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25話 新世代の戦い




「俺が誰かって? まぁなんだ、こいつ等の先生だよ」


「センセ~だァ?」


 呑気に木剣の切先で背中を掻いている謎の男に、六魔将【墳虐】のアングは怒りながらも警戒心を抱く。完全な不意打ちではあったが、自分に一撃を与えた人間だ。センセーという名前は聞いたことがないが、そこそこやれる相手であるのは間違いないだろう。

 が、それでもアングにとっては「そこそこやれる」程度の敵でしかない。


「誰だか知らねぇが踏み殺してやるよ!」


 前傾姿勢になるアングは、ドッドッドッと地を蹴り飛ばして猛進する。その姿はサイの突進を彷彿させ恐怖に逃げ出したくなるも、アレンは逃げずに真っ向から待ち構えた。


「フハハハ! オレ様の突進を受ける気か! 面白い、死なせてやるぜ!」


「ペチャクチャうるせぇ口だな。臭ぇから閉じてろよ」


「グエッ!?」


 完璧なタイミングだった。

 身を屈めたアレンがアングの喉元に木剣を突き立てる。喉を潰され怯んでいる好機を見逃さず、アレンは怒涛の連打を浴びせた。

 荒々しく見えるが的確に急所を突いてくる攻撃にアングも反撃の手が出せない。


「なんなんだあの人間……アング様が滅多打ちされるなんてありえねーよ」


「先生ってこんなに強いんだ……」


 目を疑う光景に、二人の戦いを見ている生徒と魔族が違う意味で驚愕する。アングは若手の魔族では飛び抜けて強く、六魔将に抜擢されるほどの猛者だ。そんなアングがたかが人間如きに手も足も出ないなんて信じられない。


 まさか負けるなんてことは……という考えが魔族の頭に浮かび上がった時、不安を払拭するようにアングの魔力が急激に高まった。


「ちっ仕方ねぇ、本気出してやるか」


(硬ぇ!?)


 顔面を打ち抜いたはずの木剣が弾かれてしまう。今までは攻撃が通っていたのに、急に鋼鉄を叩いたような感触が手に残った。

 不可解な手応えに違和感を抱いていると、アングが戦斧を振り払ってくる。アレンは正確に軌道を見極めて回避しようとしたが、


「遅ぇんだよ!」


「ごはっ!!」


「「先生ぇ!」」


 避けきれずぶっ飛ばされてしまった。木剣を間に挟んでガードはしたものの、ダメージは相当なもので、木剣を支えに立ち上がるアレンの額からは血が流れていた。


(硬さだけじゃねぇ……さっきよりも力と速度が急激に上がってやがる。これは……)


「おいおい、ちょっと本気出したらこれかよ。歯応えがねぇなァ」


「まさかお前もマギスを使えんのか」


「マギス? あ~、オレ様の【犀鎧サイガイ】のことを言ってんのか。まさかテメエらも“能力”を使えるとは思っちゃいなかったが、同じにすんじゃねぇよ。テメエらのような毛の生えた能力とオレ様の【犀鎧】じゃレベルが違えんだよ」


「へへっ冗談じゃねぇぞ……魔族もマギスが使えんのかよ」


 アレンが考えた通り、アングが纏っている魔力の鎧は生徒達が使うマギスと同じものである。いや、同じどころか彼の言う通りレベルが段違いだった。

 生徒達のマギスは薄っすらと魔力を纏っているようなイメージだが、アングのそれは本物の鎧と見紛うほど。

 まるで、魔力によって鎧が具現化されているようだった。


(参ったな……今の俺じゃあの野郎に勝てねぇぞ)


 胸中で深いため息を吐くアレン。まさか魔族もマギスが使えるとは思ってもみなかった。

 いや、考えてみれば人間だってマギスを使えるんだ。魔族が使えない道理はない。十年掛けてマギスを編み出した第二世代セカンドのように、新世代の魔族もまた十年掛けてマギスを編み出したのだろう。


