26話 旧世代の戦い
「酷い怪我……」
「ちっ!」
ステラとレオナは、背後にいるアレンの容態を気にする。
全身血だらけの満身創痍で、死に体同然の有様を見ると眉を顰めた。彼のことだ。きっと生徒達を守るために無理をしたのだろう。
――あいつか、彼をこんな姿にしたのは。
静かな怒りを抱くステラとレオナが殺気を込めた眼差しを送ると、アングは狼狽えながら問いかける。
「な、何でテメエ等がここにいるんだ!? テメエ等には【三獣】が向かったはずだろーが! ゲイルとアイロンとネイルはどうした!?」
「ゲイル? あ~、鳥人みたいな魔族のことね。あの魔族なら私が倒したわよ」
「オレも虎の魔族と戦ったな。口だけでそんなに大したことはなかったぜ」
「バカな……ゲイルとネイルがやられただと!?」
優秀な配下である【三獣】が負けたと聞き驚愕するアング。
彼女達の話は本当だ。【疾風】のゲイルはステラに、【鋭爪】のネイルはレオナにそれぞれ襲い掛かったが、二人はこれらを撃退している。因みに、残りの【鋼鉄】のアイロンはパティが撃退していた。
【三獣】も決して弱くはなかった。アングの直属の配下なだけあって手強い敵ではあった。
しかし、一度魔族に負け天狗の鼻をへし折られて己を見つめ直したステラとレオナの敵ではなかったのだ。
アレンに指摘された実戦経験の少なさを埋めるために多くの学生達とハンデありの模擬試合をして“戦いの駆け引き”を養っていく。それに加え、根性訓練も怠らず基礎能力を底上げした。
元々才能の塊だった二人がサボらず真面目に鍛錬をすれば、宝石に光り輝くのは当然の結果である。
「使えねークソ雑魚共が……人間なんかに負けやがって」
「あん? 何呑気なこと言ってんだ。テメエもこれから負けるんだよ」
「アナタで最後よ」
「【三獣】を倒したぐらいで図に乗ってんじゃねぇ! 六魔将のオレ様を舐めんじゃねぇぞ! やれるもんならやってみやがれ! 【犀鎧】発動ッ!!」
「「――っ!?」」
アングが鎧を纏ったことに驚くも、瞬時にアレが魔鎧であると見抜く。それにただのマギスではなく、何か特別な力が備わっているだろうと警戒した。
「烈風斬!」
「そんな攻撃なんて効かねんだよ! オラッ!」
(硬い!)
(そんで見掛けによらず速ぇ!)
ステラの斬撃波をノーガードで受けたアングは、レオナに攻撃を仕掛けるも紙一重で避けられてしまう。
今の一連のやり取りで二人はアングの能力値を大体把握した。生半可な攻撃は通用しないことに加え、尋常じゃないパワーとスピードを兼ね備えている。マギスが使えないアレンが勝てないのも頷けた。
だが、それがどうした。
「行くわよレオナ!」
「オレに命令すんじゃねぇ!」
二人が同時にアングへと仕掛ける。戦術が一致しているのか、口に出さなくとも抜群のコンビネーションを発揮した。
「はっ!」
「オラッ!」
「ガハッ!? この……ちょこまか動きやがって!」
二人が取った戦術はヒットアンドウェイ。
アングのパワーは脅威だが、スピードなら二人の方が優っている。凄まじいパワーも当たらなければどうという事はない。
厄介な防御力を誇る【犀鎧】にしても、ダメージを続けていけばいずれ破れるだろう。
「はは、やるじゃねえかあいつ等」
あの戦術を瞬時に編み出した二人に成長を感じたアレンは、先生として嬉しそうに微笑んだ。
そして――、
「疾風斬!」
「ウルファング!」
「ギャアアア!?!?」
トドメの二撃がアングに降り注ぐ。
積み重なったダメージによって【犀鎧】を解除してしまった身体を風と爪の斬撃が斬り刻んだ。ズンッと、アングの巨体が力尽きるように沈む。
「「おおおおおおおおおお!!」」
「すっげぇぇえ!! あの強ぇ魔族に勝っちまった!」
「流石は【五人の魔女】の二人だわ!」
魔族の大将が倒れたことで生徒達が歓喜の声を上げる。
これで戦いは終わった。自分達が勝ったのだ。安堵するステラとレオナが踵を返してアレンのもとに向かおうとした――その時。
「ようやくワレの出番か」
