6話 襲来
「はぁ……はぁ……ダメ、全然集中できない」
変わり果てた姿になっていた勇者アレンと模擬戦をした後、いつも鍛錬している場所で剣の素振りをしていた。
この場所は学校から少し離れていて森よりも手前にあり、見晴らしも良く雑音が無いため私のお気に入り場所だった。
考えことを晴らす為に始めた素振りだったけど、振れば振るほど余計に邪念が浮かんでしまう。
それもこれも、全てあの男のせいだ。
「どうしてよ……勇者様」
俯きながら、か細い声で呟く。
強くてかっこよかった勇者様は過去の話。今の勇者様はまるで、ろくに働きもせず毎日寝たりお酒を飲んだりしてばかりの、クズニートみたいにろくでもない姿だった。
「思い出したら腹が立ってきたわね。あ~もう、どうでもいい! 忘れてやるんだから! 鍛錬よ鍛錬!」
悩んだところで、あの頃の勇者様に戻る訳でもない。
いつまでもウジウジしたって仕方ない。このモヤモヤを晴らす為に、素振りを再開しようとした――その時。
「魔力の気配!? ――っ!?」
大きな魔力反応を探知したので慌てて視認すると、木の根のようなものがこちらに迫ってきていた。
すぐに魔鎧を纏って身体を強化し、降り注ぐ木の根を回避する。私がいた所にズドンと重音を立てて衝突すると、砂煙が舞い上がった。
「外してんじゃねーか」
「ほう、今のを避けるか。中々いたぶり甲斐がありそうだ」
「誰っ!?」
突然私を襲ってきた者に問いかける。最低でも二人はいるだろう。
舞っていた砂煙が消えると、二人の男が姿を現す。その男達を目にした私は驚愕した。
「角が生えている。まさか……魔族!?」
背が高くて黒い長髪の男も、背が小さくて銀髪の男にも額に角が生えていた。一瞬獣人かとも思ったけど、魔族なんじゃないかという考えが浮かんだ。
だって、街を襲った魔族と同じ嫌な雰囲気を醸し出しているからだ。
「ご名答、よくわかったな」
「オレ達は魔族の生き残りだ」
「やっぱり!」
予想通り、奴等は魔族だった。
十年前に勇者一行が魔王を討ち倒したことで平和になったが、魔族が絶滅した訳じゃない。生き残りはまだ居て、自分から暴れたり、目撃されたりしている。
だけどそういう魔族は少数で、殆どが人間に見つからないように隠れて生きているらしい。
そんな魔族が何故、学校に現れたのだろうか?
何か企んでいるのだろうか。まさか学校を襲うつもり?
だったら、魔族が現れたとすぐに報せなきゃ。
「おっと、逃がさないぞ」
「なっ!?」
長髪の魔族が手を上げると、背後の地面から木の根がどんどん上と横に伸びていく。あっという間に囲まれ、私を逃がさないようにする壁になっていた。
くっ……遅かったか。
考えが読まれていたみたいね。
「逃げようなんて考えんじゃねえぞ」
「別に最初から逃げようなんて思ってなかったわよ。その逆、貴方達魔族を逃がすつもりはないわ」
「何だと?」
剣の切っ先を向けながら告げると、魔族は怪訝そうに顔を歪めた。
こういう時の為に、私は強くなろうと魔術や剣術を磨いてきたんだ。人類の宿敵である魔族から人々の平和を守る為にね。
私は魔族を睨めつけながら問いかける。
「殺す前に聞かせなさい。ここへは何をしに来たの」
「くはははは! おいクレベス、今の聞いたかよ! この人間、オレ達を殺すって言わなかったか!」
「言ったな、聞き間違いではないようだ。おい小娘、わざわざ死にゆく者にワタシ達が話すと思うか?」
「そう……話すつもりはないってわけね」
できれば学校に来た理由を吐かせたかったけど、難しいみたい。
私も実際に魔族と戦うのは初めてで、手加減して生かすのは難しい。仕方ないけど、本気で殺しにいく。
私は魔力で身体を強化し、魔鎧を纏う。加え、魔力を付与した剣を上段に構えた。
「ほう、人間にしては中々の魔力量と魔力操作だな」
「へっ、それがどうしたよ」
「烈風斬」
「「――っ!?」」
その場で剣を振り下ろし、魔力を付与した風の斬撃波を飛ばす。
空気を斬り裂きながら飛来する斬撃波に、魔族達は咄嗟に左右へと回避した。だが、その間にも私は地面を駆けて長髪の魔族に肉薄している。
「はっ!」
「速いな」
胴体を真っ二つにしようと横っ腹に斬りかかるが、魔族は冷静に地面から木の根を生やして防御してくる。
それだけではなく反撃してきたので、後退して根の攻撃を回避した。そんな私の背後から銀髪の魔族が不意打ちを仕掛けてくる。
「おらぁ!」
「はぁああ!」
「ごふ!?」
恐らく魔力を付与した手刀を放ってきたが、遅すぎる。身体を半身にして躱すと、カウンターの要領で一閃した。魔族の胸元を斬り裂き、衝撃で吹っ飛ばす。
「ふっ、何をやられているウルガ。手に負えないようなら引っ込んでいても構わんのだぞ?」
「うるせぇ、ちょっとしくじっただけだろ! 舐めてたぜ、この人間デキるぞ」
「ああ、ワタシ達を殺すと息巻くだけの力はあるようだ。魔力操作も上手く、剣士としての技量も目を見張るものがある。何より速い」
(浅かったか……)
剣に付着した魔族の血を払いながら、観察する。
できれば今の一撃で銀髪の魔族は倒しておきたかった。でも意外と硬く、刃が通らなかった。私のように魔鎧を纏っているのか、単純に肉体が硬いのか。でも、次は確実に仕留める。
正直、銀髪の魔族は弱い。厄介なのは長髪の方。
木の根を操る魔法を攻略するのは難しそうだけど、防御が追いつけないほどの速度で圧倒すればいけるわ。
「おいクレベス、あの人間はオレにやらせろ。あいつ、オレを斬りやがった。同じ痛みを与えてやる」
「いいだろう。だが、簡単に殺すなよ」
二人がかりじゃなくて、銀髪の方が一人で私と戦うつもりみたい。
どうやら実力の差が分からないみたいね。私としては好都合よ、今度こそ倒してやるわ。
「いくぜ人間、【透明になる魔術】」
「――消えた!?」
駆け出そうとした直後、銀髪の方の姿が突如消えた。
いったい何をしたの!? どんな魔法!?
