15話 盟友
「お~痛てぇ痛てぇ。くっそ~あの不良生徒め~ちったぁ手加減しろってんだよな~」
「簡単に打ち負かされてるアンタが悪いんじゃんない。これじゃあ何の為に呼んだのか分からないわよ。あ~あ、ステラが授業に出るようになって少しは見直したのにな~」
「あひん」
ペチンとケツを叩かれたオレは気持ち悪い声を上げた。
あのガキんちょにボッコボコにされた後、痛い身体を引きずって校長室に来たオレはクリスに頼んで毎度の如く塗り薬を塗ってもらっている。
ったくよ、この学校にはちゃんとした医者は居ね~のかよ。
医務室に行ってもいつも誰もいねぇぞ。仕方ないからクリスに頼んでるんだが、こいつに頼むとその度に説教されちまうから面倒臭いんだよなぁ。
「つ~かよ、ステラもレオナもそうだけどどいつもこいつも昔の俺に脳が焼かれて過ぎてないか? 今の俺にめちゃくちゃ当たりが強いんだけど。“あ~あ、こんなに落ちぶれちゃって残念だな”ってレベルのブチ切れ方じゃねぇぞあれ」
「そーねー、彼女達の気持ちも分からなくないわ。調子に乗るからあんまり言いたくないけど、勇者時代のアンタはそれなりにかっこよかったもの。まさに英雄って感じで、子供達が憧れるのも当然よ」
「そ~だったのか?」
戦争当時はあんま気にしたことなかったからなぁ。
魔王を倒して、王国に凱旋してからは「あれ? 俺ってモテるんじゃね?」って気付いたぐらいだし。まぁ、それで調子に乗って追放されたんだが……。
「そ~だったのよ。それが十年ぶりに憧れの勇者に会ってみたらだらしないおっさんが出てくるんだもの。あのかっこよかった勇者がこんなおっさんになって幻滅するのも、情緒がおかしくなるのも子供達にしたら当然っちゃ当然よ。大人の私だって幻滅してるんだからね」
「そら~悪~ござんしたね~」
「だ・か・ら、アンタは腕っぷしでであの子達を見返すしかないのよ!」
「そ~は言ってもよ~、あいつら強過ぎんだもん。勝てる気がしね~よ」
別に謙遜でも何でもねぇ。
ステラもレオナもマジで強ぇんだ。レオナなんか素の身体能力が高いのに、魔鎧ってやつで身体能力を全部強化してくるんだぜ。
俺も戦う時はクリスから身体強化の魔術を付与もらっていたが、第二世代は強化を一人でやれちまうんだろ?
そんなのズルいって。卑怯だってば。
その第二世代の中でもステラとレオナは武力も魔術も飛び抜け優れているし、ぶっちゃけあいつら四天王より強ぇかもよ。当時の俺でさえ勝てるかわからねぇ。
「そうね、第二世代……特に【五人の魔女】の子達が強いのは私も認めるわ。それでも私達大人が導いてあげないとダメなのよ。あんな凄い才能をこのまま腐らせるにはいかないの」
「とは言ってもな~」
俺にどうしろっていうんだよ。
って愚痴を吐こうとしたら、不意に扉がノックされ客が来たと知らされる。
「あら、もうそんな時間だったのね。入ってきてもらって」
「客?」
「うん、アンタも知ってる人よ」
へぇ~、俺が知ってる人って誰だろ。
いったい誰なのか気になっていると、そいつは不遜な態度で校長室に入ってきた。
「久方ぶりだな、クリスティーナ。元気そうで何よりだ」
「ええ、久しぶり。アナタも元気そうね、獣王ライオス」
「げっ」
何だよ、客って獣王だったのかよ。こいつと会うのも十年ぶりか。相変わらずおっかねぇ顔してるぜ。
ライオスは獣人の中でも戦闘に特化した獅子種で、身体はでけぇし顔もイカつい。見た目に違わずクッソ強くて、獣人の国である獣王国をまとめ上げている国王だ。
流石に十年も経てば多少は老けているが、醸し出でいる威厳は以前よりも上回っているみたいだな。
「急な来訪になってすまないな」
「いいのよ。アナタならいつでも歓迎するわ」
「そう言ってもらえると助かる。それはそうと、そこにいるみすぼらしい人間の男はいったい誰なんだ?」