――歓喜の空気を切り裂くかのように怪物が現れた。
「「――っ!?」」
背中を駆け巡る悪寒を感じたステラとレオナが背後を振り返ると、そこには牛の鬼がいた。怪物は気絶しているアングの頭部を鷲掴み、邪魔なゴミだと言わんばかりに横へ放り投げる。アングの巨体を軽々しく放り投げたその怪物に、アレンとレオナが激しく動揺した。
「マジかよ……ここであいつが出てくんのか」
「あ、あいつは……」
「あの魔族を知ってるの?」
「ああ、知ってるぜ。忘れるはずもねぇ、あいつは魔王軍の四天王だ」
「何ですって!?」
「ほう、ワレを知っている者がいたか。なら今一度名乗ろう、ワレは魔王軍四天王が一角、【暴虐】のクルーエル」
やはりか、とレオナはギリリと奥歯を噛み締めた。
あの魔族は忘れたくても忘れられない。彼女が子供の頃、獣人国に魔族の軍勢が襲い掛かってきた。その魔王軍を指揮していたのが目の前にいるクルーエルである。
四天王によって多くの獣人が殺されていき、自分も殺されそうになったところを勇者一行に助けられた。アレン達がいなかったら獣人国は滅亡していただろう。
暴威によって人類を恐怖のどん底に落とし入れた四天王が、まさか生きてこの場に現れるとは思いもしなかった。
「どうする……」
「どうするも何も、戦うしかねぇだろうが!」
「そうよね」
と意気込んだものの、いざクルーエルと対峙すると否が応でも足が竦んでしまう。ただそこにいるだけなのに、呼吸できないほどの重厚な圧力を感じる。“死”を体現したような化物相手にどうやって戦えばいいのか分からない。
本能が逃げろと訴えてくる。あいつには絶対に敵わないからと。
でもレオナは、武者震いではない震えを気合で鎮めた。
「もう子供の頃のオレじゃねぇ! どんな奴が相手だろうが逃げねぇ!」
「良かったわ。身体が震えてるから怖気づいているのかと思った」
「誰がビビるかよ! 行くぞステラ!」
「ええ!」
「その意気や良し。来い、若き人間の戦士よ。ワレが相手になってやろう」
「「おおおおおおおおッ!!」」
恐怖を振り払うように、二人が裂帛の砲声を上げて疾駆する。アングを翻弄したスピードを生かしたヒットアンドウェイ戦術に出ると、意外にもすんなりと攻撃が通った。
「いけるぜ!」
(想像よりも戦えている。いえ、なんなら私達が押してる。でも、この嫌な予感はなんなの!?)
人類を恐怖のどん底に落とし入れた四天王の一角。
どれほどの強者かと戦々恐々としていたが、いざ戦ってみれば大したことがなかった。なんなら、アングの方がまだスピードも防御力も優っている。
それはそうだ。アングは第二世代の自分達と同じマギスを扱っていたのだから。
確かに攻撃は効いている。
しかしステラは、攻撃をする度に嫌な予感を感じていた。そしてその予感はステラだけではなくレオナも感じ取っている。予感を払拭しようと焦る二人は勝負に出た。
「決めるぞステラ! ウルファング!」
「ええ! 疾風斬!」
渾身の技がクルーエルに直撃する。
「やったか」と戦いを見ていた生徒達の誰かが口にした直後、【暴虐】が吠えた。
「ヌるい! ヌるいわァァアアアア!!」
「がっ!?」
「ぐっ!?」
ただの咆哮だ。ただの咆哮が凄まじい衝撃を伴ってステラとレオナを弾き飛ばした。二人の猛攻を受けていたクルーエルは、何故か不満気に口を開く。
「貴様等の攻撃はヌるい。そんな攻撃がワレに通用すると思うな」
「オレの攻撃がヌるいだと!? 言ってくれんじゃねえか!」
「待ってレオナ!」
レオナが一人で真正面から突っ込む。頭に血が上っていると思ったステラが止めようとしたが、レオナの頭はクールだった。真っ直ぐ突っ込むと思わせてから直前で跳躍しクルーエルの身体を飛び越えると、背後から襲い掛かる。
「ウルファング!!」
身体に残っているありったけの魔力を注ぎ込み、今度こそ渾身の一撃を放った――が、やはりクルーエルに効いている様子はなかった。
「ヌるいと言っている!」
「がはッ!」
裏拳炸裂。
