21話 新旧
「アング様、出陣の準備が整いました」
「ふん、やっとか」
配下の魔族からそう言われて、待ってましたと言わんばかりに鼻息を立てる六魔将が一角、【墳虐】のアング。
その外見は人型のサイといったところか。二メートルを優に超す巨躯に、はち切れんばかりの筋肉。先端が鋭利に尖った角は鋼鉄を穿ち、頑強な皮膚は刃を通さない。
いざ対峙すれば、誰もが慄くであろう圧倒的な存在感だった。
「これでやっと、アング様の名が世に轟きますね」
「ああ、この日をどれだけ待ちわびたことか」
十年前、勇者一行に魔王が打ち倒されてから魔王軍は壊滅に陥ってしまった。しかしこの十年で力を蓄え、魔王軍は復活を遂げつつある。
さらに魔王軍の新戦力では何人もの優秀な若手が台頭しつつあり、四天王に次ぐ六魔将が設立された。
アングは若手の中でもは有望株で、六魔将の座についている。
実力で言えばかつての四天王を越えているだろう、と太鼓判を押されていた。
しかし彼はまだ人間との戦を経験していない。
魔族同士の争いでは実力を示してきたが、本当の意味で名を上げるには人類を相手にして武功を立てなければならないのだ。
「人間から魔王様の魂を奪い返し、オレ様が六魔将の中でも最強だということを知らしめてやる」
「くっくっく、アング様は既に六魔将一の実力ですよ」
「アング殿、少しよいだろうか」
「あん?」
アングが戦いを前に興奮していると、背後から野太い声がかかる。振り返れば、そこには“怪物”がいた。
外見は人型の牛だ。
アングにも劣らぬ巨躯に加え、漆黒の肉体は一切の無駄がなく研ぎ澄まされている。二本の角、血を彷彿とされる真っ赤な瞳、悪魔のような形相。
まさしく怪物。
人目見ただけで裸で逃げ出したくなるぐらい、その怪物は恐怖を具現化したような存在だった。
さらに片方折れた角と、太刀筋が縦に入った隻眼に、肉体に刻まれた戦傷を見れば歴戦の猛者だということが窺える。
彼の名前は【暴虐】のクルーエル。
旧魔王軍四天王の一角であり、かつて人類を恐怖のどん底に落とし入れ、勇者一行と死闘を繰り広げた偉大な魔族である。
そんなクルーエルから突然声をかけられたアングは敬うこともせず、生意気な態度で対応した。
「これはこれはクルーエル様じゃないですか。“元”四天王様のアンタがこのオレに何か用ですか?」
「お主に頼みがあってな」
「何です、頼みって?」
「次の出陣にワレも加えて欲しい」
突然の申し出にアングは「はぁ?」と首を傾げ、その意図を尋ねる。
「何故アナタが?」
「お主が攻める場所には勇者がいると耳にしたのでな。ワレは奴と決着をつけなければならん」
「クハハ、何を言ってるんですか? 十年前に勇者に負けたのに決着も何もないでしょ」
「貴様! 四天王に向かってなんて口を聞くんだ!」
クルーエルに付き従っていた配下が主への冒涜に怒るが、アングは気にせず馬鹿にするように言い返す。
「“元”四天王でしょ? アンタ達は十年前に負けたんだよ。負け犬は負け犬らしく、大人しく隠居でもしておいてくださいよ。それに言っておきますが、俺は六魔将ですよ。そっちこそ口の利き方がなってないんじゃないか」
「何が六魔将だ! 魔王様から承った訳でもなく自分達で勝手に名乗っているだけだろ!」
「やめろ」
アングに飛びかかろうとする配下をクルーエルが一言で抑える。かつて偉大な四天王だったにも関わらず、若手に好き放題言われていても決して怒らずクルーエルは自ら頭を下げた。
「頼む、ワレを加えてさせてほしい」
「マジかよ、元とはいえ四天王のプライドを捨ててまで勇者に拘るのか。今の勇者にそんな価値ないですよ。配下からの報告によると、現役の時とは別人のように衰えているようです。アンタが頭を下げてまでわざわざ出向く必要もないのでは?」
「勇者を知らないお主はそう思うだろうな」
「ッ!?」
馬鹿にするようなクルーエルの物言いに、アングは額に青筋を立てるほどの怒りを抱く。しかし大きく息を吐いて怒りを堪えると、笑顔を浮かべて了承した。
「分かりました。オレの軍に加わっても構いませんよ」
「そうか、助かる」
「ただし、アンタの出番は最後だ。アンタはもう歳なんですから、後方でゆっくり見物でもしておいてくださいよ。勇者の首はオレが取りますから、それでもいいなら来てください」
「いいだろう」
「……ちっ、行くぞ!」
「は、はい!」
