14話 レオナ(後編)
「オラオラどうした! その程度かよ!」
「俺の負けでいいから! もう許してくれ!」
「ちっ、ンだよ。学校も歯応えがねぇ奴ばっかじゃねぇか」
オルトラール魔術学校に入学したオレは、入学早々男子生徒に片っ端から勝負を挑んだ。最初に男子に限定したのは、婿探しっつう名目のためだ。オレは結婚なんてどうでもいいけどよ、学校に入学するって理由でアニキと約束しちまったから一応やっただけだ。
けど、男共はどいつもこいつもザコばっかでまるで歯応えがねぇ。仕方ね~から教師陣にも勝負を吹っ掛けたが、オレに敵う野郎は一人もいなかった。
「ふざけんじゃねぇ! 学校は強ぇ奴がわんさか集まってくるんじゃなかったのかよ! 聞いてた話と違うじゃねぇか!」
オレよりも腕っぷしが強い奴がいると思ってここに来たのによ、これじゃあ何の意味もねぇじゃねぇか。
オレは強い奴と戦って、今よりも強くなりてーんだ。なのに何だよこれは。
学生だけじゃなくて、教師に共でさえレにビビり散らかしてるしよ。
情けねぇ……それでも大人かよ。
クソ、やっぱ人間の国に来るんじゃなかったぜ。
センコーに呆れたオレは、授業をバックれるようになった。オレより弱ぇ奴に教えを乞うことなんて何一つねぇしな
「ちっ……つまんねぇ。学校なんか辞めてどっか行っちまうか」
そんな考えが頭に浮かんだ頃、ある噂を耳にする。
何でも、オレのように手に負えない問題児が他に四人いるらしい。どうやら全員女子で、めちゃくちゃ強ぇそうだ。
オレは男共としか勝負をしなかったから、女子に強ぇ奴がいることは知らなかった。
「面白ぇじゃねぇか。一丁相手になってもらうとするか」
と意気込んで勝負を吹っかけたものの、全く相手にされなかった。
のほほんとしてしているセシルには「興味ありません」と断られ、どこで何してるかわからねぇゼノビアは「止めておいた方がいい」とか訳わかんねぇことぬかしてくるし、本ばっか読んでるパティのクソガキは「時間の無駄なの」とか調子こいたことを言ってきやがる。
けど、ステラだけはオレと戦ってくれた。
「ははっ! やるじゃねぇかお前!」
「アナタもね!」
初めて全力で戦い合える奴を見つけた。
ステラはマジで強ぇし、なにより速ぇ。オレより動くのが速ぇ奴と戦うのは初めてだった。決着はつかなかったが、全力を出し切れてすっげぇ満足だったぜ。
「はぁ、はぁ……ステラっつったか。お前、中々良いじゃねぇか。また戦ろうぜ」
「はぁ、はぁ……ええ、いつでも相手になるわ」
それからもオレとステラは時々模擬戦をする仲になった。
ステラ以外の三人とは結局戦えなかったが、あいつらが強いことはなんとなく感じていた。
オレが学校を辞めずにいたのは、オレと張り合えるあいつ等がいるからだったんだ。
「【五人の魔女】? なんだそれ」
「私達五人のことよ。生徒達がそう呼んでいるらしいわ」
いつからかオレ達は、生徒達から畏怖を込めてそんな風に呼ばれていた。
一括りにされるのは徒党を組んでいるように思われて正直気が進まねぇが、一々騒ぎ立てることでもねぇだろ。
「新しく来る校長が、あの勇者一行のクリスティーナだって?」
「どうやらそのようだ」
「マジかよ」
【五人の魔女】と呼ばれるようになって一年を迎えた頃、ゼノビアからオレ達四人に声がかかったと思えば突然そんなことを言ってきやがった。
ってかこいつ、どっからそんな情報手に入れてんだよ。
いつの間にかセイトカイチョーとかになってるし、こんな広い部屋を手に入れていつも一人で使ってるしよ。オレ達のボス面してるのもなんか気に食わねぇぜ。
まぁ今はこいつのことはどうだっていい。
問題は勇者一行の方だ。オレはガキの頃に一度会ってるし、実際に戦ってるところも見た。凄ぇ魔術をバンバン使っていた印象がある。
何よりもあの勇者と魔王を倒した英雄の一人だしな。
「へへ、ちょっとは楽しくなりそうじゃねぇか」
「ええ、会うのが楽しみね」
「……だといいがな」
俺とステラは喜んだが、他の三人は反応が微妙だった。ゼノビアに関しちゃ余り期待するなよって感じだし。
意味わかんねぇと思っていたが、ゼノビアの言っていたことは強ち間違いでもなかったんだよ。
「今の私の力はこんなもんよ。アナタ達には及ばないわ」
「嘘だろ……おい」
確かにクリスティーナ校長の魔術は凄ぇよ。
けど校長が使う魔術は十年前の旧世代で止まっていてよ、進化と発展を遂げた現代の魔術を使っているオレ達には相手にならねぇんだ。
