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22話 戦え

 



「あー! やっぱりここに居たのね! ちょっと先生、もう授業始まってるし皆待ちくたびれてるんですけど!」


「ステラか……悪いが今日の授業は自習だ。自分達でやっておいてくれ」


「何でよ。男子も折角やる気になってきてるのに先生はサボるの」


「何でよって見たらわかんだろ。筋肉痛で動けねーんだよ!」


 バンッと扉を開けて部屋に突入してきたステラに切実な思いを訴える。

 俺は今、うつ伏せの状態のまま身体を動かせない状態だ。少しでも動かそうもんならビキッと全身に痛みが入っちまう。


 久しぶりに身体を激しく動かしたせいか、酷い筋肉痛に陥っていた。

 歳と取ると筋肉痛が二、三日遅れてくるってよく聞くがまさにその通りだったな。歳は取りたくね~もんだよ。


「筋肉痛って……おじさんじゃないんだからそのくらい大丈夫でしょ」


「おじさんなんだよ……悲しいことにな」


「そんなに痛いの?」


「はい」


 可哀想な目で見てくるステラに間髪入れず本音を告げると、彼女は大きなため息を吐いてこちらに近付いてくる。いったい何を考えているのか、突然俺の身体を跨いで座ってきやがった。


「何してんの」


「仕方ないから、マッサージしてあげるわよ」


「えっマジ? いいの?」


「きょ、今日は特別なんだからね! 終わったら授業に来てよ」


 僅かに頬を赤く染めて、恥ずかしそうに俺の腰をマッサージしてくるステラ。


 ラッキー! めっちゃ助かるぜ!

 でもこれ、誰かに見られたらヤバいな。生徒にマッサージさせてる教師とか犯罪だろ。捕まりそうで怖いんだが。

 でもまあ気持ちいいからいっか!


「んん~ギモヂイイ~~」


「ちょっと、気持ち悪い声出さないでよ」


 しょうがないじゃん、出ちゃうんだから。

 人にマッサージしてもらうのって気持ち良いよね。グッグッと背中を押してくれるステラが問いかけてくる。


「ねぇ先生、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「なんだよ」


「どうして魔族は学校を狙って襲ってくるの? 私の時は偶々って言ってたけど、最近レオナも襲われたみたいだし、明らかに魔族はこの学校を狙ってるわよね?」


「……」


 ステラの質問に、俺はなんて答えようか迷って口を開けられなかった。

 魔族の襲撃については、校長であるクリスから全校生徒達に報告してある。一回目のステラの時も、二回目のレオナの時もな。

 ただ理由は大して説明しておらず、教師と生徒に警戒を促すだけだった。近頃魔族の動きが活発になっている為、用心しろってな。


 しかしステラのように、納得できず不審に感じている生徒も多くいる。

 こう立て続けに魔族が襲ってくるなんて、何か特別な理由があるんじゃないかってな。


 “勿論理由はある”。

 魔族が狙っているのは、この学校の地下に保管されている魔王の欠片を奪う為だ。だけどその存在はクリス曰く公に話せないため、真実を隠すしかなかった。俺としてはさっさと言っちまえって思うんだが、クリスも偉い奴から口留めされているらしい。

 だから俺もステラには真実を言えない。


「先生なら何か知ってるでしょ?」


「悪いけど知らねぇな。でもアテならある。これは俺の予想だが、戦力を削りに来てるんだと思うぜ」


「戦力を削る?」


「ああ。ここは次世代の魔術師の卵を育てる場所だからな。魔族にとっちゃ邪魔で仕方ねーはずだ。強敵に育つ前に芽を刈り取っておこうって腹だと思うぜ。現に狙われたのも、ステラとレオナっつう学校でも優秀な奴だしな」


