2話 【五人の魔女】――クインテット――
オルトラール王国の最北端。
周囲を森や海に囲われた自然豊かな場所に、オルトラール魔術学校が存在する。戦後に建てられた為、施設はどれも新しく綺麗だ。
広大な敷地には大きな校舎に訓練場もいくつか兼ね備えてあり、生徒用の学生寮、教師や料理人、それ以外の人間も暮らしていける寮も完備されている。
そんなオルトラール魔術学校には約百人の生徒が在籍していた。
自ら受験した者もいれば、才能を見込まれてスカウトされた者もいる。歳は大体十歳から十八歳まで居るが、殆どは十五・十六・十七歳あたりだ。
そういった若い子供達が、未来の平和を守る為に日々学校で魔術や様々な分野の研鑽を積んでいるのだ。
「「……」」
オルトラール魔術学校にある一室。
その部屋には、五人の少女達が集まっていた。大きなテーブルの上座に一人、左右それぞれに二人ずつ横並びで座っている。
「おいゼノビアよぉ、いきなり招集かけてんじゃねぇぞこら。言っておくがな、オレはテメエの下についた覚えはねぇぞ。なんなら今からでも戦ってもいいんだぜ」
後頭部に手を組み、テーブルに両足を乗せるという失礼な態度を取りながらいちゃもんをつける獣人の女子生徒。
彼女の名前はレオナ。
獣人の中でも希少種である金狼種のレオナは、頭部に狼耳、臀部に金色の尻尾が生えている。金色の髪は短く無造作。大きく吊り上がった目に、鋭く映えた犬歯と、男勝りながら整った顔立ち。
息苦しいのか、学生服の胸元を大きく開けており谷間が見えていた。
そんな不良少女に見えるレオナは、これでも獣人族族長の娘である。
「ちょっとレオナ、一々突っかかるのはやめなさい」
正面からレオナを窘める少女の名前はステラ。
銀色の長髪。男なら見惚れ、女なら羨ましがる、幼さが残りつつも美しい顔立ちに、抜群のスタイルを兼ね備えている。
そんな彼女のスカートの腰元には長剣が佩剣されていた。
「あ? オレに指図すんじゃねぇよ。お前からでもいいんだぜ」
「どうでもいいけど、早く初めて早く終わらせて欲しいの。パティが読書する時間がなくなっちゃうの」
二人の会話を遮るのは、ステラの隣で本を持っているパティという少女だった。
肩にかかるほどの長さの髪は空色で、幼くも可愛らしい顔立ち。五人の中でも一番背が低く、他の者より二、三歳若く見える。
「おいクソガキ、あんま舐めてっと食っちまうぞ」
「やれるもんならやってみればいいの。レオナじゃパティに敵わないの」
「ほ~、良い度胸だぜ。今すぐ斬り刻んでやるよ」
「まぁまぁ、二人共落ち着きましょ」
売り言葉に買い言葉と、一触即発の雰囲気を作り出すレオナとパティを宥めるのは、レオナの隣の席に座っているセシルという少女だった。
美しい金色の長髪、雪のように白い肌。目は閉じていて大きさは分からないが、睫毛は長い。そして彼女の外見で一番目立つのは、はち切れんばかりの大きな胸だ。学生服が今にもはち切れそうで、悲鳴を上げているように思えてしまう。
そんなセシルには、他の者と違い法衣のような衣を肩にかけていた。
「皆、急に集まってもらいすまない。【五人の魔女】である皆に、伝えておきたいことがあったのだ」
上座に座り、優雅に腕と足を組みながら全員に告げる少女の名前はゼノビア。
漆黒の長髪に、貴賓と美しさを兼ね備えた顔立ちと、女神像のような完璧なプロポーション。吸い込まれそうになる赤い瞳は、覇王の如く力強い眼力を放っている。
今ゼノビアが口にした通り。
この五人の少女達こそが、オルトラール魔術学校きっての天才児であり、問題児でもあり、教師達や生徒達から畏怖される存在。
【五人の魔女】と呼ばれる者達なのであった。
「その【五人の魔女】って呼ばれんの気に入らねぇんだよな。徒党を組んでるみてぇでダセェしよ」
「そうかしら? 私は気に入ってますよ」
けっと悪態を吐くレオナとは対照的に、セシルは嬉しそうに手を合わせる。
「気に入らないも何も、私達が自分から名乗ってる訳じゃないからどうしようもないじゃない。他の生徒達がいつの間にかそう呼び出していたんだから」
「そうなの。勝手に呼ばせておけばいいの。そんなのに一々気にするなんて、レオナは案外小心者なの」
「んだとガキ、オレはただ気に入らねぇって言ってるだけだろうが」
「落ち着けレオナ。パティも毎度の如くレオナを煽らないでくれるか」
「……ちっ」