 マギスを使う前のアングならギリギリ倒せたかもしれないが、マギスを使ったアングに勝つイメージが湧かない。それほどまでにマギスの有無は圧倒的だった。


「おらおらどうした! もう終わりかよ!」


「クソったれ、でけえ図体の癖に動きが速いんだっての!」


 さっきとは打って変わって、アングが攻めてアレンがひたすら守る攻守逆転の展開が繰り広げられる。二メートルを超すアングだが、マギスによって機敏さが増し攻撃速度も速くなっている。なんとか致命傷は避けているが、確実にダメージは蓄積されていった。


「先生!」


「アレン先生!」


「ん~? “アレン”だと~?」


 防戦一方のアレンに生徒達が彼の名を叫ぶと、声が聞こえたのかアングの攻撃の手が止まる。彼は疑問気な顔を浮かべて問いかけた。


「まさかとは思うが、テメエが勇者アレンか」


「ああ、そうだよ。なんか文句あっか」


「……プッ、ギャハハハ!!」


 正直に答えると、アングは顔を手で覆いながら高笑いを上げる。彼に釣られるように、周囲にいた魔族達もゲラゲラと嘲笑していた。


「おい聞いたかテメエら! このみすぼらしい人間が魔王様を倒したあの勇者だってよ!」


「ゲヒャヒャ、こんなのが勇者かよ!」


「全然わかんなかったぜ!」


「そうだよな~! 想像とかけ離れ過ぎてオレ様も全く気付かなかったぜ。ロートル共が凄ぇ凄ぇ言うからどんだけのバケモンかと思っちゃいたが拍子抜けもいいところだ! 衰えたと聞いちゃいたが、勇者がこんな無様な姿に落ちぶれているなんて笑えるじゃねえか!」


 全ての魔族が勇者を嗤う。

 それもそうだろう。若い世代の彼等にとってみれば勇者は四天王を退け、魔王を倒した恐怖の象徴のようなものだ。しかし蓋を開けてみれば勇者の威厳なぞ微塵も皆無で、どこにでもいるようなおっさんに成り果てていたのだから笑われても仕方ない。


「勇者アレン、情けねぇロートル共に代わってテメエはこの六魔将【墳虐】のアング様がぶっ殺してやるよ。ありがたく思いな」


「六魔将? なんだそりゃ、そんなもん聞いたことねーぞ」


「テメエに負けた不甲斐ねぇ四天王に代わって新たにできた新生魔王軍の幹部のことだよ」


「新生魔王軍って……テメエらもしつけぇなぁ。負けたんだから戦争なんてやめて大人しくしてろってんだ」


「うるせぇ! テメエに負けたのは十年前のロートル共だ! オレ様には関係ねぇんだよ!」


 アレンに突っ込まれたのが勘に触ったのか、アングは怒声を吐きながら攻撃を仕掛ける。単調な攻撃ではあるが、力と速度が凄まじいためやはり凌ぐことしかできない。


「クハハ! どうした勇者ァ、オレ様の力に手も足も出ねえか!」


「まぁな、正直勝てる気がしねぇよ。でも、負ける気もしねぇな」


「何だとォ!?」


「“軽いんだよ”、テメエの攻撃は。テメエが馬鹿にしてるロートルの方がよっぽどキツかったぜ」


「抜かせェ!!」


「がはっ!」


「「先生ぇぇ!!」」


 生徒達の悲鳴が木霊する。

 アングの強烈な一撃を貰ったアレンだったが、「ペッ」と口内に溜まった血を吐き出すと再び立ち上がる。

 生徒達に心配されながらもしっかりとした足取りでアングに向かっていった。


(何なんだ……なんなんだよコイツはよォ!?)


 アングは困惑していた。

 勇者は最早死に体同然だ。立っているのが不思議なくらいの重傷を負っている。それなのに何故まだ戦えるんだ。


 いや、戦えるどころの話じゃない。

 勇者の動きは痛みで鈍くなるどころか鋭くなっている。立ち上がるごとに力が増し、動きのキレが良くなっていた。

 何よりも、力強い瞳と身体から溢れ出る重厚な気迫オーラにたまらず気圧けおされてしまう。


(どうなってんだコイツ!? 何でまだ立てる、何でやられて強くなってんだよ!?)


