不器用なコンストラクション
先に貰うぜ、魔女の首
取ったら食わしてやるよ、ワン公
~イチカフォートレスシティ(第一段階)~
~イチカハウス・離れのプレハブ~
「……」
「……」
イチカと女親方は互いに5分以上も睨み合っていた。
テーブルには設計図やデザイン図が広げられており、それらが境界線と化していた。
レナは思わずため息を付く。
「ア、アンタ達……子供じゃないんだから……」
「互いに折れないと仕事が進まないでしょ……」
イチカはそっぽを向きながら言う。
「……コイツがさっさと折れて、手を動かせば済むハナシなんだよ」
「手が足りなきゃ人呼んで来れば良いんだよ、カネはあるんだから」
「一体どれだけ人が必要だと思ってんだよ、赤目女」
「それに人手は恒常的に不足してんだ、何処の会社も職人はそう簡単に出せないんだ」
「この設計図通りに造ろうとしたら、最低でも月7000人で8ヶ月は必要だぞ!」
「会社作るって言ったって、人が居なきゃ……」
「まさか横の繋がりとか知り合いの会社とか……」
「無いとおっしゃってる??」
「業界に10年以上居るのに、まさか誰とも関係を築けてないと??」
イチカは少しだけ意地悪そうな笑みを、女親方へ向ける。
レナは思わず頭を抱える。
(うわぁ……会社員時代の嫌われっぷりが容易に想像出来るわ……!)
だが、相手もさるものだった。
「まさか……何処も親しい協力会社が無いと?」
「数年セコカンと設計やってて、1級建築士まで持ってて??」
(こ、こっちも相当イヤな性格……!)
(しょ、正直お似合い……!)
レナは机を叩いて立ち上がる。
「結局!どっちが人を集めるの!?」
イチカと女親方は互いに指差す。
「コイツ」
「ソイツ」
「ガキ過ぎる~~!このアラサー共~~!」
レナは二人に詰め寄る。
「ウェブサイト作ってそこで募集するとか!」
「SNSで周知するとか!」
「コミュ力死んでるなら他にやり方あるでしょ!」
「「し、死んでる……?」」
イチカと女親方は互いに顔を見合わせた。
「……アンタ達……」
「互いの名前も知ろうとしてないでしょ」
「もう死を通り越して腐ったゾンビ状態よゾンビ」
「知らなくても仕事は出来るし……」
「そうだ」
「コイツは金と人さえ出せば良いんだ」
「こ、こんな大人達にはなりたくない……!」
レナはイチカの頬を引っ張る。
「とにかく!」
「互いの自己紹介から!」
イチカは頬を引っ張られながら言う。
「ふぁ〜〜ぃ……」
「私は香坂・クリスティナ・一夏」
「ハンガリー人とのハーフで、ご先祖様にはドイツ人もスロバキア人も居る」
「お前は??」
「……窪田文香」
「フミカでいい」
「出身は気仙沼だ。代々大工や職人の家系だ」
「名前だけは可愛い……」
「これからふみふみって呼ぶから」
「あ?」
「は?」
レナは二人に向かって言う。
「争いは同レベルでしか起きない」
「今、その実例を見させて貰ってる、って事を忘れないようにね」
「……で」
「どうなの?人集め。もう時間無いわよ」
イチカは斜め下に目を逸らし、モジモジし始める。
「人を集めるとか、私が一番苦手なコトです」
「だからこうして押し付けてます」
「……ごめん。レナ」
「遂に白状したわね」
「ほ、ホンッットめんどくさいわ、このアラサー……!」
ふみふみはレナの言葉に被せて言う。
「私も専門外だからな」
「しってる」
「しょうがないわね、私がサイトとSNSアカウント作って運用しますか……!」
「デジタルネイティブの私には楽勝な仕事よ!」
ふみふみは何かを思い出したような顔をし、イチカに言う。
「そう言えばあの勝負!フォロワー10万人行ったたら言う事聞くってヤツ!」
「アレ、どうなったんだ!?」
「見てみれば良いじゃん」
「アカウントはハルカが持ってるから私はもうノータッチだし」
「そう言えばあのデカタヌキが居ないな……」
「デカい?まぁ……170後半はあったからなぁ」
「デカいと言えばデカいのかな……」
「他にも色々デカかったけど」
ふみふみはハルカが作ったYのアカウントを探し当て、数字を凝視する。
「……」
「どうした?もう私の負けで良いから」
「10万人超えてる……」
「「ふぁっ」」
レナとイチカはYを見て仰天する。
「……写真がこんなに……」
「ああ、それは富良野でイスラム原理主義鳥と戦った時のヤツで……」
「これはヴェルミーナとの腕相撲……」
「こっちは双子の流星。珍しいからってレイやんがLANEで共有してくれたんだっけ……」
レナはその流星の青い方に目を奪われる。
(まさか……これ……)
(指揮官!??)
(という事はこっちのオレンジ色の光は……あのスーパーバカ!?)
