冥急エクスプレス(後編)
……乗客の皆様……死なないようお気を付けください……
【冥急エクスプレス】、間もなく発車致します……
観賞用BGM:https://www.youtube.com/watch?v=lNmFwSzy6kM&list=PLmOx8CVVYfY3kVqnC78iltBk1Cs7QdRXu&index=49
~先頭車両~
窓から最後尾の状況を見たハルカは言う。
「……そろそろ私も応援に行って来るよ」
「敵の数は増え続けてるし、レイカ達だけだと限界が来る」
「黒川君は運転席に隠れてて」
黒川は帽子を目深くかぶり直して言う。
「……死にますよ」
「【にちか】のように痛めつけられて……」
ハルカはサブマシンガンの安全装置を外す。
「それをさせない為に私は行くんだよ、黒川君」
「思えば、私の闘いはあの時から始まっていたんだ」
「この13年、私は過去から目を逸らし、闘いから逃げて来た」
「でも、もう今は違う」
「……!」
彼女は身を入れるようにして、後尾車両の扉を開けて行く。
「背中がガラ空きだぜ、兵隊さん」
ハルカは半グレと戦ってる鬼自衛官の後ろから、引き金を引いた。
「「「ハ、ハルカさん!!」」」
「本番はここからだぜぇ?」
彼女は倒れた鬼自衛官の背を踏みながら、銃口へ息を吹き掛けた。
新手の銃撃に気付いた鬼自衛官達は、分散して先頭車両へ向かって行く。
「うわ!?水の上を走ってるよ!!」
「烈海王じゃないんだからさ……!」
ハルカは割れた窓からサブマシンガンを乱射する。
しかし、鬼自衛官達は銃弾を全て避けきった。
「……っ!!」
「ダメだ!少しでも距離があると当たらない!!」
そして、数人の鬼自衛官達が車両へ飛び込んで来る。
(ヤバい、今度こそ死んだかも)
ハルカは半グレ達にアイコンタクトで撤退を促し、先頭車両へ後退していく。
「……!!」
「数が違い過ぎる……!!」
「でも闘うしかないんだ!!闘うしか!!」
半グレ達は次々と斬られ、撃たれて倒れて行く。
ハルカも左足と右肩を撃たれ、横向きに倒れる。
黒川は思わず運転席から飛び出し、彼女を引きずろうとする。
「それ以上はテロリストの幇助になります」
「隊長は貴方とこの列車をお望みです」
黒川は鬼自衛官に脇を掴まれ、その場から剝がされる。
「一体どういう……!?」
「自分達も理由は存じておりません」
「連れて来い、とだけ命令されています」
「さぁ、急いでこちらへ……」
黒川は見てしまった。
ハルカは血だまりの中で息も絶え絶えになりながら、
尚もサブマシンガンへ手を掛けるのを。
「ゼェ……ハァ……はひゅっ……はひゅっ……」
引き金が引かれ、鬼自衛官の一人に命中する。
「へへっ……油断するから……」
ハルカは震える手で、ファックサインを彼等へ向ける。
「「「貴様!!」」」
鬼自衛官達は一斉にハルカへ照準を定める。
「「「撃て!!」」」
だが、撃たれたのは射線に飛び込んだ黒川だった。
隊員達はショックで驚き、銃を下げて後ずさりする。
「……こ、後悔……しなくて済みました……」
倒れた彼は手すりや座席に手をつきながら、運転席へと向かって行く。
(そう、これで良かったんだ……)
(【にちか】と同じ間違いをせずに済んだ……)
(今度は……助けられた……)
「黒川……く……ん……」
そして彼は運転席にもたれ掛かりながら、スピーカーを取る。
車両の内装がありきたりな吊り革と広告から、近未来風の幾何学的な内装へと変わって行く。
《……乗客の皆様……死なないよう吊り革にお掴まり下さい……》
《【冥急エクスプレス】、間もなく発車致します……》
黒川は吐血する。
黒いスピーカーが、赤く染まる。
《市原さん……私は……》
《貴女が……好き……でした……》
《でも……言えなかった……言う勇気も無かった……》
《【にちか】の事で悩んでいた貴女に、声を掛けてあげられなかった……》
《けど……今度は違う……!》
黒川の命の灯が消えて行くのと同時に、列車は青い装甲に覆われ砲台が生えて行く。
《【冥急エクスプレス】起動……》
《無賃……乗車して来た……厄介者を……追い出して下さい……》
砲台が回転し、機関砲が上下する。
(──!?マズい!!)