「どうしたよ。雑魚相手にビビッてんのか?」


「オレ様がビビッてるだと!? 調子に乗ってんじゃねぇぞクソ雑魚がァ!」


 アングが放った大振りをアレンは余裕で躱し、カウンターの要領で木剣を叩きつける。最強の硬度を誇っているはずの【犀鎧】が砕け、ダメージを受けるアングは衝撃に悶えた。


(バカな!? オレ様の【犀鎧】が砕けただと!?)


 思わぬ事態に戸惑ってしまうが、【犀鎧】が砕けたのにはしっかりとした理由がある。今までアレンはただ闇雲に攻撃をしていた訳ではなく、鎧の薄い部分を寸分違わず攻撃していたのだ。


 敵の弱点を見抜き、勝機を見出す。

 十年前の戦争で勇者として培った経験は伊達ではなかった。


「ク、クソがァ!」


「おいおい、怒りでマギスの制御が疎かになってるぜ」


「ウゴッ!?」


 腹に一発重たいのを貰ったアング。

 マギスは魔力の操作が重要であるが、怒りで魔力の操作を乱すアングはマギスと相性が悪い。というより彼の場合、単純に鍛錬が足りていなかった。


「アング様!」


「まさか……アング様が負けるのか?」


(オレ様が負けるだと? 六魔将になったこのオレ様が? ふざけんじゃねぇ、こんな所で負けてたまるかよ!)


 不利を悟ったアングは、勝利の為になりふり構わず卑怯な手に出た。


「テメエ等ァ! 黙って見てねぇでさっさと人間共を殺せ! 奴等にはもう抵抗する力なんざ残ってねぇんだからよぉ!」


「「オ……オオオオオオオオオオオオ!!」」


「ちっ」


 アレンとアングの一騎打ちを観戦していた魔族達がアングの命令により生徒達に襲いかかる。さらにアングもアレンを無視し、近くにいた学生に襲い掛かった。


「死ねや!」


「きゃああああ!!」


「ぐっ!」


 女子生徒に振り下ろされた戦斧を、間一髪のところでアレンが受け止める。彼の行動は予想通りだったのか、アングはニイと口角を上げた。


「そうだよなァ、テメエならそうすると思ったぜ!」


「汚ぇ手使いやがって。ちったぁ可愛げがあると思ったが、やっぱテメエも魔族だな」


「うるせぇ! どんな手を使っても勝ちゃいんだよ勝ちゃあよ!」


(こりゃやべぇな……)


 胸中でため息を吐くアレン。

 アングはアレンとの勝負を避け、生徒に狙いを定めた。そうすればアレンが必ず庇うと分かっているからだ。守ることしかできないため圧倒的な不利に陥ってしまう。


 さらに体力の限界を迎えている今の生徒達では魔族の襲撃に耐えられないだろう。このままでは多くの犠牲者を出してしまう。


「クハハ! オレ様の勝ちだな勇者ァ!」


「さて、それはどうかな」


「負け惜しみを言ってんじゃ――なんだ!?」


 この状況で尚諦めていないアレンを怪訝に思っていると、大きな魔力反応が二つこちらに迫ってきているのに気付いた。


「烈風斬!」


「ウルファング!」


「「ギャアアアア!!」」


 鋭い風と爪の衝撃波が、生徒達を襲っていた魔族に降り注ぐ。瞬く間に残りの魔族を殲滅したが、アングだけは攻撃から回避していた。

 距離を取ったアングからアレンを守るように、二人の少女が地面に着地しあうえう


「待たせたな!」


「ごめんなさい、助けが遅れたわ!」


「お前等、できればもう少し早く来てくれよ。でもま、ギリギリ間に合ったぜ。後は頼んだ」


 窮地を救ったステラとレオナに、アレンがため息を吐きながらそう告げると、二人は同時に口を開いた。



「「ええ(ああ)、後はオレ達に任せて(な)!!」」


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― 新着の感想 ―
センセーという言葉が分からないアングに、そりゃ学校なんて無いから、知らない言葉だよなと思いました。こういう細かい描写が世界観を深めるし、作者さんの丁寧さを感じさせます。
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