強くなりたかった本当の理由は。

 “勇者様のように誰かを守れるような人間になりたかったからだ”。


 私はなんてバカだったのだろう。

 そんな大切なことを忘れてしまうなんて。


 でも、もう忘れない。

 例え敵わなくても、最後まで諦めずに戦ってやる。



「くっ……ぁぁああああああ!!」


 剣を支えに声を上げて立ち上がった。

 勇者様の言葉でもう一度立ち上がることができた。


「はぁ……はぁ……」


「よし、じゃあ頑張れ。あ~それと、姿が見えない敵と戦う時は“見なくてもいい”」


 そんなアドバイスを一つ残して、勇者様は私の後ろへ歩いていく。


(見なくてもいい……か)


 確かに見えないんだから、視覚に頼る必要はないわね。

 瞼を閉じて剣を構える。すると視覚以外の感覚が研ぎ澄まされていき、様々な情報が飛び込んでくる。


 口に広がる血の味。サーと吹く柔らかい風の音。生い茂る草の臭い。そして、前方から感じる二つの魔力反応。

 理解わかる……見えていないけど、身体で感じ取れる。


「はっ、まだやる気かよ? いいぜ、いたぶるのにも飽きたし、望み通り殺してやるよ!」


(来る)


 魔力の反応が大きくなった。恐らく魔族が透明になる魔術を使ったのだろう。

 微かに聞こえる足音や魔力反応から、素早くこちらに接近してくるのが分かった。


(右っ!)


 敵からの攻撃を紙一重で躱す。

 さらに剣を振り上げて反撃すると、肉を断ち斬る手応えがあった。


「ぎゃあああああ!! オレの腕がぁあああああ!!」


 すぐ近くで魔族の悲鳴が響き渡った。

 透明になる魔術が解けたのか、血が溢れている腕を苦しそうに抑えている魔族が居た。


「ど、どうしてオレの居場所が分かったぁ!?」


「さぁね、そんなことどうだっていいじゃない」


「待ってくれ、殺さないでくれ! オレが悪かった!」


 必死に懇願してくる哀れな魔族へと肉薄し、


「安心しなさい。私はあんたみたいな気持ち悪い趣味はないから、楽に殺してあげる」


「待っ――」


「疾風斬!!」


 慈悲は無い。

 高速の斬撃を放ち、魔族の首を刎ねる。

 首だけになった魔族は「くそったれ……」と呟いた後、離れた身体と共に黒い灰となって消滅した。


「はぁ……はぁ……勝った」


 肩で息をしながら勝利を実感する。

 ギリギリの戦いだったけど、どうにか倒すことができた。それもこれも、勇者様が見るなとアドバイスをしてくれたお蔭。

 やっぱり場数が違うわね、魔術への対応が柔軟だわ。


「ウルガのバカが、調子に乗り過ぎたな。まぁいい、手間がかかるがワタシだけでも十分だ」


「あと一人……」


 正直言って、今から長髪の魔族との連戦はキツい。

 銀髪の魔族にやられた身体は傷だらけだし、魔力ももう残っていない。満身創痍の状態で、厄介な魔術を使うあの魔族には勝つのは不可能に等しい。


(それがなんなのよ!)