まだ地面に着地していなかったレオナが振り向きざまの裏拳を喰らって宙に舞う。咄嗟にガードしたはずなのに、立ちあがることができないぐらいダメージを受けていた。
「疾風斬!」
「懲りん奴だな」
「ぐっ!」
ステラも技を放ったが、カウンターの要領で反撃を喰らってしまう。肉を切らせて骨を断つというか、クルーエルは敢えて攻撃を受けることで確実に反撃を当てた。そんな事が可能なのも、クルーエルの尋常ではない耐久力があってこそ。
しかし、ステラとレオナはそこが解せなかった。
「マギスを使ってねぇのに……何であんな固ぇんだよ!?」
「攻撃にしても、マギスで受けているのに身体の芯に響いてくる。いったい何で……」
身体能力でいえば、マギスをしている自分達の方が優っているはずだ。なのに何故、マギスを使っていないクルーエルはあれほどまでに強いのか。
二人の疑問に対し、四天王は気に入らなそうに「フン」と鼻を鳴らして答える。
「アングが使っていた技のことか? くだらん。魔力で多少強化したところで、“意志”なき攻撃なぞ何度喰らってとてワレが倒れることはない」
「意志……」
「訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ!」
アングの言っていることが二人には理解できなかった。だが、自分達の攻撃が通用しないことだけは確かである。
「もう終わりか?」
「ちっきしょう……」
「もう魔力が……」
雑魚魔族から始まり、【三獣】やアングとの戦いで二人の体力と魔力はとうに限界を迎えていた。それでも魔力を振り絞り最後の攻撃を仕掛けたが、クルーエルは倒せなかった。
もうマギスを使うだけの魔力も残っていないし、クルーエルの一撃が効いて立ち上がることすらできない。
ステラとレオナには戦うだけの力がもう無かった。
(それがどうしたのよ!)
『“守るべきものが後ろに居たとしても、お前はそう言って諦めるのか”』
初めての魔族との戦いで、自分は簡単に諦めてしまった。
まだ身体を動かせるのに、手足を動かせるのに戦うことを放棄したんだ。
もう諦めない。
例え魔力が尽きようと、手足を捥がれようと、どれだけ敵が強大であっても何度だって立ち上がる。
自分の後ろに、守るべきものがある限り。
「絶対に……諦めないんだから!!」
情けない身体に喝を入れ、ステラは身体を震わせながらも立ち上がる。
ぐっと剣を握りしめ、クルーエルに駆けながら精一杯剣を振るった。
「その意気や良し。だが、弱い」
「ぐ――あぁああああ!!」
だが、ステラの剣が届くことはなかった。
逆にクルーエルの大きな手に身体を握りしめられ悲鳴を上げてしまう。
「出て来い勇者! いるのは分かっている! 出て来なければこの人間を殺してしまうぞ!」
「来ちゃ……だめ……」
突如、クルーエルがアレンを呼び出してくる。
彼ももう満身創痍だ。死に体の身体で出てきたところで殺されてしまう。
お願いだから出て来ないで……とステラが願うも、アレンはため息を吐いて立ち上がった。
「ちっ、しょうがねーなーもう」
「フン、待ちくたびれたぞ」
ふらついた足取りでアレンが前に出ると、クルーエルもステラを手放してアレンへと向かう。少し距離を取ったところで対峙すると、クルーエルは嬉しそうに口角を上げた。
「久しいな、勇者アレン」
「えっ、嘘、お前俺がアレンだってわかんの?」
「当然だ。多少姿は変わっているが、貴様の目はあの頃から何一つ変わっていない。貴様は紛れもなく、勇者アレンだ」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ~」
ポリポリと頭を掻きがなら、照れ臭そうにそっぽを向くアレン。
ステラ達学生は勿論のこと、獣王ですら変わり果てた自分の姿を気付かなかった。アレンだと気付いたのはかつての仲間であるクリスティーナぐらいと思っていたが、まさかクルーエルに気付かれるとは思わなかった。
「んで、お前は何しに来たんだよ」
