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11話 捨てたわよ

 



「あっ、やっと戻ってきたわね」


「えっ……」


 視界に飛び込んできた恐ろしい光景に驚愕し、声にならない声が漏れる。

 あ~だこ~だと小言を言ってくるクリスから逃げ、ちょい遅めの昼寝でもしようと部屋に戻ったのだが、ドアを開けた瞬間ステラの声が聞こえてきた。そんで何故かステラがいた。

 あれ、見間違いかな?


「ふぅ……」


 とりあえず見なかったことにして、そっと扉を閉じる。


「うん、多分気のせいだな」


 現実逃避してから、再び扉を開いて中に入った。


「ちょっと、何で閉めるのよ」


「見間違いじゃなかったか……」


 はぁ~と項垂れる。

 だからどうして部屋にいるんだよぉ、怖えから勝手に入ってくんなよぉ。


「っていうか先生、部屋の中汚な過ぎじゃない? 仕方ないから掃除しておいてあげたわよ」


「なんだって?」


 呆れた風に言ってくるステラに、俺は部屋の中を見回す。

 確かに、ゴミが散らかって歩く所もろくにないクズニートに相応しい汚い部屋がまともになっている。部屋の端にはパンパンに膨れたゴミ袋が置かれていた。


「あ、ありがとな」


「普段から綺麗にしておきさいよ。まぁ、たまには私が掃除してあげてもいいけど」


「はい……以後気を付けます」


 掃除してくれたのは助かるので、一先ずお礼は言っておく。

 するとステラは、怒っているようだが満更でもなさそうな顔を浮かべた。そこで俺は、気になったことを彼女に尋ねる。


「なぁステラ、ベッドの横に落ちていた紙もお前が掃除したの?」


「あぁ、あの丸まった紙? ちょっとシメってたけど私が捨てたわよ。えっ、捨てちゃいけないものだった?」


「……いや、大丈夫、全然」


「そう。鼻水をかぐのはいいけど、汚いから放置しないでゴミ箱にちゃんと捨てなさいよね。」


「はい……以後気を付けます」


 うわ~、あれ触っちゃったのかぁ。なんか申し訳ねぇというか罪悪感が凄ぇな。

 鼻水のゴミだと勘違いしているようだし、ステラの為にも本当のことは言わないでおこう。俺もちゃんと捨てるようにマジで気をつけるか。

 いやでも、まさか勝手に部屋に入って掃除するとは思わね~よな。


「そんでお前は何しに俺の部屋に来たんだ?」


 一番大事なことを問い質すと、ステラは真剣な表情を浮かべて、


「先生、私に剣を教えて」


「剣?」


「ええ。正直言うと、学校に来てからの私は自分が強いと驕っていた。でも、魔族との戦いで己の力を思い知ったの。こんなんじゃ全然駄目、私はもっと強くなりたい。いえ、強くならなければならないの。大切な誰かを守る為に」


