アスタルトの最終テスト(前編)
何かを犠牲にする事無しに、何かは掴めない。
けど、自分の意志を犠牲にする様な人間には、何も掴めない。
でも……私は自分以外を犠牲にし過ぎた。
観賞用BGM:https://www.youtube.com/watch?v=tLdxXp5PANg
~帯広ダンジョン内~
~水中トンネル~
~【冥急エクスプレス】内~
「……」
「……」
車内は安全になったにも関わらず、水圧が掛かった様な重い空気に包まれていた。
各車両内にはシートが掛けられた死体が、敵味方問わず並べられていた。
ハルカは点滴に繋がれていて、最早動ける状態では無かった。
「フンッ!フンッ!フンッ!……」
高っちゃんのみが、メトロノームの様な正確さでスクワットをしていた。
レイカはエレナに向かって呟く。
『……コイツ等は恵まれん家庭の奴等が大半や』
『半グレも自衛官達もな……』
『金が無く、かと言って特にお勉強が出来るワケでもない』
『有り余る体力と、向こう見ずな精神だけがウリの連中や』
『一緒にするなという奴もおるが、ベクトルが違うだけや』
『……』
エレナは死体の列を正視する事が出来ず、内装を見つめていた。
気丈で高飛車な表情は崩れ、年相応の弱々しい少女の表情を見せていた。
レイカは言葉を続ける。
『でも……バカやないし、覚悟も決めとる』
『コイツ等なりに知恵を絞り、このクソッタレな世を生き抜いて来たんや』
『でも末路がこれじゃ……報われんわ……』
エレナは自分一人だけが、綺麗な服を着ている事に気付いた。
ハルカは血塗れだったし、レイカの服には破れが目立ち、
高っちゃんはワセリンと汗塗れのパンツ一丁だった。
『レイカさん……』
『今……私は凄く恵まれた人間なんだ、って自覚し始めてる……』
『高い香水も靴も、下着もコートも化粧道具も……』
『誰かの犠牲で成り立ってるんだって……』
『……そう思えるだけ、オマエはマトモや』
『世の中には……犠牲を犠牲と思わん、怪物みたいなヤツがおる』
『いや、それだけならマシやな』
レイカはタバコに火を点け、吸って吹かす。
『世の中には犠牲を楽しむ連中がおる』
『本来私が斬らなきゃならんのは、そういう人でなし共だったハズや』
『だが……この敵はなんや』
『……私達と同じ……人間……』
『ご飯を食べたりもすれば、寝たりもする……』
『でも……もう……』
エレナの白く透き通った頬を、涙が伝っていく。
『私は……人が死ぬのがイヤ……』
『殺されるのもイヤだし……』
『殺すのもイヤ……』
『……アイカが聞いたなら、ブチギレる様な言動やが……』
『この状況でもその言葉が出て来るオマエを、私は心から褒めとる』
『というか、そもそもソレが正常な反応や』
『その感覚を忘れた奴等は、皆マトモじゃおらんかったわ』
イチカの寂しげで孤独な表情が、レイカの脳裏を掠める。
タバコはただただ燃え、煙を立たせながら短くなっていく。
『いっち……オマエは一体どっちや』
『ハルカやアイカは向こう側やが、オマエはどっちなんや……』
『嫌々殺しとるのか、それとも……』
【冥急エクスプレス】は水中トンネルを脱け、水面へと向かって行く。
装甲列車は水しぶきを上げ、水面に乗り出す。
「「「──」」」
レイカは扉を開ける。
そこは先程の廃墟群とは打って変わり、フィギュアや本棚がある巨大な部屋だった。
しかし、全てが巨大サイズで、まるで巨人が住んでいる部屋であるかのようだった。
「まるでこの列車がプラレールに見える……」
「しかしアレは美少女やロボットのフィギュア……」
「色合いは女っぽいが、まるでオタクの部屋や」
レイカはハッとする。
「オタク──」
