湿原のラスタファリズム(中編)
『『『ヤーマン!』』』
観賞用BGM:https://www.youtube.com/watch?v=rzRqEWJYwX4&list=RDrzRqEWJYwX4&index=1
〜ホロホロ湿原ダンジョン〜
〜大麻の煙流れる沢〜
『……次からはガスマスク必須かな……』
『フィルターマスクだけじゃ限界来るかも』
『そのせいか私達意外は居なさそうだけど』
イチカの言葉にアイカは頷く。
『恐らく……この煙が他の探索者を遠ざけて来たんでしょうね』
『昔は観光地としてはそれなりに有名でしたが、今は湿原がどうなってるか予測が付きませんね』
レナはPCを開いて言う。
『……衛星通信のテザリングが出来なくなってる』
『外部との連絡が出来ないかも』
『衛星通信って……あの【テラリンク】?』
『うん……』
『ホントは余り使いたくないけど、一番通信環境が良くてコストも低いのよね……』
ヨハンは流れる沢の中を歩きながら言う。
『最早それ無しには軍事作戦や、船舶の航行すら成り立たない……』
『【エグレゴール】は今や西側の流通を掌握しかけている、と言っていいだろう』
『いや……ラロシェルがか』
クリチカは、デコレーションされた銃のグリップを握り直す。
『アイツが掌握してるのは……流通だけじゃない』
『人間の命すら弄り回し始めてる』
『指揮官が何故あんな胡散臭い奴に従ってるのか……分からないわ』
ゲオルグは泳いで来たニジマスを手で掬って言う。
『そりゃあ……お前等の為じゃねぇか?』
『……!』
彼はニジマスを【ソード・オブ・グラム】で突き刺し、黄金色の炎で焼き上げる。
『要はお前等が人質に取られてて、その命をネタにカラス野郎が脅されてんだろうな』
『お前等はアイテムを持っている感覚もあるが、持っている感覚がしない』
『うーん……なんか線が繋がらないな、なんつったら良いのか……』
イチカが彼の言葉をフォローする。
『……まさか……人造アイテム』
『いや、そんなモノ作る技術あるのかな……』
『あるとすれば、もう人知を超えた領域に踏み込んでる……』
フェルゼンは軽自動車並みにデカいリュックを、平然と持ち上げながら言う。
『恐らく……その人造アイテムには専門のメンテナンスが必要なのでしょう』
『そしてその方法はデーフェンテル氏だけが独占しているかと』
『そうではなくて?レナさん』
レナは足を止め、立ち止まる。
『……そうよ』
『私達はあの仮面野郎に生かされてる……』
『何処に居ても……アイツの垂らした糸が手足に付いている気がするの……』
アイカは【M99カリュドーンライフル】を下して言う。
『……そのメンテを受けないとどうなるんです?』
『人間じゃなくなる』
『精神と共に体が変質し、急速にアイテムになっていく』
『【実験場】に居た研究員からはそう聞かされてる……』
アイカは僅かに眉間にシワを寄せる。
『……実験で何人犠牲になりました?』
『……100から先は数えるのを止めたわ』
『どれだけの死を見せられたか分からない』
『集められていたのは……皆身寄りのない孤児や、貧困層出身の子供達よ』
『当然……戦災孤児の私達もね』
『かぁ~~……ぺっ!ってカンジですね』
『度し難さ純度100%ですよ』
レナは半ば驚いた薄黄色の目で、アイカを見る。
『アンタ、そういう人だったんだ……』
『意外とい……』
【私は殺し合いさせられましたからね】
【そういうのは心底嫌いなだけです】
『『『……!』』』
一同が驚く中、アイカはレナに言う。
『今、お前が生きているのは誰かが命をくれたお陰ですよ』
『その誰かに感謝して生きると良いです』
『……分かってる』
『分かってるわ……』
アイカは言葉を続ける。
『私はある方から聞きました』
『【人も含めて動物は何かを奪う事、食う事で生きている】、と』
『だけど同時に【相手の命に感謝し、無駄にしてはならない】、とも仰ってました』
『……』
『……その人はどうなったの?』
『宙で山の神様とハネムーン中ですよ』
『最高の狩人でした(にっ)』
イチカは穏やかな笑顔でアイカの肩を撫でた。
アイカはイチカの胸元に擦り付いた。
ゲオルグとフェルゼン、ヨハンは感心したように頷く。
『こんなロマンチックな事がこのワン公に言えたとは……』
『俺の目もまだまだだぜ』
『アイカさんはやはり可愛げがありますわね❤️』
『フ……狂犬にも五分の魂という奴か』
『オメーら私をバカにしてます??』
『特に最後』
クリチカはアイカに言う。
『それと似たような言葉をオンタリオのクラウン・ランド(※1)で……』
『あるハンターから聞いた事があります』
ヨハンが身を乗り出して反応する。
『ほう』
『面白いな、洋の東西で言う事が似るとは』
『どんな男だ?』
『元々アメリカ軍の兵士で専門の狙撃兵をやっていた、と』