数々の写真に驚く二人を他所に、イチカは涙を拭い始める。
【……そうだったよね】
【ハルカ、レイやん……】
【私、こんな所で躓いてられないよね】
【いけないよね】
彼女はレナの方を見る。
イチカの赤い瞳からは限りなく透明な涙が流れていた。
「人集め……手伝ってくれる……?」
「私もダンジョンに潜りながら手立てを考えるから……」
レナは不敵な笑顔を浮かべる。
「……やっと言えたじゃない」
「その言葉、待ってた」
ふみふみはため息を付きながら立ち上がる。
「ふ〜っ……」
「仕方ない、一人だけ何もしない、ってワケには行かないか……」
「この際詰まらないプライドや遺恨は無し!」
「そういうのは仕事が終わった後!」
彼女はイチカへ向かって手を伸ばす。
イチカは彼女の手を優しく握った。
〜プレハブの外〜
『……という事で纏まったみたいですね』
『私の出番が無くて良かったです』
アイカは穏やかな顔で空を見つめる。
ゲオルグはスコップを地面に突き刺しながら言う。
『……大事な話がある、ワン公』
『フェル子や兄貴にも言ってない事だ』
『……聞きますよ』
『その目、完全に竜殺しモードですから』
ゲオルグはプレハブの窓越しにイチカの横顔を見て言う。
『もし……俺が死んだらクリスティナと俺の子供を頼む』
『俺は近々死ぬかもしれねぇ』
『俺がクリスティナに投資した金の管理は、お前に任せる積もりだ』
『……常に死に一番近い場所に居るじゃないですか』
『何を今更……』
『というか一晩寝ただけじゃないですか』
『それで子供なんてあり得ませんよ、フツー』
『……俺の勘だ』
『こんな事、フェル子や兄貴にも言えねぇ』
『そして、今回ばかりは相手が化け物過ぎる』
アイカはしゃがみ、雑草を抜く。
『……魔女のババァですか』
『とうとうヤキが回りましたね、不死身の竜殺し』
『女遊びのしすぎですよ』
『相手があのマルファなのには同情しますけど』
『……ああ』
『キッカケはスマホの取り違えだが、来たるべくして来たって感じだな』
『あのババァは俺と兄貴とフェル子、3人ががりでやっと引き分けに持ち込めるかどうかって奴だろうな……』
『多分核も本気で使って来やがるだろう』
『……お前がそこまで言うならそうなんでしょうね』
『あのババァは闇そのものですよ』
『闇に追われてるだけかもですが』
ゲオルグは笑顔でアイカの肩を軽く叩く。
『先に貰うぜ、魔女の首』
『取ったら食わしてやるよ、ワン公』
『クソ不味そうだから遠慮しておきますよ』
『是非3人でお分け下さい』
『私は……イチカさんから貰うご飯が一番ですから』
『ハハッ!』
『お前以上の忠犬は居ねぇな!』
『せめて骨は拾ってくれよ?』
アイカは土の付いた雑草を放り投げながら、ゲオルグに微笑み返した。
~旭川市~
~第1決戦英雄要塞・【クレポスツ・アサヒカワ】~
~臨時中央司令部~
『稚内港から旭川市までの対ドローンネット、全輸送路に敷設完了しました!』
『良し!警備兵の配置を減らし、港湾の防衛に転換……』
『そして潜水艦基地の整備を……』
戦いこそ起きてなかったが、臨時司令部は戦時の様に慌ただしく人が行き交っていた。
しかしヒールと床がぶつかる音が近づくの同時に、廊下から静寂が迫って来た。
『敬礼!!』
警備兵が大声と共に扉を開ける。
中央司令部のロシア軍人達は一斉に敬礼する。
兵士は凄い角度へ顎を上げながら敬礼し、大量の勲章とメダルを軍服に着けた女性を出迎える。
『皆、ご苦労様』
『次の目標が決まったわ』
『即座に準備なさい』
軍の制服に身を包んだマルファは、氷の様に固まった表情で言った。
司令部の真ん中に居たヴァヴィロフが敬礼し、質問する。
『スタヴローギナ少将殿!!』
『質問があります!』
『その目標とは何でしょうか!?』
『不死身の男とその婚約者……』
『そしてその男の兄よ』
『2週間以内に彼等を始末し、イーチカを奪取するわ』
『ま、まさか……あの王族達を!?』
『それはスウェーデン王国に宣戦布告するのと同義です!』
『つまり……NATOと2度目の直接対決に……』
『流石にそれは……!大統領に諮らないと不味い案件で……』
マルファは《イジェメック MP-443》を取り出し、ヴァヴィロフの足元に撃つ。
銃声がヴァヴィロフと将兵達の鼓膜を痺れさせる。
【ヴァヴィロフ……】
【これはお願いじゃないの……】
【命令なのよ】
【分かるわね??】
司令部が戦慄に包まれ、女帝の深い怒りを感じ取った兵士や将校達は慄然として硬直する。
だが、ドMなこの男だけは興奮していた。
(て、手加減無しの女帝モード……)
(心から感謝するぞ!不死身の男……!)
(また大きくなってしまうじゃないか……!)
