13話 レオナ(前編)
「はっはっは! レオナは強いな!」
「うん、オレは誰よりも強くなるぜ! オヤジだってすぐに倒してやるからな!」
「はっはっは! それは楽しみだな!」
十年以上も前のことだ。
大きな手で頭を撫でられ褒められたガキのオレは、オヤジにそう宣言した。
オレが生まれた獣王国は、獣人による獣人のための国だ。
人間は勿論、他の種族にだって干渉しねぇ。襲撃してくる魔族にだって屈さず、自国の武力だけで返り討ちにしていた。
そんな誇り高ぇ国を纏めているのがオレのオヤジだ。
王者の如く凛々しく、皆に敬われ、誰よりも強くてかっこいいオヤジに強烈な憧れを抱いていた。
オレもいつかオヤジのようになりてぇ。いや、オヤジを越えてやるんだってな。
早く大きくなりたくていっぱいご飯を食べたし、修行だって真面目にやった。ガキ同士の喧嘩じゃ負け知らず。大人にだって負けやしなかった。
オレの相手になるのは、沢山いるアニキたちぐらいだったんだ。
自分で言うのもなんだが、ガキが調子に乗るのも無理ねぇよ。
自分より強い奴なんてこの世にオヤジぐらいしか居ねえと高を括ってたんだ。
同年代とはつるまず、アニキの言う事も聞かない早めの反抗期に突入。周囲からは「とんだじゃじゃ馬姫」「妹の癖に」「ガキの癖に」生意気な奴だと陰口を叩かれた。
気にしなかったと言われればそんなことはなかったが、ザコがいくら吠えようと負け犬の遠吠えぐらいに思っていた。文句があるんならオレに喧嘩で勝ってみろよってな。
そんな反抗期のオレの前に現れたのが、四人の人間だった。
アレンっていう人間は自分のことを勇者と名乗っていて、どうやら魔王を倒そうとしているらしい。そして獣王国と獣人に力を貸してくれって頼んできやがったんだ。
オレは魔王がどんな奴か知らねーが、オヤジが敵わないほど強いらしい。そんな相手に人間如きが魔王に勝てる訳ねーだろって鼻で笑ってやったぜ。
オヤジも勇者達と会うこともなく断った。「我々は他種族の干渉を受けない。これまでも、これからもだ」ってな。
当たり前だよな。人間と手を組むくらいなら死んだほうがマシだぜ。
門前払いをしてやったのに、勇者達も中々引き下がろうとしなかった。奴等は諦めようとせず、門の前に何日も居座って何度も交渉してきやがったんだ。
いい加減うざってぇな、オレがぶっ殺してやろうかってイラついていた時だった。突然、獣王国に魔族が侵略してきやがったんだ。
「グハハハ!! ワレは魔王軍四天王が一人、【暴虐】のクルーエル。目障りな獣人共よ、暴虐に滅ぼさせてもらぞ!」
侵略してくる魔族共に対し、獣人達は国を守る為に戦った。
だけど魔族も強くて、次々と仲間がやられちまった。特に魔族の中でも四天王って奴がハンパなく強くて、屈強なアニキたちが束になっても敵わず、オヤジでさえも敗北濃厚だった。
「オレが相手だ!」
「何をしているレオナ! 早く逃げるんだ!」
「嫌だ! オレは誇り高き獣王の娘だ!逃げるくらいなら戦って死んでやる!」
居ても立っても居られなかったオレは、倒れているオヤジの前に飛び出す。ガキが敵うはずねぇのに、オヤジたちを見捨てて逃げるくらいなら戦ってやるって息巻いたんだ。
「その意気や良し。ならば小娘、望み通り貴様からあの世に送ってやろう!」
「うっ……」
“死”が目の前にあった。
オレはあの時、初めて恐怖ってもんを知ったんだ。
対峙する四天王が山のように大きく見えて、闘争本能なんて一瞬で消し飛んじまったぜ。すぐにその場から逃げたいと思っても、身体がぶるっちまって動くことすらできなかったんだ。
「死ねぇい!」
「レオナ!」
「――っ!?」