『イラクにもアフガンにもウクライナでも従軍した、と言ってました』
『歳は貴方と近いぐらいです』
『専門の狙撃兵で、歴戦……』
『恐らくは元特殊部隊所属だろう』
『それならその言葉は正確だ』
アイカは3キロ離れた場所から、捕虜を狙撃された時の事を思い出す。
(まさか──)
(いや、流石にそれは出来過ぎというモノです)
(けど相まみえてみたいですね。何時か、ですが)
その時、ゲオルグが何かに反応して剣を構える。
『全員止まれ』
『煙の向こうに誰か居やがる』
イチカを始め、皆武器や拳を構えた。
すると、レゲエのBGMが周囲に流れ出した。
『ヤーマン!!』
『歓迎するぞ、バビロンから逃れて来た者達よ!』
青い煙が少しだけ晴れ、ドレッドヘアの黒人男性が現れる。
ゲオルグは首を傾げる。
『バビロン??』
『自分を抑圧するクソなシステム全てさ、プリンス』
『ほーん……良く分からんけど納得した』
『俺は地球上で一番自由な空の男だぜ、ドレッドマン』
『抑圧とは生まれ付き無縁だぞ』
ゲオルグはドレッドヘアの男へ手を差し出し、男は笑顔で握手し返した。
そしてドレッドヘアの男はイチカへ手を差し出す。
『バビロンに虐げられし、混血の娘よ!』
『私はお前を心から歓迎するぞ!』
イチカは恐る恐る彼と握手した。
そして彼女はユンユンからの紹介状を取り出す。
『なるほどな、ユンユンからか……』
『人の縁は異なもの、味なものだ』
彼は笑顔で紹介状を一瞥し、ポケットへ仕舞った。
イチカは彼の顔を覗き込みながら言う。
『えーっと……お名前は?』
『ボブで通ってる』
『私のハウスに案内しよう』
『お前達を歓迎したい』
アイカは晴れた霧の向こうを見つめながら言う。
『ダンジョンに住むとか、考えた事も無かったですよ……』
ボブはレゲエのリズムを取って歩きながら、彼女へ言う。
『バビロンの泥と闇から生まれし猟犬よ』
『新しい主人と土地はお前の視野と人生を広げ、心を救けてくれているか?』
『……ええ』
『私はこの土地に来て救われてます』
『けどこの土地に導かれたのは、イチカさんのお陰です』
『だから私はイチカさんに心から感謝しているんです』
『One Out Of Many(多くの部族から一つの民に)』
『どんな過去や背景を持った人間であれ、一つの場所に受け入れる』
『お前の主人である混血の娘は、それだけの優しさと情け深さを持ち合わせている』
『おお!今日と言う日に感謝したい気分だ!』
ボブは先行して歩き、一行はその後をゾロゾロと付いて行く。
『皆!唱えようじゃないか!』
『ヤーマン!!と!!』
『『『ヤーマン!!』』』
レナ以外の皆はボブの言う取りに唱えた。
彼女は薄い胸を抑えながらボブに尋ねる。
『や、ヤーマンってどういう意味なんですか……?』
『意味を知らなければ、言えない言葉などないさ』
『混血の娘2号よ』
『に、2号……!』
『まぁ敢えて言うとするならば、他者を肯定する掛け声さ』
『さぁ!』
レナに皆からの注目が集まる。
彼女の顔はたちまち赤くなる。
『や、ヤーマン……(小声)』
『これがレナちゃんの今の精一杯です』
『応援ありがとうございました』
『あああああ(頭を抱える)』
レナはイチカの後ろに隠れてしゃがみ込んだ。
~ドイツ~
~ラインラント=プファルツ 州~
~ラムシュタイン空軍基地~
『部隊の準備は順調ですか?クレイエル』
『私の目には問題無い様に見えますが』
場違いなまでに落ち着いて穏やかな声へ、椅子に座っていた黒髪青目の男が反応する。
『……ラロシェルか』
『まだ対マルファを想定した訓練が幾つか残っている』
『部隊全員の休養ローテーションも完了してはいない』
『最終的に【魔女】と事を構える以上、僅かな綻びも許す事は出来無い』
『そうですか。最後の最後まで仕上げ切る積りですね』
『相変わらず非常に真面目かつストイックで、頼りになりますね』
『貴方のような労働倫理と勤勉さを、我が社の社員全員が持てれば良いのですが』
ラロシェルは汗だくになっているクレイエルの隣に座る。
クレイエルは巨大な黒い機体を、じっくりと見据えながら言う。
『……何かあるな』
『話すのなら今の内だ、ラロシェル』
ラロシェルは笑みを崩さずに答える。
『まず一つ』
『ヴェルミーナが覚醒し、【ベリアルナイン】がパワーアップした事』
『そして二つ目』
『日本の政府機関内に、包括的な軍事力を指揮可能な存在が現れた事』
『……』
『そして三つ目』
『レナ及びその小隊との通信が途絶した事』
『──』
『お前はこの状況で私に何をさせたい、ラロシェル』
『国家解体の戦争など仕掛けられる状況では無い』
しかし、ラロシェルは口元を緩めたまま首を横に振る。
『結論を急がないで下さい、クレイエル』
『ヴェルミーナは覚醒し、【降下機甲猟兵大隊】はダンジョンを攻略したものの……』
