24話 六魔将【墳虐】のアング
「ご報告いたします! 現在魔王軍が押され劣勢な状況に陥っております!」
「なにぃ!? どうして押し負けるんだ。数はこちらが圧倒的に有利なんだぞ!」
「それがどうにも……人間の数は少ないようですが一人一人の力が精鋭のようです。その中でも魔族が手に負えない人間が三人ほどおります」
「ぐぬぬ……腑抜けた言い訳をするなぁ!」
「ひぃぃ! 申し訳ございません!」
配下からの報告を耳にしたアングは苛立ちを抑えれず怒り狂う。
彼が思い描いていたのは、大軍による圧倒的な蹂躙。しかし蓋を開けてみれば千の軍勢がたった百如きの人間に歯が立たないでいる。
何故そんなことになっているのか、アングが予測できないのも無理はない。
オルトラール魔術学校の生徒達は、皆が才能ある第二世代。一人一人の力は十人分の戦士の力を有しており、さらにステラやレオナといった【五人の魔女】は百人分以上の力がある。
とどのつまり、現在のオルトラール魔術学校は今のオルトラール王国の最高戦力でもあるのだ。
だが、その事をアングは知る由もない
取るに足らない人間の子供が集まっているだけだと勘違いしていた結果がこうなっているのだ。
「アング殿、ワレが出ようか」
「うるせぇ! アンタの出番はねぇって言ってんだろ!」
この戦いについてきた元四天王のクルーエルが背後から提案するが、アングはクルーエルの提案を一蹴する。
正直、劣勢の状況を打破するのにクルーエルの力は喉から手が出るほど欲しい。しかしこの戦いは自分達若い世代の戦いであって、古参の力を借りたくはない。それでは新生魔王軍の意味がないのだ。
だからアングは、奥の手に打って出る。
「【三獣】を呼べ!」
「はっ!」
配下に命令すると、すぐに三名の戦士がアングの前に現れた。
「【疾風】のゲイル」
「【鉄塊】のアイロン」
「【鋭爪】のネイル」
「「参上いたしました」」
ゲイルは人型の鳥、アイロンは人型の亀、ネイルは人型の虎の姿をしている。彼等三人は【三獣】と呼ばれ、アングの配下の中でも武力に秀でた獣人魔族だった。
「お前達の出番はないと思っていたが、状況が変わった。お前達には厄介な人間を三人を始末してもらう」
「いいでしょう。誰であろうとぶっ殺してやりますよ」
「図に乗る……許さない」
「へっへっへ、命乞いさせてから八つ裂きにしてやる」
「頼んだぞ、お前達。人間共に魔族の恐怖を思い知らせてやれ」
「「はっ!」」
【三獣】はそれぞれ、戦地で暴れているクインテットに狙いを定め動き出す。これで状況はひっくり返るはずだが、念には念をとアングも大将自ら出陣しようとする。
「オレ様も暴れてくる。ここは任せたぞ」
「はっ!」
配下に指揮を任せ、アングは学生達のもとに向かった。
◇◆◇
「はぁぁあああ!!」
「ギャアアアア!?」
生徒の攻撃が魔族の胸を穿つ。
才能を見出された第二世代だけあって、オルトラール魔術学校の生徒達は千の魔族相手に奮戦していた。
アレンが指示した五人一組に教師一人加わる即席パーティーが功を奏したのか、今のところ大きな被害は出ていない。それどころか、初めての実戦にも関わらず大きな戦果を挙げていた。
その要因はやはり魔鎧の存在が大きいだろう。全身に魔力を纏うマギスは攻防一体の役目を担っており、魔族の攻撃から身を守りつつ強大な攻撃力を誇っている。
しかし、マギスにはメリットだけではなく大きなデメリットもあった。
そのデメリットとは――、
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫?」
「ごめん、ちょっとキツいかも……」
――魔力の消費が激しいことだ。
マギスを発動している間は全力疾走をしているようなもので、体力、魔力、精神力の消費が激しい。開戦から十分足らずで魔力切れを起こし、肩で息をしだしている生徒があちこちで出始めている。
「勢いが良いのは最初だけかァ? なら今度はこっちの番だなァ!」
「きゃああああ――!!」
「うぁぁあああああ!!」
女子生徒を狙った魔族の攻撃を、男子生徒が間に入って間一髪防御する。鍔迫り合いの状況から裂帛の砲声を上げ、魔族の腹を刺し殺す。