「まさか──」
ハルカはうっすらと目を開け、うわごとの様にレイカ達へ、背後から呟く。
「なろうと思って──」
「なりたいと思ってオタクになったワケじゃない……」
「何もかもから逃げた挙句、オタクに……なってしまったんだよ……」
「現実から逃げてる間は……空想の世界に浸れたから、そりゃ楽しめたよ……」
「でも……」
ハルカは首だけを動かしてレイカの目を見て言う。
「いざカネを稼ごうとしたら、自分が逃げてただけの存在だって嫌でも気付かされたんだよ」
「私には職歴も資格も、そしてカネも伴侶も無い……」
「残ったのはプロには及ばない程度の創作スキルだけ……」
レイカは小さく呟く。
目を隠しながら。
「……もうええ」
「もう喋らんでええ……」
「オマエは──オマエは十分過ぎる程に良くやった……」
「だから……だ、だからもう──」
ハルカは震えるレイカを見て言う。
「私は……人生を変えたかった」
「だからイチカに付いて行った」
「イチカも私と会う事で……人生を変えたかったんだよ、多分……」
「しゃ、喋るな、もう」
床へレイカの涙が落ちて行く。
しかし、ハルカは言葉を続ける。
「……私は見殺しにしたんだよ」
「クラスメイトで友達だった【にちか】って子を」
「あの子は家がとても貧乏で風呂にも中々入れないクセに、無理して学校に通って来てた」
エレナはハルカの日本語が分からなかったが、雰囲気からして、それが極めて核心的な話だという事には気づいた。
「身なりは汚かったし、勉強も運動も苦手な子だった」
「でも、顔だけは本当に綺麗だったんだ」
「そして、それが一軍女子のカンに余計に触ったんだ」
ハルカは、永遠の眠りに就いた黒川の横顔を見る。
「酷い……イジメを受けていた」
「靴や文具が無くなるなんて、日常茶飯事……」
「教師も問題にしたくないから、見て見ぬふり……」
『……』
「ある日、私はこっそり描いてた絵を黒板に張り出されたんだ……」
「『キモイ』だの、『気色悪い』だの……それはもう散々だったよ」
「私は全身が汗でびっしょりになった。『次のターゲットは私だ』って……」
「ハ、ハルカ……止めてくれ……」
「それ以上自分を……」
彼女はレイカの方を見て微笑む。
「その子はね……紙を剥がして、こう言ってくれんだよ」
「『こんなにも綺麗な絵に、悪口は言えない』って……」
「ターゲットは【にちか】へ即戻った」
「あの子は……私を……褒めてくれた上に庇ってくれたんだ」
レイカの頬から、涙がパタパタと垂れ落ちる。
エレナは彼女の背中を擦る。
ハルカの言葉は続く。
【そう、イチカと同じように】
【私は……イチカを嫌いになりたくなくて、離れたんだ】
レイカは声を震わせながら言う。
「そ、そっ、その子はどう……どうなったんや……」
【冬の十勝川に裸で沈められた】
【私は……羽交い絞めにされて、見てるだけしか出来なかった……】
【いや……動けたのに動けなかった……】
【今でも頭にこびりついてる……私に助けを求める目が……】
レイカはエレナを振り切り、車外に向かって号泣しながら嘔吐する。
「うっ……!おぇ……っ」
「はーっ……!はーっ……!はーっ……!」
「……クソッタレや!!この世はマジモンのクソッタレや!!」
「ハルカ……!私も同じモン見たで……火の中でな……!」
『レイカさん!』
エレナはレイカの顔を覗き見る。
レイカの表情はかつてない程に弱々しく、憔悴し切っていた。
高っちゃんはレイカを抱え上げて言う。
「……もうこんな商売は終わりにしようや、レイやん」
「ワイは平気やが、オマエが持たん」
「ハルカさんに義理を果たしたら……」
「何処かの小さな町で、一緒にお好み焼き屋始めようや」