ライオスが胡乱気な顔で俺のことを聞くと、クリスは大きなため息を吐いてやれやれと首を振る。
みすぼらしとは何だみすぼらしいとは。これでもマイベストウェアなんだぞ。
「やっぱりわからないわよねぇ……こいつ、これでも勇者アレンなのよ」
「この男が勇者? はっはっは! クリスも冗談が上手いな!」
「私も冗談であって欲しいんだけど、残念ながら本当なのよね……」
「何だと?」
俺が勇者だと信じられず笑い飛ばしていたライオスだったが、クリスが嘘じゃないとツタると目を丸くした。
それから俺のことを二度見して暫くしてから、思い出したかのようにあんぐりと口を開けて問いかけてくる。
「お前……本当にあの勇者アレンなのか?」
「そうで~す、なにを隠そうわたくしがあの勇者アレンで~す」
「ば、馬鹿な……これがあの勇者アレンだというのか。獣人と同盟を結び、魔王を打ち倒したあの勇者? これが?」
「だからそう言ってんじゃねぇーか。いい加減現実を受け入れてくれよ」
全然信じようとしないから語気を強めると、獣王は凛としている見た目に反して酷く動揺してしまう。
「すまない……余りにも別人に見えるのでな。それにしても驚いたぞ、生命力に溢れる精悍な青年だった勇者のお前がここまで堕落した姿に落ちぶれようとは……いったい何があったのだ? 風の噂で国を追放されたとは聞いていたが」
「色々あったんだよ」
「そ、そうか……まぁ今がどうであれ、お前が魔王を打ち倒した功績に変わりはないがな。我々獣人族も勇者一行には感謝している」
「ありがとよ」
嬉しいこと言ってくれるじゃない。
国民の多くは「勇者の晩節を汚しやがって」みたいな罵倒を浴びせてきたのによ。やっぱり持つべきものは戦友だよな。
「シスコやガルガンティアもいるのか?」
「あいつ等はいねぇよ。シスコは聖教国で働いて、ガルは旅に出てるぜ」
「それは残念だ。折角なら二人にも会いたかったのだがな」
「とりあえず座ったら。お茶でも飲んでゆっくり話しましょう」
「うむ、いただくとしよう」
クリスが促すと、豪奢な客椅子に獣王がどしんと座る。結構大きい椅子だけど、あくまでも人間用だからライオスが座ると少し窮屈そうに見えるな。
「それで、今回はどんな要件があって来たの? それも獣王が直々に、だなんて」
「なに、大したことはない。久しぶりに戦友の顔でも見ようと思ってな」
「そんなこと言って、本命は娘さんのことでしょ?」
「うっ、お見通しのようだな。実はそうなんだ。娘のレオナが少し気になってな」
はは~ん、そういうことだったのか。泣く子も黙る獣王様も所詮は親バカってことかい。
俺は服をめくってレオナにボコられたところを晒しながら、父親に文句を吐ける。
「なぁ獣王、アンタんとこの不良娘どうにかなんねーか? 問答無用で殴りかかられてこの様なんだけど」
「それはすまない。レオナは一人娘なだけあってうんと可愛がってしまってなぁ。それでいて幼少の頃から武の才に長けておるから手がつけられんようになったのだ。今では獣王である私でさえ手に負えなくなっている有様だ。我ながら我儘に育ててしまったと反省している」
「アンタが手に負えないとなると……それもう獣王国で一番強ぇじゃねぇか」
「情けないがそうなるな」
マジかよ……そりゃあんだけ態度もデカくなるわな。屈強な獣人族でも手に負えないほど強えんだからよ。
はぁとため息を吐くライオスは、獣王の威厳なんか全くねぇ様子で口を開く。
「本当は学校にも入学させたくなかったのだ。名のある士族と結婚でもしてくれればとな……性格はアレだが、レオナは妻に似てとても美人で人気なんだぞ」
(見てくれだけはな……)
ちょっと親バカ目線もあるだろうが、俺から見てもレオナは容姿が優れていると思うぜ。性格が強気なところも獣人にとっちゃプラスかもしれねぇし。