 本当のことは言えないから、本当に思えるような嘘を吐く。

 これなら一応だが納得するはずだ。


「確かに一理あるわね」


「俺の考えが当たっていたとすると、また魔族が襲ってくる可能性もあるってことだ」


「なら私も、もっと強くならなくちゃ」


「へ……頼もしいね」


 俺の嘘を信じて意気込んでいるステラに俺も少し嬉しくなっていると、ステラがしたようにバンッと扉が強く開かれ、今度はレオナが入ってきた。


「お~やっぱいるじゃねぇか。っておい! テメエセンコーを連れてきて来るって言っておいて二人でナニしてんだよ!?」


「レオナ!? こ、これは違うの、誤解よ!」


「どう見ても誤解じゃねぇだろ! 自分だけ抜け駆けしやがってオレも混ぜやが――ッ!?」


 レオナも現れてカオスな空間が生まれようとしたが、そうはならなかった。レオナが異様な気配に気付いたように言葉を止めて警戒したからだ。

 そして俺も、彼女と同じように異様な――というより嫌な気配を感じ取っていた。


「レオナ、ここから草原に向かって見てきてくれ。いいか、見てくるだけだぞ。絶対手を出すんじゃねぇぞ」


「わ~ってるよ! 一々命令すんじゃねぇ!」


 俺が頼むと、レオナは文句を言いながらもすぐに行動に移した。きっとレオナも異様な気配に勘付いたんだろう。獣人族は本能的にも危機を察知しやすいからな。

 逆に、俺とレオナの張り詰めた空気を感じたステラが戸惑いながら聞いてくる。


「二人して突然どうしたの。私にも教えなさいよ」


「ステラ、今すぐ全校生徒を大講堂に集めろ。いいか、今すぐだ」


 そう頼んだ後、俺は続けてこう言い放った。


「魔族が来た」



 ◇◆◇



「も~突然集まれてってなによ~」


「ステラが緊急事態って言ってたけど……まさか魔族が襲ってきたとか?」


「まっさか~」


 オルトラール魔術学校にある大講堂には全校生徒約百人が集まっていた。

 突然の呼び出しに誰もが困惑しているが、それも無理はないだろう。【五人の魔女(クインテット)】のステラが切羽詰まった表情で教室にやってきて、緊急事態だから今すぐ講堂に集まれと全学年に呼び回っていたのだから。


 誰も呼び出された理由はわからないが、緊急事態だというワードが気になっていた。そんな風に生徒達があ~でもないこ~でもないと憶測を話してざわついている間、舞台の裏で待機していたアレンとステラのもとにレオナがやってくる。


「どうだった」


「二キロぐらい離れた場所に魔族の大軍がいやがった。ざっと見ても五百はいたぜ……けどまだまだ増えてやがる」


「そんな!?」


「ちっ、嫌な予感が当たっちまってたか」


 偵察に向かっていたレオナに尋ねると、彼女は険しい表情を浮かべて自分が見た光景を説明する。学校から離れた草原に、魔族の大軍が押し寄せていると。

 解せないのは、何故今まで気付かなかったのかだ。あんな大軍が集まっていたら普通気付くはずが、今の今まで兆候などは一切感じられなかった。

 それに魔族の数はまだ増えていて、どうやって増えているのかも不明である。恐らく突然現れた理由はそこにあるのだろうと推測はできるが。


「どうするよ」


「どうするも何も、戦うしかねぇだろ」


「へっ、そりゃそうか」


 求めていた言葉がアレンの口から出てきて、バシッと拳を合わせるレオナ。そんな彼女とは対照的に、ステラは冷静に問いかける。


「皆にはどう話すの?」


「まぁ見てろよ」


 そう言うと、アレンは舞台の上に上がる。

 アレンが出てきたことで、騒がしかった生徒達が口を閉じてアレンに注目した。アレンが教師としてオルトラール魔術学校に赴任してからもう数か月経っているので、流石にアレンのことを知らない生徒は一人もいなかった。


 壇上に上がったアレンは、全校生徒を見渡しながら口を開く。


「元勇者で、今はここの教師のアレンだ。って、流石に俺のことはもう皆知ってるよな」


「「……」」


「お前達を呼び出したのは俺だ。じゃあどうして呼び出されたかって気になってるんだろうが、今から話すから落ち着いて聞いて欲しい。たった今、魔族の大軍がこの学校を襲おうとすぐ近くまで来ている」