レイカはその細い指で、高っちゃんの分厚くごつごつした指を握る。
「いつも……ごめんな……高っちゃん」
「私のワガママばかり……」
「ええんや」
「レイやんのオヤジさんから、オマエを護って欲しいと頼まれとるからな」
「ワイはオマエの盾であり、ベンチや」
「はは、ベンチプレスの方ちゃうで」
エレナはドアに手をかけ、《極光乙女レギンレイヴ》を起動する。
彼女の肢体がドレスに似た、白銀の戦闘衣に包まれて行く。
『偵察!行ってきます!』
『レイカさんは少し休んでて下さい!』
高っちゃんは拳を差し出す。
「頼んだで!」
エレナは拳を突き合わせる。
『……ええ!』
『頼まれたわ!』
エレナは【冥急エクスプレス】から飛び立ち、高層ビル程の高さもある学習机の上に降り立つ。
『見れば見る程奇妙な空間ね……』
『まるで自分が虫になったみたい……』
【あら。エレナ】
【貴女、バレエのレッスンはどうしたの?】
突如、背後から何者かがエレナに話し掛けて来る。
彼女は即座に振り返り、バルディッシュを声の方へ向けた。
『マ、マーマ……!?』
【まぁエレナったら……しょうがない子ね】
【また怒られて泣いちゃったんでしょう?】
【抱き締めてあげるから、こっち来なさい】
しかし、エレナは一歩も動かなかった。
【どうしたの?エレナ】
【さぁ、こっちへ……】
彼女は歯軋りし、バルディッシュを構えたまま後退りする。
『マーマは……私に対して一度もそんなコトを言わなかった……』
『一体アンタは誰なのよ!』
『答えないとぶっ放すわよ!!』
【ふーん……】
【引っ掛かると思ったんだけどなぁ……】
エレナの母は形を変えて行く。
そして形を変え終わった彼女を見て、エレナは驚愕した。
『ハ、ハリュカ……!?』
【やっぱり似てるみたいだね】
【最も……私は魂そのものをアイテムにさせられた元人間だけど】
【ただ、女神と崇められては居たね】
『!!?』
『一体どういう……』
【今すぐには理解は難しいかもね】
【それと……覗き魔にはいずれ罰をくれてやらなきゃ】
【セムヤザ以上に性根の捻じ曲がったヤツが居たのは、かなり想定外だけど】
そしてハルカに良く似た女は、エレナに近づいて行く。
【私は……4962回前の世界でアイテムにさせられた】
【私の目的は……マスターと呼ばれる創造主を破壊する事】
【だからキミには手を出す気は無いよ】
『え……!?』
【私は仲間を集めたい】
【まさかアポカリュプシスが、伴侶になろうとしてるは思わなかったけど】
【彼の創造主に対する、恨みと怒りは私よりも更に深い】
【彼の持ち主がマリアを求めるのなら、私とハルカはマリアになれる】
『ちょっ!?い、意味が分からないんだけど……!?』
【素直で良い子だけど、底抜けにおバカで高飛車……】
【《レギンレイヴ》、キミはそのままで居て欲しい】
【じゃあね。キミに対するテストは終わったから】
そう言い残し、ハルカに似た女は机に吸収されるように消えて行く。
『何が何なのよ!?もーう!!』
エレナは誰も居ない場所に向かって叫んだ。
~【冥急エクスプレス】内~
レイカは最後尾の車両で一人項垂れていた。
「……」
「ハハッ、結局高っちゃんに助けて貰うとるやんけ……」
「私は……あの時から……一体何が変わっとるんや……」
彼女は自嘲染みた笑いを、天井に向けた。
【何も変わってないから、結末も変わらない】
【当然だよね】
【キミはまた賊軍として戦い、爆風と銃声の中で果てる】
レイカは声の方へ目を動かす。
そして彼女は驚き、目を丸くする。
「ハ、ハルカ……オマエ元気に……」
「しかもなんやその恰好……」
【ああ、ごめん】
【私はアスタルテ】
