20話 未来
「おらおらもう終わりか!? 死ぬ気でやれよ死ぬ気で!」
「あらあら、勇者様、やけに張り切っていますね」
「くだらんな。あんな時代遅れの訓練など新世代の魔術師である私達には微塵も必要ない。というより、あれは魔術師の訓練ですらないな」
訓練場で行われているアレンと男子生徒達の訓練風景を生徒会室の窓から眺めているセシルがそう言うと、豪奢な椅子に座っているゼノビアは口につけているマグカップを離してアレンのやり方を否定するように答える。
彼女達がいる部屋はオルトラール魔術学校の生徒会室。
生徒会室と言ってもその実態はゼノビアによる私室で、生徒会の機能は全くしていない。学校内で自由に使える私室が欲しかった彼女が、入学してすぐに生徒会を力付くで奪い私室として使っているのだ。
「ですねぇ。でもステラとレオナも参加しているみたいですよ。まさかあの二人が真面目に授業を受けるなんて思いもしませんでした」
「ふん、どうやら勇者に絆されたようだな。流石は悪名高い色ボケ勇者といったところか。どんな汚い手を使ったのか知らんが、あの二人を手籠めにするとは恐れ入る」
あれだけ勇者のことを嫌っていたステラとレオナが授業に出るようになったのは、アレンに何かされたからだろうと勘ぐるゼノビア。
婚約していた王女を放ったらかし毎晩女遊びをしていたぐらいなのだから、純情な乙女を落とすなど赤子の手をひねるぐらい容易いはずだ。
生徒に手を出すなどやはり最低最悪のクズだな、と嫌悪感を丸出にするゼノビア。
実際のところアレンは二人に手を出していないどころか逆に手を出されそうになっているのだが、ゼノビアにとってアレンは“憎き相手”であるからそう捉えてしまうのも仕方ないだろう。
「なんならセシルも混ざってきていいんだぞ」
「嫌ですよ。私の本職は魔術師ではなく聖職者ですから、ステラやレオナのような戦いはできません。それに私も、“今の勇者様”は好きませんから」
「ふっ、そうだったな。そういえばパティはどうしている」
「さぁ? あの子はいつも通りどこかで本を読んでいるんじゃないでしょうか」
「そうか」
どうやら同じ【五人の魔女】のパティはまだ勇者に落とされていないようだ。まぁ彼女の場合落とされたとしても、あんな根性訓練に参加なんて絶対しないだろうが。
「そうだセシル、近頃王都に用事があって私は学校を離れなければならない。私がいない間、学校のことはお前に任せたいと思っているのだが、よいだろうか」
「ええ、いいですよ」
「助かる。任せられるのはお前しかいないからな」
「そう言っていただけて光栄です。用事ですか、王女も大変ですね」
「まあな……面倒だがやらなければならない。では任せたぞ」
「はい。ゼノビアも頑張ってくださいね」
◇◆◇
「痛ててて! 優しく、もっと優しくやって!」
「マッサージしてもらっている分際で我儘言うんじゃない」
「あひん」
クリスに腰を揉んでもらっていたが、ちょっと強くて微妙に痛いから加減して欲しいと頼んだらペチンと尻を叩かれちまった。
こいつ~、今日は頑張ったんだから労わってくれたっていいだろう。
男子生徒全員に一対一の稽古をつけていたんだけど、途中から腰が痛くなっちまったんだ。やっぱあれだな、久しぶりに激しい運動すると身体が全然ついてこねぇんだよな。
結局ステラとレオナの相手はしてやれなかったし、「腰がぁ……」と情けない声を出す俺に二人は「駄目だこりゃ」と盛大にため息と吐いて呆れてたしな。
「頼む、もう少しだけ揉んでくれ」
「もう~しょうがないわねぇ~。こんなおっさん体型になってるから悪いんだからね」
「あ~きく~」
俺の足に乗っかっているクリスに頼むと、文句を言いながらもグッグッと腰を指圧してくれる。
あ~そこそこ、やっぱマッサージしてもらうのって気持ち良いわ~。
「ところでアンタ、どういう風の吹き回し?」
「あん?」
「あれだけ教師をするのを嫌がってたのに、急に授業するようになったじゃない。それもあんな熱血教師みたいに張り切ってちゃってさ」
「いや~俺も面倒臭いからするつもりはなかったんだけどさ~、ちょっとだけ考えが変わったんだよ」
「どういう風に?」
「ここ最近で魔族の襲撃が立て続けに起こっただろ? 今までは単独だったが、もし本腰を入れて軍規模で攻めてくるとしたら、今のガキ共じゃ確実に死んじまうからな」