「……はいなの」
再び喧嘩になりそうなところを、ゼノビアが鶴の一声で止める。
彼女に窘められたレオナはばつが悪そうにそっぽを向き、パティは申し訳なさそうに謝る。大人しくなった二人にため息を吐いた後、ゼノビアは改めて口を開いた。
「【五人の魔女】の呼び名については必要以上に気にする必要はない。ここまで生徒達に根付いた以上、我々ではどうにもできんからな。勝手に言わせておけばいい。それより本題に入ろう。さっきも言ったが、今日皆に集まってもらったのは伝えたいことがあったからだ」
「わざわざ私達を呼び出すってことは、それほど重要なの?」
疑問気に尋ねるステラに、ゼノビアは「ああ」と頷いて、
「クリスティーナ校長が新たな教師を探しているとの噂が私の耳に届いた」
「またなの? 懲りないの」
「あのババア、いい加減諦めろよな」
レオナは命拾いした。
彼女が口にしたババアという言葉をもしこの場に居ないクリスティーナ本人が聞いていたら、恐らくレオナはよくて半殺しにされていただろうから。
一年前、突如校長に着任したクリスティーナ。
勿論彼女の事は知っているし、尊敬している。なにせ十年前、勇者一行として魔王を討ち倒した英雄の一人だからだ。
だが、校長としてのクリスティーナはとにかくウザかった。
【五人の魔女】の五人にしつこく付き纏っては、ちゃんと訓練に出ろだとか、もっと教師を敬えと説教をしてくる。
五人の立場からすれば、何故自分達よりも貧弱で才能も無い教師が行う訓練に出たり、敬わなければならないのかと疑問を抱いていた。
自分だけで鍛錬をした方がよっぽど身の為になるし、弱い癖に上の立場からものを言ってくるのは腹が立つ。
だから彼女達はクリスティーナに言ったのだ。
訓練に出ろ、敬えと言うのなら自分達よりも優れた教師を連れてこい、と。自分達より強ければ素直に従うと調子こいたことを宣言した。
クリスティーナからすれば「何だこのクソガキ共、学生の癖に偉そうにしやがって」とブチ切れ寸前にまで至ったが、こんな問題児になるまで彼女達を導けなかった学校と教師の力不足が原因で、五人は類まれな才能に食われてしまった被害者でもあると認識を改めた。
だからクリスティーナはこの一年間の間に何人もの優秀な魔術師を特別教師として招いたのだが、全員【五人の魔女】にコテンパンにされてその日の内に逃亡してしまった。
それによって、彼女達の驕りはさらに増長してしまい他の教師や生徒達も余計恐がってしまうになったのだ。
「最近姿を見かけないと思ったけど、その為だったのね」
「今度は誰を連れてくる気かしら」
納得がいった風に告げるステラと、コテンと可愛らしく首を傾げるセシル。セシルの疑問に、ゼノビアは薄い笑みを浮かべながら答えた。
「まだ確定ではないが、どうやらあの“勇者アレン”を学校に呼び込むらしい」
「「――っ!?」」
ゼノビアの口からアレンの名前が出た途端、他の四人は驚愕する。雰囲気も一変し、一気に重苦しい空気になった。
勇者アレン。
その名を知らぬ者は居ないだろう。
人類の代表として仲間と共に魔族と戦い、魔王を討ち倒し世界に平和をもたらした英雄。
婚約していた王女を蔑ろにして王都から追放されたという噂があったが、当時幼く現場も見ていない五人はそれが事実なのかどうかは分からない。
が、事実ならば最悪のクズ野郎なのは間違いないだろう。
その事件から十年間消息が絶たれていてどこで何をしているのか一切不明だったが、まさか勇者が学校に教師として来ることになるなんて……。
「「……」」
沈黙が場を支配する中、ステラが確かめるように尋ねる。
「ねぇゼノビア、校長が勇者アレンを呼ぶっていう情報は本当なの?」
「ああ、間違いないようだ」
「そっか……そっか」
含むように呟くステラの口角は僅かに上がっていた。するとレオナがガンッと椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がると、
「はっ! 面白ぇじゃねぇか! 勇者だろうが何だろうがオレの敵じゃねぇ。来るなら来やがれってんだ」
犬歯を見せるように笑うレオナは、そのまま部屋を出て行ってしまう。ゼノビアは残った三人へ最後にこう話した。
「皆勇者に対して思うところはあるだろう。だが、我々の手で教えてやろうじゃないか。十年前と現在では、魔術師の力が大きく前進していることをな」