キリエは跳んで後退し、部下達に無線で呼び掛ける。
《全員撤退!!》
《それか水に飛び込んで!!》
キリエはヘリから垂らされたロープに掴まり、
車両からは次々と鬼自衛官達が水へと飛び込んで行く。
それを見たレイカは怒声を上げる。
「おどれら!!」
「ここまでして逃げよるんか!!!」
「オマエ等のお陰で何人死んだと思うとるんや!!」
そしてキリエを追い掛けようとしたレイカを、高っちゃんが羽交い絞めにする。
「レイやん!!!」
「冷静になるんヤー!!」
レイカの手足から力が抜けて行く。
彼女の火傷で覆われた頬を涙が伝う。
「なんで……なんで止めるんや……」
「ここで追うの諦めたら……部下のアホ共にも……黒川にも……」
「私……ホンマもんのクズになるやんけ……」
「今まで……気張って来たのが……全部……全部……」
嗚咽するレイカを高っちゃんはそっと抱える。
「そう思うのなら……このダンジョンを完全攻略してやるんヤー!」
「それにハルカさんやエレナはまだ生きとるハズ」
「──」
「まずはハルカさんの様子を見に行くで」
「どうなんだい!?ワイの大腿四頭筋!!」
高っちゃんの大腿四頭筋が躍動する。
『見に行った方がイイヨー!レイやん!』
「高っちゃん……」
その時、アパッチ戦闘ヘリが【冥急エクスプレス】へ照準を定める。
「ダンジョンアイテムだろうが……所詮は列車!!」
「上から焼いてやる!!」
キリエは無線で操縦手を制止する。
《ちょっ待っ……!》
《どんなアイテムかも……》
「待てません!!今このタイミングしかない!!」
「対空兵器を持っていたら、こちらは終わりです!!」
戦闘ヘリから複数のミサイルが、【冥急エクスプレス】に向けて発射される。
血塗れのハルカが、既に事切れた黒川の手を握り、スピーカーを口元へ近づける。
(……アイテム使うって……こういう感覚なんだ……)
(この列車が私に語り掛けて来る……黒川君の声で……)
そして彼女は黒川の頭を自分の胸に寄せ、静かに言う。
《【冥急エクスプレス】第二段階起動》
《【誘導霊子キャノン】発射》
全車両の砲台がぐるりと回転して、戦闘ヘリの方を向く。
そして青色のレーザーが発射される。
レーザーはミサイルを追い掛けて撃墜し、爆発を突き抜ける。
「なっ──」
レーザーは戦闘ヘリを追い、操縦手は回避しようとする。
ハルカは息も絶え絶えに呟く。
《またの……乗車をお待ちしております……ってね》
戦闘ヘリを無数のレーザーが貫き、ヘリは爆発した。
~アメリカ合衆国・テキサス州~
~州都オースティン西郊外~
~巨大総合ハイテク企業・《エグレゴール》アメリカ支社~
【ははは……】
【感謝……まさに感謝という言葉しかない】
【このアイテムには命の強い輝きを感じますよ……!!ははは……!!】
【これだからダンジョンに関わるのは止められない……!!】
『昔好きだった女性を護る為に……素晴らしいですわぁ……』
『死ぬ間際に想いを伝えたのは、とてもポイントが高いですわよ!!』
『想いが決して成就し得ない事も含めて……非常に美しい光景ですわ……!』
『やはり報われぬ悲恋こそ、人の心を動かすのですね!』
オランダ式庭園風のオフィスに、ラロシェルとヴィナの拍手が鳴り響く。
女性記者は思わず嘔吐しそうになる。
(あんた等は人間じゃない……!)
