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地下室を拡張しよう!(後編)


~札幌市内北12条~

~イザワホーム~


「……というワケなんですが、工期はどの位になりますか?」


イチカの問いに、担当者は首を捻りながら答える。


「鋼製パネル方式なら工期は大幅に短縮出来ますね。規模にもよりますが、大体2週間ぐらいです。人員の確保に問題があります」

「構造計算や設計、積算はやって頂いてるので、その辺りは確実にお安く出来ます。実にお見事です。設計部も驚いていましたよ」

「ですが、ドライエリア(※1)を設けてRC造(※2)にしてしまった方が、確実でしょうね……そちらの計算もして頂いているので、私共と致しましてはそちらでもやれますが」


「そっちなら、抱えてる施工業者の都合も付きやすい、という事でしょうか?」


「ええ」

「それにどうしても初期費用は高くなるんですよね」

「戦争の影響でパネルの値段も上がってまして……」


イチカは椅子にもたれ掛かり、人差し指を口元に当てる。


「う~~ん……確かに、コンクリートの値段はそう高くなってないし……」

「ただ水漏れがなぁ。腕の良くない職人が施工すると、エライ目見るんですよね。特にドライエリアの施工は重要だし……」

「最近豪雨や洪水の災害も多いし、出来るだけウデがイイ人に頼みたいんですよね。そういうのが少ない土地を選んだ積りではあるんですが……」


担当者はハッと何かを思い出したように、彼女へ言う。


「なら、少しだけお待ち頂けませんか?」

「ある業者さんに心当たりがあるので」


「やっぱり居るんですね、ベテランさん」

「(わざとらしい反応しやがって。厄介者を押し付ける気だなコイツ)」


「まぁ……ですが、気難しい方でしてね……」

「ガチガチの職人気質で、現監どころか施主(せしゅ)ともやり合うような人なんですよ」

「香坂さん、そういう方のコントロールには自信ありますか?いえ、無理にとは言いませんが……」


「ああ、いいですよ」

「(別に誰が来ようが、カネ払った分はキッチリ仕事させてやる)」

「(寧ろ腕の見せ所だな)」


イチカは書類を纏めながら、今後の予定を頭の中で立てて行った。

スマホが鳴動し、イチカは通話に出る。


「どうした。アイカ。なんかあったのか?」


《遅いですよ!イチカさん!》

《夕方までには帰って来るってハナシだったじゃないですか!》


「悪い悪い。色々と長引いてな」

「今札幌に居るんだ。詫び代わりになんか土産でも要るか?」


《私はイチカさんが五体満足で帰って来てくれれば、それが最高のお土産です♡》

《でも欲を言えば、何か甘い物でも……》


「分かった。何か買って帰って行くよ」


《ふふっ。約束ですよ?》

《じゃ、待ってますからね~!♡》


そして、アイカからの通話は切れた。



~ホテルエミシア札幌~

~ロビー~


このホテルは今、外国人観光客で賑わっていた。

その為か、案内板には6つ以上の言語で案内が書かれている始末だった。


(まさか会場を貸し切りとはねぇ~)

(これからはもうダンジョンアイテムの売買がイチバンだね)

(……ちょっと早く来ちゃったかも。本でも読んで待とうかな)