『消耗からは回復出来ていません』
『更に……』
彼は指で日本地図を宙に描く。
『あの国に柔軟かつ、融通の利く指導者と軍が現れるのは、まだまだ先の事』
『そしてレナですが……』
『彼女はダンジョンに潜っています』
『衛星画像で湿原に至る林道に入った所まで、こちらで確認出来ています』
『……何故通信が途絶している』
ラロシェルが指で四角形を描くと、そこに立体映像が表示された。
彼は森の中の、青い煙に覆われた部分を指さす。
『この青い煙が原因です』
『推測ですが、この煙には外部からの波動干渉を弾く効果があります』
『彼女はそこに居るのでしょう』
『……一応の納得はした』
『【魔女】は?』
『核戦力の移動を極秘裏に始めています(私には筒抜けですが)』
『しかし、合理的な理由も蓋然性も認められない』
『彼女は【感情】で核を使おうとしているのだけは確か、かと』
クレイエルは海の様な青い目を、ラロシェルの極めて整った横顔へ向ける。
『その情報を鵜呑みにする事は流石に出来ない』
『そこに至るまでの経緯が判然としない』
『ラロシェル。お前は重大な何かを見落としている可能性がある』
『私が……見落としている……』
『いや、いいでしょう』
『あの【黒い鳥】の意見なら、聞く価値が大いにある』
クレイエルは水を飲み、汗を拭きながらラロシェルへ言う。
『レナは自分が信用しない人物、信頼しない人物へ付いて行く事はまずない』
『彼女は私や仲間以外信用などしないし、それ以外へ向ける言動は全て作り物だ』
『分かっているとは思うが、お前も信用されてはいない』
『……』
『レナは自分の弱さや幼さを知られる事を、極端に恐れている』
『生き延びるには……』
『自分が一番苦しく辛い選択肢を取るしかない事も、あの歳で理解してしまった』
『だが……レナは初めて、私以外の人間へ付いて行き、身を預ける事を選択した』
『──!』
『そんな人物が並の存在である筈が無い』
『私の直感に賭けて言う』
『その人物はマルファにも関わっている可能性が高い』
ラロシェルは目を大きく見開く。
『ハハハ……面白い……』
『実に……面白い……!』
『その話、詳しく聞かせて頂けませんか?』
紫色の瞳は驚きと知性、そしてタガの外れた好奇心に満ちていた。
※1
カナダオンタリオ州にある王領の狩猟地。しかし王領というのは名目上で、実質的には連邦政府の所有する土地となっています。
クマやヘラジカのハントで有名な土地です。
クリチカは射撃の腕を磨くため、度々バイクでこの場所を訪れています。
やはり宵越しのカネは持たないタイプだなぁ。
彼女が会った元アメリカ軍兵士のハンターとは、クエイドの事です。
彼はカナダで一時期隠遁生活をしていました。
そして胡散臭いジャマイカ人ご登場です。
【バビロン】の意味には幾つか解釈がありますが……
基本的には自分達を抑圧して来る、警察や政府や支配システムクソ!みたいな意味があります。
一番端的かつ象徴的な例を挙げると四十万ですね。バビロンの象徴みたいな女です。
やっぱおもしれー女……
ボブはラスタファリアンの直系で、自身もラスタファリアンです。
無論、大麻も吸いますがあくまでも瞑想や儀式、友と語らう時しか使いません。
メタンフェタミンやフェンタニルなどは邪道中の邪道として、嫌っています。
あくまでもナチュラルなブツを尊重しています。
これは食品や医薬品に関しても同様の姿勢です。
またこの話は次回に。
そしてまたまたラロシェルです。
ここまで来るともうただのちょっかいですね。
何故ならほぼ事情が分かってるのに、態々来るんですから。
クレイエルの事が気に入ってるんでしょうか。
イチカはとうとう彼に存在を知られてしまった。
面談の途中で服を脱ぐリクルーターが、イチカハウスにやって来るかもです。
やっぱり自ら足を運ぶのは重要かも。
インテリ系イケメンとアスリート系イケメンの組み合わせ……
最高だぜ。
水面下でバチバチにやり合ってると、尚良い。
ここからでしか得られない栄養は確実にある。
ここまでお読み下さりありがとうございました。
「面白かった」「次も期待している」
「ソード・オブ・グラム便利だな」「ラロシェルは一線からスタートなのか?」
「果汁100%みたいに言うな」「レナは頑張ってるな……」「アイカはマジで成長してる」
「スナイパー対決は見てみたいかも」「相変わらず王子はコミュ力高い」「ヤーマン!」
「ラロシェル楽しそうだな」「相変わらず四十万の評価が高い」
「ラロシェルの情報力が高過ぎてビビる」「確かにマルファお姉さんの敵だわコレ……」
「遂に見つかってしまったか」「最高だぜ」
と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。
宜しくお願い致します。