ぶっちゃけ学校のガキ共は優秀だ。まぁ魔術の才能がある子供が国中から集まって日々切磋琢磨してるんだから優秀なのは当たり前だろう。
一人一人の戦力は戦争当時の何十、何百人の戦士に匹敵すると思う。魔族や魔物にだって、一対一なら余裕で勝てちまう。
でも戦争となると話は別だ。
「戦争ってのは模擬戦のように相手と向かい合ってよーいドンで戦える訳じゃねぇ。奇襲されたり、複数の敵に囲まれるなんてザラにある。なにより、戦いってのはいつ終わるかが分かんねぇ」
「そうね、戦いの規模が大きくなればなるほど時間も長くなる。いつ終わるのか分からいのが精神的にも辛かったわ」
「そうだ、ガキ共の精神力を鍛える必要がある。どんな苦境に遭ってもへこたれない精神力をな」
「だから倒れるまで走り続けていたのね。でも、どうして魔鎧を使わせの?」
精神力を鍛える根性訓練で魔鎧を発動しながら走らせた意味を問うてくるクリスに、俺は「手が止まってるぞ」と注文しながら答える。
「ガキ共は良くも悪くも魔鎧頼りだ。なら少しでも長く魔鎧を使って戦えるようにしなきゃなんねぇ」
魔鎧を使えば生徒達は百人力の戦士になるが、魔鎧を使えなければ並みの魔術師程度。
だが魔鎧は魔力の消費が激し過ぎる。魔力量が多いガキ共でも使い続けて二十分程度が限界だ。
戦争するには短過ぎる。もっと使えるようにならねぇと。
「まずは魔鎧を限界まで使うことに慣れなきゃならねぇ。どうせガキ共は模擬戦の数分だけしか使ってねぇだろうからな。それで一番良い訓練は、魔鎧を発動しながらのランニングって訳だ」
「なるほど、魔鎧を発動することに意思を割きながら長時間身体を動かす。集中力、体力、魔力操作を培う訓練ね。アレンとの模擬戦も、体力が尽きてから身体を動かす精神力を養っているってところかしら」
「そういうこと。さらにいえば、体力が尽きてからの模擬戦は根性を付けさせるためでもある。根性ってのは限界に達してからの行動だから、そこに至るまであいつ等を追い詰めてやんねぇといけねぇんだ」
「へぇ~、アンタにしてはよく考えられてるわね。魔術師の教師じゃ考えつかないわ。アンタって意外と先生に向いてるんじゃない?」
「冗談でもそういうこと言わないでくれる?」
誰が教師なんかやるかよ。
こちとら借金返す為に仕方なくやってんだ。けど……。
「俺はただ、“自分が守った未来を失いたくないだけだ”」
「それって……」
「魔王を倒したことで、勇者としての俺の役目は終わった。剣は置いたつもりだし、もう戦うつもりも微塵もねぇ。後のことは次の世代の奴等に任せるつもりだ」
けどな、と言い続けて、
「だからってガキ共を見殺しにしたら、何の為に戦ったのか分からねぇ。せめて、ガキ共を死なせないようにしようと思った。ただそれだけのことだ」
「そうね……私達が必死に戦ったのは、人類……子供達の未来のためだもんね」
あのさ~折角こっちが濁してるんだからハッキリと言わないでくれるかな。こっぱ恥ずかしいじゃねぇか。
「それはそうと、アンタ随分と二人に好かれてるわね」
「二人って誰だよ」
「あら、とぼける気? ステラとレオナのことよ。ステラはこそこそとアンタの部屋に行ってるみたいだし、レオナに関しては婿扱いでしょ? まさかアンタ、二人に手を出していないわよね?」
「するかバカ! 相手はガキだぞ!」
「ふん、ど~だが。それにしてもアンタってモテるわよねぇ。勇者時代がモテたのは理解できるけど、こんなおっさんのどこに惚れたんだか。あれかしら、二人共ダメ男に引っかかるタイプなのかしら」
「すんごいディスってくんじゃん。あれか? もしかしてお前焼いてんのか?」
ステラとレオナに嫉妬でもしてんのかとニヤリと笑って揶揄えば、クリスは間髪入れずにパシンと尻を叩いてくる。
「そんな冗談言う前に、まずは借金返しなさいよ」
「痛たたたたた! 悪かった、悪かったから強く押さないで!」
「次変なこと言ったらこの程度じゃ済まないわよ。あ~それと私、少しの間学校を離れるから、学校のことはアンタに任せるわね」
「はぁ!? 何だよそれ!」
任せたってどういうことだよ。
こっちはただの雇われなんだぞ。何で俺がそんなことしなきゃならないんだ。
「大丈夫よ、いつもの定期報告だしすぐに帰ってくるわ」
「そうか。んじゃ王都のお土産よろしく」
う~ん、暫くクリスが学校を離れるのか。何事もなければいいが。
でもなぁ……な~んか嫌な予感がするんだよなぁ。




