5話 ステラ
「うわぁああああ!!」
「魔族だぁぁああああああ!!」
もう十年以上も前のこと、私の街は魔族に襲われた。
戦時下ではあったけど、私の街は戦線から遠く離れていたから、この街が襲われるなんて誰も思っていなかった。
現に、魔族と戦争をしている最中にも関わらずそれを忘れてしまうぐらい街は平穏そのものだった。
「逃げろ!」
「きゃぁあああああ!!」
「助けて……」
そんな平和な街が、魔族の手によって瞬く間に壊されていく。
街を守る衛兵は殺され、民家やお店が崩れ落ち、火の粉が舞い上がる。人々は逃げ惑い、魔族は笑いながら逃げる人間を後ろから殺していき、あちこちから悲鳴と絶叫が木霊する。
私達は思い知らされたのだ。
人間は魔族と戦争しているということを。
「お母さん! お父さん!」
「来ないで!」
「ステラ、逃げるんだ!」
まだ小さかった私も、両親に手を引っ張られ逃げていた。
しかし運悪く鉢合わせてしまった魔族に両親は片足を傷つけられてしまい、動けなくなってしまったの。
「人間の子よ、親を捨てて逃げるがいい。それなら、お前だけは見逃してやろう」
「ステラ、お願いだから言うことを聞きなさい!」
「逃げるんだ、早く!」
「やだ!」
必死に逃げろと叫んでくる両親を無視して、泣きじゃくる私は二人から離れようとしなかった。
そんな私を見下ろす魔族は、無表情でこう言ったのだ。
「つまらん、逃げるお前を後ろから殺して、親が泣き叫ぶところを見たかったのだがな」
最初から、魔族は私を生かす気なんてなかった。
人間を遊び道具のように扱い、愉しみたいだけだったのだ。魔族という種族はどいつもこいつも残虐な化物なんだ。
「白けたな。死ね」
魔族が私達家族に手を向ける。
恐くて目を瞑っていると、「ぐぉぉおおおおおおお!?」と野太い悲鳴が聞こえてくる。その悲鳴が魔族のものだとすぐに分かった。
何故なら、魔族が無くなった腕を抑えて苦しんでいたからだ。
そして私の目の前には、たなびくマントに包まれた大きな背中が広がっていた。
「頑張ったな、お嬢ちゃん。君の勇気が両親を救ったんだ」
背中越しに私を褒めてくれた青年は、呻く魔族に斬りかかる。
「誰だ!? オレの腕を斬り落としたのは!!」
「俺はアレン、お前達魔族を打ち倒す勇者だ!」
そう宣言した通り、勇者様は魔族を倒してくれた。
その様子を間近で眺めていた私は、勇者様が戦う光景を目に焼き付けていた。
凄かった。かっこよかった。
街を、私達家族を助けてくれた勇者様は私にとって英雄であり、憧れだった。
お礼を言いたかったけど、勇者様はすぐに旅立ってしまった。
「凄いよ勇者様……魔王を倒したんだ」
それから数年後、今から十年前。
勇者一行が魔王を討ち倒したという報告が街に届いた。勇者アレンと一行が、魔族との戦争に終止符を打ったのだ。
人類の勝利という朗報に街は十日間も祝い続けた。私の街だけではなく、他の街もそうだし、王都では勇者一行が凱旋し毎日大騒ぎだったそうだ。
(私も……勇者様みたいに!)
勇者様に会いに行きたかったけど、それはやめた。
私も勇者様のように誰かを助けられる人間になりたい。家族や街を守れるぐらい強くなりたいと決心したからだ。
いつになるか分からないけど、勇者様に笑われないくらい強くなった時、改めて会いに行く。それで、あの時助けてくれてありがとうと今度こそお礼を言うんだ。
「はっ! はっ!」
そう決心して、私は勇者様と同じように剣を振るった。
目に焼き付いている、魔族と戦っている勇者様の姿を見様見真似で毎日素振りをした。それから街にある学校に通い、自分に魔力が宿っていることを知った。魔術や魔力の扱い方を教えてもらった。
「オルトラール魔術学校……ですか?」
先生達から歴代一の天才と言われた私は、オルトラール魔術学校を推薦された。その学校では最先端の魔術を教われるし、同年代の凄い魔術師も沢山いて切磋琢磨できるだろうと聞かされた私は、もっと高みを目指す為に入学することにした。
けど――。
「ステラさん凄い!」
「ステラには何も教えることがないな」
「先生より強いんだね! 天才過ぎだよ!」
思い描いてものとは全然違った。
先生達の魔術は戦争時のままアップグレードされていないし、魔力の扱い方も下手くそで、実践訓練をしても私より弱かった。
生徒達もレベルが低い者ばかりで、彼等は私に追いつこうと努力するどころか取り巻きを作ったりおべっかをするようになった。
(来るんじゃなかった……)
学校のレベルに落胆し、慣れ合うつもりもなかった私は、授業を出ることを拒否し、一人で強くなろうとした。そういった態度を取っていると、いつしか周りから【五人の魔女】と呼ばれるようになる。
何でも、私と同じように天才と呼ばれた問題児が他にも四人いるそうだ。
別に興味はなかったけど、自然と会う機会が増えた。まぁ、ゼノビアが手を回しているのだと後々になって気付いたけど。
「ステラっつったか、オレと戦ろうぜ」
「ええ、いいわよ」
【五人の魔女】の中でも、レオナとは何度か模擬戦をしている。彼女は私が今まで出会った中で一番強い魔術師で、毎回決着がつかなかった。
いつも喧嘩口調で態度だってすこぶる悪くてそりが合わないけど、実力だけは確かだ。
パティとセシルとゼノビアとは一度も戦ったことがない。
戦ってみたかったけど、全員に断られてしまった。でも交流はある。実力が均衡しているからか、彼女達とはなんとなく分かり合える気がした。