ギターケースを背負いPCを持った、青髪の白人女性がロビーを進んで行く。

そして、ラウンジに一際巨大な白髪碧眼の男と、赤髪の少女が座ってるのが見えた。


『あ。もう来てるんだ。ユルゲンとティエラ』

『おーい』


赤髪の少女が彼女へ気付き、笑顔で手を振る。

ユルゲンは大きな体を屈めて、彼女へ向かってお辞儀をした。


『ベルトランは?』

『また何処かで女を引っ掛けてるの?』


『もしそんな事をしたら、お姉ちゃんに言いつけてやる』

『って言ったら、慌てて飲み物とお菓子買いに行ったよ』


『キミはもう既に男の操縦方法を心得てるね……』

『まー怖いからねぇ~彼女は』


青髪の女性はギターケースを下ろし、椅子にもたれ掛かりながら座る。


『ヴァンフリートは?』


『あと20分程で到着するそうです』

『今カヴァレリアの車で、このホテルまで向かっていると』


『いい加減、彼も車かバイクを買えば良いのに』

『私は買ったよ。原付。カワイイんだよね、あのデザインが』


『私は身体が大きすぎて、原付には乗れませんね……』

『正直、この国の公共交通機関でも移動が大変です』

『なので、もっぱら移動はSUVですね』


『へー。良いなぁ』

『今度私も乗せてくれる?』


『良いですよ。貴女なら大歓迎です』


3人が話していると、菓子とジュースが入った袋を持ったベルトランがやって来る。

ティエラは彼に飛びつき、袋の中の菓子とジュースを漁って、ニコニコしながら持ち去っていく。


『よう。ミューゼ。来るの早かったな』

『てっきり遅れて来ると思ったぜ。珍しいじゃねぇか』


『良い素材(・・)に出会えたからね』

『つい、心がウキウキしてしまったのさ』

『人前でメタルなんて弾いたの、凄い久しぶりだったよ』


『スゲェな、お前にそこまで言わせるなんて……』

『全く面白れぇ場所だな、北海道(ココ)は』


『それには完全同意だね』


ホテルの女性職員達がベルトランの方をチラチラと見ては、きゃっきゃっとはしゃいでいた。


『ドコ行ってもモテモテですねぇ、ベルトランくんは』

『これじゃあ彼女(・・)が落ち着かないワケだね』


『正直、落ち着いて欲しいんだけどな……』

『今更他の女に惚れるワケもねぇってのに、心配症なんだよアイツは』


ホテルの前が騒がしくなる。

灰色のベントレーがホテルの玄関口に到着し、銀髪の美青年と茶髪の美女が車の中から出て来た。

そして、その後ろに次々と黒塗りのSUVが到着し、中から男女が出て来る。


『やっぱスゲェ目立つなぁ、アイツ』

『特に日本だと激目立ちだな』


そして、銀髪の美青年はホテルの係員にキーを預け、部下を引き連れながら、一直線に4人の元まで来る。


『ベルトラン。ティエラ。ユルゲン。ミューゼ』

『少し早いが、会議を始める。準備を』


『おう。了解だ、ベルナルド』

『カヴァレリアとヴァンフリートはあと20分ぐらいだ』


『そうか。後で必要事項を伝達しておこう』


一行は会議室へと入って行った。


~ホテルの会場~


 会場のスクリーンに、スライドが映し出される。

ベルナルドは襟を正し、スライドの前で話し始める。


『これがミューゼがハッキングして送ってくれた、苫小牧港にあるカメラの画像だ』

『写っているのは、函館魚港ダンジョンから逃走したクラーケンの死体だ』


『……ハデ焼かれてるな、内部(・・)から』

『対戦車ミサイルでも撃ち込まれたのか?』


『ジュビア。次の写真を』


そして、スライドが茶髪の美女によって切り替えられる。

そこには役人と話しているマルファとヴァヴィロフ達が写っていた。

ミューゼはある事に気づき、待ったを掛ける。


『あっ!!あの黒髪赤目のヒトだ!』

『札幌駅の駅前で一曲歌って貰ったんだよ!!』

『なんで気付かなかったんだろう……《魔女》と《戦槌(せんつい)》のインパクトが強すぎて、てっきりスルーしてた……』


茶髪の美女は写真を拡大する。

そこにはイチカが写っていた。

ベルトランはミューゼもより驚き、思わず立ち上がる。


『お、おい!アイツはダンジョンで遭ったぞ!!』

『なぁ、ユルゲン!ティエラ!』


『はい。確かに見ました。その時は二人組でしたが』


『うん!見たよ!見た!ハポンのアタランテも一緒に居た!』


茶髪の美女が溜息を付き、ベルトランを睨む。


『一度しか会ってない女をよく覚えているわね』

『……ダンジョンでも色男なようで何より』


『いや、待て!ジュビア!これは違うんだ!』

『彼女達がダンジョンボスに襲われた所を偶然助けて、少し会話しただけだ、それだけだ!』

『神に誓って、ナンパはしていない!』


『ふーん……それは後でじっくり(・・・・)聞かせて貰うから』

『それじゃ次』


(ああ、終わった)


ジュビアはベルトランを睨みながら、怒ったように画面を指でスライドさせる。

画面には20式小銃と87式対戦車誘導弾を構えた、完全武装の兵士達が写っていた。

ユルゲンが画面を指差して言う。


『……一般的な自衛隊の戦闘服ではありませんね、団長』

『自衛隊はまだアナログ迷彩のハズです。彼等はデジタル迷彩な上に、最新のボディアーマーを装着している。それに一部の兵士(・・)は MP5を装備しています。この部隊には道警のSATも混じっていますね』