 例え敵に勝てなくても、身体が悲鳴を上げていても、私は最後まで戦い続けてやるんだから。そんな決意を固めている私の肩に、ポンと大きな手が置かれる。


「やりゃあできるじゃねぇか、ステラ。しょうがねぇ、頑張った褒美に後は俺がやってやるよ。そうだ、ちょいと剣貸してくれない?」


 そう言って剣をひったくる勇者様を私は慌てて引き留める。


「何言ってるのよ、私よりも弱いんだから勝てる訳ないじゃない」


「勘違いするなよ。強い奴が勝つんじゃねぇ、最後まで立っていた奴が勝者だ。たった今身をもって知っただろ?」


「っ……」


 能力でいえば圧倒的に私の方が上だったけど、透明になる魔術によって銀髪の魔族に殺されそうになった。


 強い者が必ずしも戦いに勝利するという訳ではない、というのは理解した。でも、実力の差が余りにもかけ離れていたら、その差をひっくり返すのは不可能なんじゃないかしら。



「その小娘の言う通りだぞ、人間。魔力も無い貴様が、ワタシに勝つなど万に一つもない」


「はっ! テメエ等魔族はいっつもそれだよな。そういう風に凝り固まった考えしかできね~から油断して人間に負けたんだよ」


「何だと……」


 トントンと私の剣で肩を叩きながら魔族を煽る勇者様。

 どうでもいいけど、私の剣を肩たたき代わりにしないでくれるかしら。


「言ってくれたな人間。貴様はいたぶる必要はない、一瞬で殺してやる。【根を操る魔法(ツリーロット)】」


「ん?」


「勇者様!」


 長髪の魔族が手を翳した刹那、私達がいる地面が盛り上がり、木の根が飛び出てくる。木の根によって勇者様は上空に跳ね飛ばされてしまった。


「死ね」


「危ない!」


 空中にいる勇者様に、次々と木の根が襲い掛かる。

 あれじゃ防御も回避もできず串刺しにされてしまうと狼狽していたら、


「よっと」


「ええっ!?」


 勇者様は木の根に着地し、さらには木の根の上を颯爽と駆けていく。

 なんて無茶苦茶なの……しかもサンダルで。


「ちっ!」


「あっぶね!」


 木の根の上を走りながら迫ってくる勇者様に、魔族は苛立たしそうに舌打ちをする。追撃を仕掛けるが、彼は他の木の根にジャンプして回避したり、剣で斬り払いながらも進む足を止めない。

 そしてついに、魔族の懐へと迫った。


「くっ!」


 近づかれたくない魔族は、私の時のように木の根を盾のように密集させ防御する。だけど勇者様は、構わず剣を振り下ろした。


「ふん!!」


 ズンッ!! と轟音が鳴り響く。

 勇者様が放った一撃は、木の根を貫通して魔族を真っ二つに斬り裂き、地面を裂くほどの大きな跡を残していた。


「す……凄い」


 凄まじい光景に驚愕する。

 訳がわからない。魔力が無いただの斬撃の筈なのに、何であんなに威力が出るのよ。


 これが、魔王を討ち倒した勇者アレンの本来の力なの?


「思い出したぞ……そのデタラメな剣筋、十年前に戦場で見たことがある。そうだ……ワタシは恐怖し、あの場から逃げ出したのだ。ああ、そうか……貴様、勇者アレンか」


「知ってたのかよ。まぁ、元だけどな。一応勇者だったぜ」


「ふっ……卑怯な。見た目が変わり過ぎて分からなかったぞ」


「よく言われる」


「勇者だと知っていたら最初から戦わな……かっ……」


 最後まで言えずに、長髪の魔族も灰となり消滅する。

 消えゆく魔族を見下ろす勇者様の背中と、子供の私を助けてくれた時の背中が重なる。

 やっぱり、勇者様はかっこよかった。


「うぉおおおお!?」


「勇者様!?」


 そんな風に見直していると、突然勇者様が苦しそうに悶える。急いで駆けつけて声をかけると、彼は私と戦った時みたいに身体を“への字”にさせ、お尻を上に突き出すように腰を抑えながら、


「こ、腰がぁあああああ!!」


「……」


「久しぶりに動いたら腰がいっちまった! 頼むぅ、手を貸してくれぇぇ!」


「はぁ……」


 情けない勇者様の姿に、やれやれとため息を吐いてしまう。

 折角見直していたのに、一瞬で冷めちゃったじゃない。でも――。


(ふふ、まぁいいか)


 なんか馬鹿らしくなった私は、勇者様――ではなく“元”勇者様に近付いて、笑顔でこう告げたのだった。


「はいはい、肩貸しますよ。“アレン先生”」



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