苛立ちを隠そうともせず配下を連れて去っていくアングを見送っていると、クルーエルの配下は凄まじい殺気を迸らせる。
「あのクソガキ、クルーエル様になんて口聞いてやがる。少しぐらいデキるからってつけ上がりやがって、ぶっ殺してやりますか」
「言わせておけ。奴の言った通りワレ等は戦争の敗者だ。敗者が従うのは魔族の絶対の掟だ」
「それはそうですが……」
それでも納得しない配下に、クルーエルは獰猛な笑みを浮かべてこう告げる。
「なに、出番はきっと来る。その時まで奴の戦いぶりを見させてもらおうではないか」
「ですが、今の落ちぶれた勇者にアングを倒せるでしょうか」
「それは知らん」
「へ?」
きっぱりと告げる主の言葉に呆然となる配下。
てっきり彼は勇者の力を信頼していると思っていたのだが、確信している訳ではないということだろうか。
頭を悩ませている配下に、クルーエルは腕を組み過去を思い出しながら口を開く。
「落ちぶれたと言われている勇者がアングを倒せるかは知らん。しかし、アングが勇者を倒せるかと聞かれると“無い”と断言できる」
「そ、それは何故でしょうか?」
「勇者だからだ」
「へ?」
またも意味不明な回答に戸惑ってしまう配下。
クルーエルの考えが全く理解できない。「勇者だから」というのは余りにも具体性がなかった。
困っている配下が面白いのか、クルーエルは「ふっ」と笑みを浮かべて、
「気にするな、勇者の恐ろしさは実際に戦ったことがある者しかわからんからな」
「そうですか」
「だが、魔王様を含めて勇者と戦い生き残っている魔族は限りなく少ない。その中でも勇者を倒せる可能性があるのは奴の恐ろしさ知り、実際に戦ったことがあるワレしかおらんだろうな」
「……」
配下にはわからなかった。
何故クルーエルは楽しそうに勇者を話すのだろうか。勇者は魔王を倒し、魔族を滅ぼそうとした仇敵のはずなのに。
自分には分からない、戦った彼等にしかわかり得ない感情があるのだろうか。
「待っておれ、勇者。今度こそ決着をつけようぞ」
クルーエルは愛しい恋人へ捧げるように、勇者への想いを口にした。
◇◆◇
「クソが! あの老害め、オレ様のことを舐め腐りやがって、ムカつくぜ!」
クルーエルと別れた後も腹の虫が収まらないアング。彼はクルーエルから告げられた言葉に頭にきていた。
元四天王が戦に参加させて欲しいと頭を下げて頼んできた時は驚いたし、優越感を感じることができた。
しかし頭にくるのは、勇者と戦うのは自分の後だと言ってもすんなり了承したこと。あれでは自分が勇者に敗北すると確信していると言っているようなものだ。遠まわしに馬鹿にされて腹が立たない訳がない。
「あの野郎だけじゃねぇ。戦争経験のある古参共はどいつもこいつもオレ達若手を舐めてやがる。実力じゃオレ達がとっくに越しているのに、あのロートル共はどうしたってオレ達を認めねぇ。それもこれも、全部勇者のせいだ」
十年前、勇者一行によって魔王が打ち倒されてから魔王軍は壊滅した。それから十年かけて魔王軍は復活したが、その殆どは戦争経験のない若手である。
まだ子供で会ったため勇者と戦ったことなどないし、見たこともない。魔族の王である魔王を倒したのだから、勇者がとんでもなく強いことぐらいわかる。
だがそれは十年も前の話だ。
人間は魔族に比べて衰えるのが早いし、堕落すれば勇者といえど衰えるだろう。入手した情報によれば、勇者は当時と別人と見間違えるぐらい衰えているそうだ。アングが戦えば十中八九勝てるだろう。
にも関わらず、古参は鼻で笑いながらこぞってこう言ってくる。
「お前如きじゃ勇者には勝てない」と。
「どいつもこいつも勇者勇者って気持ち悪いんだよ。あの負け犬共、どんだけ過去の勇者に脳を焼かれてやがるんだ」
この十年で進歩したのは人間だけではない。魔族も十年前より強くなっており、世代交代を成されていた。今ではアングに勝てる戦争経験者はいないだろう。
けど、自分よりも弱い癖に勇者には勝てないと馬鹿にしてくる。魔族の癖に、「あの時の勇者は凄かった」と勇者に負けたことが誇りであるかのように言ってくる。最早敵である勇者を神格化している節すらあった。
若手が古参を認めさせるには、自らの手で勇者の首を獲るしかないのだ。
「見てろよロートル共。勇者の首はこのオレ、【墳虐】のアング様が刈り獲ってやる」
魔王軍新鋭気鋭の一角【墳虐】のアングは、近くに来たる初陣を待ち望んでいた。