(人間の命を見世物や玩具にしてる、神の如き怪物共よ……!)
ラロシェルは上機嫌でルービックキューブを手に取る。
彼の素早い指捌きにより、あっという間にキューブの面は揃った。
彼は指先でキューブを回しながら言う。
【そして嬉しい事に……まだ見所は尽きていません】
【ハルカ・イチハラは、このダンジョンが課してくる試験に合格し掛けている】
【私が試験作成担当者なら、次を最終試験にしますね】
【にしても……】
ラロシェルはヴィナへキューブを投げて渡す。
【レイカ・ケンザキ……油断のならない女です】
【頭のキレるはみ出し者程、私の創る世界に取って厄介な存在は居ない】
【あの忌々しいベルトランや、性根が腐り切ってるクラリスと同種の人種ですね】
【いずれ始末したい所ですが……】
ヴィナは素早くキューブの面を入れ替えて行く。
『【魔女】とのチェスが先ですわね、お兄様』
『まさか持ち駒ほぼ全てを投入して旭川を奪取するとは……』
『それにマルティーニの行動が全く読めませんわ』
彼女は一旦キューブの面をランダムに入れ替えた後、また綺麗に揃えて行く。
【CIAはもっと踏ん張れると見込んでいましたが、見込み違いでした】
【しかも《ティアマトの残滓》の輸送に失敗した、と……】
【やはり官僚主義とイデオロギー的幻想の中で生きて来た愚物共は、アテにならない】
【数十年も生きて来て、この世界が公平でも合理的でもない事に、未だ気付けない愚か者共です】
【そろそろ手を切るべきですかね】
『ではあの計画を……?』
【ええ】
【そろそろ私も直接動きます】
【そして……最後のピースを再びこの手に収めに……】
『まさか……』
ラロシェルは琥珀色のギターのレプリカへと手を掛ける。
【《ロックハッカー》】
【そして、この使い手であるミューゼ……】
【その二つを取り戻せば、私の計画を脅かす物は消え去る】
【その後は《黙示録》でも《魔女》でも、料理し放題です】
【アーデルハイドやマルティーニの如き病人共は、勝負にもならない】
彼は指を鳴らす。
シャッターが自動で開いて行き、テキサスの強い陽射しが部屋へと入り込む。
【この世界が私の手に入り掛けている……】
【新しい人類史の輝きは直ぐそこまで迫っています】
【さぁ……引き続き、前夜祭のイベントを楽しみましょう】
ラロシェルは陽射しをバックに手を広げる。
そして人ならざる翼の影が、彼の影から延びて行った。
黒川の想いと念はハルカへしっかりと伝わりました。
こういう人の感情や想いを無碍にしない所が、ハルカを好きな理由の一つです。
だからこそ、イチカにはメッチャキレたんだけども。
人間って難しいなぁ。そして面白い。
ラロシェルは人間以外の何かが、人間の真似をしているだけかもしれない。
この世の支配者に一番近い場所に居るヤツです。
だけどまだまだレースは途中だぜ。油断していると足元掬われるぞ。
ベルトランは兎も角、クラリスちゃんもラロシェルに何かやっちゃいました。
この娘を心底愛してるのはアーデルハイドくらいじゃないかな。
従姉のヴェルミーナにすら嫌われてる、ってよっぽどやぞ。
案外懐が深いんですよ、あのアラサーゴスロリ堕天使。
ここまでお読み下さりありがとうございました。
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「なんだこの兄妹……」「感性がもう人外」「一体ナニしたんだ、ベルトラン」「性根が腐りきってるは草」
と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。
宜しくお願い致します。