【天変地異と戦争に追い詰められた人々は、私に祈った】
【私は彼等の祈りのある限り、戦い抜いた】
レイカは刀を抜く。
「……なんやオマエ」
「ハルカを追い詰めたのはオマエか」
【いかにも】
【私が居た世界ではもっとヒドかったけどね】
【私はダンジョンで死を迎えたんだ】
【生き残った支持者共々、最強の傭兵に追い詰められてね】
「……それでアイテムになった、ちゅうんか」
【そうだよ】
【最初に廃墟を見たでしょ?】
【アレは私達が造り上げた都市国家がモデルなんだよ】
【敵に対抗する為に……】
「んなバカな……」
「そんなの歴史の教科書のドコにも無いで……」
レイカは思わず刀を落としそうになる。
【そりゃそうだよ】
【滅んでしまった、ずっと前の……何回も前の世界の出来事だから】
【直接滅ぼしに来たのは……】
【マスターと呼ばれる創造主と契約した……《レイヴンズマハト》】
【余りにも闘い過ぎて、自分の意志と世界の意志との区別も付かなくなった、黒い鳥だよ】
「……真偽不明の世迷言と言いたい所やが……」
「もうこの状況では信じるしか無いわ」
【ふふっ、ありがとう】
レイカは眉を顰める。
「ハルカの顔で言うなや」
「思わず斬りそうになるわ」
【キミには今回テストはしない】
【だって、私には相応しく無いから】
【もっと相応しいタイミングと場所がある】
「は……!?それはどういう……!?」
【じゃあね】
【後はハルカだけ】
「高っちゃんは……?」
【ああ、彼?】
【彼はもうテストをクリアしてるよ】
【トンネル、探し当ててくれたでしょ?】
そう言い残し、アスタルテは通路のドアを開けて行く。
レイカは全身が汗だくになって行くの感じる。
(……私には……これ以上の試練があるって事なんか……!?)
彼女はその場にへたり込む。
「もう……何も考えられんわ……」
「何を信じたら良いかも……さっぱりや……」
そして数分後、アスタルテは横たわるハルカの側に座る。
「……さっきはありがとう」
「キミが居なかったら、私はあの鬼自衛官に殺されてた」
【キミの姿が私と重なったんだよね】
【私はアスタルテ……と呼ばれた、タダの人間だった】
【少し……過去話をする前に言っておきたいコトがあるんだ】
アスタルテはハルカの頭を撫でる。
「……何?」
【何かを犠牲にする事無しに、何かは掴めない】
【けど、自分の意志を犠牲にする様な人間には、何も掴めない】
【でも……私は自分以外を犠牲にし過ぎた】
「……犠牲にするだけで何かが掴めるのなら、マシだよ」
【そうとも言えるかもね】
【そして……私の話を聞いてから決断して欲しい】
【決して報われぬ魂達の為に、闘い抜けるかどうかを……】
アスタルテは紋様が施されたローブを脱ぎ、ハルカに掛けてやった。
登場人物表更新しました。
以下URL:
https://docs.google.com/spreadsheets/d/18yCj9B-CZEpJGIDICTLBSG4K3ASfzvPI7MeKN9sNjkY/edit?usp=sharing
今回は何も言いません。
本編にある事が全てです。
ここまでお読み下さりありがとうございました。
「面白かった」「次も期待している」「レイやんもう限界だな……」「高っちゃんの安心感凄い」
「エレナは着実に成長してる気がする」「思った以上にお辛い過去」「泣いた」「ハルカ……」
「創造主って何だよ……」「ダンジョンってエグい存在なんだな……」「元人間だったのか……」「アスタルテの過去が気になる」
と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。
宜しくお願い致します。