16話 兄と妹
「クソ! クソ! クソったれがァ!!」
情けねぇ勇者にムカついたオレは、八つ当たりするように岩を殴り飛ばす。けど、殴っても殴っても全然スッキリしねぇ。
腹が立ってるのは間違いねぇ。
でもそれ以上にオレは、ただのおっさんになっちまった情けねぇ勇者の姿が悔しいんだ。
何だよあれ、何なんだよあれはよぉ!
どうしてあんな……あんな風になっちまったんだよアンタ!
「オレが憧れた勇者は……どこに行っちまったんだよッ」
「荒れてるな、レオナ」
「アニキ……」
怒りと悔しさが入り混じってもう訳わかんなくなっていると、突然懐かしい声が聞こえてくる。
振り返れば、一番上のシドのアニキがいた。
「どうしてアニキが学校にいんだよ」
「オルトラール王国に用事があったんでな、ついでに妹の顔を見に来たんだよ」
「ふ~ん」
アニキはオヤジを継いで獣王国の獣王になる予定だからな。獣王になるための準備でいろいろ各地を飛び回ってるようだし、オルトラールに用事ってのもそんな所だろ。
「ついでにオヤジも来てるぞ」
「げっ、オヤジも来てんのかよ」
「そんな露骨に嫌がってやるなよ。オヤジはレオナを可愛がってるのにさ」
「それがウザってぇって言ってんだよ。いい加減放っておいてくれよな。どうせ顔を会わせたら、婿は見つかったかとか聞いてくるんだろ?」
「はは、よく分かってるじゃないか。その様子だと、まだお前のお眼鏡に叶う奴は見つかっていないようだな」
「ったりまえだ。どいつもこいつオレより弱ぇし、骨のある奴だっていやしねぇよ」
こんなこと言うとオヤジに連れ帰られそうだからできれば会いたくねぇ。オレはまだこの学校を辞めたくねーんだ。
男でオレより強い奴は一人もいねーけど、女で言えばステラや他の【五人の魔女】がいるからな。学校を辞めるにしても、あいつ等全員ぶっ倒してオレが天辺を取った時だ。
「そんなことだろうと思ったさ。ところで、さっきは何をそんなにカッカしていたんだ?」
「あ~……別につまんねぇことだよ。少し期待していた奴が、大したことなさすぎてガッカリしちまったってだけの話さ」
「そうか……まぁ余り気にするなよ。自分で言うのも情けないが、俺も含めてレオナより強い男は早々現れないだろうからな」
じゃあ、いつになったら現れるんだって話だけどな。
期待していたクソ勇者もあの様だし、オレより強ぇ男なんて一生会えないんじゃねぇか?
そんな風に不貞腐れていると、アニキはオレの肩に手を置いて励ますように言ってくる。
「よし、それなら俺がお前の身体を貰い受けよう」
「はっ? ――ッ!?」
急にわけわかんねぇこと言ってきたと思ったら、肩に置かれているアニキの手から不快な魔力が侵入してくる。
本能的な危機を察したオレは、バッ! と手を振り払って距離を取る。
「アニキ……今何をしようとした」
「ちっ、あともう少しだったんだがな。折角乗り移るチャンスだったのに、獣は勘が鋭いから困る」
その言葉に驚愕した。
アニキの喋り方じゃねぇし、今までと全然雰囲気が違ぇ。いったいどうなってんだ?