「無論、貴様と決着をつけるためにだ」
「え~、決着なら十年前についただろ」
「確かにワレは貴様達に負けた。魔王様も倒られ、魔族は敗北した。だがワレは、貴様の情けでまだ生きている。生きている限り、ワレの戦いは終わってはいない」
「へっ、そうかい。そんなに死にたいなら今度こそ殺してやるよ」
「そうだ、それでいい。ところで仲間達はどうした。勇者の剣を何故手にしていない」
「あいつ等ならいねーよ。剣は……どこに置いたか忘れたわ。売ったような気もするし……もういらねぇんだ。俺の戦いはもう終わったからな」
「そうだったか……ならばワレの戦いに付き合ってもらうとしよう」
その言葉を最後に、二人は口を閉じて静かに構えた。
元勇者と四天王最後の一人。かつて幾度となく戦った仇敵が、十年の時を越えて再び相まみえる。
生徒達が固唾を呑んで見守っている中、静寂を切り裂くように腹の底から声を上げた。
「はああああああ!!」
「オオオオオオオ!!」
同時に敵へと飛びかかり攻撃を放つ。
アレンが振るう木剣とクルーエルの拳が重なった時、凄まじい衝撃が生まれた。が、二人は後歩することなく前進する。
「あああ!!」
「グフッ!? ガアアア!!」
「ごふっ!?」
アレンが木剣でクルーエルの横っ面をぶん殴れば、クルーエルはアレンの腹を思い切り殴る。
やったらやり返すの激しい応酬を繰り返すと、クルーエルが攻撃を貰いながらアレンの身体を鷲掴んだ。高く持ち上げ、思い切り地面に叩きつける。
「がっ……!」
「死ねいい!!」
「死ぬかよボケ!」
「グオッ!?」
トドメを刺そうと倒れているアレンに鉄槌を振り下ろす。
強烈な痛みに一瞬気を失いかけたアレンだったが、身体を縮めてバネのように跳ねると、下からクルーエルの顎を蹴り上げた。
「フハハハ! 滾る、滾るぞ勇者! 揺るぎない瞳! 立ち上がるごとに重くなる攻撃! やはり貴様との闘いは胸が躍る! これだ、これこそがワレが求めていた真の闘いなのだ! なあ勇者、貴様もそう思うだろう!?」
「知るか、気持ち悪いこと言ってんじゃねぇよ!」
「「おオおオおオおオおオおオおオッ!!!」」
「何なの……あれ」
「あれが……先生の戦い……」
鬼と鬼が戦っていた。
血を迸らせながら、獣のように雄叫びを上げて戦う二人に生徒達は言葉を失ってしまう。
もっとかっこいいと思っていた。
颯爽と魔族を倒す勇者の姿を想像していたが、目の前で行われている戦いは想像とかけ離れていた。十年前もきっと、アレンはあんな風に魔族と死闘を繰り広げていたのだろう。己の命を懸けて、人類の為に戦ってくれたのだろう。
「頑張れ……」
自然とそんな言葉が出ていた。
生徒の一人がそう言ったのを皮切りに、多くの生徒達が声を上げる。
「頑張れ先生ー!」
「負けないで!!」
「頑張れーーー!!」
アレンが命を懸けて戦っている背中を見ていたら、声を出せずにはいられなかった。その光景を目にするステラとレオナはようやく気付いた。
勇者とは、『誰かに勇気を与える者』なんだ。
必死に戦っている彼の姿を見ていると、心の底から勇気が湧いてくる。どんな絶望に落ちようと、共にいる者に希望を与えてくれる。
だらしないおっさんに変わり果てた勇者はそこにいない。
生徒達は今、十年越しに勇者アレンの片鱗を垣間見えていた。
それはこの二人も同じである。
「負けんじゃねぇ!」
「勝って先生!」
ステラとレオナ、多くの生徒達の応援がアレンに力を与える。もう死んでもおかしくない身体だ。それでも何かに突き動かされるように、アレンは木剣を振るう。
「これで最後だ、勇者!」
「いいぜ、今度こそ終わらせてやるよ!」
アレンの木剣が光輝き、クルーエルの右拳が黒いオーラを纏う。息を合わせたかのように、二人同時に必殺の技を解き放った。
「アレンブレイク!!」
「グランドデストロイヤー!!」
光と闇が交じり合い、世界が白く染まる。
「感謝する、勇者」
クルーエルの言葉に、アレンは小さく笑いながら「おう」と答えたのだった。