「大丈夫!?」
「うん、ありがと……助かったわ。アンタ、いつの間にそんな強くなったのよ」
「へへ、アレン先生の訓練のお蔭だよ」
助けられた女子生徒は、驚いたように感謝を述べる。今まで散々馬鹿にしていた男子に助けられるとは思ってもいなかったのだろう。
だが助けられているのは彼女だけではなく、他の場所でも女子が男子に助けられている場面が見受けられる。
バテるのが早い女子に比べ男子がまだ動けているのは、アレンが行った根性訓練の賜物だった。マギスを少しでも長く使えるようにと行った根性訓練は、マギスを使用したままぶっ倒れるまでのランニングと、ぶっ倒れてからの模擬戦。
これによって男子生徒はマギスの持続力も向上し、自信がなく下向きだった精神も鍛えられた。
女子の動きが鈍くなっても男子がカバーしており、魔族との戦争は引き続き生徒側が優勢であった。
しかし、たった一人の武力で優劣がひっくり返るのも戦争の常であった。
「いつまでも調子に乗ってんじゃねぇぞ人間共がァ!!」
「「うわぁぁぁあああああ!!」」
「流石アング様だ!」
「六魔将の力を見せつけてやってくださいよ!」
「なんだあいつ……」
「めちゃくちゃ強いじゃん!」
「あんなのに誰が勝てんだよ……」
六魔将が一角、【墳虐】のアングが早々に動き出した。
巨躯に見合う戦斧を振り回すと、周囲にいた学生達を吹き飛ばす。今までの魔族とは比べ物にならない強さと圧倒帝なオーラを纏った存在の登場に、劣勢だった魔族達は調子づき、逆に勢いに乗っていた生徒達は絶望の顔を浮かべていた。
その様子を知ったアングは、ニヤリと下卑た笑みを浮かべて戦斧を振り上げる。
「身の程を知れ人間共! 下等なお前達はそうやって震えているのがお似合いなんだよ!」
「ぼ、僕が相手だ!」
強大な敵に対して脅えながらも、一人の男子生徒が勇気を振り絞って対峙する。
彼の背後には怪我で動けない女子生徒がいる。ここで自分が立ち向かわなければ彼女が殺されてしまう。そんな事はさせてたまるかと剣を握りしめた。
「雑魚のくせにイキがってんじゃねぇ!」
「ぐ……ぁぁあああああ!!」
振り下ろされた戦斧を剣でガードするが、凄まじい膂力に耐えきれず地に叩きつけられてしまう。頭部から血を流し、今にも気絶しそうになるが、それでも彼は小鹿のように足を震わせながらも立ち上がった。
「はぁ……はぁ……まだだ」
「そんなに死にたいならお前から死なせてやるよ!」
「やめてぇぇぇ!」
「――っ!?」
女子生徒が悲鳴を上げる中、アングが振り抜いた戦斧が男子生徒の頭蓋骨をかち割る。
「何やってんだお前」
「グォォオオオ!!」
――ことはなかった。
側面から振り抜かれた木剣がアングの横っ腹を殴打する。アングの身体はくの字に折れ曲がり、鋼の巨体が宙を舞った。
「「ア……アレン先生!」」
男子生徒の命を間一髪救ったのはアレンだった。
アレンは背後にいる男子の頭に手を置きガシガシと雑に撫でると、
「やるじゃねぇか。お前の勇気がこの子を守ったんだぜ」
「は、はい!」
「お前の名前、なんてったっけ」
「ユーリです」
ユーリは、初授業の時にどうすればアレンのように強くなれるかと質問してきた背が低めの男子生徒だった。
あの時は頼りなさそうな少年だったのに、仲間を守る為に勇気を振り絞って立ち向かう今の姿は立派な戦士の一人だった。いや、彼の場合戦士ではなく魔術師か。
なんにせよ、アレンはユーリの成長を喜んでいた。
だから彼の頭をもう一度撫でると、優しい声音でこう告げる。
「ユーリ、お前はこれからも強くなるぜ。俺が保証してやる」
「は、はい! ありがとうございます!」
「誰だァ! オレ様の邪魔をしたのはァ! 許さねぇ、絶対にぶっ殺してやる!」
朗らかな雰囲気を切り裂くようにアングの怒声が鳴り響く。
怒り狂う彼の視界にアレンの姿が捉えた。くたくたなスエットを着ており、木剣を肩に担いだみすぼらしい男。
「誰だテメエ」
アングがそう問いかけると、アレンは耳をほじりながらこう答える。
「俺が誰かって? まぁなんだ、こいつ等の先生ってやつだよ」