魔術に関しちゃパティのクソガキの方がずっと上回ってるぜ。そこら辺の生徒なら十分相手になるが、【五人の魔女】にとっては時代遅れのロートルに過ぎねぇ。
生徒に対する態度だってへりくだって威厳なんか何一つねぇし、正直ガッカリしたぜ。それでいて授業にはちゃんと出て欲しいとか頼んできやがるから面倒臭ぇったらありゃしねぇ。
終いにはオレ達に言うことを聞かせる為に男性教師を送り込んでくるしよ。
まぁ、まとめて返り討ちにしてやったがな。
それでもまだ性懲りもなく新しいセンコーがやってくるそうだ。
けど今回は今までと話が違ってくる。なんてったってそのセンコーは――。
「まだ確定ではないが、どうやらあの“勇者アレン”を学校に呼び込むらしい」
――そう。
次に来るセンコーはあの勇者アレンだった。オレを助けてくれて、オレが憧れた勇者。
「はっ! 面白ぇじゃねぇか! 勇者だろうが何だろうがオレの敵じゃねぇ。来るなら来やがれってんだ」
勇者と会えると聞いて嬉しかったし、強くなったオレを見て欲しいって気持ちが溢れまくった。久しぶりに感情が昂ぶりまくったぜ。
けどよ、そんなオレの気持ちは一瞬で砕け散っちまったんだ。
「ど~も~、元勇者で~す」
「……は?」
全くの別人が現れた。
みすぼらしい見た目に、緩みきった肉体。顔だけは辛うじて一致しているが、かっこよかったあの頃の勇者とは似ても似つかねぇ。別人と言われた方がまだマシだったぜ。
あんなおっさんが勇者アレンだなんて信じられなかった。いや、信じたくなかった。
ステラと模擬戦をしたが、一瞬でやられていた。
そりゃそうだぜ。あんなダルダルの身体でステラの速さに反応できる訳がねぇだろ。
「ちっ……カスがよ」
見るに絶えず、オレはその場から去った。
ガッカリどころじゃねぇ。怒りでどうにかなりそうだった。あの場に居たら勇者を殴り殺しちまう。
クソ……クソ野郎!
何であんな風になっちまったんだよ!
アンタ、もっと凄かっただろーが!
「ステラと……あれは勇者か? 二人で何してんだ?」
変わり果てた勇者に幻滅してから数日後。
ステラと模擬戦をしようと探していたら、訓練場にいるステラとクソ勇者を見つけた。木剣同士の組手が始まったが、クソ勇者はステラの太刀筋を見切っているのかなんなく対応していたんだ。
「ンだよ……まだやれんじゃねぇかクソ勇者」
魔鎧を使ってねぇステラは本気じゃなかったが、それでもあいつの剣速についていける奴はこの学校に居ねえ。
まだ完全に落ちぶれた訳じゃね~んだと嬉しくなったオレは、クソ勇者に勝負を挑んだ。
「おい、なにコソコソ楽しそうことしてんだよ。オレにも相手してくよ」
「あん? げっ……」
けど、クソ勇者は全く引き受けねぇ。
ステラはよくてオレはダメなのかよ……ムカつくぜ。煽っても全然乗ってこね~から、とりあえず殴りかかってみた。
ステラのように強化を使わないでやったが、クソ勇者は防ぐだけで精一杯で全然反撃してこねぇ。
「ちょ、マジでタンマ。はぁ……はぁ……もう限界、少しでいいから休ませてくれ」
「はぁ?」
それどころか、ちょっとやっただけでもうへばっちまった。
肩で息をして、膝に手をついて待ってくれと頼んでくれる情けねぇ姿を目にしたオレは、ガチでキレちまった。
「……舐めるのも大概にしやがれ!」
「ごふっ!?」
「ウルファング!」
オレの本気の攻撃にクソ勇者は反応することができずやられるがまま。地面にぶっ倒れているクソ勇者にのしかかり、胸倉を掴み上げて叫んだ。
「……ざけんじゃねぇ。ふざけんじゃねぇぞテメエ! なにやってんだよ、もっと本気を出しやがれ! 真剣に戦えよ!」
「悪いな……真剣にやってこのざまだよ」
「嘘吐くんじゃねえよ! 勇者はもっと強かっただろーが! こんなザコなんかじゃねーだろ!」
オレを助けに来てくれた時の勇者はこんなんじゃなかった。
四天王と戦っていたアンタはもっと強かったはずだろ。
なぁ、頼むから嘘だと言ってくれよ……。
頼むから、もっと本気でやってくれよ……。
そう訴えても、クソ勇者は申し訳なさそうな情けねぇ面を浮かべてこう言った。
「ザコになったんだよ」
「――っ!? クソったれが」
こんなクソ野郎に期待していたオレが馬鹿だったぜ!
こいつはもうあの時の勇者なんかじゃねぇ。身体も魂も汚れきったただのおっさんだ。
「はっ、もうどうでもいいわ。その面、二度とオレに見せるんじゃねぇぞ」