「「――っ!?」」


「魔族の大軍!? 嘘でしょ!?」


「どうしよう、早く逃げなきゃ!」


 アレンが正直に話すと、全校生徒は驚愕し慌てふためいてしまう。

 生徒達が恐怖に脅え酷く混乱している中、そんな空気を切り裂くようにアレンが砲声を放つ。


「うるせぇ! ギャーギャー喚くんじゃねぇよ情けねぇ! 落ち着いて聞けって言っただろうが!」


「お、落ち着いてなんていられませんよ! 魔族が襲ってきたんですよ!? 早く逃げないと!」


 アレンの近くにいた女性徒が席を立ち上がって物申すと、他の生徒達も一斉に「そうだそうだ!」と同調してくる。そんな彼等に、いや彼女に向かってアレンはこう尋ねた。


「逃げるって、どこに逃げるんだよ」


「それは……どこでもいいじゃないですか」


「お前達が逃げた先にはなんの力もない国民がいるが、その国民は魔族に殺されてもいいのか?」


「っ……」


 アレンにそう聞かれた女子生徒は、何も言い返せず俯いてしまう。いや、彼女だけではない。騒いでいた他の生徒達も口を閉じてアレンの声に耳を貸し始めていた。


「よく聞け。これは俺の予想でしかないが、連日の魔族襲撃はお前達を狙ったものだ」


「狙いは俺達? でも何で?」


「魔族は、将来厄介な敵になるお前達を強くさせる前に殺したいんだ。だからお前等がここを逃げても奴等は追ってくるだろうぜ」


「マジかよ……俺達が狙われてるのか」


 これは嘘だ。本当の狙いは魔王の欠片である。

 だが本当のことは口留めされているため、アレンは生徒達に嘘を吐くしかない。


「逃げたところで追ってくるなら、必要のない犠牲を生まないために学校ここで迎え撃つしかねぇだろ」


「それって、私達に魔族と戦えってことですか」


「そうだ」


「そんな……急に戦えって言われても……」


 魔族と戦えと言われて怖気づいてしまう生徒達に、アレンは強い声音で問いかける。


「お前たちは何の為に学校ここに来たんだ? 国、友人、家族、大事な人を守りたいから、守れるように強くなりたいから来たんじゃねぇのかよ」


「「……」」


 その通りだ。

 人によって想いの強弱はあれど、未来の平和を守りたいからと学校に入学した。いつしか目的を忘れてしまっていたけれど、入学する前までは確かにその思いを胸に秘めていたはずだ。


 そして今、アレンによって再び当初の目的を思い出した。

 そうだ、自分達が国の平和を守らなければならないんだ、と。


 がしかし、生徒の中にはまだ魔族と戦うのが怖い者が多かった。戦えば死んでしまうかもしれない。一度考え出すと身が竦んでしまい、勇気を出せずにいた。そんな中、一人の生徒が恐る恐るアレンに問いかける。


「あの……勇者様。いえ、アレン先生も僕達と一緒に戦ってくれるのでしょうか」


「あん? なんだお前等、散々俺のことかおっさんだとザコとか馬鹿にしておいて、こういう時だけ頼んのかよ」


「それは……」


 アレンがニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながらそう言うと、生徒は困ったように口を噤んでしまう。

 勇者だったアレンを頼りたくなる気持ちもわからなくない。けど、それではダメなのだ。


 自分はもう十年前の戦いで勇者としての役目を果たし、剣を置いた。現在いまの平和は、彼等のような次世代の者達が守っていかないといけない。


「悪いが俺は戦うつもりもねぇぞ。筋肉痛が酷くて戦うどころじゃねぇんだ」


「そんな!」


「情けねぇこと言ってんじゃねぇ! いいか、今から俺が言うことを耳の穴かっぽじってよ~く聞けよ! ここにいるお前達は国中から集まった優秀な魔術師だ。数か月見てきたが、国が抱える騎士や兵士よりも、ましてや俺なんか必要ねぇぐらい十分強ぇ。この国で一番の戦力はお前達なんだよ!」


「私達が……強い?」


「ああ、断言する。お前達は強い。だからもっと自信を持て」


 アレンがそう言うと、怖気づいていた生徒達の顔色が変わる。

 どうしてか分からないけど、勇者に自信を持てと言われると心の奥底から勇気が湧いてくるのだ。

 段々戦う顔になってきた彼等に、アレンはさらなる勇気を与えるように強い声音で訴える。


「戦え! お前達ならできる!」


「「はい!」」


「「戦え、お前達ならやれる!」」


「「おお!」」


「テメエら、行くぞぉぉおおおおおおおおお!!」


「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」


 大講堂に砲声が鳴り響く。

 恐怖に打ちひしがれている生徒は一人もいない。士気が高まり、席から立ち上がって拳を高く突き上げている。


「おいおい、すげーなあのセンコー」


「ええ、やっぱり先生は勇者なんだわ」


 舞台裏でその光景を眺めていたレオナとステラは、アレンの振る舞いに感心していた。魔族の襲撃に脅えていた生徒達が、今や戦士のように雄叫びを上げている。

 それは恐らく、アレンの言葉によるものだろう。彼の言葉を聞いていると、心の底から勇気が湧いてくる。


 あれこそが真の勇者の姿。

 十年前もああやって戦士達を勇気づけていたのだろうと、アレンの背中を見るステラはそう思ったのだった。



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