SEK(エスエーカー)(※3)時代に交流があったので、これは確実かと』


『うぇ。北海道の警察も一枚噛んでいるってコト?』

『ってまさか……』


ベルナルドが、ミューゼの言葉を引き取る。


『この部隊を動かしている連中は、ダンジョンで獲得したアイテムや報酬を用い、日本で軍人や警官達による新政府を樹立しようとしている』

『あくまでも可能性だが。しかし、もしそうなれば、日本に居る外国の探索者達は全て追い出される』

『それは米国人(グリンゴ)ロシア人(ルーソ)共も例外じゃない』


『それは良くないな。カミカゼの夢再び、ってトコロか』

『なんとかアメリカ人共と対消滅して欲しい所だが』

『けど、もうアメリカ人やロシア人も自衛隊の動きに、とっくに気付いているだろ』


ティエラはどこ吹く風でスナック菓子をバリボリ食べ続け、偶にファンタ(グレープ味)で流し込んでいた。

ベルナルドはティエラを抱え、自分の膝の上に座らせる。


『それに自衛隊はロシア人やアメリカ人程、ダンジョンアイテムやダンジョン産装備の扱いに長けてはいない。つまり、まだダンジョン特有の戦術や戦い方に適応出来ていない』

『奴等は、あくまでも自らの原則(ドクトリン)に拘り続けている。なら、いずれ周回遅れになるのは明白だ。奴等の気質そのものが、最大の弱点だ』

『その観点で言えば、寧ろ《魔女》が一番の脅威だ。既に大型ダンジョンの《釧路湿原第一・第二ダンジョン》と《サハリン1・2ダンジョン》を攻略し、強力な武器とアイテムを手に入れたとの情報もある』


ミューゼは自分のPCを開き、プロジェクターへケーブルで繋げる。

北海道周辺の地図上、利尻島に赤い点が示される。


『でさ。その《魔女》が次に狙っているのは、《利尻礼文サロベツ国立公園ダンジョン》だね』

『既に腕利きの探索者達やチームが潜ってるけど、帰還率は4%を切ってる。旭川や羅臼岳ダンジョンに次ぐ、超高難易度ダンジョンだよ。で、どんなお宝が眠っているかというと……』

『これだね。ハッカー仲間から手に入れた画像さ。高かったんだよ~?』


ベルナルドの目つきが鋭くなる。

そこには氷漬けになった女性が写っていた。


『これが《氷漬けの霊水》か……』

『効果は分かるか?ミューゼ』


『……この報酬(・・)の分かっている効果は二つ』

『局地的な地形変動と気象変動だね。なんで分かったかというと、この報酬は見つける度に地形ごと位置を変えるんだ。しかも、利尻島の気候はこのダンジョンが現れてから無茶苦茶になったからね。恐らく、この報酬の効果が影響しているんだ』

『アイテムランクは文句なしの特級。私達、《シルバー・ステイシス》が手に入れるに相応しいアイテムだとは思わない?売れば数千億……いや、値が付けられないよ、気象操作のアイテムなんて』


他のメンバー達は身を乗り出す。


『だな!』

『多分他の宝もスゲェぞ……!』


『ですね。俄然やる気が湧いて来ました』

『私のパワーアーマーが活きそうです』


『私の故郷で雪が見たい!絶対この報酬欲しい!』

『皆に雪を見せたい!』


そして、ベルナルドがメンバー達向かって言う。


『ここに居る全員が一人一人、各分野のプロフェッショナルだ』

『全員の力を結集すれば、《魔女》の鼻を明かし、この特級アイテムを手に入れられると思っている』

『今から具体的な案を詰めて行こう。だが、その前に食事(ディナー)だ』


彼の合図と共に扉が開き、ホテルのウェイター達がメンバー達へ豪華な料理を運んで行った。



※1 

地下室がある建物において、建物の周囲の地面を深く掘り下げて作った「からぼり」の事。

データセンターや研究所などに多く見られる。


※2

RC造は、鉄筋コンクリート造(Reinforced Concrete Construction)の略で、「鉄筋によって補強されたコンクリート」という意味。


※3 

ドイツ地方警察特別出動コマンド。

ドイツ各地の州警察に編成されており、人質立てこもり事件、誘拐事件等の対処や、要人警護を主要な任務としている。


ここまでお読み下さりありがとうございました。


「面白かった」「アイカとの会話が完全に夫婦」「シルバーステイシスの面子好き」「自衛隊の思惑がヤバすぎる」「マルファお姉さん流石やな……」「地形操作と気象操作とはたまげたなぁ」


と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。

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