「なるほどなぁ」


 ステラの言い分に納得する。

 これまで自分は学校の中で最強だと威張っていた小童が、魔族に殺されそうになり井の中の蛙だったと痛感した訳か。


 良い傾向じゃないか。このままじゃ駄目だと頭を切り替えられたなら、それがステラにとっては大きな一歩になる。

 だから今までサボっていた授業も今日は出てきたし、今もこうやって俺に教えを乞いに来ている。


 なら俺は、教師としてステラの希望に応えなくちゃいけないんだろうが……。


「う~ん、その相談には乗ってやれんかもなぁ」


「なっ、なんでよ!? 教えてくれたっていいじゃない! ケチ!」


「ケチって……教えてやりたいのはやまやまなんだが、剣に関して俺がお前に教えることはマジで一つもねぇんだよ」


「え?」


 幼い子供のようにプンプン怒ってくるステラにそう告げると、言っている意味がわからないといった顔を浮かべる。キョトンとする彼女に理由を説明する。


「俺は剣を扱ってきたが、適当に振り回しているだけで剣術なんて上等なもんじゃねぇんだ。お前の方がしっかりとした剣術だし、才能も俺なんかより段違いに筋が良いぜ」


 これはおべっかじゃない。

 俺が今まで出会ってきた凄腕の剣士の中でも、ステラの剣術は見劣りしていない。この若さでここまで極められたのは、才能だけではなく彼女の研鑽の賜物だろう。


「そ、そうかしら……」


 素直な本音を伝えると、ステラは照れくさそうに頬をポリポリと掻いた。

 ちょっとは可愛いところもあるじゃないかと思いながら、続きを話す。


「だから剣について俺から教えられることは何一つない。そもそも、授業でお前に瞬殺された弱い俺がどうやって剣を教えるんだよ。お前もそう思ったから、俺に対して早々に見切りをつけたんだろ?」


「うっ……」


 自分でも自覚があるのか、気まずそうに顔を背ける。

 元勇者の俺に期待していたが、想像を遥かに越えた弱さで落胆しちまったんだろう。それで、教えを乞う価値はないと判断したんだ。


「で、でも……先生はあの強敵の魔族を圧倒したじゃない。それって、私との模擬戦は手加減してたってことでしょ?」


「十年のブランクは確かにあったけどよ、手加減は一切してねぇぜ。あれが正真正銘今の実力だよ」


「嘘でしょ?」


 疑わしい眼差しを送ってくるステラに、俺は「嘘じゃねぇって」と言い続けて、


「あのな、力ってのは何もしないと衰えていくもんなんだよ。だから“日々の鍛錬”ってのは凄ぇ大事なんだ。努力や鍛錬ってのは力を伸ばしていくだけじゃなくて、衰えさせないためでもあるからな。十年クソニート生活をしていた俺が強い筈がねぇだろ? 見ろ、この弛んだ腹を」


「わかったから、わざわざ見せなくていいわよ」


 シャツを巻くってぽよんぽよんの中年腹を抓みながら見せると、ステラは汚物でも見るかのように視線を背けた。


 まぁ、俺は鍛錬なんて一度もしたことないけどな。

 その日を生きていく為に魔族や魔物共と戦って戦って、戦いまくっていたら勝手に強さを身に着けていた。そういうパターンは俺以外にも沢山いる。つ~か戦時下は殆どそうだっただろう。

 鍛錬をする奴は武術家みたいな奴等か、戦争が終わって平和になってからの方が圧倒的に増えたと思うぜ。


「じゃあ、あの魔族を倒した時はなんだったのよ」


「あれは魔族が俺のことをザコだと決めつけていたから、その隙を突いただけだ。けど魔族もバカじゃねぇ、俺がそこそこやると分かったら警戒しちまう。だから俺は初撃に全てを懸けたんだ。言ったろ? 強い奴が勝つんじゃねぇってな」


「そうね……それは身に染みているわ」


「それにもし初撃で仕留めきれなかったら、逆に俺が殺されてただろうな」


 あの時はステラ(ガキ)がいた手前余裕ぶっこいていたが、正直ヤバかった。初撃を躱されたら打つ手はなかっただろう。

 が、やれる自信はあった。そこはまぁ魔王を倒して世界を救った元勇者としての経験だわな。


「それに、倒した後俺は動けなかっただろ? たったの一撃放っただけで、お前に肩を貸してもらわなかったら立ち上がれないぐらい身体にガタがきちまったんだ。情けねぇ話だけど、そんな無様な俺がステラに剣を教えるのは無理だってこった」


「……」


 はっきり告げると、ステラは悲しそうに俯いてしまう。

 強くなりたいとわざわざ俺に教えを乞いに来たのに、無理だと言われて残念に思っているんだろう。


(仕方ね~な)


 胸中でため息を吐くと、ステラに提案する。


「まっ、折角やる気を出したんだ。このまま帰すのも悪いからちょっとだけ付き合ってやるよ」


「本当!?」


「まぁな。掃除してくれた分くらいはやってやるよ」


「ありがとう、先生!」


 鍛錬に付き合ってやると告げると、ステラはあからさまに喜んだ。

 初めは態度悪いしクールな奴だと思ってたけど、表情コロコロ変わるし結構面白ぇな。

 でも怖いから勝手に部屋に入るなってことはしっかり注意しておこう……うん。


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