俺はあんなのが嫁なんて絶対嫌だけどな。尻に敷かれるどころの話じゃねぇぞ。
「そういや入学したのも婿探しがど~とかクリスが言ってたな」
「そうなのだ。レオナが自分より弱い相手とは結婚なんてしないと言うから、長男の提案で仕方なく人間の学校に入学させたのだ」
「そこまでして強引に結婚させなくてもいいんじゃないかしら」
「クリスの言う通りだ。本人が乗り気じゃねぇのに周りがあーだこーだ言ったって聞きやしねぇだろ。それもまだ十六とか十七のガキんちょだろ? 結婚はまだ早ぇって。大体、こいつなんてアラサーなのにまだ結婚してねぇんだぞ」
「結婚してなくて悪かったわね。遊んでたアンタと違って私は結婚する暇もなく忙しかったのよ」
「いひゃいいひゃい」
クリスに余計なこと言ったら頬を引っ張られた。しかも抓りながら引っ張ってるぞこいつ。だから結婚できねぇんだよ。
ライオスに助けてもらおうと目線を送ったら、なにやら驚いたような顔を浮かべていた。
「なんだよその顔、何か言いたげだな」
「いや、てっきりお前達はそういう仲だと思っていたのでな。なんだ、結婚してなかったのか」
「誰がこんなうるさい女と結婚するかよ」
「私だってアンタみたいなクズニートと結婚なんて願い下げよ」
「そうか、お似合いなのだがな」
「「どこが」」
こいつと結婚なんかしたら一生尻に敷かれてお終いだわ。つ~か俺は結婚できないクリスと違って婚約はしてたんだぞ。それも相手はこの国の王女様だ。
まぁ、俺の女遊びが国王にバレて婚約も破談になったんだけどな……。
「逆に聞くけどよ、アンタは何でそんなにあいつを結婚させたいんだ? 親がガキの結婚にまで口を出す必要はねぇだろ」
「それは勿論、幸せになって欲しいからだ。我々の時代は魔族との戦いに明け暮れ、明日を生きることさえ難しかった。お前達が魔王を倒してくれて折角平和な時代がやってきたのだ。戦うことや強くなることを求めるのではなく、健やかに生きて欲しいと願うのは親として当然のことだろう」
「……そうね」
「平和な時代ね~。そんなの建前で、ただ単に可愛い娘に離れて欲しくないだけじゃねぇのか?」
からかうようにそう言えば、ライオスは口を噤んで黙り込んでしまう。
おいおい、冗談で言ったのにマジっぽいんだけど。こいつどんだけ娘のこと好きなんだよ。
「でもま、その婿探しもダメそうだけどな。あの不良娘、入学早々男共を軒並み薙ぎ倒しちまったみたいだぜ」
「う~む……ではやはり国に連れ帰るしかないか」
おいおい……本気で言ってんじゃねーよなこの親バカ。
あの我儘な不良娘が素直に言うことを聞くとは思えねーんだけど。大体アンタより強いなら無理矢理連れ帰ることだってできねーだろ。
「まぁその話は後で考えることにしましょ。それより獣王、アナタまさか護衛も付けずに一人で来た訳じゃないわよね?」
「流石にそこまで不用心ではないさ。まぁ、衰えたとはいえその辺のゴロツキに遅れを取るほど柔ではないがな」
「そらそーだ」
「一番上の息子を連れてきている。いずれ私を継いで獣王になるので、学校に来たついでにこの国の王にも挨拶しようと思ってな」
「そうだったの。で、その息子さんはどこにいるの?」
「レオナを連れてくると言っていたのだが、そういえばまだ来ないな」
「……」
単に探し回ってまだ見つかっていないか、見つかったけど父親に会いたくないのか。
「ちょっとアレン、二人を探して呼んできてよ」
「え~~~俺~~~!?」
「文句言ってないで少しは仕事しなさい。じゃないと借金減らさないわよ」
「へいへい、行けばいいんだろ行けばよ」
「借金とは?」
「ふふ、後で話すわ」
ちっ、何で俺がこき使われなきゃいけないんだよ。
やっぱ教師になんてならずにとんずらしておけばよかったぜ。