「おらっ!」
「がはっ! (急に目の前に!?)」
困惑しながらも警戒していたら、突然腹に重い衝撃が伝う。
遠くにいた筈の銀髪の魔族が、私の目の前にいて攻撃していたのだ。私はすぐに反撃したが、再び姿が消えてしまい、手応えもなかった。
「もう一丁!」
「きゃあ!」
横から頬を殴打される。
殴られた私は地面に転がるが、追撃への対応を取ろうと剣を構えた。が、魔族は追撃をせずその場で嗤っていた。
「ヒハハハ! やっぱり人間をいたぶるのは愉しいなぁ!」
「……ぷっ」
沸いた怒りを、口に溜まった血と一緒に吐き出す。
落ち着け。恐らく奴は姿を消す魔法を使っている。空間魔術か、透明になる魔術か正確には分からないけど、二度攻撃を喰らって分かったことが一つある。
それは、攻撃をする時必ず姿を現していることだ。
多分、そういう制限がある魔術なんだろう。だったら、攻撃するタイミングに合わせてカウンターを放ってやる。私の攻撃速度ならそれができるはずだ。
「ふぅ……」
「おっと、意外と冷静だな。もっと慌てふためくかと期待していたのによ。まぁいい、ならもっと痛めつけてやるぜ。【透明になる魔術】」
再び魔族が姿を消す。
だけど私は慌てず息を整えながら正眼に構え、攻撃が来るのを待った。
来るなら来い、その時がお前の最後だ。
――だが、魔族は姿を現さなかった。
「がっ!?」
また横から顔を殴られる。
どうして……攻撃する時は姿を現していたのに。今は攻撃される前も後も姿を現していなかった。
訳が分からず狼狽えていると、魔族は姿を現して可笑しそうにケラケラと笑う。
「ハハハ! それだよそれぇ! オレはその顔が見たかったんだ! アホみたいに驚いた顔をなぁ!」
「くっ……」
「おい人間、どうせオレが攻撃する時は透明になれないと思っただろ? 違えんだよ、バァァカ! 希望を抱かせる為に最初はわざとそうしていたのさ! その方がより絶望した顔が見られるからなぁ!!」
(やられた!)
奴の策にまんまとハマってしまった。
それにしても性根が腐ってる。黙された顔が見たいがために、本気を出さず手の内を隠していたなんて。残忍な魔族らしいわ。
でも、どうすればいい。
見えない相手に、どう戦えばいい。
「さぁ人間、オレはこれからオマエをじわじわと痛めつける。心地いい悲鳴を聞かせてくれよ!」
それから私は、見えない敵に一方的にやられた。
勘で剣を振るっても当たる訳もなく、防御しようとしても隙間を突かれてしまう。しかも魔族は魔力を付与した手刀で、言った通りわざと殺さない程度の威力で身体を斬り裂いてきた。
「ぐっ……ああ!」
「良い悲鳴じゃねえか! もっと泣き叫べよ!」
私ができることは魔鎧を強化して致命傷を避けるのみ。
勝ち筋も見えず、一方的なサンドバッグにされるだけの時間が続いた。
「はぁ……はぁ……うっ」
「やっと倒れたか。随分と硬くて苦労したぜ」
力尽きた私は、膝から崩れ落ちてうつ伏せに倒れてしまう。
(私って……こんなに弱かったんだ)
現実を突き付けられ、自分に呆れた。
多分、いや確実にあの魔族より私の方が総合力は上だろう。魔力量も、魔力操作も、身体能力も私が上回っている。
だけど、透明になるというたった一つの魔術によって実力差を覆されてしまった。その魔術を攻略できないせいで、能力が勝っている私が地に伏している。
悔しかった……情けなかった。
厳しい鍛錬を行い強くなったのにも関わらず、私よりも弱い魔族に成す術もなく負けてしまった。今までしてきた努力をふいにした自分に腹が立つ。
「気は済んだか?」
「ああ、満足だぜ。後はクレベスにくれてやるよ」
「くそ……何でっ」
私がやってきたこれまでの努力は全て無駄だったの?
なら何の為に私は――。
「もう諦めちまったのか?」
「「――っ!?」」
(えっ?)
真後ろから、誰かの声が聞こえる。
その後すぐにダンッと大きな足音が聞えた。目線を上げれば、汚らしい男が私を見下ろしていた。
「あなたは……」
ダボダボのズボンのポケットに両手を突っ込みながら、死んだ魚のような目で私を見下ろす男。
私は彼を知っている。
だって彼は、十年前とは別人に変わり果ててしまった勇者アレンだったから。
「誰だ貴様……」
魔族が怪訝気味に問いかけると、彼はこう答えた。
「俺か? 俺はそうだな……まぁあれだ、学校の先生ってやつだよ」