オレは警戒しながら構えを取ると、アニキに問いかける。
「テメエ……アニキじゃねぇな」
「何を言っているんだレオナ。俺は正真正銘お前のアニキだぞ」
「とぼけてんじゃねぇ! ぶっ殺してやる!」
どこのどいつだか知らねぇが、よくもアニキに成りすましやがったな。アニキを騙ったことも、オレを騙そうとしたこともマジで許さねぇ。
腹が立ったオレは一瞬で間合いを詰めると、偽物の腹に拳をめり込ませる。身体がくの字になって殴りやすい位置に顎が下がってきたから、下から振り上げるように顎を打ち抜いた。
「オラァ!」
「がはっ!?」
「もう一丁!?」
「ま、待て! “この身体は本物だ”! 兄を殺してもいいのか!?」
ぶっ飛んだ偽物にトドメを刺そうとしたら、慌ててそんなことを言ってきやがる。ただの苦し紛れだろうとも思ったが、微妙な違和感を抱いたオレは放った拳を鼻先の前でピタッと止めた。
「身体は本物だって? 嘘言ってんじゃねぇよ」
「う、嘘じゃない! お前が子供の頃、おねしょをしたのを俺が庇ってやったよな」
「っ!? テメエ、何でそれを!?」
「それだけじゃないぞ。お前のことなら何でも知っている」
こいつ、マジだ。
つらつらと出てくる昔話はオレとアニキしか知らないことばかり。いったいどうなってんだ……こいつはマジでアニキなのか?
いや、そういや「身体は本物」って言ってたな。そうすると中身は別人だってことか?
あ~もう、考えるのが面倒臭ぇ。
「死にたくなきゃ答えろ。テメエは何なんだ」
「ワタシはパラサト、魔族だ」
「ああん!? 何で魔族がアニキの身体にいるんだよ!」
「それはな……シドが学校に来る途中で身体を乗っ取ってやったのさ!」
「乗っ取った……だと?」
魔族はそんなこともできんのか? ってことはマジでアニキの身体なのか?
じゃあこいつをぶっ殺したら、アニキまで殺しちまうってことじゃねぇか。
「おいテメエ、さっさとアニキの身体から出やがれ」
「イヤだね」
「ッ!? 出ないとぶっ殺すぞ!」
「やりたきゃやればいいさ。ほら、遠慮なくやれよ」
クソったれがァ! こっちが手を出せねぇとなると急に余裕ぶりやがって!
このままぶっ殺してやりてーけど、マジでアニキの身体なことを考えると迂闊に手を出せねぇ。
「はは、どうした。やらないのか?」
(どうする……どうすりゃいいんだ)
ちっ、仕方ねぇ。
いくら考えてもクソ魔族からアニキを助ける方法が全然浮かばねぇし、癪だが誰かに助けてもらうとするか。
「先に言っておくが、誰かに助けを求めるのもダメだ。それをやったらお前の大事な兄を今すぐ殺してやる」
「テメエ、卑怯だぞ!」
「ははははは! 卑怯で結構! さぁどうするレオナ! 大事な兄が死んでもいいのか!?」
「くっ……」
こんな奴の言うことを聞く必要はねぇ。
けどアニキは……シドのアニキはオレにとって大事な家族だ。我儘なオレにオヤジやオフクロや他の兄妹たちが嫌味や文句を言ってきたが、シドのアニキだけはいつもオレを庇ってくれていた。
学校に行けって言ってくれたのもそうだし、アニキはオレの唯一の味方なんだ。
それにアニキは次の獣王で、獣王国にとっても居なくちゃならねぇ人だ。絶対に死なす訳にはいかねぇ。
「どうすりゃいい……何をしたらアニキを助けてくれるんだ」
(落ちた! やはり獣人はバカで助かる!)
「おい、聞いてんだよ」
「簡単なことだ。兄の代わりにお前の身体を寄越せ。お前の身体さえあればこいつに用はない」
「……わかった、くれてやるよ。その変わり、絶対にアニキに手を出すんじゃねぇぞ」
「勿論だとも。契約成立だ、手を出せ」
魔族の言われた通り、オレは右手を差し出す。すると魔族がオレの手を握って口を開いた。
「【寄生する魔法】」
「ぐっ!?」
魔族が魔術を使った瞬間、気持ち悪い魔力がオレの全身を駆け巡ってくる。抵抗するも意識が段々遠くなり、オレの身体は魔族に乗っ取られちまった。