マルファは専用の椅子に腰かけると、その長くスラリとした足を組む。
【ГЛОНАСС(※1)の軍事チャネル専有許可申請を】
【ジーカの【カチューシャランドセル】と連携、大量のミサイル攻撃を加えた後……】
【【ケストレル】と【ネクスト・ペルーン】をぶつける作戦で行くわ】
『ま、まさか首領を……!?』
【そうよ】
【そろそろアレクセイにも働いて貰う時が来たわ】
【ゲオルグとヨハン相手なら、絶対に必要な戦力だから】
ヴァヴィロフは息を飲む。
そして汗を頬に伝わせながら言う。
『もしそれでも駄目な場合は……』
【核を使うわ】
【私自らイーチカを奪取した後でね】
『か、核……!!』
将兵達は核という言葉を聞き、苦しそうに息を呑む。
ヴァヴィロフはマルファの放つ圧と言葉で絶頂しかける。
(戻って来た……!戦争の魔女が……!)
(お待ちしておりました!!)
そして、彼女の背後から闇が広がって行く。
【当然でしょ?】
【あのおバカ王子が使って良い、って自ら啖呵を切ったのだから】
【覚悟を示して貰わないと不公平ではなくて??】
闇が彼女を包み、その中で黄金色の瞳が妖しく……そして歪んで煌めいた。
※1
ロシア政府とロシア軍が運用している、全地球測位衛星システム。
平たく言えば、ロシア版GPS。英語名でGRONASS。
マルファお姉さんは人工衛星群の軍事的能力を全部使わせろ、と仰っています。
無茶苦茶やでもう。
クレポスツ → ロシア語で『要塞』という意味。
バカ王子のお陰で第三次大戦が起きそうです。
ぴゃぁぁ……王子が起こす事件は毎回スケールが違い過ぎて眩暈がしそう……
アーデルハイドの場合は案外綺麗に完結するんだけど、
王子の行動はバタフライエフェクトを起こしていく感じ。
最早楽しい。
そしてマルファお姉さんは旭川侵攻の時より更にマジモードです。
些細な口答えすら許さないのは、相当にお怒りです。超こわい。
お姉さんの軍人としての超絶スキルが、100%発揮される戦いになると思います。
その時は優しい『マルファお姉さん』では無く……
冷酷無比な超精鋭ベテラン軍人『スタヴローギナ少将』として、イチカ達の前へ姿を現す事でしょう。
バカ王子のお陰で、穏便かつ遠回しなルートは取れなくなりました。
でも、こうなるのは時間の問題だった気もする。
それが早まっただけ、という見方も出来ます。
しかし、レナとクレイエルの存在がお姉さんの計算からは外れています。
ただ、ゲオルグを殺すという事はイチカの子供の父親(現段階では可能性)を殺す、という事です。
ここまで来たら、それはもうお姉さんの完全なるエゴです。
ただ、お姉さんはそれを【愛】と認識しているのが厄介です。
父親を早くに失ったイチカがどうなったか……母親が彼女にどういう扱いをしたか……
それらをしっかり認識しているのに、敢えて誤魔化してスルーしている。
イチカは代用品、とマルファに指摘したゲオルグは流石に慧眼です。
果たしてイチカはマルファお姉さんの【愛】を受け切れるのでしょうか?
お姉さんの【愛】は母親の独善的な愛に極めて近い。
つまり彼女と戦う事は、亡くなった母親と再び向き合うに近い事だと思います。
でもその振り返りはもう避けられないなって、同時に思いもします。
味方が敵になったり、敵が味方になったり……
イチカは間違いなく自分の人生を生き始めた、という証拠です。
この繰り返しが彼女にとって良いかも。
誰かがずっと味方である事は有り得ないし、誰かがずっと敵である事もあり得ない。
不器用な彼女らしい人生で好き。
もし、マルファと戦うとすれば、それは彼女が母親としてやっていけるかどうかのテストになる。
彼女の心はやっと13歳の少女から卒業したばかりなので、相当しんどい闘いになる。
ただ、結果はどうあれ、彼女はそういう葛藤や試練からもう逃げない……
そういう姿勢を見せてくれると思います。
さて……何処で仕掛けてくるか。
お姉さんのお手並みを拝見致しましょう。
ここまでお読み下さりありがとうございました。
「面白かった」「次も期待している」「ガキ過ぎる~~!このアラサー共~~!」
「レナちゃんが一番大人ってどういう事だ」「ふみふみもかなりアレだな」
「ふみふみと和解して良かった」「イチカ、成長してるな……」
「SNS更新してくれてるんだな、ハルカ……」「一発必中とはたまげたぜ」「アイカとゲオルグのやり取り好き」「案外関係性悪く無いな、この二人」「覚悟の決まってる王子好き」
「軍人モードのマルファカッコ良いな……」「今回のマルファは本気で怖い」「母親は母親でももう毒親の領域だろコレ……」「変態はやっぱ強ぇな……」「本気で核使う積りなんだな……」「一体何が始まるんです!?」
と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。
宜しくお願い致します。