私を含めた五人の問題児には誰も近寄らなくなった。生徒だけではなく教師もだ。
こちらが威嚇している訳ではないけど、畏怖の対象で見てくるようになったのだ。そういう風に見るようになった時点で終わっている。追いつこうする気概がないのだから。
授業も実践訓練も出る意味を見出せない私は、一人黙々と鍛錬を行っていた。
そんな日々が続く中、一年前に校長が変わった。
新しい校長はクリスティーナ。
あの勇者アレンと共に魔王を討ち倒した偉大なる魔術師だ。そんな凄い魔術師なら私が強くなれる方法を知っていると期待したのだが、校長も先生達と同じで、魔術レベルが戦争当時で止まっており、教えられないと申し訳なさそうに言われた。
ガッカリした私は、せめて勇者様について色々聞こうと思っていたのだが、校長から真面目に授業に出ろと五月蠅く言われたのでやめた。自分達より弱い人に習うことなんかないと断ると、新しい先生をどこかから引っ張ってきて戦わせようとしてくる。
そこまでして校長は私達に授業に出て欲しいそうだ。
だけど、校長が連れてくる新しい先生は誰も私達には敵わなかった。
「まだやりますか?」
「ザコが、消えろ」
「パティの読書を邪魔した罰なの」
「あらあら、今治してあげますからね」
「頭が高いぞ、跪け」
新しい教師は男性ばかりだったが、【五人の魔女】の相手にはならなかった。もしかしたら私達は、強くなり過ぎてしまったのかもしれない。
そういう風に悟ってしまった途端に悲しくなり、何だかどうでもよくなってしまった。そう思ったのは私だけじゃなくて、きっと他の四人も同じようにもどかしさを感じている筈だろう。
そんな一抹の寂しさやを抱くようになった時、突然ゼノビアが【五人の魔女】に声をかけた。
珍しく五人全員が顔を合わせる場で、ゼノビアが伝えたいことがあるという。その内容は、クリスティーナ校長がまた新しい教師を学校に連れてくれるという話だった。
またか、と呆れた。
校長も懲りない、いい加減諦めればいいのに。
「まだ確定ではないが、どうやらあの“勇者アレン”を学校に呼び込むらしい」
「「――っ!?」」
今度は誰を連れてくる気かと思ったら、ゼノビアが告げた名前に衝撃を覚えた。
勇者様の名前が出てくるとは露にも思わなかったからだ。
(勇者様が教師に!)
魔族から私と両親を救ってくれた、勇敢な勇者様。
私にとっての英雄であり、憧れでもある人。
勇者様と会えると知って、私の心は久方ぶりに踊っていた。
私だけではなくて、四人も同じみたいだった。彼女達も勇者様に対して何かしらの思いがあるのだろう。
レオナなんかは、やっと歯応えのある相手が来たと喜んでいるかもしれない。
早く勇者様と会いたいと待ち望む。
強くなった私を知ってもらいたかった。あなたに憧れて、あなたを目指して強くなったんだと。あの時魔族から助けてくれたお礼だって伝えたかった。
――だけど、現実は酷く残酷だった。
「え~、もう噂が広まっているみたいだけど、今日から特別教師として彼に実践訓練と実践講義を担当してもらうことになったわ。そして彼はなんと、あの勇者アレンです」
「ど~も~、元勇者で~す」
ついに待ち望んでいた日が訪れる。
新しい教師が勇者様だという噂は既に学校中に出回っており、今回の実践訓練に現れるという情報も出回っていた。
だから私は久しぶりに授業に出て、そわそわと落ち着かないまま待っていた。そんな私を、生徒達は怪訝そうに窺っていたがどうでもよかった。
だって、勇者様と会えるのだから。
(えっ……? あれが勇者様……?)
校長が連れてきた汚らしい格好をした中年の男性を、勇者アレンと紹介してくる。余りにも想像とかけ離れていた勇者様に、酷く動揺してしまう。
十年ぶりに再会した勇者様は、別人のように変わり果てていた。
(嘘でしょ……そんなはずない! あんな男が、勇者様なはずがない!)
信じられなかった。
私だけではなくこの場にいる誰もが疑う中、しかし校長はあの男が正真正銘の勇者アレンである断言する。
いったい勇者様の身に何が起こったのだろうか。
十年前、勇者様が婚約していた王女様に不義理を働いて、王都から追放されたのは噂で聞いていた。勇者様の存在が国民に忘れられてしまうほど音沙汰が全くないのも知っている。
でも私は、きっと今もどこかで困っている人達を助けたりしているんだと信じていた。
(信じていたのに……!)
憧れの勇者様がこんな酷い有様になっているとは思いもしなかった。
これなら会わずに憧れのままでいた方がよかった。
生徒達が騒々しくする中、校長が勇者様と模擬戦をしようと言ってくる。誰か居ないかと尋ねられたので、私は手を上げて立候補した。
確かに見た目は変わったのかもしれない。
だけど、強さはあの時と変わらないかもしれない。
それを確かめる為に、勇者様と戦いたかった。
「はっ!」
「ぐわあああああああああああああ!!」
私の斬撃に、勇者様は反応すらできずに吹っ飛んだ。
確かめるまでもなかったのかもしれない。
あんな弛みきった肉体で、魔鎧も纏わず私の剣を受けることなんて無理だったのだ。
「……いないじゃない」
顔が地面に埋まり、ズボンからお尻が出て、生徒達から指を差されて面白おかしく笑われている勇者様の姿を目にしてガッカリした。
「私の知っている強くてかっこいい勇者様は……もういないじゃない」