四天王がオレに向かって拳を振り下ろした。死ぬのが怖くて瞼を閉じても、何故かオレは死ななかった。恐る恐る目を開ければ、勇者の顔が目の前にあった。そして勇者は、オレの頭を優しく撫でながらこう言ってくるんだ。
「偉いぞ、よく頑張ったな。君の勇気のお蔭で助けに間に合った」
「え……」
「後は俺達に任せてくれ」
「う……うん」
勇者達は助けに来てくれたんだ。
手を組むつもりはないと門前払いをしたのに、嫌がらせだってしたのに、あいつらはそんなの関係ないと助けてくれた。
人間なんかじゃあの化物に敵いっこねぇって思ったけど、任せてくれと言う勇者の笑顔で不安が全て吹っ飛んじまったんだ。
勇者アレンと仲間達は四天王と戦った。
今でもあの戦いはびっしりと脳裏に焼きついてる。死闘だった。どちらが負けてもおかしくはなかったけど、勝ったのは勇者たちだった。
かっこよかった。
剣を掲げて四天王に立ち向かっていく勇者の背中はたまらなくかっこよかった。
四天王は倒し切れず逃げられちまったが、魔王軍を撃退することができた。勇者達のお蔭で獣人は救われたんだ。
そのお礼に、オヤジは他種族とは干渉しないという掟を破って人間と同盟を組むことにした。勇者達と共に、獣人族も魔王を打ち倒すと決意したんだ。
それからすぐに、勇者一行が魔王を打ち倒したという噂が国中に広まった。
「すげぇ……すげぇよ勇者!」
感動に打ち震えた。
オヤジでも敵わない魔王をとうとう倒しちまったんだってな。
オレは勇者に憧れ、勇者のように強くなりたいと思うようになった。越えるべき目標がオヤジから勇者に変わったんだ。
それからのオレは反抗期も終わり、強くなるためにひらすら修行した。十五になった頃にはアニキたちですら相手にもならず、オヤジすら越えちまったんだ。
今ならあの時の四天王にだって勝てる自信はあった。
「つまんねぇ」
国で一番の強者になったはいいが、歯応えがなくてどこか退屈だった。もっと強くなりたい。もっと強い奴と戦ってみたいって思いが日に日に強くなっていった。
そんな時だった。
突然オヤジが「結婚でもどうだ」ってふざけたことを言ってきやがったんだ。
「ざけんじゃねぇ! オレより弱ぇ奴なんかと番いになってたまるかっての!」
「いいじゃないか。レオナと結婚したいと言っている奴は沢山いるんだぞ」
オレは断固反対したが、何故かオヤジも引かなかった。どちらも全く引かないでいると、一番上のアニキが妥協案を提案してくれた。
「だったらこうすればいい。レオナにはオルトラール魔術学校に行ってもらう。そこで婿探しをするんだ」
一番上のアニキはいずれオヤジを引き継ぎ獣王になる。その為に国外を回っていた。その時にオルトラール魔術学校と伝手ができたんだろうぜ。
「学校だぁ? 何でオレが人間の学校なんかに行かなきゃならねーんだよ」
「キングダムにはもうレオナに勝てる雄は居ない。なら他の国に行くしかないだろう? オルトラールは才能に溢れた子供達が多くいるそうだ。そこでなら、レオナよりも強い雄だっているはずだろう。オヤジはレオナを結婚させたい。レオナは自分より強い雄とでないと結婚はしたくない。両方を尊重するなら、その辺が言い落としどころだろう?」
「まぁ……うむ、でもなぁ」
「面白ぇじゃねか。いいぜ、その話乗った」
アニキの案にオヤジは渋っていたが、オレは乗ることにした。
丁度退屈してたところなんだ。強い奴が集まる学校に行くのも悪くねぇ。それに、オレより強い雄がいるなら結婚でも何でもしてやるよ。
「レオナ、気をつけて行ってくるんだぞ」
「何かあったらすぐ帰ってきてもいいんだからな」
「皆、行ってくるぜ!」
こうしてオレは、今よりも強くなる為に、そしてオレよりも強い奴を求めてオルトラール魔術学校に入学したんだ。